187話目【ハドリーの企み】
「タルタ王、クラージが参りました」
タルタ国で一番大きな建物の前で返事を待つクラージ。
「タルタ王! クラージです! クラージが参りました! …失礼します」
反応が無いので中の様子を伺と奥の部屋から金属を叩く音がする。
「工房にいらっしゃるのか、クラージ入ります!」
断りを入れ奥へ進むと工房ではタルタ王が金槌を振るっていた。
「それは大槌でしょうか?」
「クラージか、いかにも、まだ粗削りであるがな」
「完成が楽しみです、王自身がお使いになるのですか?」
「いや、誰の物でもない、これはあくまでも試作、実験的に造っているだけだ」
「王直々とは一体どのような実験なのでしょうか?」
「光の3勇者は知っているな」
「魔王を討伐したと言い伝えられる伝説上の方々です」
「只の伝説ではない、およそ千年前に実在した者達だ、
初代タルタ王カルガドが魔王を討伐したとされる武器の製作に関わっている」
「なんと、そのような記録が残っているのですか」
「残っているのは3代目タルタ王マグスの手記だ、初代タルタ王の言葉を残すべく作成された最古の記録、
その中に魔法が使えぬ勇者の為に魔法を宿した武器を製作したと記されていてな、再現できぬか試しておるのだ」
「そのような物があったとは知りませんでした、私にも閲覧させて頂けないでしょうか?」
「貴重な物ゆえ歴代の王のみに閲覧が許されておる」
「残念です…」
肩を落とすクラージ、その様子をみてどこか満足そうな顔のタルタ王。
「だが古い手記が1つだけでは後世に残す上で不安が残る、クラージよ、手記の複製を命じる」
「ほ、本当ですか王よ! 喜んでお受けいたします!」
「うむ、かなり痛んでおる、細心の注意を図れ」
「畏まりました、しかし魔法を宿した武器ですか、魔集石使用すれば可能だと思いますが」
「そうだ、その程度であれば赤子でも分かる、だが問題は使用者が魔法を使えぬという点だ、
どう解釈して良いのか分からぬのだ、ただ魔法が不得手だったのか、
適性が無く全く使用出来なかったのかでは話が異なるからな」
「得て不得手はありますが全く使用できないなんてことは無いと思いますが…」
「分からぬぞ、勇者が現れたのは魔王により荒廃した世界だ、
魔石や上級者が枯渇し魔法を習得する術がなかった可能性もある」
「なるほど、そこまでは考えが至りませんでした」
「当時を正確に知る者はおらぬ、そこでまずは魔法が不得手だったと仮定して再現を試みておるのだ、
魔増石と魔集石の組み合わせであれば容易いからな」
「魔増石で使用者のマナを増大させ魔集石に秘められた魔法を発動させる、
仕組みは簡単ですが素材が問題です、魔増石は採掘できますが魔集石はそうそう手に入りません」
「案ずるなクラージ、雷の魔集石なら既にある」
拳サイズの黄色く輝く石を見せるタルタ王、クラージが目を輝かせている。
「おぉ…これが雷の魔集石ですか、なんと美しい、奇跡の結晶をこの目で見ることが出来るとは…」
「旅をしている時に手に入れたのだ」
「王よ、手に取ってみても宜しいでしょうか?」
「構わぬ、ふはは、物欲しそうな顔をしおって、ドワーフの血が騒いだかクラージ」
「魔集石を見て興奮せぬドワーフはおりません! おぉ…これが…王よ、その、少しだけ試してみても…」
「好きにせよ」
「ありがとう御座います! それでは失礼して…」
タルタ王の許可を得てウキウキのクラージ、両手で大切に包んだ魔集石にマナを送ると
魔集石がほんのり輝いた瞬間雷撃が放たれ工房の中で暴れ回った。
弾け飛ぶ工具、火花を散らす大槌、地面に転がりピクピクするクラージ。
「あばばばばばば…」
「ふははは! やりおったなクラージ! 火の魔集石であれば死んでおったぞ!」
「もも…申し訳わけ…ありままませんん…」
「魔法の結晶を不要に発動させればそうもなろう、ましてや素手で掴んで発動させるなど以ての外だ、
魔集石とは加工して初めて安定して扱えるのだ」
「べ、勉強になりま…す…」
ピクピクのクラージは暫く体が痺れたままだったそうな。
「王よ、ご存知であるなら先にお教えて下さってもよかったのでは?」
