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205話目【ポンコツ4人の名前と素性】

国境を越え数日、街道沿いで野営中の一同。


「美味しかった~明日は何が食べられるのかな~」

「俺はコカトリスっていうヤツが食べてみて~、」

「っは、えり好みするなんてまだまだね、そんなんじゃこの先やって行けないわよ、

 言っておくけど私はアンタ達と違って何でも美味しく食べられるタイプだから」

「それは自慢していいことなのか微妙なとこだぜ…」

「ははは、好き嫌いが多いよりは良いことだと思いますよ」


ロニーとポンコツ4人が夕食を終え片付け中である。


「ロニー教団長、この道を真っすぐ行けばカード王国の王都に辿り着くんですよね?」

「えぇ、その通りです、どうかされましたかネルポさん?」

「いや~王都以外の都市は寄らないのかなぁ~って」

「それでしたらウルダに立ち寄りますよ」

「ウルダ? アトキン知ってる?」

「知らね、ニーン知ってるか?」

「っは、当然! ウルダってのはカード王国の中で一番寒い都市よ」

「「 おぉ~ 」」


自信満々に胸を張るニーンに拍手するネルポとアトキン。


「いや、たぶんそれサントモールだと思うぜ、北の白銀都市サントモール」

「その通りです、お詳しいですねサブンさん」

「「 だっさ! ニーンだっさ! 」」

「うぐっ…」


指を差しながら煽り散らすネルポとアトキン、ニーンがプルプルしている。


さて、知らない名前が出てきて混乱するかもしれないが安心して欲しい、

タルタ国でハドリーの傭兵に混じっていたポンコツ4人の名前である。

詳細は下記の通り。


・ネルポ(女)22歳、口だけ番長で他の傭兵達を煽り散らしていたヤツ。

・アトキン(男)32歳、腕回しまくってたヤツ、筋肉質でガタイが良い。

・ニーン(女)25歳、魔法使いのふりしてマウント取りまくってたヤツ。

・サブン(男)40歳、ナイフ舐めて舌怪我したヤツ、一番ヤバい感じだったが実は一番常識人。



「あの~リコッタは通らないんですか? 私水上都市見てみたいんですよ~」

「俺は魚食べたいっす」

「確か水の精霊様がいらっしゃるのよね、私、水魔法を教えて貰ってもいいのよ」

「いやなんで上からなんだよリーン、精霊様だぞ」

「リコッタでしたら既に通り過ぎていますよ、カード王国で一番東の町ですから」

『 えぇ!? 』

「海沿いの町ですので街道からはずっと南にあります」

「憧れの水上都市…」

「魚…」

「水魔法…」

「ってっきり街道沿いにあるかと…」


両手と両膝を地面に付き凹みまくりのポンコツ達。


「(そ、そんなに楽しみだったんですか…)

