201話目【教団長ロニー、筋トレす】
ルドルフとネサラ、ミーシャとヒルカームが別々の戦いを始めた頃。
「これは困りましたね」
「こっちはか弱い老人とムキムキの2人だけじゃぞ!
こんなに大勢で囲んで恥ずかしくないのかの!」
ハドリーの捕獲に向かったロニーとイドは30人程の護衛達に囲まれていた。
「こんなに大勢の中に飛び込んでくるなんて、なんて可哀想な人達」
「ようやく俺の本当の強さを見せられるってわけだ、腕がなるぜぇ~」
「ちょっとぉこんな雑魚が相手なわけ? 私はもう少し対等な勝負がしたいんだけど」
「直ぐに終わっちまうぜぇ~この俺がやる気出しちまったらよぉ~うぇっへっへ…痛っ…」
圧倒的人数差にイキリ散らす護衛達、先の戦場から逃げ出した4人である。
ナイフを舐めていた男が舌を怪我したらしい。
「ちょっと下がってろ新入り共!」
「お前等逃げ帰って来たくせに何調子乗ってんだ!」
「さっきまでガタガタ震えてたじじゃねぇか!」
「はぁ!? 逃げてませんけど? はぁ? 武者震いですけど? はぁぁ!?」
「俺の本当の強さ知らねぇだろ、見せてやろうか? お? お?」
「こういう雑魚程大きな口叩くのよねぇ、恥ずかしいからやめた方がいいわよそういうの」
「痛ったぁ…え? これマジ? テンション下がるぜ…誰か回復魔法って使える?」
古参と思われる者達を煽り散らす新入り達、怪我をした男は他の衛兵に回復して貰っている。
「うるせぇ! 大人しくしてろっての! お前等本当は弱いのバレバレなんだからよ!」
「はぁぁぁ!? 弱くないですけどぉ!? めっちゃ強いですけどぉ私ぃぃ!?」
「おいおい言っちまったなぁ! 超えちまったな一線をよぉ!」
「へぇ~そいうこと言っちゃうんだ? あぁ~そう、へぇ~、
私の魔法がアンタ達雑魚を蹂躙しちゃう前に謝った方がいいと思うけど?」
「…鉄の味がする…最悪だわ…誰か水くれ」
臨戦態勢の新入り達、護衛達の間でゴタゴタが生じている。
「どうするかのロニー教団長?」
「取り敢えずお願いしてみましょう、すみませんこの先にあるお屋敷に行きたいのですが…」
「え? 駄目駄目、近寄らせないように言われてるから」
「一応確認したいんだけど、アンタ等もSランク冒険者じゃないわよね?」
「えぇ、私はしがない光筋教団員です、冒険者ではありません」
「ワシは只の鍛冶屋じゃて」
「はぁ~よかった…悪いけどここは通せないわよ」
「そこをなんとか、私達も大切な使命がありますので、
無用な争いは避けた方がお互いのためになると思いますが…」
「駄目だって、俺達の仕事って信用第一なんだから、依頼主を裏切る行為は駄目なの、
アンタ達こそ帰ったらいいじゃい、争わなくて済むよお互い」
「それは出来ません」
「こっちも無理よ、前金も貰ってるから」
ロニーと護衛の緩い話し合いは残念ながら決裂。
「仕方ありませんね、私がお相手しますのでイドさんは離れていて下さい」
「それは構わんがのじゃが…もしかしてロニー教団長って強いのかの?」
「残念ながら私に戦う力はありません、私に出来ることは自分の肉体を鍛えることだけです」
「だ、大丈夫かの~…」
「足止め程度であれば可能です、時間がありませんので早速始めましょう」
何やら盛り上がっている護衛達に近ずくロニー。
「やっちゃおっかなぁ~! これマジでやっちゃおっかなぁ~私ぃ!」
「だから早くやれって言ってるだろ! 下じゃなくてこっち見ろ! お~い!」
「腕がなるぜぇ~、くぅ~なってるぜ腕~!」
「お前はいつまで腕回してんだよ! 準備運動か? おい左はさっき回しただろ!」
「で? どうすんの雑魚共? 今謝るなら集めたこの膨大過ぎるマナを開放してもいいけど?」
「魔法ってのは自分の体内のマナを消費すんだよ! 何で両手上げてんだ!
