186話目【ホラントとクラージ】
王都が襲撃された同日、タルタ国領土内にある屋敷。
屋敷と言っても伯爵の屋敷のように大きくはなく、
使用人の数も3人だけという小さい屋敷。
街道からは見えないウムコモの森の中に建ち、豪華な庭の代わりに小さな花壇が2つ、
シオシオの花と申し訳程度に顔を出した芽が哀愁を誘っている。
「また枯らしてしまった…」
花壇にの前にかがみ込み溜息をつく男が1人、
作業服にエプロン姿であるが使用人ではない。
彼の名は
『ホラント』(当時20歳)
元の名はロックフォール・ホラント。
ダナブルの領主、ロックフォール・ペニシリ伯爵の従弟。
「花の1つも育てられないとは…私は未だ無能な愚か者だということか…
いや、数は少ないが芽は出ているのだ、クラージ様の言う通り土をなんとかすれば…」
※タルタ国は領土が殆ど火山地帯であり国土が痩せています、
また火の精霊の影響でマナが濃く非常に強い品種であれば何とか育ちますが
普通の植物では枯れてしまいます。
屋敷の周りの森は『ウムコモ』という非常に強い品種の木です。
『ウムコモ』
タルタ国内に沢山生えている幹が太く枝が短い木。
劣悪な環境でも成長することが出来る、
幹の中には水分が蓄えられており雨が降らなくても1年位は問題ない。
土からは養分ではなく水分を吸収し、葉は大気中のマナを吸収している。
つまりマナで育つ品種のため土壌の養分に左右されない木である、強い。
たま~にオレンジ色の実がなる、みずみずしい梨のような味で美味しい。
でもたま~にしか実を付けないので高級品として取引される。
「そんな花の心配ではなく、我が家の行く末を心配したらどうだホラント」
「そんな花などと言わないで下さい父上、母上の愛した花ですよ」
屋敷から出て来た身なりの整った口髭の生えた男、ホラントの父ハドリーである。
『ハドリー』(当時46歳)
元の名はロックフォール・ハドリー
10年後(現在)である、178話目【タルタ国】で少しだけ登場した人物。
現ロックフォール・ペニシリ伯爵の叔父(父親の弟)であり、
とある事件を切っ掛けにロックフォール家とダナブルを追放された男である。
妻とは既に死別している、紳士的で人当たりも良いが割と屑である。
「花を育てて贈るより家を復興させた方が亡き母も喜ぶと思わぬか?」
「私は今の生活に不満はありません、父上も一緒に土いじりでも如何ですか?」
「このまま辺境で朽ちていけと? ホラント、いつも言っているだろう、
世界は少数の優れた者がそうでない者達を統治することによって成り立っている、
貴族とは何だホラント?」
「優れた選ばれし者ですか?」
「そうだ、これは私達貴族に課された責務なのだ、
お前はその重大な責務を放棄しようとしている、何度説明させれば気が済むのだ?、
まったく、幼い頃は理解していたというのに…」
額に手を当てヤレヤレと首を振るハドリー。
「お言葉ですが父上、私達はもう貴族ではありません、ダナブルを出る際に家名を剥奪され…」
「だからそれは何とかしようとしているのではないか!