 アトキンさん魚でしたらウルダでも手に入りますよ、

 干物でしたら日持ちもしますし購入されては如何ですか?」

「出来れば…貝とかも…」

「貝は少し難しいかも知れませんね、あ、でも冷凍保存された物ならあるいは…」

「ほ、本当っすかロニー教団長!?」

「えぇまぁ、リコッタほど豊富ではないでしょうけどウルダには各地から物が集まりますから」

「いやっほ~う!」


アトキンは立ち直った。


「リコッタに戻る訳にはいきませんが、水魔法であればウルダで魔石を購入すれば習得できますよ」

「…そんなにお金ない」

「そ、そういうことですか…う~ん、それでしたら光魔法をお教えしますよ、

 今後必ず必要になると思いますし、何より光筋教団の一員ですからね」

『 …? 』


首を傾げるポンコツ達。


「(あれ? 私何か変なこといいましたかね?) あの、光魔法ってご存知ですか?」

『 知りません 』

「あ、なるほど、光魔法とはこのように自らの体を光らせる魔法です」

『 おぉ~ 』

「現在、光筋教団を通じて全世界に布教している最中でして、

 私達がタルタ国を訪れていたのはそのためです、皆さんの国にも近いうちに布教される筈ですよ」

『 へぇ~ 』

「既に各国に連絡済みなのですが、まぁタルタ国で傭兵をされていては知らないのも無理はないですね」

「はいロニー教団長!」

「何でしょうリーンさん?」

「その光魔法って光るだけなわけ? なんかこう凄い攻撃とかでスバーンと魔物を倒したりとか?」

「光るだけです、光魔法単体で魔物は倒せません」

「光るだけか…そっかぁ…教えて貰えるの有難いけど、

 出来ればもっと格好いい魔法を習得したいかなぁ~」

『 (結構我儘だな…) 』


顎に手を当てシミジミするリーン、一同が若干引いている。

※ロニーは重力魔法も教えられますが光筋教団の財源なので無料で教えることはしません。

 希望される方は光筋教団で魔石をお求めください。


「格好いいですか、恐らく雷魔法とか風魔法ですよね?

 どちらの精霊様もカード王国にはいらっしゃいませんし、

 いずれにしろ精霊様に直接教えを乞うというのは流石に恐れ多いかと、

 やはり魔石を購入するのが現実出来だと思いますよ」

「ぐっ…お金ぇ…」

「仕方ありませんよ、少しお金に余裕が出来てから習得するということで、

 火魔法でしたらルドルフさんからお教えて頂けたかもしれませんけど」

『 え!? 』


前のめりで驚くポンコツ達。


「それ! それそれ! さっきもロニー教団長が教えるとか言ってたけど、

 ルドルフさんから魔法を教えて貰えたりするってこと?」

「え? えぇ…ルドルフさんは火魔法の神官クラスですから…他者に習得させることが出来ますよ」

「そ、それだぁぁイェアアア!」


両拳を突き上げなら立ち直るリーン、離れた場所で休息中の元傭兵達が驚いて振り向いた。


「あの、火魔法ですよ? 水魔法では…」

「火魔法でも可! むしろ火魔法が可! よく分からないけど可!」

「(な、なんだ!?)一応確認なのですがリーンさんは火魔法を習得していないのですか?」

「っは、勿論、逆になんで習得済みだと思ったのかしら? 

