190話目【爽やかな屑、綺麗な球、どっちゃり肉サンド】
襲撃がった2日後の朝。
リーヌス邸の一室で椅子に座り向かい合うリーヌス総務長と財務長。
「探らせてみましたところ、屋敷から何人かの遺体が運び出されたことは間違いありません、
ただ既に火葬されておりまして身元は確認できませんでした、
昨日からマイロ殿を見かけて者はおりませんので間違いないとは思いますが…」
「混乱を抑えるために早めに手を打ったのだろう、
流石はレジャーノ伯爵、自身も襲撃されたというのに実に行動が早い」
「マイロ殿の不在は不自然すぎますし、情報を伏せた所で余り意味があるとは思えませんが…」
「そんなことは勿論想定済みさ、恐らくは…そうだな、事後処理の間だけでよいのではないかな」
「はぁ…そういうものですか」
よく分からないと言った様子の財務長、リーヌスが爽やかに微笑んでいる。
「いぞれにしてもレジャーノ伯爵は健在です、
多額の費用を要しましたが残念ながら今回は失敗となりましたね」
「いやいや、何も失敗などしていないさ、全て予定通りだよ、
相談役の損失はレジャーノ伯爵にとってかなりの痛手だ」
「襲撃した者の内3人が捕えられましたが既に2人対処済みです、
残る1人が取り調べを受けていますが警備が厳しく手は出せないかと…」
「私達に繋がるような情報は持ち合わせていないと思うが…どうかな?」、
「主要な者ではありませんでしたのでまず問題ないかと」
「それなら特に対処しなくてもよいかな、迂闊に手を下すとかえって危険だ」
「わかりました、それと使用していた装備が回収され調査されているようですが、
こちらも問題はないでしょう、ドワーフ製であると判明したところでそれ以上は何も分かりません、
他国へいきなり調査に乗り出すなど無理でしょうし」
「タルタ国の関与が疑われたところでカード王なら争いごとを避けるように指示される、
それ以上の詮索は出来ずに事実は闇へと消える、
もしハドリーの事が露見した場合は対処する必要があるかな」
「わかりました」」
「あとは今回の件への対応を行わぬレジャーノ伯爵を何食わぬ顔で非難すればよい、
素晴らしいな、こういう事柄は受ける側より攻める側が非常に有利に出来ている、
そして民からの支持を失ったところで退陣を迫れば私の望みは叶う、
どうかな? なにも失敗してはいないだろう?」
「確かに、レジャーノ伯爵の生死に大きな意味は無いということですね」
「その通り、些細なことだよ、この状況はいくらでも利用できる、
ただ望みを叶えるためにはもう少し民の不満を募らせた方が良さそうだ、、
炊き出しの件は聞いたよ、被災者だけではなく亜人種にも振る舞われているのは非常によくない、
折角困窮させて町民と亜人種双方に不満を募らせたというのに意味がなくなってしまう」
「直ぐに対処します、防衛長に声を掛けてみましょう」
「彼は自身の存在価値を示したがっているからね、適任だと思うよ、
亜人種の人達には恨みは無いが利用させて頂こう、
出来れば待遇を理由に暴動でも起こしてくれれば最高なのだけどね、
私が領主になったのちに待遇を改善すれば支持が得やすくなる」
支援そっち除けで碌でもない会話をしているリーヌスと財務長、
この2人がタルタ国にいるハドリーの協力者であり、今回の惨事の原因である。
一方、レジャーノ伯爵邸では。
「おはようございますレジャーノ伯爵、カーネルさん」
「おはようパニー、元気そうで何よりだ、まぁ座れ」
「はい!」
「おはようございますパニー、紅茶は如何ですか?」
「紅茶であれば私が淹れますよ、変わります」
「ほほほ、変わらすとも大丈夫ですよ、それよりレジャーノ伯爵よりお話があるそうです」
「え? あの~レジャーノ伯爵…もしかして私…」
「なんだ?」
恐る恐るレジャーノ伯爵を見るパニー、紅茶を嗜んでいる。
「あ、あの…右目は見えなくなりましたけど仕事は出来ますので…その…」
「うむ、それがどうした」
「あわわわわ…」
いつも通りの鋭い目つきと口調にガタガタ震えるパニー、
カーネルが装飾の施された箱を取り出しテーブルに置いた。
「ひぇ!?」
「そんなに驚かなくてもよいと思いますが…」
「だっていきなり置くんですの…」
「私からのプレゼントだ、開けてみろ」
