202話目【ルドルフ 対 ネサラ】
ロニーとイドによりハドリーが捕獲された頃、
ウムコモの森の中ではそれぞれ別の場所で死闘が繰り広げられていた。
1つはミーシャ対ヒルカーム、もう1つはルドルフ対ネサラ、
今回は先に決着付いた魔法が飛び交う戦場を見て行こう。
ウムコモの森が開けた場所で対峙する魔法使い2人。
足を止め狙いを定めるネサラと足を止めずに動き続けるルドルフ。
「ライトニング!」
「ライトニング!」
気合の入った掛け声と共に発せられる2本の雷撃、
並みの者が受ければ容易く沈黙するであろう1撃は中央で衝突し相殺された。
「互角かい」
「やるわね」
過剰過ぎる挨拶を皮切りに始まる雷撃の応酬、
力量に差が有れば威力が高い方が押し切るのだが
雷魔法に関してはほぼ互角、1発も逃さず打ち落とす辺り2人共かなりの腕前である。
「アンタ確かネサラって名前だったわよね、
10年前に見た時は拘り強そうなタイプだと思ったけど、氷魔法以外も結構使うのね」
「さんを付けな小娘、年上はもっと敬うものだろう?」
「小娘って…私はもう28よ、10年前で時間が止まってるんじゃないのネサラおばさん」
「おばっ…確かに私は37だけどねぇ、おばさん呼ばわりされる程老けちゃいないよ! おらぁ!」
一段と激しさを増すライトニング、光が走る度に相殺され四散して消える。
「器用なもんだねぇ、それだけ動きながらよくやるよ、
ただ30手前の割に少しは落ち着きが足りないんじゃないかい?」
「私は自由を愛する冒険者よ、生憎まだ落ち着く気はないわ、
っていうか何で上から目線なわけ? 年寄りの小言は聞きたくないんだけど」
「そういうところが小娘だってんだよ、自由なんてのは所詮幻、
人ってのは気が付かない内にしがらみ抱え込む生き物さ、
これは人生の先輩として手解きしてやる必要があるねぇ!」
ルドルフの進行方向に氷を落とし足を止めるネサラ。
「…っ!?」
冷気を感じ取り咄嗟に飛び退くルドルフ、元居た場所に氷が現れた。
「ったく危ないわね、そういう余計な気遣いは嫌われるわよ!」
間一髪で氷の拘束を避けたルドルフがお返しとばかりにライトニングと水魔法を飛ばす。
「っは、今更誰に嫌われようが知ったことじゃないねぇ!」
避けながらライトニングを相殺するネサラ、
飛んできた水が氷へと変化したが拘束には至らず、距離を保ちながら2人が向かい合う。
「天下のSランク冒険者様が随分と警戒してじゃないかい、
私みたいなゴロツキ相手に何をビビってるんだい?」
「別にビビってるわけじゃないわ、だたアンタの氷魔法は異常なのよ、
うっかりしてまた拘束されたら堪らないわ」
「そいつは光栄だねぇ、でもまぁ壊せば問題ないんだ、
もう1度くらい拘束されてみてもいいんじゃないかい? あの化け物だって簡単に壊してただろう」
「嫌よ、私にミーシャのマネ事ができる訳ないでしょ、アンタも避けたってことは無理みたいね」
「そりゃそうさ、あんなのが当たり前だと思われたら堪らないよ、
何だいあのふざけた化け物は、とにかくまぁ、お互い狙いは同じみたいねぇ」
「そうのようね、10年前は逃げたけど今回は勝負する気があるのかしら? ネサラおばさん」
「ほんと、生意気な小娘だよ」
口調はわりと穏やかだが内心はバチバチのルドルフとネサラ。
2人の間でマナが乱れ時よりバチバチを音が聞こえる。
均衡を破り先に杖を光らせたのはネサラ。
「…っ!? まったく油断も隙もないわね!」
「するほうが悪いのさ! 戦場じゃ馬鹿から死んでいくんだよ!」
足元から発生した氷を避け走り出すルドルフ、次々と地面から氷が生え跡を追って来る。
「(連続、いや継続して使ってるの? 燃費が悪い魔法をよくもまぁ…)」
「後ろばかり見てると危ないよ!」
「うぉ!? あぶなっ!?」
目の前に突然現れた氷の壁を身を躱し避けるルドルフ、なおも後ろから氷が追いかけ来る。
「(しつこい…この様子じゃ暫くマナ切れは期待できそうにないわね)」
「逃げてばかりかい、さっきまでの威勢はどうしたのさ!」
「今反撃しようと思ってたところだっての、おらぁ!」
「効かないよ!」
再び始まる雷撃の応酬、氷魔法と水魔法が加わり攻防は激しさを増す。
主に拘束用に使用されている氷魔法だが攻撃に向かない訳では無い、
氷塊をぶつければ鈍器となり氷柱状にすれば突き刺すことが可能である、
今回2人がそうしないのはお互いの能力を計り効果が薄いと判断したためである。
ライトニングはあくまで牽制、狙うは氷魔法による拘束、
そして本命は拘束後に叩きこむ決定打。
普通の人であれば拘束された時点で無力化され勝敗が決するのだが、
魔法に長けた者は拘束したとしても一筋縄ではいかない。
少し前にルドルフが拘束された状態で落下してくる氷塊を粉砕したように
魔法とは身体の自由に左右されるものではないのだ。
ではなぜ拘束しようとしているのか?