 ねぇロニー教団長、もう一度確認なんだけど、

 ルドルフさんに教われば火魔法が習得できるのよね? しかも無料で!」

「え、えぇ、教えて下さるかはルドルフさん次第ですが、まぁそういうことですね、

 ですがあまり機嫌が良くないかもしれませんので、頼まれる際はくれぐれも慎重に…」

「ルドルフさぁぁん!」


ロニーの忠告もそこそこにリーンは走り去っていった。


「(えぇ…大丈夫でしょうか…)」

「なんかよく分からないけど俺達もお願いしてみようぜ~!」

「いやっほぉ~う! いざ火魔法習得~!」

「行くぜぇ~、俺も行っちまうぜぇ~!」


テンション高めのアトキン、ネルポ、サブンも走り去って行った。


「え? 他の方達も未習得なのですか? どういう…これは私も行った方が良さそうですね」


首を傾げながらロニーも後を追う。



「ねぇルドルフさん、ロニー教団長から聞いたのだけど、火魔法が教えられるみたいね?」

「…そうだけど、なに?」

「私、教えて貰ってもいいわよ?」

「おらぁぁ!」

「ぎゃふぅぅ!?」

「「「 リーンンン!? 」」」

「(あぁ…もう…)」


髪を掻き上げながらお願い? して無事に引っぱたかれるリーン、ロニーが両手で顔を覆っている。


「いきなり何なのよアンタ、あぁん!?」

『 ひぃぃぃごめんなさいぃぃ 』

「まぁまぁ落ち着いてルドルフさん、頼み方はアレでしたけど悪気がある訳ではありませんので…」

「悪気しか感じないっての! 舐めてんの? おぉん!? おぉぉぉんん!?」

『 あばばば… 』

「怯えてますから、皆怯えてますから、ちょっと落ち着いて話を聞いてください、ね?」

「ったく、いったい何なのよ、どういうことロニー教団長?」

「私もよく分からないのですが、とにかく4人共火魔法を習得していないようでして…」

「はぁ? そうなのアンタ達?」

『 はいぃぃ 』


怯えながら首を縦にブンブン振るポンコツ達。


「と言うわけでして、あまりお金に余裕がないようですので

 なんとかお願い出来ませんかルドルフさん?」

「…ぬぅぅ、いいわ、教えてあげる、但しぃ! 誰か肩揉みなさいよ」 

「はぃぃ! 喜んでぇ!」


と言うわけで椅子に座りながらサブンに肩を揉まれるルドルフ。


「あぁ~効くわぁ~上手いわねアンタ、名前なんだったっけ?」

「へへっどうもサブンです、なんか要望があったら遠慮なく言ってくださいね」

「そうするわ、そんじゃそこのアンタ、リーンだったっけ? こっち来なさい」

「はい! 宜しく願いします!」

「もうちょっと近寄りなさい、あぁ~気持ちぃぃ…」


力の抜けた声を出しながらリーンの額に指を当てるルドルフ。


「はい終わり~次」

「え!? もう終わり!? あの…ルドルフさん本当に?」

「終わったわよ、やり方をマナに乗せて送り込むだけだから一瞬よ一瞬、サブンもうちょと下お願い~」

「この辺ですかねぇ~」

「ああぁ~そこそこ…あぁ~」

「お若いのに随分と凝ってますぜ~」


オッサンみたいな顔でオッサンみたいな声を出すルドルフ。


「ほら次、さっさとしなさいよ」

「え? あ、はい」

「はい終わり、次~」

「っは、いよいよ私の番ね! 宜しくお願いします!」

「意外とちゃんとお願いするのねアンタ…はい終わり~」

「「「 ありがとうございます? 」」」


半信半疑でお礼を言うリーン、アトキン、ネルポ。


「あの~ルドルフさん、俺もお願いしてもいいですかね? へへっ」

「あ? あぁ…あああぁ~アンタはもう終わってるわよ」

「え!? 嘘ぉ?」

「本当よ、私に触れてんだから終わってるに決まってるでしょ」

「嘘ぉ?」

「疑い深いわねアンタ、終わってるっていってるでしょぉぉ…気持ちぃぃ…」

「(すっごい適当だなぁ…)」


肩を揉みながら半信半疑のサブン、ロニーがなんとも言えない顔をしている。


「ありがとサブン、また後で頼むわ~」

「へへっお任せください」

「んじゃちょっとそこに全員並びなさい、はい右手を突き出して意識を集中する~」

『 集中~ 』

「いい? やり方は体がもう知ってるから火を出すイメージが重要よ、分かった?

 口に出した方が最初は成功率高いから、気合を入れてファイヤー、せ~の」

『 ファイヤー! 』


リーンとアトキンの右手から火が出た。


「おぉう!?」

「で、でた! でたぁぁ! これで私ついに魔法使いよぉぉ!」

「「 (いいなぁ~) 」」

「っは、ネルポとサブンはまだ出せないわけ? さっき一緒に教えて貰ったってのに、

 はぁ~本当しょうがない雑魚ね、どしてもっていうなら私がコツを説明してあげてもいいわよ」

「「 (直ぐ調子に乗る…) 」」


1度成功しただけで信じられないくらいマウントを取るリーン、

特にコツを説明されなくてもネルポとサブンも無事に火魔法を発動させた。





「いや~さっきは冗談かと思いましたけど、本当に習得出来てるとは恐れいりました」

「あぁ~ほぐれるぅ~」

「ロニー教団長も紹介して頂いて感謝してますよ~」

「あぁ~和らぎますねぇ~」

「「 ありがとうございますぅ~ 」」


椅子に座りデロンデロンになっているルドルフとロニー、

サブンとアトキンが肩を、リーンとネルポが脹脛を揉みしだいている。


「最初はロニー教団長が何言ってるか分からなかったけどさ、

 魔法を教えられる人がいるなんて驚いたよね~」

「本当ねぇ~、実際に魔石を4人分買ってたら一体いくらかかってたのやら」

「あぁぁぁ…8ゴールドよぉぉ」

「聞いたリーン、8ゴールドだって」

「ってことは4人分でえ~と、32ゴールドか、う~ん皆で頑張ればなんとか…」

「違う違う、合計8ゴールドよ、1個2ゴールドぉ~」

『 え? 』


一斉に手が止まるポンコツ達。


「魔石ってそんなに安い物なんですか? いや安くはないけど」

「他所の国は知らないけどカード王国なら何処の町でもそんなもんよ、

 火とヒールは基本2ゴールド、習得義務があるから国が補助出して価格抑えてんの、

 っていうかアンタ達神官クラスのこと知らなかったの?」

「へへっ、いや~お恥ずかしい話で俺達あまり教養が無いんですよ~」

「別に恥ずかしがることじゃないわ、アンタ達カード王国の住民じゃないんでしょ?