何故父の苦労が分からんのだ! 私がどれだけ手を尽くしていると思っている!」
「申し訳ありません父上」
「たまには口だけではなく行動で示して欲しいものだ…私はルルグ様の所に行って来る」
「お気を付けて」
「それとだホラント、ドワーフとはあまり慣れ合うべきではない、
彼らは地下に籠りあまりにも世情に疎い、自ら考えることもなく簡単に流される、
所詮統治される側の者達だ、しっかりと線引きせねば毒されるぞ」
「…気を付けます」
ハドリーを見送るホラント。
「(あなたは何も変わらないのですね…)」
父の背中を見つめるホラントは悲しい顔をしていた。
場所は変わり、タルタ国内の大渓谷。
タルタ国唯一の町は渓谷の壁を円状に削り取り造られている。
壁はすり鉢状に段々になっており、階層を下がる程狭くなっている。
渓谷を挟み片側が居住区、片側が採掘場であり、
対岸を繋ぐ橋には線路が敷かれ採掘した鉱石を積んだトロッコが走っている。
居住区には生活用水の水路が整備されており、
一番上の階から順に流れ最終的に渓谷へと降り注いでいる。
場合によっては水魔法で補うが、基本的に流れている水は山の表面から浸透し貯蓄された雨水である。
居住区には岩を繰り抜いた横穴式の家と、加工した岩を積み上げた建物が存在しており、
中でも一際大きく立派な建物がタルタ王の住居である。
因みに天井に天然の光輝石が埋まっているため1日中明るい、
滞在の際は体内時計が狂わないように注意が必要である、
ドワーフ達は割と平気らしい。
「特に変わり映えの無い景色です、毎日見ていて飽きませんか?」
「それが不思議と飽きないのです、御一緒にいかがですか?」
居住区の一番上段の端に座り町を眺めるホラント、
タルタ王の側近のクラージが話しかけて来た
「今日は何か悩み事がありそうですねホラント様」
「いえ、そんなことは…そんな顔してましたか?」
「それはもう、6年も同じ顔を見ていますからね、それ位はわかります」
「私がここに来てもう6年も経ちましたか、早いものです…あの壁は随分と採掘が進みましたね」
「そうですね、タルタ国は地下資源が主な交易品ですから、国のために採掘し続けるしかないのです」
「あの子供達も大きくなりました、私も年を取り人も国も多かれ少なかれ変化しています、
ですが父は貴族であった頃と何も変わっていません、もう6年も経つというのに…」
小さく溜息を吐くホラント、憐みを感じさせる。
「それが悩みの種ですか?」
「そうです、私は今の生活が気に入っているのですけどね、
貴族の時のように気を遣わなくてよいですし、自分で好きなことに挑戦できます
目下の目標は花を育てることですね」
「それは難しいかと、以前もお話したように土を定期的に入れ替えるしかありません、
残念ながらこの国にはそのような土はありませんので
他国から仕入れるか作った肥料で補うかの2択ですね、
といっても濃いマナに耐えられる植物でなければ直ぐに枯れてしまいますが」
「精霊様のお恵みも考え物ですか」
「そのお陰で世界屈指の魔石の産出国でもありますので、なんとも複雑です」
少し困った顔で苦笑する2人。
「悩みの種のことですが、ハドリー様が変わらぬことが問題なのですか?」
「なんと説明すればよいのか…それこそ複雑でして…」
「複雑ですか?」
「えぇ、話せば長くなります、それでも聞かれますか?」
「なるほど、面白い話でしょうか?」
「面白い部分と恥ずかしい部分がありますね、あまり人に聞かせる内容ではありませんが、
クラージ様であれば特別にお話しましょう」
「それは光栄なことですね、是非私の家でお聞かせ頂きたいと思います」
そうしてクラージの家にやって来た2人。
「どうそ、お茶です」
「ありがとう御座います」
「お出しできそうな物は芋しかありませんけど、宜しければどうぞ」
「頂きます」
芋を食べてお茶を飲む2人、ホラントが話し始める。
「クラージ様は私と父が何故タルタ国にやって来たかご存知ですか?」
「いえ、詳しくは、タルタ王はご存知の様子ですが…」
「まずはそうですね、愚かで幼いかった私の話からお聞かせする必要があります、
幼い頃に母が病で亡くなり、私は父に育てられました、
父は誰から見ても立派な貴族で私の自慢でしたね、
『貴族とは優れた選ばれし者であり、民を統治する責務がある』
それが父の口癖であり教育でもありました」
「…」
「何か言いたい事がありそうな顔ですねクラージ様」
「いえ、続けて下さい」
クラージに進められ再び語り始めるホラント。
「尊敬する父の言葉を何も疑わず、私は立派な跡取りとして成長していきました、
貴族である私は選ばれし者である、貴族である私は庶民とは異なり優れた存在である、
これが幼く愚かな頃の私です、なんとも無知で傲慢な子供ですよ
