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193話目【最後の炊き出し】

「へぇ~ゴブリンも葬儀の後は質素な食事なのね」

「基本的に豆とスープっすわ、具の無いスープ」

「スープの具は翌日に持ち越しっす」

「人間と似てるんだな、豆の代わりにパンだけどよ、1個だけ」

「リザードマンも殆ど同じですね、具の無いスープと魚が1匹」

「こういう習慣は種族が違っても結構似るものなんですね」


城壁の外で夕食の準備中の一同。

ミーシャ、ルドルフ、リザードマン夫婦、ゴブリン3人である。


「まぁ同じで良かったわ、急に葬儀が行われたから夕飯どうするか困ってたのよね」

「パンしかねぇから人間式だな」

「何式でもいいっすよ、こういうのは結局気持ちなんすわ」

「お? いいこと言うやんアズ~」

「やるぅ~」

「うぃ~」

「「「「 (なんかチャラいんだよなぁ…) 」」」」


ゴブリン2人から肘で小突かれながら、顔の横で親指と小指を立てフリフリするアズ(ゴブリン)。

一同が目を細めている。

因みに本名はアズではなくアズキである、他の2人はキントとササゲである。


「お母さんご飯!」

「僕お腹空いた」

「ラニ、ラトまだだって言ってるだろ~、他の人を呼んで来るんだよ、ほら一緒に行くぞ!」

「「 えぇ~ 」」

「えぇ~じゃない! こっちこ~い! お~い聞いてるか~? お~い!」

「「 … 」」


リザードマン3兄妹が現れた。

鍋の前に並ぶ妹と弟を兄が呼んでいる。


「来たわね3兄妹、私が代わりに呼びに行くから先に食べなさいよ」

「いえ、私が行きますからルドルフさんは残って下さい、子供達を頼んだよママ」

「お願いねパパ、ラルもいらっしゃい、パパが代わりに呼びに行くそうよ」

「「 こっちこっち~ 」」

「はい~」


という訳で長男ラルも鍋の前にやって来た。


「はい、今日はこれね、少ないけど我慢してね3人共」

「「「 ? 」」」


パンとスープを手渡され3人が首を傾げている。


「具が無い…」

「なんか悲しい…」

「パン? お母さん魚じゃないけど…」

「人間は葬儀の後は魚の代わりにパンを食べるらしいの」

「そうなんだ、じゃぁこれでいいのか、行くぞラニ、ラト…お~い…」

「具が…」

「悲しい…」


パンをスープを見て固まる妹と弟、どうやら葬儀の習慣をまだ理解していないらしい。


「あのね、今日は亡くなった人達を見送った日なの、だから夕飯は質素にする習わしがあってね…」

「具…またご飯なくなったの?」

「シクシク…シクシク…」

「ち、違うわ、いや問題は解決してないけど…今日はそういいうことじゃなくてね…」

「泣くなよラト~、誰かが死んじゃった後はこういうご飯になるんだ! 

 そういうもんなんだよ、昔爺ちゃんが死んだ後もそうだっただろラニ」

「「 … 」」


プルプル小刻みに震える2人、ご飯が質素になることは何より辛いことらしい。

 