 国が違えば常識も違うんだから仕方ないじゃない」

『 そう言って頂けると助かります~ 』

「王都に行ってちゃんと手続きすればカード王国内でも仕事出来るから、

 他の魔法はお金貯めてから取得しなさい、あともうちょっと揉んで頂戴」

『 はい~頑張ります~ 』

「(さっきの変な感じはそういうことでしたか…あぁ~和らぐぅぅ…)」


揉み解されるルドルフとロニー、個体からどんどん液体に近くなっている。


「それにしてもアンタ達全員揉むの上手いのね~、そういう仕事してたわけ?」

「いやいや、俺達は鉱山労働者だったんですよ、体が資本ですからねぇ、

 仕事が終わった後に皆交代で揉み合うもんで勝手に上手くなるんです」

「へぇ~ルコール共和国に鉱山なんてあるわけ? てっきりお酒の国だと思ってたわ~」

「あれ? 私の記憶では鉱山は無かったと思いますけど?」

「俺達はルコール共和国じゃなくてキキン帝国から来たんですよ」

「え? キキン帝国って一番東の国よね? エルフの国と隣接してるっていう」

「キキン帝国は世界で最も鉱石を産出する国ですね、確か国土は結構大きいのですが

 都市が1つしかなかった筈です、光筋教団の支部も1つだけですから」

「ロニー教団長よくご存じで、金、銀、銅に鉄、ミスリルとアダマンタイト、そしてオリハルコン、

 まぁ貴重な鉱石は上の方達じゃないと扱えないんですけど色々採れますぜぇ~、

 へへっ、俺達みたいな下々は皆小さい頃からツルハシ握って鉱山働きってわけです」


ルドルフの肩を揉みながらしみじみ語るサブン。


「キキン帝国って世界で唯一精霊様がいらっしゃらない国らしいじゃない、

 魔法の習得が許されているのは1等級以上だけだし、魔石なんて売ってないし、

 私達には魔法ってのは遠い存在ってわけ、因みに私は5等級だけど製錬炉担当だから、

 ツルハシ担当の3人と一緒にしないでよね!」

「「(そこは拘りあるんだ…)」」


ルドルフの脹脛を揉みながらよく分からない拘りでリーンがマウントをとっている。


「それじゃ鉱山仕事が嫌になって、あぁ~きもちぃぃ…サブン達は傭兵になったってこと?」

「いやいや仕事は好きでしたよ、働いた分は貰えるし食事も配給されますから」

「まぁ食うには困らないけど、私はもう少し贅沢してみたかったかな~」

「っは、5等級じゃ無理よネルポ、壁内に住みたいならまずは3等級にならないと」

「なんでマウント取ってんだよリーン、お前も同じ5等級だろ…」

「同じじゃないわよアトキン! 私はもうすぐ4等級だもの! 製錬炉担当舐めんじゃないわよ!」

「「(…等級ってなんだ?)」」


フニャフニャにリラックスし殆ど液体になったルドルフとロニーの頭に疑問が浮かんでいる。


「あの~アトキンさん宜しいですか?」

「はいはい、どうしましたロニー教団長、もう少し強めがいいとか?」

「あ、強さは今のままで大丈夫です、もうフニャフニャですから、

 それより等級とは何を指しているのですか?」

「あ、やっぱりカード王国でも存在しないんすか、ルコール共和国も無かったし、

 俺達の国だけなんだなぁきっと、キキン帝国では全ての国民に等級が決められてるんすよ、

 仕事を頑張ったり、何か功績とか才能が認められたりすると上がって行く仕組みで、

 特等級、1等級、2等級、3等級、4等級、5等級の6段階で俺達は一番下の5等級、

 でも特等級ってのはキキン帝なんで実際には5段階っすね」

「「 へぇ~ 」」

「さっきリーンが言ってたように魔法の習得が自由に認められているのは1等級以上とか、