お前の上空には何が集まってんだ! 言ってみろエセ魔法使いが!」
「あぁ~スッキリした…水ありがとな」
「普通ナイフ舐めるヤツなんていねぇって、危ねぇからもうやるなよ」
新入り達のイキリは危険な領域に突入している。
「あの~お取込み中申し訳ありません、そろそろよろしいでしょうか?」
「ん? おぉ悪い、お~い始めるぞ~」
『 うぃ~ 』
「あ、すみません、皆さんのお相手は私だけです、
こちらの方はタルタ国で雇った案内役ですので手を出さないようにお願いします」
「ワシ地元のドワーフじゃからの、無関係じゃて」
「お、そうか、危ないから早いとこ家に帰りな爺さん」
「それじゃ失礼するの~」
包囲網からそそくさと抜け出すイド。
「邪魔が入ったならしかたないわね、今回だけは見逃してあげるわ!」
「おいおい、ようやく体が温まって来たってのにそりゃないだろ、
俺の本当の強さはまだ見せて無いぜ?」
「なに? 結局そうやって逃げるわけ? ほんと雑魚ね、
あ~あ、折角集めた膨大過ぎるマナが無駄になっちゃたわ」
「怪我しねぇウチに帰った方がいいぜ~! マジで痛ぇからよ~マジで、
親切心から忠告してんだぜ俺はよぉ~」
ロニー包囲網から一番遠い場所で息を吹き返す新入り達、誰も相手にしていない。
「アンタに恨みはねぇがこれも仕事なんでね」
「大人しく帰るなら見逃わよ、あの屋敷に近寄らせないのが私達の役目だから」
「お気遣い感謝します、しかし私もやらねばならぬことがありますので
僭越ながらお相手させて頂きます」
おもむろにローブを脱ぎタンクトップと短パン姿になるロニー。
服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉に一同がどよめいている。
「ははは、まだパンプアップもしていませんので、お恥ずかしい限りです」
脱いだローブを畳み地面に置くロニー、続けておもむろにタンクトプを脱ぎだした。
「な、なんて体してやがる…僧帽筋がまるで山だぜ…」
「とんでもない大胸筋だわ…いったい何カップあるっていうの…」
「腹斜筋がバッキバキだぜ…脇腹にモギでも飼ってるのかよ…」
あらわになった筋肉にどよめく一同、パンイチのロニーが胸をピクピクさせている。
「トレーニングは良いですよ、健康になりますし何より筋肉は裏切らない…おっと」
手から滑り落ちたタンクトップがズンという衝撃音と共に地面にめり込んだ。
『 えぇ… 』
どう考えても布から発せられる音ではない、
視覚からの情報と聴覚からの情報に矛盾が生じ一同が困惑している。
「あ、あんた…今までそんな重い服を着て行動していたのか…」
「えぇ、気休め程度ですがこれもトレーニングです、
ははは、負荷が軽すぎて解除するのを忘れてしましました、驚かせてしまいましたね」
タンクトプを畳んでローブの上に重ねるロニー、
立ち上がり流れるよな動きでサイドチェストを決める。
※タンクトップは普通のタンクトップです、重力魔法で重くしてあるだけです。
「お待たせしました、光筋教団教団長ロニー、お相手致します」
「かかれぇ!」
『 おぉ~ 』
合図を受け飛び掛かる数名の護衛達。
「少々負荷が足りませんね、では…」
「え!?」
「な、何!?」
「はぁ!? ぐぇっ…」
脇を引き絞り輝きを増すサイドチェスト、
ロニーの周りの地面が沈み込み飛び掛かった護衛達が落下した。
※光魔法は発動していません、純粋に筋肉の美しさです。
「な、なんだこれ…体が…」
「お…重ぉ…」
「重力魔法だ…また珍しいものを…」
「駄目…持ってられない…」
プルプルしながらなんとか立ち上がろうとする倒れた護衛達、
なんとか立ったままの護衛達も支えきれなくなり次々と武器を手放してゆく。
「その通りです、これは重力魔法、特定の物や空間を重くするだけの魔法です、
使用者を中心として重力場を発生させるため他の魔法のように
攻撃には向かず戦闘時に使用されることはありません、ですが足止め程度には役に立ちます」
「な、なにを…まさか…」
涼しい顔で足元に転がる剣を拾うロニー、地面に這いつくばる護衛が青ざめた顔をしている。
「そして、このように…」
「や、やめろ…やめてくれ…」
剣の行方を目で追いながら怯える護衛。
「うわぁぁ! …ぁ? …あれ?」
「…っふ、…っふ、…っふ」
護衛の視線の先で上がっては下がり、下がっては上がる剣、
ロニーがゆっくりと丁寧な動きでアームカール(上腕二頭筋を鍛えるトレーニング)している。
「あ、あの…」
「このように重力場であれば軽い物でも筋肉に負荷を与えることが出来ます、
もし足りない場合は剣単体を重くすことで…っふ、…っふ、…っふ、