「まぁ子供にはまだ早いわな、ほ~らこれならどうだ?」

「わぁ~具が一杯~!」

「嬉しい~!」


ミーシャが具沢山のスープと入れ替えると笑顔になった。


「坊主も入れ替えてやるからこっち来な~」

「ありがとう御座います~、お母さんいいのこれ?」

「いいのよ、向こうで食べなさい」

「「「 はい~ 」」」


テーブルに座る3兄妹、笑顔で食べるちびっ子たちを見てミーシャがニコニコしている。


「よかったんすか兄さん?」

「子供にまで無理させる必要はねぇだろ、こういうのは結局気持ちだからよ」

「「「 ひゅ~カッコイイ~ 」」」

「お? なんで肘で突くんだ?」

「兄さんこれこれ、これやって下さいよ」

「「「「 うぃ~ 」」」」


顔の横で親指と小指を立てて振るミーシャとゴブリン達。


「なんなのノリ…」

「馴染んでますねぇ…」


実に楽しそうである。




その後、具の無いスープとパンを配給し終え片付けようとしていた時、

ポニコーンを連れたフードを被った男がやって来た。


「すまない、我にも貰えぬだろうか?」

「いいですよ、どうぞ」

「助かる、ふん…そうか、今日は葬儀があったのか」

「えぇ、もしかして町の外から来られた方ですか?」

「そうだ、この様子だと大勢亡くなったのだな」

「えぇ…大変な被害が出ました…あ、そうだった、ここはちょっと訳ありで勝手に炊き出しています、

 皆勝手に食べに来ていることになっていますので貴方もそのつもりでお願いします」

「うむ、心得た、何やら複雑なようだな、なにがあったか聞いても良いか?」

「私はあまり詳しくなので…そうだ、ルドルフさ~ん」

「はい~、なにか用かしら?」

「この旅の方がこの間のことをお聞きたいと」

「ん? あんたドワーフじゃないの?」

「いかにも、ドワーフのロマノスだ」

「へぇ~流石王都、イド爺さんとドナさんに続いて3人目だわ、もしかして流行ってるの?」

「いや、そういう訳ではない、大切な用があってやって来たのだ、それで何があったか聞きたいのだが?」

「まぁ座りなさいよ、食べながら話しましょう、スープ冷めるわよ」

「そうだな」


食事しながら襲撃について説明するルドルフ。


「って訳、スープけっこう美味しかったわね」

「そうかお主が止めたのか、感謝する」

「何であんたがお礼言うのよ、あスープのこと?」

「まぁそうだな」

「襲撃を止めたのもスープを作ったのも殆どミーシャよ、ほらあのムキムキモヒカン」

「そうか、あの者にも礼を言わねばな、その場所を見たいのだが可能か?」

「あんた入場の手続きしたの?」

「いや、まだだ」

「それじゃ駄目ね、この時間になったらもう終わっちゃってるし明日よ、まぁ城壁の外からなら見れるけど」

「それで構わん」

「そう、じゃ案内してあげるわ、行きましょう」

「あぁ、その前に礼を言ってくる」

「はい~ここで待ってるから」


テーブルに突っ伏して手を振るルドルフ。


「お主がミーシャだな」

「おう、俺がミーシャだ、あんた誰だ?」

「ロマノスだ、握手を」

「おう、宜しくなロマノス」

「うむ」


力強い握手を交わしロマノスとルドルフは城壁の反対側に向かった。




星空の下、手向けられた赤い花束の前で手を合わす2人。


「気は済んだかいイド爺」

「済むわけないじゃろ、こんだけ人が亡くなっとるんじゃぞ、ワシは悲しくて仕方ないわい」

「それだけ気持ちがあるんなら堂々と参加したらよかったじゃないのさ」

「いろいろあるんじゃ、小娘には分からんじゃろうがな」

「何言ってるんだい、その酒が原因さね」

「な、何言っとるんじゃ? 何のことか分からんの? 

 これは亡くなった人達に送る酒じゃぞ、何も怪しいことはないわい」


キョロキョロしながら花束の脇に酒を置くイド爺。


「怪しすぎさねイド爺、それ、あぜ酒だろう? そんな物何処から持って来たのさ?