クラージ様のお考えの通り、貴族であるから優れているわけではない、
優れた者が貴族として選ばれ町の統治を任されるのです、
ただ恵まれた家に生まれただけなのに他者を見下し、
他者を知ろうともせず、自分で考えないから過ちに気付くこともない、
機会はいくらでもあったというのに…まったく」
ヤレヤレと言った様子のホラント。
「教育の影響が大きいとは思いますが…」
「そうですね、ですが本当に優秀な者であれば自らの目で確認し、
苦悩し、判断します、私の従兄がそうであったように、ここからは面白い話ですよ」
「楽しみです、その方は優秀な方なのですか?」
「えぇそれはもう、名はロックフォール・ペニシリと言いまして、
後にダナブルの領主を務める少年です、現在のロックフォール伯爵ですね」
「おぉ、そのお名前は私も何度かお聞きした事があります」
「その彼が私の過ちを気づかせてくれました、
当時私がダナブル住んでいた頃、色物街と呼ばれる場所で大きな火災が発生しました、
色物街とは爪弾き者が多く住んでいる場所で、罪を犯した者や身寄りのない者、
何かしらの理由で行き場を無くした者達が集まっていた場所です、亜人種も多かったですね、
所謂、貧困街と呼ばれるような場所なのですが、クラージ様は貧困街をご存知ですか?」
「生活に困窮した者達が集まっている場所、余り治安が良くない場所と認識しています」
「一般的にその認識で問題ありません、当時の私は勿論見下していまして、
そのことでペニシリとは何度も言い合いをしていましたよ」
随分と楽しそうに語るホラント、彼にとって良い記憶のようだ。
「話を戻しますが、火災が消し止められた後に私は父に連れらえて色物街に向かったんです、
そこでは衛兵達が色物街の人達を囲んでいて、ペニシリと衛兵長が口論の最中でした、
衛兵長の言い分は『火災の原因が分からないので色物街の全員を容疑者として捕えるように言われている』
ペニシリの言い分は『そもそも人為的かも分からないのに捕えるなど横暴が過ぎる、しっかりと調査しろ』
と言うものでした、これに関しては衛兵長は命令に従っているだけですので悪くありません、
内心嫌だと思いながらも、きっちり仕事としてこなしていただけです」
「なるほど、苦しい立場ですね、お気持ち察します、それでどちらの意見が通ったのですか?」
「どちらの意見も通りませんでした、ペニシリが別の選択肢を無理やり押し付けましたので」
「押し付けたですか?」
首を傾げるクラージ、ニッコリと笑うホラント。
取りあえず芋を食べる2人。
「ここからは特に面白いですよ、2人の話は平行線で決着つきませんでした、
そこでペニシリは全員にその場に待つように告げ隣の家に入って行ったのです、
暫くすると荷物を抱えた住人が飛び出してきて、それを両隣合わせて3軒繰り返した」
「…どのような意図が?」
「意味が分からないですよね、当時も皆首を傾げていましたよ、
そしてペニシリはおもむろに手を突き出し、無人になった家に火を放ちました」
「は?」
目が点になるクラージ、ポテっと芋がテーブルに落ちた。
断じてダジャレではない。
「衛兵が火を消そうとするもペニシリが許さず、まぁ彼は当時の領主の息子でしたから、
大抵の者は手が出せません、結局中央の1軒が全焼したところで消火されました、
唖然とする衛兵長に向けて彼は言ったのです、
『確実に火を放った者は私だけである、容疑がある者を等しく捕えると言うのであらば、
まずは私から捕えよ、それが出来ないのであれば全員を不問にせよ』
結局捕える訳にはいかず話は有耶無耶になりました、ははは、なんとも豪快な話です」
「いや…笑っていい話なのでしょうか? 家が燃えてしまっていますが…」
「笑って大丈ですよ、後から聞いた話ですけど住人とは話が付いていたそうですから」
「はぁ~計画的な行動であると、変わった方ですねぇ、お茶どうぞ」
「ありがとう御座います」
注がれたお茶で一息つきホラントが話を再開した。
「その日の夜、私はペニシリに何故あのような事をしたかと問いました、
すると彼は『あの人達はそのような事はしない、疑うのであれば自分の目で確かめろ』と答えたのです、
ですので翌日彼と共に色物街へ確かめに行きました」
「え? また随分と唐突ですね」
「当時の私は自分の考えを疑っていませんでしたからね、彼に思い知らせてやろうと思ったんです、
でも実際はペニシリの言う通りでした、家が無くなったというのに皆楽しそうで、
子供が焼け落ちた家の炭で絵を描いて、手と顔が煤だらけになって笑うのです、
誰かが食べ物を持ってくれば等しく分け、あまりの少なさにまた笑う、
種族も年齢も性別も関係なく皆楽しそうに笑う、卑屈な者は1人もいなかったですね、