「身に染みたであろう、これで忘れることはあるまい、我もかつて同じ過ちから学んだのだ」
「そ、そうでありましたか…ところで急に何故伝説の武器の再現を思い立ったのですか?」
「魔王だ」
「魔王、ですか?」
「魔王は約1000年毎に現れるそうだ、恐らく我、もしくは次の王の治世で現れるであろう、
昔カード王と話し合い有事の際は互いを助けると約束した、
だがいずれかの王が交代した時に約束が守られるかは分からぬ、
我が国もただ滅亡を待つ訳にはゆかぬからな、こうして対抗策を模索しておるのだ、
果たして魔王相手にどれ程の意味があるかは分からぬがな、
分からぬ以上試してみるしかあるまい、クラージよ我を助けよ、我と共に国を支えよ」
「もとよりそのつもり御座います、我が主、タルタ王ロマノス様」
クラージは痺れが残ったまま頭を下げた。
「ところでクラージよ、何用で訪ねて来たのだ?」
「そうでありました、今日ホラント様よりタルタ国へ来られた経緯をお聞きしました、
王は全て知っておいでだったのですか?」
「知っておる、あのハドリーと言う男は信用ならんがカード王国との交易には役に立つ、
食料問題に不満を持つ者達が自ら模索し行動を起こしやすくするために置いておるのだ」
「なるほど、確かに交易条件は改善され一定の成果はでております、
履歴を確認したところ人間用に作成した防具を交易品とし取り入れたようです」
「提案したのはハドリー、採用したのはルルグであろう、対応を間違えねば屑にも使いようはあるのだ」
「屑とは…あまりにも…」
「間違ってはおらぬ、アレの野心はまだ消えてはおらぬからな、
人当たりは良いが油断するなよクラージ、アレは屑だ、忘れるでない」
「心に留めておきます」
「いずれ魔王が現れる、全ての種族が危機に滅亡の危機に瀕するだろう、
他種族との共存は必須なのだ、我が民も考えを改めねば先は無い、
食料問題ですら不満を述べるだけで解決しようするものが居らぬのではな…」
「ようやく一歩進んだではありませんか、ここからです」
「うむ、どのように考え行動するか見ものだな、食事にするぞ、ついてこい」
「はい、王よ」
場所は変わりハドリーの屋敷。
ホラントと使用人が夕飯を作っている。
「今日は随分と豪華ですけど何かありましたか?」
「わかりません、ハドリー様より言われた通りに準備致しました」
「(誕生日では無いし、なんだろう? 後で父上に聞いてみるか…)」
「ホラント様、そちらは砂糖ですので…」
「ん? っは、危ない危ない、すみません少し考え事をしていました」
料理が完成しテーブルに運ぶホラントと使用人、
食事を並べ終えるとハドリーがやって来た。
「父上、今日は何か良いことでもあったのですか?」
「まぁな、喜べホラント、また貴族としてカード王国へ還る道筋が整ったぞ!」
「え? 一体どうやって…」
「まだ確定ではないがな、今日この時私の長年の努力が実を結ぶのだ、
さぁ座れ、まずは祝おうではないか!」
「はい父上(どういうことだ?)」
食事を終えたホラントはハドリーの書斎を訪れた。
「失礼します父上、食事の時のお話なのですがどのような経緯で貴族に復帰できるのでしょうか?
そもそもどの町の貴族に?」
「勿論ダナブルだ、それ以外に私達が帰る場所は無いだろう」
「はい? いやしかし、ダナブルにはロックフォール伯爵がいらっしゃいますが…
復帰の要請があったとかでしょうか?」
「あれほど一方的に追い出しておいて要請などある筈がないだろう、
例え要請があったとしても現ロックフォール伯爵がいる限り
ダナブルを追われた者達は誰も賛同せん、それだけの対応をしたのだから当然だな」
「…? 申し訳ありません父上、要請がないのにどうやって戻るのですか?
カード王より直々にお達しがあるとは思えませんし…」
「ロックフォール伯爵がいる限り要請はない、戻る気もない、ではどうすればよいか?
分からないかホラント? どのように手を尽くせばダナブルに戻り貴族に復帰できるか?」
ワインを開け上機嫌でグラスに注ぐハドリー。
「お前もどうだ?」
「頂きます、よく分かりませんが…ロックフォール伯爵がいる限り戻る気が無いのですよね?