 ドワーフの酒が人間の町で売ってる訳ないさね」

「…ぎ、行商人から買ったんじゃ」

「目が泳いでるよイド爺…店の奥の樽、あれ、やってるさね」

「ぎくっ…」

「まったく、同じドワーフのアタイが気が付かないと思ったら大間違いだよ」

「ド、ドナ…これ内緒にしておいてくれんかの?」

「酒好きもほどほどにしときなよ、怒られるだけじゃ済まないさね」

「ままま、その辺でいいじゃろ」


つまりは密造酒である、イド爺結構ヤバいことやってる。



『あぜさけ

あぜ豆というタルタ国内でも育つ豆を原料として作られる酒。

ドワーフ御用達の濁り酒である。

清酒すると日本酒みたいになるとかならないとか、結構アルコール度数は高め。



「ところでなドナ、話は変わるんじゃが」

「話を逸らすんじゃないよ」

「いやちょと…マジな奴なんじゃって、いいから聞け小娘」

「なにさジジイ、くだらない話だったら承知しないよ」

「そんな目で見るんじゃないわい、お前の今後の話じゃて」

「アタイの?」

「お前そろそろ独立したらどうじゃ? ずっと店持ちたいと言っとったじゃろ?」

「まだそんな資金ないさね、それにこの町で別な店を構えたらすぐに潰されっちまうよ、

 あのクソがいる限り無理さね」

「クソて…まぁクソじゃけど、他の町での話じゃよ、ワシ結構いい仕事しての~

 レジャーノ伯爵の依頼の報酬として紹介状を書いて貰えることになったんじゃ」

「へぇ~凄いじゃないかい、何作ったのさ?」

「ちょっと特殊な義眼をじゃな、初めてだったから苦労はしたがの~ワシに掛かれば一晩でポンじゃ、

 そんな訳でドナよ、何処がいいかの? 足りない資金はワシが出してやる、好きな町を選べ」

「えぇ!? イド爺さんがかい? いいよ~紹介状だけでも十分有難い話さ、

 後は何処かから借りて自分で稼いで返すよ」

「お前の~人間の町で亜人種が簡単に金を借りられると思ったら大間違いじゃぞ?