あぁ~良い、心地良い負荷です、…っふ、…っふ、更に負荷を増すことが可能」
「あの…すみません…あの…危ないので…」
「そう、その通りです、重力場でのトレーニングは通常とは異なり危険です、
何も持たない状態ですら自身の腕の重さが負荷となる、
自重トレーニングの効果が高くなる反面、体、更にいえば関節に対する負担が増し、
怪我をする可能性が高まります、回復魔法があるとはいえ怪我は避けたい、
ですので重力場でのトレーニングは可動域よりも負荷の維持、
よいですか? 負荷が抜けきらない状態を意識することが大切です、
具体的には肘を伸ばしきらずこの位で止め、…っふ、しっかりと筋肉を収縮させる、こうです」
美しいフォーム、膨張する血管、パンプする上腕二頭筋、
教団長自らが教える重力魔法を使用した際の正しく効果的なトレーニング方法、
教団員が見れば感涙し魔法の粉がぶ飲みである。
「なにこれ? どういう状態? 何で皆動かないの? 取りあえずイキった方がいい感じ?」
「おいおい、ついに俺が本気で戦える相手が現れたってことか? 待ってたぜこの時をよぉ」
「ちょといつまで寝てるつもり? 武器も手放してちゃって雑魚過ぎね」
「危ねぇからよぉ、剣を重り代わりにするのは止めた方がいいぜぇ、マジでよぉ」
重力場の外で困惑しながらもイキリ散らす新入り達。
「おや、範囲に入っていない方がいましたか、失礼しました」
『 ぐぁぁぁぁ 』
重力場が拡大し無事取り込まれた。
「次は下半身のトレーニングにうつりますので少し負荷が増します、
立たれている方はお気を付け下さい」
『 え… 』
大きな岩を引っこ抜き担ぎあげるロニー、
白い歯を見せて微笑むと足元の地面が陥没し亀裂が走った。
『 ぎゃぁぁぁ… 』
「…っふ、…っふ、…っふ」
重力場の威力が増し揺らぐ景色、
立っていられるの者はおらず全ての護衛達が地面に張り付いている。
スクワット中のロニーの周りだけ極端に地面が陥没しており景色の歪み方が尋常ではない。
「…っふ、…っふ、少し物足りませんね、もう少し負荷を増しましょうか」
「や、やめ…」
「このぉ…」
護衛が死に物狂いでライトニングを放つが即座に地面に落ちて四散した。
「あっ…」
「では行きますよ」
『 ぐわぁぁぁぁ… 』
更に歪む景色、苦しむ護衛達、ほとばしる筋肉。
「すみませんでした…ほんと調子乗ってすみませんでした…」
「俺強くないんです…これが真の実力なんですぅ…」
「雑魚は私ですぅ…もう勘弁して下さい…」
「終わっちまうぜぇ…これマジで終わっちまうぜぇ…」
負荷を楽しむロニーを尻目に新入り達は既に泣きが入っている。
「ふぅ~なかなか良い負荷です、トレーニング可能な部位は限られますが
重力魔法はやはり便利ですね、各地の光筋教団の施設で販売していますので宜しければどうぞ」
『 あばばば… 』
ラットスプレッドからのアドミナブル・アンド・サイ、そしてサイドトライセップス、
歪む景色の中で白い歯を輝かせながら次々とポージングを決めるロニー。
パンプアップされた筋肉は輝きを増し、護衛達は虫の息である。
※重力魔法の魔石は4ゴールドでお求めいただけます。
「健全な心は健全な肉体に宿るといいます、
これは決して比喩ではありません、健康的な生活と栄養の整った食事、
そして適度なトレーニングによりもたらされる結果なのです、
私達光筋教団は日々美しく健康的な肉体を追い求め、光魔法の伝道師として心を磨き続けています、
皆さんも宜しければ教団に参加し健全な肉体と心を手に入れませんか?」
「は、はい…」
「参加します…」
「すみませんでした…」
重力魔法は解除され光筋教団員が増えた。
「ロニー教団長最強じゃて…」
ウムコモの影でイドが髭を撫で撫でながら目を細めている。
同じ重力場内でもロニーの場所が最も威力が高く、
外側の新入り達の場所は威力が弱かったのだが、
これは上級魔法使いロニーが皆が圧死しないように調整しただけである。
重力場内全て中央と同じ威力にすることが可能、
と言うか、中級魔法までしか使えない者だと細かな調整が出来ず全て同じ威力になる。
【重力魔法のおさらい情報】
・初級、特定の物を重する、軽くすることは出来ない。
・中級、自分を中心とした範囲を重くする(重力場)、全ての範囲が中心と同じ重さとなる。
・上級、重力場内の重さを調整できる。
但し、中心を基準として重力場内の重さを減らす(威力を下げる)ことしか出来ない。
重力場の範囲も威力もまだまだ本気を出していないロニー、
人も魔法も等しく重力の影響を受けるため、
ネサラのように上空に氷塊を作って落としたりしない限り難攻不落、
Sランク冒険者すら無力化するムキムキマッチョなのだ。