「え? あ、はい」
箱を開けるパニー、キラキラと輝く綺麗な丸い球が入っている。
「うわぁ~綺麗な宝石? ですか?」
「義眼だ、右目が寂しいと思ってな」
「えぇ!? これ義眼なんですか!? 確かに言われば目玉っぽいような…」
「嵌められそうか?」
「ちょっと試してみます」
鏡を借りてゴソゴソするパニー。
「これどうやって…お? んお? おおおう!? お? おぉ~」
何とか装着出来たらしい。
「何とかなりました、どうですか?」
「どうといわれてもな、他に義眼を付けた者をしらんのでな、わからん」
「そ、そうですね…」
「似合っているとは思うぞ、両眼を開けていてもそこまで不自然さは感じぬ」
「とてもお綺麗ですよパニー」
「本当ですか!?」
鏡の前に花が咲いた。
「実を言うと眼帯を外している時に片目を閉じ続けるのは結構大変だったんです、
見えなくても両目を開けられるのはとても助かります」
「喜んでもらえて何よりだが扱いには気を付けろ、その義眼は只の飾りではない、
ドワーフの職人の技術の結晶、極めて純度の高い魔増石だからな」
「そ、そんなに高価な物をわざわざ私のために?」
「身を挺して私を守った事への礼だ、遠慮なく受け取れ」
「有難う御座います!」
「それがあれば杖を持つ必要がなくなる、武器などが持ち込めない場所でも
お前の力を発揮することが出来るだろう、所謂奥の手だな、普段は眼帯で隠しておけ」
パニーの脇からカーネルが複数の眼帯が入った箱を置いた。
「ひぇ!?」
「2度も驚かなくてもよいと思いますが…」
「いや…いきなり死角から来たのもで…ちょっとビックリしちゃって…」
「全てお前の物だ、好きな物を使え」
「えぇ~眼帯までこんなに頂いても宜しいのですか? ありがとう御座いますぅ、え~とじゃぁ…」
今日は水玉模様の気分らしい。
「パニーよ、私の元に来なければお前は右目を失うことは無かった、
回復魔法でも癒せぬ傷だ、後悔もあるだろう、
それすらも利用しようとする私に思うところもあるだろう、
だがお前を手放す気はない、これからも私の下で働いて貰う、異論は認めんぞ」
「は、はい! 精一杯頑張ります!」
「良い返事だ、私の剣となり盾となることを期待する、先ずはそうだな、朝食だ」
「はい!」
パニーの不安は徒労に終わった。
そして城壁の外では。
「ほいトマト抜きだ、いっぱい食べろよ~」
「次の方どうぞ~、コッチ開いてますよ~」
「お肉なくなりました、追加お願いま~す」
リザードマン夫婦とミーシャがパンに肉と野菜を挟み並んだ人達に手渡している、
昨晩に続き勝手に配給中、朝食のメニューはお手製どっちゃり肉サンド(モギ肉Ver)である。
「お~いルドルフ、こっちも肉無くなったぜ、追加を頼むわ~」
「もう少し待ちなさいよ~まだそんなに焼けてないっての、その辺そろそろいいんじゃない?」
「あホントっすね、焼けてますわ、ちょっと持って行ってきますわ」
「よろしく~、野菜もついでに持っていて頂戴」
「了解っす、はい回収~」
「「 うぃ~っす 」」
裏方で肉を焼くルドルフとゴブリン、
隣では別のゴブリンがレタスを毟り、更に隣ではまた別のゴブリンがトマトをスライスしている。
変ったのはメニューだけでないようだ。
因みに野菜と肉は昨日の余り、焼いてる機材は城壁の横に捨ててあった?不用品である。
当然ボルザの仕業である。
「ほほほ、美味しいわね~」
「美味しいですね~」
しれっと一緒に食べていたりする。
「これで最後か?」
「みたいですね」
「んじゃ終わりにしようぜ、あとは自分達で好きなだけ食べてくれよ」
「「 頂きます~ 」」
「お~いルドルフ、終わったから適当に食って片付けだ」
「はい~、やっぱりモギ肉は最高ね、朝からでも全然いけるわ」
「ホントっすね姉さん、マジ旨いっすわ」
「たまんねぇっすわ、肉止まんねっす」
「久しぶりに新鮮な野菜食べたっす、マジ有難いっすわ」
裏方は一足先に切り上げて朝食中である。
パンに挟んでいないのでもはや只の焼肉とサラダである。
「責任者は誰だ! 名乗り出ろ! ワシは防衛団長アルバである!」
甲冑に身を包み槍を持った男がやって来た。
彼の名はアルバ、バルジャーノに存在する防衛団の長である。
『防衛団』