 それならワシから借りてワシに返せ、それ以外無理じゃ、はよ町を決めんかい」

「いやそんないきなり言われても困るさね…もう少し時間をおくれよ」

「駄目じゃ今決めい、ドナよ、正直の~この町は今よくないんじゃ、

 良い人間も沢山おるがの、どうしても嫌なところが目に付き過ぎる、

 これも全てあのクソのせいじゃ、アイツはマジでクソじゃな、ワシ嫌いじゃ、

 レジャーノ伯爵が頑張っておられるが町が良くなるにはも少し時間が掛かる、

 これ以上ここにいてお前の心が濁ってしまわんか心配なんじゃ」

「イド爺…」

「ワシはの~人間の良い所も悪い所も沢山見て知っとるんじゃ、

 ここよりもう少しマシな場所でお前もそれを体験せい」

「分かったさね、別な町でアタイの店を持つよ、イド爺よりうんといい店をね」

「何じゃ小娘、生意気言いおって、ワシの店よりいい店なんてある訳ないじゃろ、あぜ酒あるんじゃぞ」

「いやそれは駄目だって…今は無いけどね、これからさね」

「ほう、言いおったな、やってみせい小娘、はよ町を決めるぞ」

「そうさねぇ…」


星空の下で話をする2人、城壁沿いにルドルフとロマノスが歩いて来た。


「暗くてあまり見えないけど、あの丘からドンパチやられたって訳」

「なかなか厳しい地形だ、数に勝る敵によく打ち勝ったものだ」

「まぁあの程度の奴等じゃミーシャの相手にはならないってことよ、

 私もミーシャも結構頭に来ててね、時間が経って落ち着いたけど、

 逃げた奴等に責任を負わせるまではちょっと忘れられそうにないわね」

「簡単には心の火は消えぬ、悪いこととはいわぬが憎しみにだけは飲まれぬようにな」

「そうね、気を付けるわ、んでこれが崩れた城壁、あっちが今日葬儀が行われた場所よ、

 見えないけど花が沢山置いてあるわ」

「なるほどな…お主の気持ちが少し理解できたぞ」


崩れた城壁の前で立ち止まり更地になった町を覗くロマノス、目の奥に微かな怒りの炎が揺らいでいる。


「入っちゃ駄目よ、衛兵がちゃんと監視してるから直ぐ捕まるわよ~」

「分かっておる、騒ぎを起こす気は…ん? 誰かおるな」

「本当ね、こんな時間に誰しら?」


話声の元に歩いて行く2人。


「カースマルツゥなんてどうさね?」

「かぁ~駄目じゃ駄目じゃ、至高都市なんて名乗ってはいるが代表的な人間至高主義の町じゃぞ、

 亜人種にとってカード王国内で最もクソな町じゃ」

「なんだいそれ、全然至高じゃないじゃなかい」

「亜人種嫌いの人間にとって至高ってことじゃ、リコッタはどうじゃ? 水の都じゃぞ」

「嫌さね」

「なんでじゃ?」

「…アタイ泳げない」

「なんじゃドナ~泳げんのか~」

「なにニヤニヤしてんのさ、タルタ国内で泳げる場所なんてないんだから仕方ないじゃないかい!」

「ワシは泳げるぞ、一番下の池で練習しとったからの~、旅をするなら当然の準備じゃて」

「…イド爺、それタルタ王の庭園じゃないだろうね」

「ぎくっ…」

「なぁに自慢げに語ってるのさ、このクソジジイ」

「煩いわい、他に練習する場所なかったんじゃからしかたないじゃろう、サントモール!」

「雪国じゃないかい! 無理さね、寒くて死んじまうよ、残ってるのは?」

「ダナブルかウルダじゃな、だがまぁどうかのう? ダナブルは数年前に領主が変わっておるからの~」

「ならばウルダにせよ、流通の拠点で各地に繋がっている唯一の町だ、

 それにもしルート・キャロルが伯爵ならば亜人に寛容であろう、申し分ない人物だ」

「へぇ~あんたウルダに行ったことあるわけ? いい所よ~ウルダ、1年中芋が美味しい」

「随分と昔の話だ」

「タ、タル…むぐぅ!?」

「ロマノス様! 何故こんな場所に!?」


ドナの口を塞ぎながらイドが目を丸くしている。


「久しいなイド、ドナも元気そうだ」

「ロマノス様こそお久しぶりじゃて」

「むぐぅ…、むぐぐ…」

「あ、やっぱりドワーフ同士は知り合いな訳?」

「そうだな、世話になったルドルフ、我はこの者達と積もる話でもしよう」

「そう、今夜は適当に野宿でもして明日正門から入りなさい、

 今町はピリピリしてるから間違っても不法侵入するんじゃないわよ」

「理解しておる」

「それと、城壁の近くで火を使うのは禁止、真面目で仕事一筋の衛兵が飛んで来るわよ」

「あぁ、気を付けよう」

「それじゃおやすみ~ イド爺さんとドナさんもおやすみ~」

「お、おやすみ~」

「むぐ…」


ルドルフは去って行った。


「亜人種に対し全く嫌悪感を抱いておらん、良い人間だな」

「えぇまぁ、っというかどうされたのじゃロマノス様!? 何故ここに…」

「むぐぅぅ! いつまで人の口を押えてるのさクソジジイ!」

「す、すまんの…いやしかし迂闊に口を滑らるからじゃて、タルタ国の王がいると知られたらどうする気じゃ?」

「…それの何がいけないのさ?」

「うん? …そ、そうじゃな、ワシが悪かったの、ロマノス様ちょっとこちらへ」

「うむ」


ドナを残し距離を取るイドとタルタ王。


「その様子ではドワーフの関連は既に疑われておるのだな、ドナは知らぬのか?」

「はい、ワシが知らせぬようにしておりまして、あの…ここで何が起こったかご存知なのですかの?」

「誰よりも真実を知っておる、一部の愚か者の為に国同士が争わぬよう我は来たのだ」

「そうでありましたか」

「急ぎカード王に合わねばならぬ、イドよ、手引き出来ぬか?」

「いやぁ…そういわれましてもの~ワシは只の鍛冶屋じゃからの…お、そうじゃ!