それは視野を奪うためである。
例えば、飛んできたライトニングを相殺する場合、
まず認識し、軌道を見極め、正確に魔法を放つ必要がある。
自分に対して向ってくるなら直線で捕らえられるだけ多少マシだが、
別の場所に向かう魔法を撃ち落とすとなれば、
線と線が交わる点を捕らえる必要があり難易度が跳ねあがる。
その場合は円で対応できるフレイムを使用した方が成功率は高くなる。
つまり、拘束して視野を奪う、もしくは視野角を限定すれば
死角からの攻撃を迎撃することは極めて難しくなる。
認識していなくても適当に魔法を使用することは可能だが、
正確に迎撃出来なくなればどのような攻撃でも決定打となりうるのだ。
「(…やっぱり押されるわね)」
渋い顔のルドルフ。
ライトニングの相殺される位置が中央より少しルドルフ側にズレつつある。
「相性最悪だわ」
拘束されないようにお互い移動し続けているため環境は同じ、
ライトニングの打ち合いも互角、だが2人の間には決定的な違いがある。
氷魔法に長けたネサラは氷魔法単体で氷を発生させられるのに対し、
ルドルフは水魔法を氷魔法で凍らせなければならない、
高頻度で放つライトニングに加え2つの魔法の行使、この1工程の差は余りにも大きい。
加えて魔法の特製の差が旗色に大きく関係している。
ライトニング(雷)、フレイム(火)、スプラッシュ(水)、
ウィンドエッジ(風)、グラビティ(重力)などの中級魔法は使用者付近から発せられるが、
フリーズ(氷)、グランドウェイブ(土)などの中級魔法は離れた空間に発生させることが出来る。
但し、直接使用者から氷を飛ばすのであればライトニングのように即座に使用できるのだが、
離れた空間に氷魔法のみで氷を出現させるには相応のマナと時間を要する。
それ故、燃費が悪く前衛なしでは実用性に欠けるため水魔法と併用されるのだが、
氷魔法に長けたネサラは該当しない、ルドルフが警戒しているように異常なのだ。
いきなり現れる氷を常に警戒しないといけないルドルフに対し、
ネサラは飛んで来る水を避けるだけでよい、
狙いが同じ戦いであっても集中力や精神面の負担に大きくな差があるのだ。
「随分と余裕があるみたいだねぇ、いいのかいそのままで?」
「なにがよ?」
「爆炎のルドルフだろう、とっとと出しなよ!」
「…っち、分かってて言ってるでしょアンタ!」
「さぁ、なんのことかさっぱりだね」
「お望み通りやってやるわよ、ほらぁ!」
ライトニングの代わりにフレイムを放つルドルフ。
「っは、本当に撃って来るとはねぇ!」
ネサラのライトニングがフレイムを貫きルドルフの手前で爆発した。
「なんだい、随分とショボい爆発だねぇ、
もっと本気だったら今の終わってたかもしれないってのに」
「ほらね、やっぱり相性最悪だわ」
爆炎を後ろで悪態をつくルドルフ。
ルドルフの得意とする火魔法は魔法の中で最も高い火力を誇る。
中級魔法のフレイムは使用者から放たれ任意の位置で爆発し、
広範囲に爆風と炎を拡散するため殲滅力に秀でている。
ライトニングを矢に例えるならフレイムは爆弾、
日常的に使用される火魔法の延長上に位置し最も習得者が多い中級魔法であるが
それ故に使用者の熟練度で威力、精度が最もムラが出る魔法でもある。
未熟な者による事故で多大な被害が出るため町中での使用が厳しく制限される程である。
上級魔法のエクスプロードともなれば1撃で町を更地にすることも可能、
1個人が有するには過剰過ぎる力なのだ。
てなわけで、武器として使用するためには高い精度で爆発位置と
爆発範囲をコントロールする必要があり、
それが出来なければ自身が焼かれる諸刃の剣、
普通の者であれば自身の安全が確保される位置から使用する魔法である。
当然目標位置より手前で撃ち落とされた場合はその場で爆発する、
危険性の高いフレイムは実力者同士の戦いの中では最優先で処理されるため、
