197話目【タルタ国、国民集会2】
タルタ国居住区の広場にて、四角いリングの上で向かい合う2人の雄。
革製のフィンガーグローブに上裸のスタイル、
片やタルタ国国王ロマノス、片やタルタ国将軍ゲルツ、
筋肉隆々ムッキムキの兄弟、125歳と116歳である。
「将軍、御武運を」
「我らが悲願、今こそ叶えん!」
「王よ、信じております」
「安心して見ているがよい、皆に王たる威厳を示そう」
両陣営のリング際から副将とクラージが声援を送っている。
リングの周りで見守るドワーフ達、大人はあぜ酒、子供はあぜ豆茶を持ち、
茹であぜ豆、芋、チーズ、煮込み、肉、ソーセージなど各々食べ物も完備、大盤振る舞いである。
「準備はいいさね?」
「うむ!」
「かまわん!」
「それじゃ始めな!」
「「 うむ! 」」
『 おぉぉ~! 』
ルルグの合図で殴り合いを始める2人、
リング中央で足を止め両者一歩も引かぬ攻防に広場が沸いている。
「頑張れタルタ王~」
「負けるなタルタ王~」
「素晴らしい筋肉ですよ~お2人共~」
クラージの後ろの方で小さく声援を送るルドルフ、ミーシャ、ロニー。
あざ豆茶と黄色い何かをクラージから貰ったらしい。
「んで、説明役がいなくなったせいでよく分からないんだけど、
これは一体どういう状況なのかしら?」
「どうって、なんか試合なんじゃねぇの? 戦ってるしよ」
「皆さん楽しんでいますしお祭りに近い感じがしますね、
気になるようでしたら訊ねてみてはいかがですか?」
ロニーが指さす先を見るルドルフ。
「そこです! 右を! 右をぉ! いよぉし!! 危なぁい!?」
説明役がリング脇で熱狂している。
「…やめとくわ、なんかそれどころじゃなさそうだし、
まったく、さっきまでの険悪な雰囲気だったってのに…タルタ王の復権はどうすんのよ」
「まぁお茶でも飲んでゆっくりしようぜルドルフ、どっちにしろ俺達は部外者なんだ、
タルタ国内の問題に口出しする権利はねぇんだからよ」
「この黄色い食べ物もなかなか美味しいですよ、お茶と合います」
「はぁ~…それもそうね、どれどれ、ん~なんともネッチョリしていて…悪くないわね、
もう少し甘くした方が美味しいかも」
「そうか? 俺はこのままでもいいと思うぜ~、控えめな甘さがネッチョリで…旨いぜ」
謎の黄色い食べ物をネッチョリするルドルフとミーシャ
「このネッチョリもお土産に持って帰りたいわね」
「お茶もこのネッチョリも販売していないそうですし、物々交換で譲って頂きますか」
「そもそもこのネッチョリなんて名前なんだ?」
「お主等何を言っとるんじゃ?」
「「「 ん? 」」」
あぜ酒を持ったイド爺がやって来た。
「お、イド爺さん、久しぶりの再会だったんだろ? 嫁さんを1人にしてよかったのかよ?」
「ワシも誘たんじゃがの~断られてしもうた、ドワーフ特有のあれじゃて」
「だったら嫁さんのとこにいてあげればいいじゃない、別にこっちは気にしなくてもいいのよ」
「いやワシ一応案内役じゃし、客人を放っておくのも気が引けるしの~」
「…酒の匂いプンプンさせながら言われても説得力ないわね」
「「 うんうん 」」
「いやまぁ…いいじゃろそこは、久しぶりのゴーサとちょっと盛り上がっただけじゃて」
お土産(酒)は全て呑み干した後である。
「ところでイドさん、先ほどの話はどういう意味でしょうか?」
「それじゃて、お主等さっきからネッチョリネッチョリ言っとるじゃろ」
「この黄色いネッチョリのことか?」
「そうじゃ」
「この甘さ控えめのネチョリがどうしたのよ?」
「だからネッチョリじゃて」
「…? まぁネッチョリしてるぜ」
「…? まぁネッチョリしてるわね」
「いやだからの、ネッチョリなんじゃって、なんじゃこの会話?」
「…もしかしてですか、この黄色い甘さ控えめの食べ物はネッチョリという名前なんですか?」
「そうじゃて、お主等知らんでネッチョリネッチョリ言っとたんかの、
それで変な感じになっとったんじゃの~」
「「 (ネッチョリて…そのまんまだな) 」」
腑に落ちた様子のイド、黄色い謎の食べ物はネッチョリだった。
『ネッチョリ』
あぜ豆で作った餡に水とよく分からない粉末を混ぜ、煮詰めて固めた物。
黄色い見た目でネッチョリとした食感が心地よい。
つまりは羊羹である。
甘さが控えめなのは砂糖を使用しておらずあざ豆の甘さのみだからである。
「イド爺さん折角来たんだから説明してくれないかしら?」
「ええぞ、まずあぜ豆を茹でて細かくすりつぶしてからの…」
「それ何の話?」
「ネッチョリの作り方じゃて」
「いや、うんまぁちょっと気になるけど…そっちじゃなくてアレよアレ!