あの空間はとても居心地が良くて正直羨ましかったですよ、
同時に苦しくても前向きな人達をみて私よりも遥かに優れていると感じました」
「なるほど、それが愚かで幼かったホラント様が変わる切っ掛けになったと、
やはり実際に体験する事が大切なのですね」
「その通りだと思います、ペニシリとは何度も口論していたのですが、
1度見ただけで価値観が180度変わりました、
特に考古学の知識を持つ子供を紹介された時は衝撃的でしたよ、
私の根拠のない自負は粉々に砕け散りまして、暫く立ち直れませんでした」
「考古学ですか、以前私の家にもそのような子供を招いたことがあります、
父親と共に各地を旅しながら遺跡などを調べていると言っていましたね」
その子供とはフルムド伯爵である。
タルタ国を離れカンタルを目指し旅をしていたが父親が急死、
身寄りのないフルムド伯爵は一番近かったダナブルに流れ着き色物街で生活していた。
そこから伯爵になる(強制)とは激動の人生である。
「ここからは笑えない話になります、
私は色物街の火災についてある疑問を抱きました、
水魔法が使える者がいたのに何故もっと早く消火できなかったのかと」
「確かに不自然ですね」
「調べれば調べる程に不可解で、苦労して辿り着いた答えは私にとって最悪のものでした、
広い範囲で同時に火災が発生しており消火が間に合っていなかったのです、
何者かが意図的に火を放ったことは明白、そしてそれを指示していたのは私の父でした」
「…何故そんなことを? 何かの間違いでは?」
「本人の口から聞きましたので間違いありません、悪びれも無く説明してくれましたよ、
どうやらペニシリが色物街と関係を持つ事を危惧していたようです、父曰く
『選ばれし者である貴族が低俗な者と関係を深めるべきではない、思想が毒される』と…
元々色物街のことを疎んじでいましたし丁度良かったのでしょう、
挙句の果てには無実の人達を庇ったペニシリを貶す始末…
父にはそこに住む人々が見えていませんでした、私は落胆し彼に全てを話しました」
「…それでダナブルを追放されたのですね」
首を振るホラント。
「いいえ、問題はもっと深刻で根深かったのです、
スラムの火災についてペニシリは薄々気が付いていました、ですがその件は不問となりました、
当時の領主は彼の父で彼自身には何の決定権もありませんでした、
そして私の父は財務大臣、商業組合や権力者達にも顔が効きました、
当時の領主は父を処罰した際の影響を危惧したのだと思います」
「難しい判断ではありますね、しかし財務大臣1人でそこまで経済的な影響がでるのでしょうか?」
「それなりにあるとは思いますが問題は外ではなく中の影響でした、
父を擁護する者がかなり多かったのです、これには理由がありまして、
商業組合や各権力者は手を結びダナブルの経済を自由に操っていました、
そうして一部の者が富を独占しより影響力を増す、
ダナブルの権力者達は既に不動の地位を手に入れていました、
父の代わりに別の方が財務大臣になればそれまでのようにはいきませんから、
お互い必死に守るという訳です」
「経済が安定するなら一概に悪いとはいえませんが…」
「確かにダナブルの経済的は安定していました、そのお陰で発展出来た面もあります、
最初は良かったのかもしれませんが、最終的には権力者達の利益が優先されるようになりました、
ここが問題だったのです、色物街に亜人種が多かった理由がここにあります」
「というと?」
「いつからかわかりませんが権力者達は亜人種の排除を進めていたようです、
亜人種には人間に比べ優れた点があります、ドワーフであれば鍛冶、
エルフであれば薬学、獣人の身体能力は普通の人間では敵いません、
人間が勝っている点は数と組織形成くらいですかね?」
「発想力や向上心、繁殖力も高いですね」
「なるほど、それもありますか、まぁそういう訳でして亜人種の方達は
一部の職種に関しては強い優位性を発揮します、権力者達からすれば脅威だったのでしょう、
自分達よりも優れ自由に操れない存在は邪魔なのです、
それで亜人種の方達の大半は排除され色物街に流れ着いたという訳ですね、
住民登録を認めらえない方もいたようです」
「なんとも…ですがダナブルは人間の町ですから、他の種族が文句を言うべきではないと思いますよ、
無理に住まず自身の故郷に帰ればいいのです」
「おっしゃる通り、皆そう思っていたから色物街で細々と生活していたわけです」
皿に残った最後の芋の処理に困るホラントとクラージ、
半分に分けて食べた。
「只この状況に黙っていない者が1人おりまして」
「ロックフォール伯爵ですか」
「えぇ、『富を独占し保身に走る権力者は町の発展の足枷になっている、