 レジャーノ伯爵であれば可能じゃて、むしろ他にカード王に面会できる者はおりませぬの!」

「頼めるか?」

「ここで待っていて下れ、直ぐに呼んで参りますの、それとロマノス様ドナにはその…」

「分かっておる、我を信じよ」

「行ってまいりますじゃ」


イドは崩れた城壁から中に走っていった。


「タルタ王、イド爺はどこいったんですか?」

「領主を呼びに行ったのだ、ドナよ人間の町はどうだ?」

「お金さえあれば食べ物が買えますし、それなりに楽しいさね、タル…ロマノス様も一緒にどうですか?」

「ふははは! タルタ国を任せれれる者がおればな」


夜通し愛馬を走らせ、僅か数日でバルジャーノに辿り着いたタルタ王ロマノス。

恐らく人間では不可能である、体力、忍耐力、精神力に優れ、

強い信念を持ったロマノスだからこそ成した所業である。



「このタイミングでタルタ王だと? 冗談か?」

「冗談ではないのじゃ、ワシを信じて下されレジャーノ伯爵」

「…行くぞカーネル、パニー」

「「 はい 」」


イドは無事レジャーノを連れ帰った。


「久しいなレジャーノ伯爵、パルメザと呼ばれていた少女が随分と大きくなったものだ、

 こうして昔の知人と会うと時間の流れを感じずにはおれんな、

 だがその鋭い目つきだけは今も昔も変わらん」

「お久しぶりですロマノス様、貴方は昔と大して変わりませんな、多少髭が伸びた程度か」

「ふははは! 我はドワーフであるからな、人間とは寿命が倍異なる、幼少期など遠い昔の話よ」

「ふふふ、ロマノス様の幼少期は想像できませんね、私の記憶の貴方はいつもその顔だった、

 こちらへ、話はカード王と共にお聞きしましょう」

「ヨーフスは元気にしておるか?」

「ご健在です、今もなお私達の偉大な指導者です」

「そうか、良いことだ、それにしても老けたなカーネル、生きているうちに再会できてうれしく思うぞ」

「覚えて頂けているとは光栄の極みで御座います」


握手を交わし城壁の中に入って行くレジャーノ伯爵とタルタ王とカーネル。


「(レジャーノ伯爵とロマノス様は知り合いじゃったか…)」

「(随分と仲がいいさね~)」

「(あの人がタルタ王…髭が凄い…ヨーフスって誰?)」


カード王である。

本名パルメザン・ヨーフス、息子の白帝ヨトラムはパルメザン・ヨトラムである。

知っている人は極めて少ないカード王国内の豆知識。




その後、カード王、レジャーの伯爵、タルタ王の間で話し合いが設けられ、

シルトアの報告を待たずして真実が明るみになった。

レジャーノ伯爵はタルタ国内のハドリーを拘束しリーヌスを捌くことを望んだが、

タルタ国将軍のゲルツが侵略のきっかけを欲している事、

その場合ハドリーが隣国のルコール共和国へ逃亡する危険性がある事、

タルタ王が食料問題を通じタルタ国内の意識改革を望んでいる事を理由に

ハドリーの処遇は見送られることとなった。


カード王が食料問題への助力を申し出たが、

国民自身による意識改革を望むタルタ王の希望で取引レートの改善に留まった。

しかし、結果としてこの判断は過ちとなった。


取引レートの改善は自身の成果と主張したルルグにタルタ国民は信頼を寄せ、

合わせてゲルツとハドリーの存在感が増した。

また、食料問題が改善したため危機感が薄れ、当事者意識が更に減り意識改革が行われることは無かった。

自ら考え行動して欲しいというタルタ王の切なる望みは、10年の月日でタルタ王の権威と共に失われて行った。


一方、ハドリーを捕らずリーヌスの暗躍を見逃すという苦渋の決断を下したカード王国。

レジャーノ伯爵が翌日の早朝に行われた会議にタルタ王の参加を要請、

タルタ王は一言も話さず存在を示しただけであったが、全てを察したリーヌスと財務長は顔面蒼白となった。

処罰を恐れた財務長はすぐさま辞任、それを受け法務長はレジャーノ派に鞍替え、

当然、防衛長は大手を振って鞍替え、ダルトンと笑顔で固い握手を交わし、数少ない目覚まし草仲間になった。

リーヌスは何食わぬ顔で総務長を続投したが財務長、法務長という2本柱を失い発言力が著しく低下、

存在してはいるが影響力はほぼなくなり、レジャーノ伯爵の統治が始まった。


亜人種への不当な圧力が無くなり、10年後にはダナブル同様に亜人種が住みやすいと町として知られることなる。

ドナはウルダで店を構え弟子を集めた。

そしてダナブルで発案された魔王対策(シード計画)を知り、タルタ王は強力を申し出た。

これにより停滞していた魔道補助具の開発が躍進することとなる。


皮肉にも10年後に正反対の結果をだどるタルタ国とカード王国だが、

この件を切っ掛けに有事の際の協力を再度確約、両国の繋がりは強固となった。






そして翌日、9時ごろ。


「ねぇミーシャ…なんかヤバい目つきの女がコッチ見てるんだけど…」

「どこよ?」

「ほら、列に並んでるアレ…怖っ、目つき怖っ」