なんでいきなり国王と将軍の殴り合いが始まってるわけ?
皆盛り上がっちゃってるけど、あれもしかして…王位掛けてたりする?」
「するする」
「やっぱりぃぃ!? そうよね! そうだと思ったわよ! 流れ的に!
そんなんでいいわけ!? 殴り合いで決める物なの王様って!?」
「普通は王が退位する時に後任を指名するんじゃけど、
今回みたいに王に対して挑戦する者が現れて王が受けると王位争奪戦が行われるんじゃ、
ただの~ワシが知る限り挑戦した者はおらぬからの~これが正しいのかは分からぬの」
「おぃぃ!? それって割と大事件じゃないの!? なにサラッと説明してんのよ!」
「そうじゃよ、だから皆お祭り騒ぎしとるんじゃて、
見てみぃ食べ物も飲み物も大盤振る舞いしとるじゃろ、大丈夫なのかの?」
「知るかぁ!」
「「 (荒れてるな…) 」」
頭を掻きむしるルドルフ、ネッチョリしながらミーシャとロニーが静観してる。
「ふん!」
「ぬぅん!」
「押し切って下さい将軍!」
「顎です! 顎を狙うのです王よ! そこぉ!」
リングの上も大荒れである。
「しかしよ、あれだけ殴り合ってるのによく倒れねぇよな、ここまで音が聞こえるって相当だぜ」
「いや~本当に凄いですね、人間であればとっくに決着がついていますよ、
これが種族差なのでしょう、ゲルツ将軍が人間を見下すのも分かります」
「ほほほ、あの2人はドワーフの中でも別格じゃて、
それにいくら肉体的に優れておっても魔法の前では意味がないんじゃろ?
ワシあまり詳しくないからよく分からんけど」
「全く無意味ってことはないわよ、魔法職と近接職はお互い天敵同士だし、
距離次第で優位が変わる感じね、まぁ一部例外みたいなヤツもいるけど」
「だーっはっは、我慢すれば何とかなるぜ、後は気合だな」
「「「 (なる訳ないだろ) 」」」
「ゲルツ将軍は外を知らんからの~、お前さんみたいなのは想定しておらんのじゃろ」
「ドワーフで魔法に長けた人はいないわけ?
火の精霊様が直ぐ近くに居らしゃるんだし中級くらいは使えるようになってるでしょ」
「使えはするがの~あまりドワーフは魔法で戦うことはないの、
そもそも人間ほど魔法に長けた種族じゃないんじゃ、肉体が屈強な分魔法は少し苦手じゃて、
力強く、雄々しく、勇敢に、ドワーフの誇りは己が造った武器と共にあるんじゃ」
「「「 へぇ~ 」」」
別に魔法が異端とされている訳ではない、力強く戦うことが好きというだけである。
物作りと肉体に優れ、己の作った武器で戦いうことを好むドワーフ、
鍛冶に必須の火を崇める彼らが火の精霊が住まう土地に根付き国を築いたのは必然なのだろう。
例えそれが痩せた土地であったとしても譲れないものがあったのかもしれない。
「流石は我が唯一勝てなかった男、だがぁ!」
「ぬぅ…」
ゲルツの拳を受け体制を崩すロマノス。
「今の我の敵ではない!」
「!? 攻め時です将軍!」
「王よ!? あわわわ…」
ここぞとばかりにラッシュをかけるゲルツ。
「ぬあぁぁぁ!」
「頑張れゲルツ将軍~!」
「もう少しさね~!」
「ゲルツ様いけ~!」
『 ゲルツ! ゲルツ! ゲルツ!』
「耐えて下さい王よ! 貴方は強き王です! 守りを固めるのですぅ!」
防戦一方のロマノスに沸くゲルツコール、クラージが必死に鼓舞している。
「我は必死に鍛えて来た! 信じる道の為に!