一応、侵略者などの外敵から国を(というかカード王のいる町)を防衛する為の組織なのだが、
町の治安維持は衛兵、魔物は冒険者という流れがあるためなんとも存在意義が微妙な組織。
国としては間違いなく無くてはならない組織なのだが、
各国のトップは各種族の繁栄させ魔王の襲撃を乗り切るとの共通意識があるため、
普通の判断力を持っていれば基本的に他国に侵略することは無い、その結果、防衛団が活躍することも無い。
日々鍛錬しているので衛兵よりは強いのだが結局最高火力は冒険者が上であり、
有識者の中では不要論も出ていたりと存続を危ぶまれていたりもする。
今回の襲撃にも対応できなかったくらいなので実際に有事の際に活躍できるのか微妙。
防衛団のトップである防衛団長は重要な役職ではあるのだが、
上記のこともありバルジャーノの役職の中では立場が弱い。
アルバはそういう立ち位置の人物である。
「姉さん、呼んでるっすけど」
「意外と早く来たわね、責任者はミーシャさんで~す!」
「いいんすか姉さんそれで…」
「いいのよ、私は今モギ肉で忙しいんだから、ほら遠慮しないでドンドン食べなさい、焦げるわよ」
「「 うぃっす、姉さんあざっす 」」
「アンタ達一応脅されて働いてるってことになってるんだから適当に合わせなさいよ」
「「「 うぃ~す 」」」
ルドルフとゴブリン達は焼き肉を続行した。
「そういうことで責任者のミーシャだ、宜しくな」
「宜しくではない、この場所での火の取り扱いは禁止されている、知っているのかね?」
「知ってるぞ」
「なら話は早い、法に反しているため金輪際止めるように、それとだ食料取り扱いに関する許可書を見せたまえ」
「許可書なんて持ってねぇけど、そんなのあるのか?」
「なに? 無許可だと? 見たところ町の者ではなさそうだが?」
「まぁな、ちょっと前にウルダから来たんだよ、宜しくな」
「いやだから宜しくではないと言っているだろう、まさかこれだけ大々的に行っていて無許可とはな、
余所者が勝手をしおって、大切な町の住民に何かあったらどう責任を取るつもりかね?」
「まぁ落ち着けって、俺が勝手に飯作ってるところに勝手に貰いに来てんだ、
何かあったらよ、それはまぁ自己責任なんじゃねぇのか? といっても何もないけどな、
それによ町の住民が大切なら早いとこ食料の支援した方がいいんじゃねぇか?
騒ぎから1日以上ほったらかしにされて食い物がねぇからここに来てんだろ?
生きる為には食わねぇといけねぇからよ、仕方ねぇんじゃねぇの?」
「そんなことは支援の担当者に言えばよい! 私はお前の法に反した行いについて話しているのだ!
そこの者達も分かっているのか? どうなんだリザードマンの2人、お前達も同罪だぞ!
それに衛兵は何をしている? 何故見過ごしているのだ、この程度の対応も行えぬなら何のための衛兵か!」
周りにキレ散かすアルバ、ミーシャが棍棒で肩をトントンしている。
「アンタの言う通り俺は法に反してるぜ、逃げも隠れもしねぇ、正々堂々悪党よ、
だからこれを止める気はねぇ、従わせたけりゃ力ずくで来な、
それとよ、この人達は俺が無理やり従わせてるんだ、文句は俺に言いな、だよな?」
「「 はい、脅されてます 」」
「嘘を付くな! 脅されている者がそんな顔でパンを齧る訳ないだろう!」
お手製どっちゃりサンドをモッチャモッチャするリザードマン夫婦、顔から幸福感が溢れ出している。
「おら、しっかり食えよ~、残したら只じゃおかないぜ、トマトの枚数増やしてやるぜ~」
「「 はい、しっかり味わって食べます 」」
「おぃぃぃぃ! 絶対嘘ついてるだろう! 脅されてないだろそれぇぇぇ!」
「何言ってんだよオッサン、脅してるって、そうだよな? 身の危険を感じてるよな?」
「「 はい、凄く美味しいです、モギ肉最高です 」」
「馬鹿にしとるんか? お? ワシを馬鹿にしとるよな? おん? おぉん?」
幸せの夫婦、カチキレのアルバがミーシャにメンチを切っている。
「あんなんでいいんすか姉さん…」
「いいのよ、ほっときなさい、それよりお酒ないかしら? サッパリしたレモンのヤツが飲みたいわ」
「ないっすわ、俺達も暫く飲んでないっす」
「お酒は贅沢品っすわ」
ルドルフは未だに新感覚リコッタ産サッパリレモンの爽やか果実酒を飲めていなかったりする。