「めっちゃ睨んでるな…怖っ…すげぇ迫力だぜ…」

「ちょと、ドンドン近づいてくるんだけど!?」

「いや、そりゃお前並んでるから近づいてくるだろうよ、沢山食べろよ~」

「わ~い!」


昨晩から持ち越したスープの具とパン、ついでにスクランブルエッグを配給中である。


「私あの目苦手だわ…はいどうぞ~、絶対性格悪いわよあの女」

「そいうい偏見は良くないぜルドルフ~、心のありようは顔に出るっていうしな、

 あの人もいろいろあったんだろきっと、可哀想だから肉多めにしてやろうぜ」

「いや…身なりのいい服着てるし、違うと思うわよ…来た…」

「そういう人もいるだろ~、ほい、肉多めにしといたからよ、元気出せよ姉ちゃん」

「頂こう」


大盛りの料理を受け取る目つきの鋭い女。


「ウルダから来たAランク冒険者のルドルフとミーシャだな」

「そ、そうよ…」

「おう、俺がミーシャだ、宜しくな!」

「ふん、宜しくなミーシャ、ルドルフお前もだ」

「よ、よろしく…(なにこの偉そうな女…)」


握手する2人、直ぐ後ろに並ぶポルザがニコニコしている。


「2人とも思う存分暴れてくれたようだな、昼の炊き出しは必要ない」

「「 はぁ? 」」

「被災者も亜人種も関係ない、生活が困窮している者に対し等しく支援を行うことが決定した、

 私が責任をもって果たす、今までよくやってくれた、感謝する」

「「 はぁ、どうも… 」」


礼を言うと目つきの鋭い女は立ち去りテーブルに座った。


「なんだったんだ?」

「さぁ、なんか偉そうな女だったわね」

「おほほ、偉そうじゃなくて偉いのよ~、レジャーノ伯爵だもの」

「「 ほぇ!? 」」

「因みに私は食材を上げるオバちゃんじゃなくてポルザよ、Sランク冒険者の統括のギルド総長ね、

 今回の働きを評価して2人共Sランク冒険者として認めます、今後もヨロシクね」

「「 は? 」」

「どうぞっす」

「あらありがとう~」


ゴブリン(アズキ)から料理を受け取りレジャーノ伯爵の横に座るポルザ。


「おめでとう2人共、因みに俺はダルトンギルド長ね、卵沢山貰える?」

「「 知ってるわ! 」」

「はいどうぞ~」

「どうもね~」


リザードマン(父)から卵を追加されたダルトンがレジャーノ伯爵の向かいに座った。


「いろいろと感謝しておる、今度衛兵の詰め所に遊びに来てくれ、衛兵長としてもてなそう」

「「 行きま~す 」」

「はい~」

「ありがたい」


ゴブリン(キント)から料理を受け取たウェンハムがダルトンの横に座った。


「レジャーノ伯爵の執事カーネルです、以後お見知りおきを」

「「 どうも~ 」」

「どうぞ~」

「ご丁寧にありがとうございます」


リザードマン(母)からカーネルが、


「Sランクおめでとうございます、私パニーです、レジャーノ伯爵の執事見習いです」

「「 頑張れ~ 」」

「うぃ~」

「ありがとう御座います」


ゴブリン(ササゲ)からパニーが、


「俺もいつかアンタ達に追いつくぜ、忘れるなよハルマキだ、たまには稽古付けてくれよな」

「私チームメンバーのタンタン、大盛りでお願いします」

「同じくチームメンバーのフカヒレです、肉下さい」

「「「 うぇ~い 」」」


ゴブリントリオから一緒に魔物を狩りに行ったAランク冒険者チームが、


「この炊き出しも見納めだな、これ以降は城壁の近くでの火の使用は禁止だ、見逃さんぞ」

「でたわね真面目で仕事一筋の衛兵」

「今日は普通に食べに来たな」

「最後だからな、皆なんだか楽しそうだし、俺もたまには肩の力を抜こうかと思ってな、

 あんまり真面目過ぎると親父見たいになるって衛兵仲間に言われてるし」

「いいじゃねぇか真面目で、俺は好きだぜ」

「アンタは名乗らないの?」

「俺か? そういや名乗ってなかったな、俺はウェンタム、衛兵長ウェンハムの息子だよ」

「「 似てるわ 」」

「おい、盛り過ぎだ、おいちょっと!?」

「サービスよ」

「沢山食べろよ~」

「マジかよ…まぁ、ありがとな」


ルドルフとミーシャに真面目で仕事一筋の衛兵が山盛りにされ、


「その…昨日はすまなかった、一言謝りたくてな、それでは」

「折角来たんだから食べて行きなさいよ~防衛長」

「まぁお互いろいろあるってことだな、気にしねぇさ、ほらあんたで最後だ」

「すまん…有難く頂く」


アルバが申し訳なさそうに最後の食事を受け取りダルトンの横に座った。

最後の炊き出しは皆仲良く食べたとさ。





「はぁ…速く帰りたいな~、何であんなところでゆっくりしてるんだよ~、

 僕だって温かいご飯をゆっくり食べたいのに…」


一方、逃亡した襲撃犯を尾行しているシルトアは上空でパンを齧っていた。

10年前の話はこれでお終いである。


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