職務を放棄し! 引き籠っておった兄とは! 違うのだ!」
「ぬぅぅぅ…」
「我らが悲願が宿りし拳で! 引導を渡そう! 兄よぉぉ!」
「ぐぬぅ…」
ゲルツの渾身の右がロマノスの顔面にめり込む。
「お、王よぉぉ!」
『 ゲルツ将軍ぅぅん! 』
「ぬぁ甘いわぁ!」
「ぐほぉ…」
『 えぇ… 』
決着の時かと思われた矢先、ロマノスの右がゲルツの脇腹に突き刺さった。
「悲願を宿した割には随分と軽い、こんな物かゲルツよ!」
「ぬぅぅ…」
「言葉にするから軽くなるのだ、ここは互いの力を示す場、語るなら力で語れ」
ゆっくりと指を開いた右手上げるロマノス。
「よかろう、受けて立つ」
ゲルツが左手を上げ指を互い違いに握り込む、そしてもう片方の腕も同じように握り込んだ。
「それアタイが合図した方がいいのかい?」
「「 うむ 」」
「それじゃ仕切り直しだよ、始めな!」
「「 ぬああああああああ! 」」
「手首を返して下さい将軍!」
「手首に気を付けて下さい王よ!」
『 おぉ~! 』
躍動する筋肉、浮き上がる血管、滴る汗、沸くドワーフ達。
「殴り合いの次はなにしてのあれ?」
「何って、力比べだろ、2人も殆ど同じ体格だから純粋な筋力勝負だな、
定番だぜ、ルドルフも1回くらいやったことあるだろ?」
「ある訳ないでしょ」
「「「 えぇ… 」」」
「いや…普通ないでしょ、なにその顔…」
信じられないものを見た顔の筋肉共、ルドルフが困惑している。
「私女よ、アンタ達筋肉と一緒にするんじゃないわよ」
「ドワーフの間じゃ男女関係なくやっとるぞ…」
「光筋教団員もちょくちょくやってますけどね…」
「ルドルフ…もして一緒にやる友達いなかったのか…なんか可哀想だぜ…」
同情の眼差しの筋肉共、ルドルフの眉間に血管が浮いた。
「おらぁ! 今ここでやってやるわよ!」
「ぐぇ…おいやめろルドルフ、そうじゃねぇ、アレだよアレ、力比べは手を握るんだよ!」
「体格差あるんだからハンデよ、これが私の力比べよどりゃぁぁ!」
「苦しいってマジで! ちょと放せルドルフ!」
背後に回り首を絞めるルドルフ、ミーシャが振りほどこうとしている。
「ははは、お2人は大変仲が良いようですね」
「いやこれは駄目だろ!」
「ジャレとるんじゃないのかの? ゴーサもたま~にデレて後ろから抱き着いて来るんじゃて」
「あのよイド爺さん、幸せそうなのはいいんだけどよ、コイツの目を見て同じ事言えるのか?」
「はぁぁぁ…」
明らかな殺意に満ち満ちているルドルフ、ゆっくり息を吐き腹に気を溜めている。
「…ヤバいの」
「…ヤバいですね」
「でりゃぁぁぁ!」
「おいルドルフ! 締めるなって!」
「引き離しましょう」
「そ、そうじゃの」
などと場外乱闘も起きつつ、リングを上でも均衡を破り動きがあった様子。
周りは気が付いていないが僅かにロマノスが手首の攻防制し旗色が傾き始めていた。
「(こ、この力は…)ぬぅぅ…せぁぁぁ!」
「ぐぁっ!?」
『 おぉ~! 』
「え? ちょとゲルツ!?」
力比べをしていた腕を引きロマノスをリングに叩きつけるゲルツ。
ドワーフ達が歓声を送る中ルルグが戸惑っている。
「将軍!?」
「大丈夫ですか王よ!?」
「案ずるはクラージ、大したことではない、次は組技を望むかゲルツよ」
「…いや、皆も楽しんだことだ余興はもう十分であろう、
兄よ、次で最後だ、ドワーフの誇りを掛ける」
「うむ、よかろう、受けて立つ、クラージよ我が武器を持て」
「はい!」
「副将、我の武器をここに」
「直ちに!」
リングで向かい合い大槌を構える2人の雄、先ほどまで大騒ぎしていたドワーフ達が静まり返っている。
「なにやら様子が変わりましたね」
「ほほほ、見るからに本気じゃの~、これで決まるじゃろうて」