 壁内で生活できるのは3等級以上とか等級で受けられる恩恵が違うんすよ、

 あ、あと兵士になれば無条件で4等級になれますけど、その後は頑張り次第っすねぇ~」

「「 ほぉ~(結局よく分からん…) 」」


キキン帝国で最も人口が多いのは5等級、鉱山とか農業とかの仕事を担っている。

その上は兵士が存在し、更にその上には壁の中で生活が許された上級国民の人々がいる。

4人の言葉によれば一番下の5等級でも生活の保障はされており奴隷のような酷い扱いではないらしい。


ついでに説明すると大陸の一番東に位置するキキン帝国は地図上では海に面しているのだが

実際には険しい山脈に隔たれており漁業は行っていない、

海の幸の殆どは他国からの交易品になり、壁内では販売されているが

外側で暮らす等級が低い者達にとっては贅沢品である。

氷魔法は限られた者しか習得していないため冷凍した魚ではなく、

日持ちのする干物がメインだったりする。


キキン帝国内では冒険者という者が存在しておらず、魔物の討伐には兵士が駆り出されている。

総人口はカード王国よりは少ないがルコール共和国よりは多く、

人間の3国の中では人口、領土共に2番目に大きい国となる。


その割に魔法使用者が異常に少なかったり、

等級が低い者達の教養が無いのはキキン帝国の意図的な方針によるもの。


各地に都市を築き領主に運営を任せているカード王国とは異なり、

キキン帝国は大都市1つのみ、国の方針は帝王であるキキン帝が決めるため独裁的な運営が可能である。


その辺りを鑑みて博識に読者の方々は等級性の意図するところを察して頂きたい。






「あの~アトキンさん、等級の件は分ったのですが(分かってないけど…)

 結局のところ何故傭兵になられたのですか?」

「お金が無くなったからっすね、俺達蓄えなんて殆どありませんから、

 ルコール共和国で仕事探してた時に募集を見つけて飛びついたんすよ、

 まぁ実力は無いんで、そこはネルポの大口でなんとか…」

「実力無しでいきなり傭兵というのは無理がありますよ」

「ハドリーもド素人雇うなんて馬鹿ねぇ~、その結果ロニー教団長にボコボコにされたんでしょ?」

『 はい 』

「いや、ボコボコにはしてませんよ…勘違いされますのでやめて下さい」


※重力魔法で押しつぶしただけである、教団長たるもの暴力に訴えることはありません。


「ルコール共和国では他に働き口がなかったのですか?」

「あるにはあったんですけど~、私達以外にも結構逃げて来てたみたいだし、

 衛兵の募集の方が報酬が良かったんですよねぇ~、

 リーンが魔法使い役やりたいって駄々こねたってのもありますけどぉ」

「「 (逃げて来た?) 」」

「んな!? 余計なことは言わなくていいでしょネルポ!

 まぁ実際、私の完璧な演技力で他の雑魚共がビビりまくってたわけだし?

 当初の目的通りカード王国まで来れたわけだし? 結果的には的確な判断だったってことね!」

「「「 確かに~ 」」」

「(いやぁ…結構バレバレだったと思いますけど…)」


あの時の空気を思い出し居たたまれない気持ちになるロニー。


「でも本当いい迷惑だよね~私給料貰い損ねたんだよ? アレがあればもう少し楽が出来たのに…」

「別に大した金額じゃないし、あんまり変わらなかったと思うわよネルポ」

「そんなことないよ、実際お金に困ったじゃん、リーンだってブーブー文句言ってたくせに~」

「私は製錬炉担当だから給料ちょっと高かったんです~、

 折角頑張って昇格したってのにいきなり訓練して国境まで行けって言われたのよ?

