表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/304

192話目【赤い花と煙】

時刻は15時を過ぎたころ、レジャーノ伯爵の屋敷。


「そうでしたか…」

「マイロ…よい人でしたのに…」

「火葬には私が立ち会った、事後処理に影響が出ると思ってな、隠していてすまなかった」

「「 いえ… 」」


レジャーノ伯爵はらマイロの死を告げられ、

ウェンハム衛兵長とポルザギルド総長が肩を落としている。


「背負い込むなよウェンハム、マイロの件も襲撃の件もお前の責任ではない」

「しかし…入場検査で捕えてさえいれば…」

「駄目ですよウェンハム衛兵長、レジャーノ伯爵が仰られたように防げるものではなかったわ、

 こんな時だからこそ胸を張って下の者を導いて貰わないと」

「ポルザの言う通りだ、今回の件はお前1人でどうこう出来る物ではなかった、

 こちらが思っていた以上に事態が悪化していたということだ」

「頭では理解しております、ただ心の整理が追い付いていないだけですので…大丈夫です」

「そうか」

「さぁ、まだまだやることが山積みですよ、頑張って行きましょう」


手を叩き笑うポルザ、場の空気が少し和らいだ。


「この報告書、よく短時間で仕上げてくれた、苦労を掛けたなウェンハム」

「いえ、マイロ殿達はそこには含まれておりません、修正後再度お渡し致します」

「それは私がやっておこう、2人は遺族と共に皆を弔ってやってくれ、

 身元の確認は済んだ、そろそろマナの海へ還してやるべきだろう」

「わかりました」

「レジャーノ伯爵は立ち会われないのですか?」

「そうしたいのだがな、至急やらねばならんことが出来た、ポルザ、代わりに花を任せる」


カーネルが赤い花束をポルザに渡す。


「わかりました、ダルトンギルド長も立ち会わせましょう」

「そうしてくれ、呼ばずとも来るとは思うがな」

「「 それでは失礼します 」」


ウェンハムとポルザは部屋を出て行った。


「私達も行くぞパニー」

「え? 私ですか?」

「年寄りでは少々力不足ですので、よろしく頼みますよパニー」

「何の話ですかカーネルさん?」

「それはレジャーノ伯爵からお聞きになった方が宜しいかと、

 何処までやられるつもりなのかは私にも分かりませんので」

「はぁ…あの~はっ!?」


椅子に座るレジャーノ伯爵を見るパニー、明らかに殺気立った空気に背筋が伸びる。


「ダルトンに対して小心者のビーズリーが圧を掛けて来たそうだ、

 こちらが抵抗しないと踏んでの行動だ、ふふ…随分と舐められたものだな」


心なしかレジャーノ伯爵の背景が歪んで見える。


「ひぇっ…カ、カーネルさんビーズリーって誰ですか?」

「法務長です、財務長と並びリーヌス陣営の2本柱ですね、

 違法な取り締まりなどを見逃すなどしてそれはもう大活躍しております、

 元々小心者で強いモノに巻かれる質でして、あまり表立った動きは見せていなかったのですが、

 ここ1年はかなり派手に活躍しておりますね」

「あぁ~それで急に町の状況が悪化したんですね」

「今までこちらの陣営に直接何かをすることは無かったのですが、

 今回ダルトンギルド長に圧を掛けて来たということは…」

「ということは?」


ヒソヒソ話をするパニーとカーネル、しっかり聞こえているレジャーノ伯爵の背景が蒸発した。


「コソコソと隠れる必要がなくなったということだ、

 完全に私とリーヌスの勝敗が決したと判断されたわけだな」

「そんなまだなにも…怖っ!? レジャーノ伯爵怖っ!?」

「明日の会議でリーヌスは決着を付けに来るだろう、マイロを失ったことは大きい、

 襲撃の件はいくらでもこちらを非難する材料になるからな、だがそうはさせん、

 思い上がった小心者め、何処まで加担しているかは知らんが釘を刺してやる、水晶と報告書を持てパニー」

「は、はぃぃぃ!」 


怒れるレジャーノ伯爵と怯えるパニーも部屋を出た。




そして法務長の屋敷を訪れた2人、荒れ果てた庭で数人の庭師が頭を抱えている。


「ふん、ダルトンめ、余程溜まっていたようだな」

「(ほぇ~滅茶苦茶…ギルド長やりすぎ)」


かろうじて残っている歩道を歩き呼び鈴を鳴らすと使用人が扉を開けた。


「いらっしゃいませレジャーノ伯爵、どのような御用でしょうか?」

「え? ちょちょっと今レジャーノ伯爵って…まぁレジャーノ伯爵! 