ネサラ程の実力者と戦う場合はルドルフの長所は短所となりうるのだ。
「…ほんと腹が立つ」
「そういうのは火魔法を選んだ過去の自分に向けなよ」
「違うわ、アンタのことよ、それだけの才能があるってのにまったく…
10年前よりも精度が上がってるし相当努力もしたんでしょ、
大人しく冒険者してた方が幸せだったんじゃないの?」
「なんだいお説教かい? 何をもって幸せとするかは人それぞれだと思うけどねぇ」
「魔法を悪用した前代未聞の大虐殺がアンタの幸せだったとでも言うわけ?
自由気ままに冒険者として依頼をこなしてた方がよっぽどマシだと思うけど?」
「自由ねぇ…冒険者を自由だなんて勘違いしてるからアンタは小娘なのさ、
その自由ってのをちゃんと理解してるのかい?」
「どういう意味よ?」
「そうだねぇ、少し昔話に付き合いなよ」
手を止め休戦状態に入る2人。
「私の母親は娼婦で父親は無職の酔っぱらい、両親ともどうしようもないクズだった、
いっつも酔っぱらってて真面に働いてる姿なんてみたことなかったよ、
当然金なんてありゃしない、産まれた私は望まれない子供ってわけだ、
父親が誰かも定かじゃないし生かされてるだけで感謝したもんさ、
腹を鳴らせば殴られる程度の愛情を注がれてたよ、
義務教育なんて贅沢は無しだ、文字は9歳になる頃には自然に覚えてたよ」
「…私ならそんな家飛び出してるわね」
「もちろん飛び出したよ、但し10歳の時にだけどねぇ、
サントモールは寒いからさ、考えなしで飛び出すと死んじまう、
だから母親が代金代わりに持ち帰った氷の魔石をクスねて
氷の壁が作れるまで辛抱したってわけだ、まぁ代償としてえらい目にあったけどさ」
「火の魔石の方が良かったんじゃない?」
「贅沢は言えないよ、チャンスはモノにする主義だ、
それに火魔法は燃料が無きゃマナを使い切ってそれまで、
氷魔法なら壁を作って風を凌げるからね、適当な隙間でじっとしてれば何とか耐えられる、
食料を調達した後に身を隠すのにも役立ったよ、勿論火魔法も後から習得したさ」
指先に火を灯して見せるネサラ。
「そして12歳の時に冒険者ギルドってのを知ったのさ、、
子供でも金が稼げる仕事、謳い文句は何にも縛られない自由、
実力さえあれば評価される世界、物凄く胡散臭いじゃないかい、
まぁでも試しに登録して依頼をこなしてみたら金が貰えたんだよ、
嬉しかったねぇ、殴れれることもないし怯えながら盗みを働かなくてもいい、
冒険者仲間なんてものまでいて初めて人と対等に接したんだ、
その後はもうやりたい放題さ、依頼を受ければ金が貰えるし、
ギルドにいれば凍えることもない、金を溜めて部屋を借りた時は人並みの幸せを感じたよ、
そして5年もすればAランクになって周りからも慕われてさ、自由ってヤツを堪能してた、
でもまぁ…その自由ってのは幻だったのさ」
ネサラの声のトーンが少し低くなった。
「ある日依頼を終えてギルドに帰ると役人と衛兵が待っていて、
野垂れ死んだ父親の借金を代わりに支払えって言うのさ、
その額がまた馬鹿みたいで良くそこまで借りたもんだと感心したよ、
母親は違法な売春がバレて投獄されてたとかで血眼になって私を探してたらしい、
最後の最後までクズな親だったよまったく、
そんで私の子供の頃のかわいい悪さも調べ上げたみたいでさ、
同じチームの奴等の視線が痛いのなんの、私の居場所はなくなったのさ」
「それは半分はアンタのせいでしょ」
「そうさ、他に生きる道なんて無かったし、勿論死ぬ気も無かったし、
自分のやった事に後悔も反論もなかったけどさ
クズの後始末まで押し付けられて、おまけにそのクズが凄ぶる評判の悪かったせいで
私まで後ろ指刺される始末、慕ってた奴等もいなくなっちまった、
その時に気が付いたのさ、何にも縛られない自由なんてものは幻、
人ってのは知らない内にしがらみを抱え込むんだってねぇ」