まさか退任される予定なのですか? 何かしらの病を患って…」
「ふ~ん…悪くはないぞホラント、だが正解とは言い難い、もう少し現状を加味して考えなさい、
私達はタルタ国にいて、人脈を駆使し交易を拡大させた、交易品で今一番の目玉はなんだ?」
「ドワーフの装備です」
「いいぞホラント、ドワーフの装備は性能が高く実力を底上げすることが出来る、
私ですら中級魔法が使用出来た位だ、誰でも欲しがるだろう、
カード王国内で唯一王都にのみドワーフの鍛冶屋が存在するが決して生産数は多くは無い、
そこでだ、私の人脈を生かし複数の町で販売を行う、そうするとどうなる?」
「あの父上…この話が貴族への復帰と何の関係が?」
「考えろホラント、大切なのはここらかだぞ、良い製品には上客が着く、
お前が畑に種を蒔いたように私も各地に種を蒔いていた、そして遂に実を結んだということだ!」
ワインを片手に饒舌に語るハドリー、気分が高揚し大げさな語口になっている。
「申し訳ありません、私には少し分かりかねます」
「ならばもう少し話を進めるとしよう、ドワーフの装備と私の事を知ったとある方から連絡があった、
まさに上客だな、いや上客殿だ、その後は早かった、
互いの利害が一致していたからな、彼は惜しみなく資金を提供し私は装備と人を用意した」
「…父上、一体何をされたのです?」
ハドリーの言葉に不安を覚えたホラントが眉を潜めた。
「なんだホラント、ここまで話しても分からんか、お前には政略というものが欠けているな、
まぁよい、私が手ほどきしよう、貴族として生きるのであれば必要だ」
「そんなことはどうでもよいのです! それより何を…」
「おぉ気になって仕方ないのだな、分かるぞホラント、だが急いては事を仕損じる、
教えてやるから少し待つのだ」
開いたグラスにワインを注ぎハドリーは自身の功績を誇らしく語りだした。
「貴族に復帰しダナブルへ還りたい私、領主になりたい上客殿、食料問題を解決したいドワーフ、
その3方の要望を叶えるため私が提案した方法はダナブルと王都の襲撃だ」
「なっ!?」
「そうだろうそうだろう、なんとも突拍子もない話だがドワーフの装備と数さえいれば可能だ、
私の本命はダナブルの領主ロックフォール伯爵、上客殿は王都の領主レジャーノ伯爵、
ドワーフの要望を叶える為に交易に関する権利を有していいる者、
まぁ王都の交易関係者は上客殿にも関係していたようだがあまり詮索はせぬ方が身のためだぞ」
「なぜ…そんな…」
「ドワーフの件か? 交易関係者を私の息のかかった者に入れ替えれば交易を優位に進められると説明してある、
嘘ではないが一番利益が大きいのは間を取り持っている私の方だな」
「いや、そうでは…」
「ドワーフがそこまで深く考えられる訳がないだろう、まぁ後の事を考えて王都での優先順位は上げてある、
万が一失敗しても交易に良い結果が残ればここでの地位は守られるというわけだ、
上客殿には悪いがこちらの都合を優先させた、これが大切なのだ、
こういう共同作業では互いの利益を求める中で己が一番得をするように画策するのだ、保身も忘れるなよホラント、
襲撃する者は数名しか事実を知らん、大半を道中で集める手筈になっている、
もし捕まっても情報が漏れることもない、その辺りはしっかりと手を打ってある」
「…ドワーフが襲撃に加担していると分かればカード王国と戦争に発展する可能性だったあるんですよ」
「それはそれでよいのだ、ドワーフの将軍が血の気が多くてな、
身の程知らずにもカード王国に攻め込み豊かな土地を手に入れるべきだと考えている、
タルタ王に止められているようだがカード王国が宣戦布告してくれば大義名分を得て
彼の願いが叶うだろう、結果は私の知るところではないがな」
「戦争になった際、私達はどうするのですか?」
「心配するなホラント、既にルコール共和国に当てを付けてある、
戦争で優秀な者が減れば私の復帰も叶うかもしれぬ、それまでは辛抱だ」
「流石は父上、私では到底考え付かぬ話です」
「決行日は今日だ、時期に結果が届くだろう、お前も良い方に事が進むように願っていてくれ」
笑顔でグラスを合わせるホラント、語り終えたハドリーは満たされた顔をしている。
「それでは私は先に休ませて頂きます」
「今夜は良い夢が見られそうだ」
「そうですね、良い夢を父上」
書斎の扉閉めドアノブを強く握り締めるホラント。
「(何処まで、何処まで愚かなのだ…貴方と言う人は…何とかしなければ)」
ホランドは急いで屋敷を出てクラージの家の扉を叩いた。
「クラージ様! いらっしゃいませんか! クラージ様!」
「ホラント様どうされましたか? 明るいとはいえ今は夜です、あまり大きな声は控えた方が…」
「申し訳ありません、至急お話したいことがあります、クラージ様しか頼れる方がいないのです」
「どうぞ、中にお入り下さい」
こうしてハドリー達の企みはホラントからクラージへ、そしてタルタ王へと伝わった。
事実を知ったタルタ王は直ぐに行動を起こした。
「タルタ王、是非私を同行させて下さい、私と父の責任です」
「ホラントよ、その身を顧みずよくぞ伝えてくれた、
責は招き入れた我にある、我以外に此度の件収められる者はおらぬ、
それでもなお責を感じるのであれば今後このような事にならぬようハドリーを監視せよ」
「承知しました」
「クラージ、留守の間国を任せる、ゲルツとルルグには注意せよ」
「畏ました、お気を付けて」
「はぁっ!」
タルタ王はポニコーンに跨り夜を駆ける、
陰謀と混乱が渦巻く王都に事実を告げ両国の争いを避ける為に。