 ようこそいらっしゃいました、今日は何か御用で?」


使用人に変りニコニコした法務長の娘が現れた。


「ダルトンが庭で暴れたと聞いてな、様子を見に来たのだ」

「そうなんです! お父様は何も言いませんけどこんなのあんまりですよ!

 大切な花壇も荒らされてしまって、芝生も植木も滅茶苦茶、折角綺麗なお庭だったのに私悲しいです!」

「そうか、悪かったな、ダルトンには私から注意しておこう」

「是非お願いします!」

「(この人…なんだか…)」

「ビーズリーはいるか?」

「書斎にいます、是非お入りになって下さい、そちらの方はレジャーノ伯爵の従者ですか?」

「執事見習いだ」

「パニーです、よろしくお願いします」

「私はメルテーです、以後お見知りおきを、ではこちらへ、私が案内します、紅茶お願いね一番高いヤツ」

「かしこまりました」


使用人に耳打ちする鼻息の荒めのメルテー、特に重要な人物ではないので覚える必要は無い。


「お父様、レジャーノ伯爵がおいでになりましたよ」

「な、なに!? レジャーノ伯爵だと?」


書斎の扉をノックするメルテー、驚いた法務長が出て来た。


「な、何故このような場所に…」

「なに、少し話があってな、入るぞ」

「ど、どうぞ…」

「失礼します」

「それでは私もご一緒させて頂きます」

「駄目だメルテー、その…レジャーノ伯爵と大切な話があってな、お前は同席してはいけない」


一緒に中に入ろうとするメルテー、レジャーノ伯爵のただならぬ雰囲気を察した法務長に止められた。


「えぇ~折角レジャーノ伯爵来られたというのに、お父様お願い~」

「いくらお前の頼みでも駄目だ、聞き分けてくれメルテー」

「少しだけお願い、ね? 貴族の方とご一緒出来る機会なんて滅多に…」

「駄目だメルテー、と、とにかく駄目なのだ」

「えぇ~」


法務長の制止に不満丸出しのメルテー、貴族に対する憧れがあるらしい。


「メルテー、今日はビーズリーと折り入った話があってな、席を外して貰いたい、

 その代わりに今度私の屋敷に招待しよう、ケーキと紅茶付きでな」

「えぇー!? ほ、本当ですかレジャーノ伯爵!?」

「あぁ、約束しよう」

「ありがとう御座いますぅぅ! いやっほ~う! お父様頑張って!」

「あぁ…」


両手の親指を立て父を鼓舞したメルテーは去って行った。



「純真な娘だなビーズリー、私とお前の関係を何も知らん、

 つい2日前の惨事にも関心はないようだ、相当な箱入りだな」

「えぇ…まぁ…」」

「(そういうことか…どおりであんなにキラキラしてるわけか…)」

「失礼します」


使用人が紅茶を持って来た。

椅子に座るレジャーノ伯爵と法務長、紅茶を飲むが落ち着きがない。


「そ、それで、今日はどのような御用件で来られたのですかな? 普段私の家を訪れるなど…」

「パニー」

「はい」


パニーが水晶をテーブルに置くと映像が映し出された。


「と、とにかく何でもいいから何とかしろ!」

「あのねぇ…俺の話聞いてました? その辺の冒険者とは訳が違うんですって、

 ウチのメンバーに死ねって言ってるようなもんですよ? ……」

「それでは困ると言っておるのだ! この際多少の被害は仕方なかろう!」

「そんなこと言って責任はどうするんですか? 