「それで本当の自由を求めて傭兵になったってわけ?」
「甘いねぇ、本当の自由なんてものは無いんだよ、
そんなものは死んでマナの海に帰った時くらいだろうさ、
傭兵になった時は誰も私のことなんて知りもしないし、詮索は無し、
それでも生きていく内にしがらみを抱えるのさ、
前の仕事であったヤツとか、依頼人とか、名前が広まればその分増える、
所詮人ってのは不自由な自由しか得られないんだよ」
「あぁそういうこと、私はそれでもいいけどね、馬鹿みたいな奴らに囲まれた幸せだわ、
それにアンタの生い立ちには同情するところもあるけど、
だからと言って10年前の行いが正当化されるわけじゃない」
「っはは、そうりゃそうだろう、別に許しなんて請わないよ、
私は自分のやって来たことに後悔なんてないからねぇ」
「そう、いい加減昔話に飽きて来たわ、そろそろケリを付けましょう」
「いいけどさ、出来るのかい? 自滅覚悟の上級魔法なんてのは御免だよ」
「心配しなくても大丈夫よ、その必要はないから」
フレイムを放つルドルフ、ネサラのライトニングが貫き小規模の爆発が起きる。
「学ばないねぇ! フレイムは全て…っちぃ!」
爆炎の中から現れた3発のフレイムを急いで打ち落とすネサラ、
再び爆発し爆炎の中から5発のフレイムが現れた。
「(また!? 手数で押して来たね)」
次から次へと爆炎の中から現れるフレイム、
ネサラに近づくたびに爆発範囲が大きくなってゆく。
「(撃ち落とされ前提で範囲を決めてるのかい、このまま押されるのはマズいね)
こそこそしてないで出て来なよ小娘! それでもSランク冒険者かい!」
呼びかけに反応はなく現れたフレイムを撃ち落とす。
「(無視かい、場所がバレるのは警戒してるねぇ、
けどだいたいの位置は飛んで来る方向から予想できる)
私を甘く見たねぇ!」
フレイムの発信源と思われる一帯に氷魔法を使用するネサラ、広範囲が氷に覆われた。
「…はぁ、どうだい?」
フレイムの追撃は無く爆炎が晴れる、下半身を氷に拘束されたルドルフが姿を現した。
「…やるじゃないネサラおばさん、正直ここまでヤレとは思って無かったわ」
「そんな状態で強がるんじゃないよ小娘」
「まだ勝負はついてないもの、安心するのは早いと思うけど?」
「そうかい、ところでなんで私が全身を凍らせないか分るかい?」
「有効打を打ち込むためでしょ、氷が邪魔になるもの」
「そのとおりさ、こういう風にねぇ!」
3方向にライトニングを放つネサラ、1発はルドルフに向かい
残りの2発はルドルフの左右に向かって行く。
「? 何処狙ってるのよ」
「さぁなんだろねぇ」
向かって来たライトニングを相殺するルドルフ、
左右のライトニングはウムコモに直撃した。
「この辺の木は水を大量に溜め込んでてさ、私もどういう理屈かは知らないけど、
ある一定の強さのライトニングを打ち込むと暫くして破裂するんだよ」
「!?」
急激に膨張し破裂するウムコモ、
ルドルフの左右から水が降り注ぎネサラが氷柱に変える。
「なっ!? この…」
咄嗟に周囲を氷で覆うルドルフ、氷柱がぶつかり周囲に散らばった。
「へぇ~その状態で良く防いだじゃないかい、けどまぁそこまでだねぇ、
あとは動けないアンタを仕留めるのはわけないよ、っは! 無駄無駄!」
飛んできたライトニングを相殺するネサラ、圧倒的優位だが気は抜いていないらしい。
「私は好きに動けてアンタは捕らわれの身、おっと動くんじゃないよ」
「…っく」
ルドルフの首から下を氷で固めるネサラ。
「一応息はさせてやるから好きなだけ魔法を使うといいさ、
マナが切れて抵抗できなくなったら上から特大のヤツを落として終わりだ、
私は流石に疲れたからねぇ、それまでゆっくりさせて貰うよ」
「あそう、本当にいいのね」
「あぁいいよ、少しはマナを有効に使うんだね」
「それじゃ遠慮なく」