 こちとら志願なんてしてないっての! ふざけんじゃないわよ!」

「ははは、同じ同じ、それ皆同じだってリーン」

「そうだそうだ、アトキンの言う通り~」

「むぅぅ…」


ネルポとアトキンに茶化されて膨れるリーン。


「俺達戦い方とか知らないし、魔法も使えないしよ、少しばかり訓練したところで役には立たんよ、

 前線に送られても死ぬだけだから逃げた奴等は正解だと思うぜぇ~」

「ちょ、ちょとまって下さい!」

「何!? どういうこと?」


サブンの言葉を聞いて液体から個体に戻るロニーとルドルフ。


「どうしました? あ、すみません、もしかして痛かったですね?」

「違う違う、そうじゃい!」

「貴方達は一体何から逃げて来たんですか?」

「え? 戦争ですけど?」

「「 はぁ!? 」」

「あれ? ああいうのを戦争って言うんもんだと思ってたけど…もしかして違う?」

「「「 知らな~い 」」」


サブンの言葉に首を振る3人。


「いやぁ~すみません、ちょっと間違いました、訂正します」

「あぁ~焦った…そうよね、そんは訳ないもの」

「ですよねぇ、戦争なんて文献でしか聞いたことありませんよ」

「え~と、キキン帝国とシルフハイド国が戦うので逃げて来ました」

「「 はぁぁぁ!? 」」


サブンのそっけない回答に耳を疑うロニーとルドルフ。


「え!? 何!? 国と国同士で戦う?」

「そうですよ、いやまぁ招集された時点で逃げて来たんで実際に戦ってるかは知りませんけど」

「シルフハイド国って東の大森林の中にあるキキン帝国の隣国のエルフの国ですよね?」

「えぇ、何故か最近キナ臭くなってきてましてね~、

 キキン帝国はキキン帝が絶対ですから行けと言われたら行くしかないわけで、

 でも日頃から戦闘訓練を受けているのは兵士の方々だけですし、

 シルフハイド国の方々は風魔法に長けていますから、

 俺達みたいに戦う術のない労働者はこっそり逃げて来たってわけです、

 国境は厳しく往来が制限されているんですけど、

 俺達は幸い坑道は熟知してますから簡単でしたよ、生活には困りましたけど」

「「「 うんうん 」」」


首を縦に振るネルポ、アトキン、リーン。


「じゃ、じゃぁ貴方達は戦争難民? いや確定では無いのでしょうけど…この時代に?」

「よ、よりにもよってこんな時に…噓でしょ…」


あまりの衝撃に言葉を失うロニーとルドルフ。


それもその筈、ルドルフ達が光魔法を広めているのは

【魔族が各地で暴れ犠牲者が増えると、負の感情が集まり魔王が復活する可能性がある】

という光の精霊レムの言葉を元に、世界規模で負の感情を抑えようとしていたからである。


そこに来ていきなり戦争が発生している可能性があるという、

前回の魔王襲撃から約1000年、揉め事が全くなかったとは言わないが概ね世界は平和だった。

それは魔王により甚大な被害を被った各種族が復興を第一とし、

出来る限り争いを避けて来たからである。


実際にキキン帝国とシルフハイド国の間で戦争が行われているとすれば、

既存の国々が経験したことの無い緊急事態である。



「理由は? なんでもいいから教えて頂戴」

「えぇ~と、なんか…なんかあったかネルポ?」

「森の境界線でのイザコザはたまに聞くけどねぇ~良くあるヤツだと、

 国境線付近で両国が手を出した魔物が仕留められた場合、どちらの物になるかとか」

「それは戦争の引き金になる程の問題なのでしょうか?」

「ないない、一応は仕留めた側に所有権があるって決まりになってますから、

 まぁでも納得はしないよねぇ~リーン」

「当り前よ、散々苦労して最後だけ取られたら腹立つわ、私ならこうよ! こう!」


右手をシュッシュッと突き出すリーン、自信に満ちた顔をしている。


「他には何かありませんか?」

「そういえば…確か3年くらい前…いや2年半くらい前だったか…」

「なにかあったんですかサブンさん」

「へへっ、ちょと又聞きなんで曖昧なんですけどねぇ、北西の採掘所が襲撃されたんですよ」

「襲撃?」

「普段は夜の採掘はやらないんですけどね、危ないですから、