 死に物狂いで依頼を受けたのに牢にぶち込まれちゃたまりませんよ」

「わかったわかった! 依頼を受けた者に関しては罪に問わん! それでいいだろう」


法務長とダルトンの会話が再生されている。


「こ、これは…」

「お前がギルドで働いた不正の証拠だ、敵陣営でこれだけ派手にやったのだ、

 私に伝わることは想定内だっただろうが映像に残されるとは油断したな、ダルトンを甘く見すぎだ」

「そ、それがどうしてというのですかな? そんなもの見えられたところで…」

「これはリーヌスの勝利宣言に他ならない、小心者のお前にこのような指示を出す位だ、

 このレジャーノ・パルメザは既にリーヌスの敵ではなくなったのだと、そう示唆している、

 法の番人でありながら法を歪め続けたお前は最大の功労者とも言えるな、

 今も亜人種の不当な圧制と被災者支援の障害だ、そして襲撃とマイロに関しても実に許し難い存在だ」

「そ…」

「黙れ」

「っ…」


レジャーノ伯爵に睨まれ口を閉ざす法務長。


「パニー」

「はい」


法務長の前に報告書を置くパニー。


「今回の襲撃による犠牲者だ、目に焼き付けろビーズリー」

「こんなに…」

「総数526人、上は76歳、下は3歳、被害地域の生存者は僅か42名、ほぼ全滅と言っても良い数だ、

 夕食前の家族が揃う時間帯と重なり当初の予想より大幅に被害が拡大した、残念だ」

「…」

「今まで、特にこの1年のお前達の行動は度し難かった、

 貴族だなんだと綺麗ごとを並べ放置した私の責任でもあるが…、

 結果として大勢の命が失われた、今回の件は一線を越えている、覚悟はできているなビーズリー」

「…っは!?」


重く冷たい声に顔を上げるビーズリー、

パニーの眼帯が光を帯びると空気が冷たくなり扉と窓、ビーズリーの足が氷に覆われた。


「な、何のことです!? これは何を…」

「お前達は法の外にいるのだ、私だけが法の内にいては相手など出来ん、不本意だが同じ場所まで堕ちるとしよう、

 なに心配には及ばん、都合よく襲撃犯を1人捕えているからな、目撃者を残さなければなんとでも処理できる、

 だが私はリーヌスのように姑息な卑怯者ではない、自ら手を下そう」


殺気を放ちながら立ち上がるレジャーノ伯爵、手に持った氷柱が覚悟を感じさせる。


「ま、まままま待って下さい、話が、話がよく分からなな、話を…」

「見苦しいぞビーズリー、覚悟を決めろ、私は既に出来ている」

「ちょ、ちょっと待って下さい、なんでそんな…大体なんのことなのかが…せ、説明を…」

「パニー」

「はい」

「っひ…」


報告書の一番最後の紙を見せるパニー、記載された名前を見てビビりまくりのビーズリーが目を丸くした。


「マ、マイロ殿!? 何故マイロ殿が…っは!? い、いや、ち、違います、そんな馬鹿な!

 確かに私は今までレジャーノ伯爵に反発して来ましたがこれは…、今回の襲撃はに全く関係ありません!」

「マイロと私が襲撃を受けマイロは実際に命を落とした、襲撃犯は武器を所持したまま堂々と正門を通り、

 衛兵の代わりに監視所に潜伏していた、その上、捕えた襲撃犯の内2人が何者かに処分されている、

 都合が良すぎる、衛兵へ圧力が無けれ不可能だ」

「…ぇ」


何かを察しぞっとした顔をするビーズリー。


「た、確かに私は衛兵に対し協力を要請しました、それは認めます!

 ですが襲撃に加担してこんな被害を出すなど、流石にそんな馬鹿なことには…

 本当に何も知りません、私は誓って関与しておりませんので、本当です、誤解なのです!」

「(うわ~…そっちは認めるのか…最低だなこの人…)」

「(この様子では本当に知らんようだな、とすれば残る可能性は…)」

「お願いします、レジャーノ伯爵信じて下さい、いやまぁ今までのことがありますし、

 かなり都合が良いとは思いますが、どうか…どうか…」

「衛兵への要請は誰の指示だ?」

「そ、それは…言えません」

「ビーズリー、もう1度聞くぞ、誰の指示だ?」

「…言えないのです」


力なくうなだれるビーズリー、何かに怯えているようにも見える。


「…今は信じよう」

「ほ、本当に? ありがt…」

「だが忘れるな、この被害者達に誓い私は手引きした者を処罰する、どれだけ時間が掛かろうと必ずだ、

 お前も誓え、今後今までのような過ちは繰り返さぬと、さもなくば先ずは家族を失うことになる、

 そして最後にビーズリー、お前自身だ」

「わ、分かりました…誓います…」

「パニー」

「はい」


氷が解除され、少しやつれた顔のビーズリーが汗を拭っている。


「先ずは被災者の支援の邪魔をするな」

「はい…私個人の話になりますが…」

「それでよい、それでは失礼する、よい紅茶だった」

「お気を付けてお帰りく下さいレジャーノ伯爵…」


ビーズリーの肩を叩き立ち去ろうとするレジャーノ伯爵とパニー、部屋を出る前に立ち止まった。


「ビーズリー、今城壁の外で犠牲者達を送っている最中だ、一応伝えておく」

「そうでしたか…お伝え頂きありがとうございます」


レジャーノ伯爵とパニーは帰って行った。


「お父様、レジャーノ伯爵とはどのような話をされたのですか?」

「…ちょっとしたことだ、それより準備しなさい、犠牲者に花を手向けに行くぞ」



城壁の外ではウェンハム、ポルザ、ダルトン立ち合いの元、城壁の外で犠牲者の葬儀が行われていた。

多くの者が参列し故人に別れを告げている、その中には人間だけでなく亜人種の姿も確認できる。

ミーシャ、ルドルフ、防衛長も参加しており、増え続ける参列者に混じり法務長一家の姿もあったそうな。


夕日に掛かる煙と手向けられる赤い花、悲しむ人々の心と襲撃事件に1つの区切りが付いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