自分の周りの氷を厚くするルドルフ。
「守りを固めるのはいいけどさ、もう少し上を厚くした方がいいなじゃないかい?」
「いいのよこれで、必要なのは横から衝撃に耐える壁なんだから、
これで遠慮なくぶっ放せるわ」
「? 何言って…っは!?」
咄嗟に自分の周りを氷で覆うネサラ、飛んできたフレイムが炸裂する。
「危ないねぇ、それは効かないよ!」
爆炎の中から現れるフレイムを撃ち落とすネサラ、
先程までとは比べ物にならない威力の爆風が襲う。
「…っちょ!?」
「逃げると死ぬわよ、その場でしっかり守りを固める事ね」
「冗談じゃ…!?」
迫りくる無数のフレイムに背筋が凍るネサラ、全てを察し全力で氷の壁を厚くする。
炸裂するフレイム、周りのウムコモが消し飛び、地面が抉れて消滅する。
「こ、こんな馬鹿みたい威力で…保身とか考えないのかいアンタは!」
「考えてるからこうやって氷で身を守ってんでしょ! ほらほらドンドン行くわよ!」
爆音に掻き消されながら微かに聞こえる声、
視界は炎に覆われお互い何も見えてはいない、
おおよその位置を目掛けてフレイムを炸裂させている。
「ふざけすぎだよ…この…」
「まだまだぁ!」
粉砕される氷を随時継ぎ足す2人、
爆心地より離れているルドルフの方がやや優位といったところ。
「い…息が…」
「苦し…おらぁぁぁ!」
焼ける空気に少々窒息気味の2人、ルドルフの渾身の1発が放たれる。
「くっそああああ!?」
「うぉわああああ!?」
氷の壁は粉々に砕け散り爆炎の晴れる、
ところどころ炎が燻る景色の中で薙ぎ倒されたウムコモと抉れた地面が姿を現した。
「…うぅ…」
「はぁ…はぁ…まだ生きてるみたいね」
剥き出しの地面で横たわるネサラ、
足を引きずりながら杖を付くルドルフが近寄って来た。
「…足なんて引きずってさ…マナ切れかい小娘…」
「まだ余力はあるわ、…はぁ、完治してないだけよ」
「…そうかい…私はマナ切れだよ…うっ…」
痛みに顔をしかめるネサラ、表面上は軽い出血だが
恐らく複数の骨折を負っていると思わる。
「アンタ、何で逃げなかったわけ?」
「…何のことだい?」
「ハドリーの近くに居たら何時か追手がくるって分かってた筈でしょ、
ルコール共和国にでも行けばよかったじゃない」
「…はぁ…アンタみたいな馬鹿が来るなんて…想定してなかった…っ…だけだよ、
金払いも良かったしねぇ」
「今でも後悔はしてないわけ?」
「…ぅっ…無いよ…痛むんでねぇ…そろそろ殺しなよ」
「…そう、残念よ、本当に残念だわ」
「…ふぅ…」
少し寂しそうな目で杖を構えるルドルフ、ネサラがゆっくりと目を閉じる。
その顔は何処か安らいだような、何処か後悔しているような。
「…」
「…アンタにはmあだぁ!?」
横から放たれた雷撃がルドルフを貫いた。
「いったぁ、なに!?」
「こ、ころさないで…うぅぅ…おねがいします…ころさないでください…」
「…だれこの子?」
そこにいたのはボロボロと泣きじゃくる女の子、
両手をルドルフに向けながらガタガタと震えている。
「こ、ころさないで…うぅぅぅぅ…おねがい…します…
お母さんを…ころさないで…うぅぅぅ…」
「お母さんって…いった!?」
再び雷撃を放つ女の子、ルドルフの体がビクンと跳ねる。
「…やめなネヒル…私達のことは…うぐっ…忘れなって言ったはずだよ…」
「いやぁぁぁ…うぅぅいやぁぁ! お母さん…死なないで…お母さん…ぅぅぅ…」
「…アンタ子供がいたの」
「…別に不思議でもないだろう…しがらみってヤツさ…」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!」
「…まぁ…そうだろうね…あれだけ殺したヤツが…子供作ってりゃ…ぐあぁぁ」
額に血管の浮いたルドルフがネサラに掴みかかった。
「舐めてんのアンタ? 私が頭に来てんのはそこじゃないわよ!