一方その頃、ハドリー邸の炊事場で皿を洗うホラントとマーマル。
「ホラント様、この音はいったい?」
「(始まったのか)」
「ひゃっ!? また大きな音が…ホラント様は部屋にお戻り下さい、私が確認して参ります」
「だ、駄目ですマーマルさん、この建物から出ないで下さい!」
「そう言われましても…ひゃっ!? ほらまた…」
「絶対に駄目です、これは恐らく…」
「ホラント様、マーマル、よかった…」
ホラントの言葉を遮るように年配の男の使用人と
若い女の使用人が走って来た。
「どうしたのですか2人共、そんなに息を切らせて…」
「それが…はぁ、護衛の方達と誰が戦ってるみたいでして…」
「遠くで魔法が見えました…もしかすると山賊かもしれません」
「まぁそんな…ホラント様は今すぐお逃げになる準備をして下さい、
ランデルは直ぐにハドリー様にもお伝えして、ネリオは馬車を…」
「待って下さい、その前に私の話を…」
「何をしているのだホラント、急いでルコール共和国へ向かうぞ、
直ぐに荷物を纏めろ、ネリオは馬車を裏に回すように」
2階の手摺から顔を出したハドリーが再びホラントの言葉を遮った。
「承知しました、ハドリー様」
「急げよホラント、悠長なことはしてられんぞ、まったく危機感が薄い…」
ブツブツ言いながら書斎へ引っ込んでいった。
「さぁ皆急ぎましょ」
「ランデルは私と一緒に馬車の用意を」
「はい」
「その必要はありません、3人共とりあえず話を聞いて下さい」
仕事に取り掛かろうとする使用人3人を引き留めホラントは状況を説明した。
「という訳ですから、あの方々は皆さんに危害を加える事はありません、安心して下さい」
「ですがそれではハドリー様とホラント様が…」
「本来であれば10年前に済んでいた話です、父の行いは決して許されるものではない、
今逃げたとしても何時かは裁かれる時が来ます」
「「「 … 」」」
「そういうわけでして、突然のことで申し訳ありませんが皆さんを雇えるのは今日までとなります、
これは次の仕事が見つかるまでの一時金です、受け取って下さい」
申し訳なさそうに俯く3人に金貨の入った布袋を渡すホラント、退職金である。
「まぁ…」
「こんなに沢山…」
「頂いてしまっても良いのですか?」
「感謝の気持ちです、今までお世話になりました」
「「「 こちらこそお世話になりました 」」」
「それでは私は父と話をしてきますので」
「「「 はい~ 」」」
2階に上がり書斎の前に立つホラント。
「父上、お話があります」
「なんだホラントもう準備が出来たのか、先に馬車で待っていろ、私も直ぐに行く」
「いえ、馬車は用意しておりません」
「なに? ネリオは何をしておるのだ、急いで用意させろ、
誰かは知らぬがカード王国からの追手の可能性が高いのだぞ」
「護衛の方々からの報告を待っても良いのではないでしょうか?」
「結果が出てからでは遅い、自衛が大切なのだ、早めに手を打つに越したことはないからな、
それとだホラント、良い機会だから覚えておけ、
取引を結んだ相手の話を真に受け全てを委ねるなどというのは愚行である、
所詮は金ありきの関係だ、情報は出来る限り多くから仕入れ、常に別の手を用意しておくのだぞ」
「分かりました、警備の方は今回はなんと?」
「事前の報告では問題は無しだ、だが実際に問題は起きているだろう、
あの2人であれば大したことでは無いのかもしれんがな」
「それほどまでにお強いのですか?」
「私には分からん、だが10年前にSランク冒険者と対峙して生還している、
いや正確には当時はAランクだったか? まぁどちらでも良い、
不屈のミーシャと爆炎のルドルフと言いえばお前も聞き覚えがあるだろう、それだ」
「えぇ、存じています」
「1人は片腕になってしまったがそれ程の実力者ということだ、
用心してロニー教団長の訪問前に護衛の数も増やしておいたからな、
Sランク冒険者でもない限り早々負けはせんだろう、さぁ準備出来たぞ」
大きな鞄を抱えたハドリーが部屋から出て来た。
「父上、残念ながらルコール共和国へは辿り着けそうにありません」
「何を言っているホラント、急いで出発するぞ、馬車の用意は出来たのか!」
「父上、よくお聞きください」
「なんだ?」
「今回ロニー教団長の護衛で来られたのは不屈のミーシャさんと爆炎のルドルフさんです」
「…なに?」
「Sランク冒険者のお2人が父上を捕らえに来られたのです」
「…なんだと!?」
「昨日お会いしましたので間違いありません、外で戦われているのは間違いなくお2人でしょう」
「…はぁ!?」
青ざめるハドリーにホラントが事実を淡々と伝える。
「な、なにを言って…いや何を落ち着いておるのだホラント!