 その日は急ぎの仕事で夜中まで採掘してらしいんですよ、

 んで朝になって他の奴等が持ち場に向かったら全員殺されてたとか、え~となんだったか…」

「それ俺も聞いたことあるぜ、犯人に繋がるような証拠が何も見つからなかったんだよな、

 採掘された鉱石とか財布とか金目のモノが全部残ってるから

 何かしらの恨みを持ったハイエルフの仕業じゃないかって言われてたヤツだろ」

「あぁ~それそれよく知ってたなアトキン、この話って結構口止めされてたはずだぜぇ~」

「そりゃもうツルハシ仲間のコレでちょっとな」

「やっぱり? やっぱそうだよなぁ~へへっ」


右手首をクイっと動かすアトキン、恐らく酒を飲む仕草である。


「何でいきなりハイエルフ? キキン帝国とシルフハイド国って仲悪いの?」

「そんなこと無いっすよ、交易とかしてますし、なんなら俺エルフの友達いますよ」

「私もいるよ~ちょくちょくキノコとか果物とかと鉱石交換してた~」

「ネルポそれ重罪だぞ…絶対に他の奴等に話すんじゃねぇぞ…」

「え?」

「っは、勿論私もいるわよ、なにを隠そうハイエルフ!」

「(私もだけどなぁ)」


隙あらばマウントをとるリーン、ネルポの知り合いもハイエルフらしい。



「じゃなんでハイエルフなのよ?」

「えぇ~と確か…襲撃された場所の上空に黒い影が見えたとかで、

 結構な数が殺されたってのに誰も犯人を見ていないもんだから

 ハイエルフが襲ってきて飛んで逃げたんじゃないかって、まぁ根もはもない噂ですよ」

「「 (上空の黒い影?) 」」

「友達もいるしシルフハイド国と戦いたくないっての、そもそも死にたくないしな」

「私も~エルフ超優しいもん、だいたい何年も前の話なんでしょそれ? 今更言われてもね~」

「っは、ちょとちょと貴方達の情報はその程度なわけ? もっと無いの? 新しいやつとか? 

 無いみたいね~そんなんじゃ私の足元にも及ばな…」

「おらぁぁ!」

「ぎゃふぅぅ!?」

「「「 リーンンン!? 」」」


何かしらマウントを取ろうとしたリーンがルドルフに引っぱたかれた。


「何か知ってるならさっさと話しなさいよ、こっちは真剣だっての」

「はぃぃ話しますぅぅ…」

『(う~ん…)』


ルドルフに締め上げられガタガタと怯えるリーン、一同が憐みの目を向けている。


「そ、その襲撃って何度かあったみたいなのよ」

「何度かって何度よ?」

「いや…詳しいことは…視察に来た人達の話をたまたま聞いただけでして…

 でも、また同じ手口だって言ってたのは確かよ、犯人見つかってないんですって! 

 ほら少し前に大規模な配置換えあったでしょ、アレはその影響よ、

 なんか銀鉱山の人達が一晩で全滅したとかで人手が足りなくなったみたいなの!」

「「「 あぁ~あったあった 」」」


何やら納得のポンコツ達、ルドルフとロニーが眉を潜めている。


「ルドルフさんもしかして犯人というのは…」

「魔族の可能性があるわね、でもそうなるとカード王国内の襲撃よりも以前の話になる」

「この状況は良くないですよ…」

「ここで焦っても仕方ないわ、王都への帰還を急ぎましょう、

 私はちょっとミーシャのところに行ってくるわ、皆ありがとうね~」

「皆さん明日は早めに出発します、他の方々にも伝えて今日はもう休んでください」

『 はい~ 』


とんでもない情報を得て帰路を急ぐ一同、

世界は常に変化しており、全てを把握することは誰にも出来ない。

ほんの小さな種火が気が付いた時には手の施しようのない大炎となっている場合もあるのだ。



「…なんで腕枕しながら凍り付けになってるわけ?」

「よく分からねぇけど、ここんとこよく凍らせに来るんだよ」

「どっちが?」

「ネヒル」

「ふ~ん、それで大人しくやられたい放題なわけ?」

「まぁな、必死な感じがしてちょっと可哀想でよ、

 あんまり影響ねぇから別に構わねぇんだけどよ、流石に夜はちと寒ぃんだわ」

「でしょうね」


焚火の横で氷に包まれているミーシャ、季節は3月、夜はまだ冷える時期である。




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