アンタさっき後悔は無いって言ったわよね! 殺せって言ったわたよねぇ!」
「うぐぅ…あぁぁ…」
「や、やめてぇ! お母さんをこれ以上苦しめないで! お願いします! お願いしますぅ!」
苦痛に顔を歪めるネサラを見て懇願するネヒル、ルドルフを腕を掴み必死に止めようとしている。
「それじゃアンタのクズ親と何も変わらないじゃない! もっと足掻きなさいよ!」
「…クズ以下だからねぇ…うっ…大虐殺犯の子供が…どうなるか…うぐっ…自由なんてものは…」
「お願いします! お願いします! お母さんを殺さなで下さい! どうかお願いします!」
「…手を放しなさい」
「いやぁ! お母さんを殺さないで!」
「取り敢えずこの場では殺さないわ、だから手を放しなさい」
「ほ、本当…ですか? お母さんを助けてくれるんですか?」
「助けるわけじゃない、連れて帰って法による裁きを受けさせる、それまでは殺さないってだけよ」
「…甘ちゃんだねぇ…ぐぁっ…」
今一度ネサラを引き寄せるルドルフ、血走った目でドスを効かせる。
「それまでは大人しくしてなさい、アンタのためじゃない、この子のためよ、
間違っても私に、子供の前で母親殺しなんてさせないで頂戴」
「…わかったよ」
完全にカチキレながらも治療しているルドルフ、
感情に左右されずにしっかりと魔法が使える、流石はSランク冒険者である。
「良かった…うぅぅ…本当に良かった…」
「よく聞きなネヒル、今は生かされたけどねぇ、どのみち私は死刑だよ、
以前話した通り大勢殺した大罪人なんだ、とっとと忘れてどっか行きな、
犯罪者の子供なんて碌なことにはならない、それも教えた筈だろう」
「それでもぉ…一緒にいたいぃぃ…」
「やめときな、ついて来るんじゃないよ、私は恨みを買ってんだ、
分かってて生きてきたしその結果がどうなろうと知ったこっちゃないけどねぇ、
それは私の問題でアンタには関係ない話さ、だけど世の中ってのは馬鹿ばっかりだから
その辺を理解できやしない、私の子供なんて知られたらアンタも一緒に
吊るし上げられるか一生後ろ指刺されて生きるかしかないんだよ」
「ぅぅ…それでも…少しでも一緒にいたい…お願いお母さん…」
「…はぁ…なんでこんなに懐いたんだろうねぇ、まっとうな母親なんてやってないだろうに」
「文字を教えてくれた…魔法も…ぅぅ…ご飯も…」
「文字と魔法は生きるために必要な最低限さ、それさえあれば子供でもなんとかなる、
いつかアンタを捨てるために準備してただけだよ、飯なんてのは食わなきゃ死ぬんだ、
息を吸うのと変わらない当たり前のことなのさ」
「うぅぅ…寝込んだときはすっと一緒にいてくれた…ぅぅ…手も握ってくれた…」
「…そんなこともあったかねぇ、もう忘れちまったよ」
顔を埋め泣き続けるネヒルの背中を撫でながら空を見上げるネサラ。
その瞳は傭兵ではなく、大罪人でもなく、ただただ優し母親の瞳、
様々なしがらみから解き放たれ、不自由な自由の中に存在するのは娘と母親の2人だけ、
例え待つ未来が揺るぎない死だとしても、残された僅かな時間で幸せを。
親とは2種類存在する、自分の苦しみを子供に繰り返す者、
自分の得ることのできなかった幸せを子供に与える者、
大罪人であるネサラは果たしてどちらなのだろうか?
その判断が許されるのはきっと娘のネヒルだけである。