また戦いは終わっておらん、早く出発せねば!」
ハドリーの行く手を遮り首を振るホラント。
「もうよいではありませんか父上」
「なにが良いのだ! そこを早く…」
「526人、父上、526人ですよ」
「なんのことだ?」
「10年前の父上の行動により亡くなられた方々の総数です、
何故知ろうともしなかったのですか!
それだけの犠牲の上での10年だったのですよ、私達のココでの生活は!
私は…苦しかった…とても…」
「ホラント…お前というものは…何も理解しておらん、今まで何を学んできたのだ!
526人がどうした! 何かを得るには犠牲は付きものだ!
貴族であるならば全てを救うことなど出来んと理解しろ! 綺麗事なのだそれは!
大を活かすために小を切り捨てる、人の上に立ち導く者はその決断を迫られるものだ!
統治には何処かで必ず犠牲が必要となるのだ!」
「私もその程度のことは理解しています、ですが…
ですが父上は貴族ではないではありませんか!
導く立場でもなかった! 何の成果すら…一体何のための犠牲だったというのですか!」
「私が貴族に復帰した時に意味を持つのだ! このまま捕えられれば本当に無意味になってしまうぞ!」
「結局…父上の私利私欲に殺されただけではありませんか…」
「このっ…馬鹿者が!」
ホラントの右頬をハドリーが引っぱたいた。
「私は行く、残りたければここに残れホラント」
「私は…」
「「 失礼します~ 」」
ハドリーが階段を降りようとすると入口からロニーとイドが入って来た。
「ロ、ロニー教団長!?」
「お久しぶりですハドリー様、昔話は後程ゆっくりと致しましょう」
『 うぉ… 』
屋敷を包む程の大きさで重力場が展開され、碌に動けないハドリーはあっさり捕獲された。
「お主が噂のハドリーじゃの」
「そうだが…」
「ワシの~お主に会ったらやると決めていたことがあるんじゃ、ほぉい!」
「がっ…」
「イドさん何を…」
縛られたハドリーの右頬を引っぱたくイド、ロニーが驚いている。
「少しだけじゃから止めないで欲しいのロニー教団長、
痛いかのハドリー、じゃが死ぬよりはマシじゃろうて、
ワシはの~バルジャーノに長く住んどるんじゃ、
10年前のあの時も燃える町を見ておった、今でもよ~く覚えとる、
さっきのはドワーフのワシに優しくしてくれた人達の分じゃて、そしてこれはぁ!」
「がはぁっ…」
ハドリーの左頬を思いっきり引っぱたくイド、口の中が切れたらしく血が出ている。
「ワシのかわいい弟子に辛い思いをさせた分じゃて、少しは伝わったかのぉ?」
「…は、はい」
厚い眉毛の奥から覗く鈍い光に意気消沈のハドリー。
ロニーがイドの肩にそっと手を置いた。
「イドさん」
「もう満足じゃて、誰か傷を治してやって欲しいの、
ワシはハドリー嫌いじゃから絶対に嫌じゃて」
光魔法の布教とハドリーの捕獲、旅の目的は達成され、
残すはルドルフとミーシャの結果を待つのみである。