「朝から大きな声を出してどうしたんですかアルバ防衛団長、そんなに怒ったら体に悪いですよ」
真面目で仕事一筋の衛兵がやって来た。
「ようやく来たか衛兵よ、この状況はなんだ? 敢えて見逃しているのか?」
「どれどれ、なるほどこれは良くないですね、何の肉だ? 何作ってるんだこれ?」
「モギ肉だな、お手製どっちゃ肉サンドだ、タレを絡めてパンに挟むんだよ、旨いぜ~」
「なるほど、モギ肉をタレと絡めてパンに挟んでどっちゃりと…」
メモを取る衛兵。
「何をメモしとるんだお前は…」
「いやいや、これは全く知りませんでした、
この前の騒ぎの後始末に人数を割いていますので監視が疎かになっていたみたいです」
「この男は法に反している事を自覚している、確信犯ということだ、今すぐ拘束すべきだな」
「この人をですか? 冗談でしょ、止めておきましょう」
大げさに手を振り断る衛兵。
「なに!? 目の前の違反者を見逃すというのか? 衛兵としての職務を放棄するのか?」
「衛兵の職務は治安維持です、この人を拘束しようとして暴れられでもしたら大惨事になりますので、
今のままの方が治安が維持されると判断します、アンタ町および住民に危害を加えないと約束できるか?」
「おう、いいぞ、約束する」
「何を訳の分からんことを言っているのだ! そんな口約束になんの意味がある! いいから手を貸せ!」
「お断りします、どうしても拘束されると言われるならアルバ防衛長だけでどうぞ、
危険ですので衛兵達には手は出させません、これは職務放棄ではなく治安を維持するための判断です、
だいたいこの人のこと知ってて言ってるんですか?」
「知らん! 全く役に立たんなお前は! 違反者を捕らえぬ衛兵など必要な…」
「あぁ~飯食ったらなんか急に運動したくなっちまったなぁ」
アルバの言葉を無視し誰もいない場所に歩いて行くミーシャ。
「食後の運動するからよ~誰も近寄るんじゃねぇぞ~、危ねぇから絶対に近寄るなよ~」
棍棒をグルングルン回しながら注意喚起している。
「行くぞ~おらぁ!」
ゴルフのスイングみたいに棍棒を振り地面を叩くミーシャ、
衝撃音と共に地面が爆発しガッツリ抉れた。
『 !? 』
ルドルフ以外の全ての人達が目を見開き食事の手を止めた。
「ふぅ~いい運動になったぜ~、で? なんだって防衛長さんよ」
「と、という訳ですから、この人は俺達衛兵では手に負えません、
日々鍛錬している防衛団の方達なら何とかなるかもしれませんよ、
あとの判断はアルバ防衛団長に任せますから」
「き…急用を思い出したのでな…一度帰るとしよう…」
アルバはぎこちない歩き方で帰って行った。
「ね、姉さん…なんすかあれ…」
「あの兄さん怖いっすわ…」
「地面が爆発したっすわ…」
「別に怖くないから安心しなさい、ミーシャはめっちゃ優しいわよ」
「「「 マジっすか、兄さんマジかっけぇっす 」」」
「っていうかアンタ達さ、喋り方といい見た目といいなんかチャラいわよね」
「よく言われるっすわ」
「ゴブリンって大体こんな感じっす」
「それが理由で接客業首になったっすわ」
「へぇ~アンタ達も大変なのねぇ、残った料理好きなだけ持って帰っていいわよ」
「「「 あざっす、姉さんマジ最高っす 」」」
ゴブリンがチャラくてもいいじゃない、そういう世界なんだもの。
「勝手な事ばかり言いやがって、とっとと食料支援を始めろってんだ馬鹿野郎」
「だはは、あんなにハッキリと見逃してよかったのか? 真面目で仕事一筋の衛兵さんよ」
「俺個人としてはアンタ達の活動に賛成だし、実際にやめさせろと言われても無理だからな、
ちゃんと約束を取り付けたし、正当な理由もある、、
アルバ防衛団長には衛兵としての立場をしっかり説明したから只見逃したとは違うと思うね、
そうだな、町の治安を維持するための正当な取引だな、これは」
「おう取引だ、約束は守るぜ俺は、ところで朝飯食べたのか?」
「いや、まだだが」
「ありがとうございました、これ是非持って行ってください」
「お仕事頑張って下さいね衛兵さん」
どっちゃり肉サンドを差し出すリザードマン夫婦。
「折角だ、頂くとしよう」
ニコリと笑い衛兵はどっちゃり肉サンドを持ち帰った。