「んじゃこれで勝った方が王様ってことか、ちゃんと見届けようぜルドルフ」
「そうね、お茶頂戴ミーシャ」
座り直すルドルフ、ミーシャが新しいお茶を注いで渡す。
「3度目の仕切り直しさね、準備はいいかい?」
「「 うむ 」」
「…合図は必要なさそうだね、勝手に始めな」
「「 … 」」
「ロマノスゥ!」
「ゲルツゥ!」
互いの目を睨み合い握る手に力を込める2人、
同時に振りかぶった大槌はリング中央で激突し凄まじい音と衝撃を放った。
「…まだ届いていなかったようだな」
ゲルツの言葉と共に大槌の先端が砕けリングに散った。
「将軍! 私の武器をお使い下さい!」
「ゲルツ将軍! どうか私の武器を!」
『 ゲルツ将軍! ゲルツ将軍! 』
リング脇に詰め寄り武器を差し出す部下達に首を振るゲルツ。
「3度繰り返した此度の勝負、1度目で違和感を、2度目で疑念を、
そして3度目で確信を得た、我はまだ兄に敵わぬ」
「そんなことはありません、将軍はまだ…」
「口を閉ざせ副将、見るがよい、我の叩き上げた誇りは砕けたのだ」
『 … 』
持ち手だけになった大槌を前に黙る部下達。
「砕けたのであれば再び叩き上げればよい、何度でもだ、
諦め打つ手を止めた時こそ誇りは潰えるのだ、そうであろうゲルツよ」
「…1つ聞いておきたい、我と兄の差はこれ程まであったか?
十数年では埋められぬ程に大きな差であったのか?」
「大差はない」
「では何故埋められぬ? 何故超えられぬのだ?」
「単純なことだ、お前が皆を想い努力し続けたように、
我もまた国を想い努力し続けてきたのだ、認められぬかもしれぬがな」
「ぬぅ…」
「勝敗は決した、これよりは我に従うのだルルグ、
できぬのであればお前が国を背負え、魔王に備え他国と連携し皆を救うのだ」
「交易程度で失敗したアタイに出来るわけないさね、従うよ」
「ゲルツよ、何故我の名がドワーフらしからぬ名か知っておるか?」
「知らぬ」
「ドワーフという種族に捕らわれず、新たな世界を歩むようにと父が名付けたのだ、
そしてお前の名はドワーフの誇り守り、古き良き慣習を忘れぬように母が名付けた、
新たな世界を目指した我は皆の信を失った、古き慣習に捕らわれたお前では国は守れぬ、
我だけでもお前だけでも足りぬ、我と共に国を支え皆を導くのだ、ゲルツよ」
差し出された右手を見るゲルツ、大人も子供も言葉を発せず只1点に視線が集中する。
「まだ兄の進むべき道が正しいのかは分からぬ、だが今は共に、タルタ王ロマノス」
「うむ」
『 おぉ~! 』
力強く握りられた右手を握り返すロマノス、
批判的であった筈のドワーフ達は感情も忘れ歓声を上げた。
「復権おめでとう御座います王よ!」
「まだだクラージ、我はまだ宣言しておらぬ、皆聞くがよい!」
リングに大槌を突き歓声を鎮めるロマノス、右後ろにゲルツ、左後ろにルルグ立つ。
「先に言いかけた言葉を伝えよう、
皆の物事へ関心や当事者意識の低さはドワーフの種族性なのであろう、
我は急ぎ過ぎたのかもしれぬ、これから共にゆっくりと改善して行けばよい、
だが魔王はそうはいかぬ、既に前兆が始まっており残された時は少ない、
故に、我が導く! 我が守る! 強き王を求めるなら我を求めよ!
賢き王に従うなら我に従え! 共にこの未曽有の危機を乗り越えるのだ!」
『 おおおお! 』
『 ロマノス! ロマノス! ロマノス 』
こうしてロマノスの大合唱に迎えられタルタ王は復権した。
「随分と懐かしい顔じゃないかい、10年経っても分かるもんだねぇ」
「当然だろ、忘れられるわけがねぇ」
「雇い主にはなんて伝えるのさ?」
「問題なしだ、ルコール協和国に逃げられでもしたら面倒だからな、
10年待ったんだ、最後まで付き合って貰うぜ」
居住区の一番上の階層では2人の男女が見下ろしていた。