身分や種族に関係なく優れた者を優遇すべきだ』それが彼の考えです、
私は内心賛同していましたが、当然、各権力者には受け入れられませんでした、
その先頭で指揮をとっていたのが私の父、ロックフォール・ハドリーでした、
父はペニシリの提案に耳を貸さず、ダナブルの安定を脅かす愚行だと一蹴しました」
「当時の領主はどちらの意見だったのでしょう?」
「表立って意見を述べることはありませんでしたね、
前領主は各権力者を抑えながらダナブルを発展させるために尽力されていました、
領主の座をペニシリに継がせたことを考えると、同じ不満を抱えていたのかもしれません」
「そうですか、従兄であるならホラント様が領主になられていた可能性もあったのですか?」
「ありましたよ、でも私では無理でしょうね、
ペニシリがいなければ自身の過ちにすら気が付けなかった愚か者です、
私は彼に追いつこうと必死でしたが…敵いませんね」
「ふふふ、ホラント様はロックフォール伯爵の話になると凄く楽しそうです、
目が輝いていますよ」
「えぇ、ペニシリは私の最も尊敬する人物です、彼ほど優れた統治者はいません」
「追放されたのですよね?」
「些細な事ですよ、6年経った今でもこの気持ちは変わりませんね」
ホラントが嬉しそうにお茶を啜っている。
「追放されたのはその翌年ですね、私が14歳の時です、
ペニシリは16歳で領主となりましたので、いよいよロックフォール伯爵の誕生です、
領主が交代した際はお披露目の式典があるのですが、
彼はその席に化粧をして現れ会場をざわつかせました、
まぁ化粧自体は人間の貴族であれば男女関係なく行うことが多いのですが、
少し方向性が違ったといますか…なんといえばよいか今でも強烈に焼き付いていまして、
マニュキュアと口紅は血のように濃い赤色で
髪を後ろに纏め、左右で異なる耳飾り、彼は端正な顔立ちですから
化粧をすると性別があやふやになります、ざわつく会場を鎮め彼は高らかに宣言しました、
『古い常識を捨て去り、全ての良識ある才ある者を等しく歓迎する、
大きな痛みを伴う改革だがその先に素晴らしい発展があると信じている』と」
「何か意図があるのでしょうか?」
「私なりの推察ですが種族は変えられませんので、
領主自身の性別を曖昧にすることで平等を形で示したのだと思っています、
静まる会場の隅から声が上がると歓声はどんどん大きくなり、
最後は割れんばかりの大合唱、新しい領主は住民に歓迎されました、
最初に声を上げたのは色物街の人達でしたよ」
「素晴らしい、ロックフォール伯爵は人を引き付ける魅力があるのですね」
「そうです、しかし黙っていないのは古い常識の皆さん、権力者達ですね、
式典の後は大荒れで皆口々に若い領主を罵りました」
「そ、それは…まぁそうなりますよね」
「皆ペニシリという人物を理解していなかたったのです、宣言の意味も理解していなかった、
それどころかダナブルの経済を盾として若い領主と対等に渡り合えると勘違いしていました、
ハッキリと古い常識を捨て去ると明言した以上、彼が意見を曲げることなどありません、
発言の撤回や、遠回しに保身を求める権力者達に彼は2つの選択肢を押し付けました、
『全ての資産と地位を放棄してダナブルに留まるか、地位を捨て資産を持ったままダナブルを去るか』です、
経済を牛耳っていた権力者の大半がダナブルを去りました、父もその1人です、
これがダナブルを追放された理由ですね」
「ホラント様は残られてもよかったのではないですか?」
「そうですね、ですが貴族として何不自由なく生活していましたので、
14歳の私には1人で生きていく方法がわかりませんでした」
「そうですねぇ、いきなりそれは難しいですね」
「追放された方々は他の町へ移住しようとしましたが情報が伝わっていたようで、
殆どの町から断られ最終的にはカースマルツゥに落ち着いたそうです、
父の行いも伝わっていたため受け入れてくれる町はありませんでした、
こんな私達を受け入れて頂きタルタ国の皆さんには感謝しています」
「いえ、その感謝はタルタ王へ、私達もカード王国との交易が改善され感謝しております」
頭を下げる2人、お茶と芋が無くなった。
「父は未だに貴族への復帰を諦めていません、
それどころか未だに色物街の火災について過ちを認めていません、それが私の悩みの種です」
「そうでしたか、残念ながら私からは何も助言できそうにありません」
「気にしないで下さい、クラージ様に話したらすっきりしました、それだけで十分ですよ、
私はそろそろ家に帰ろうと思います、夕飯の支度をしなければいけませんので」
「使用人の方がいらっしゃのるのでは?」
「好きでやっています、こう見えて結構得意なんですよ
最初は何も出来ませんでしたが使用人の方に教えて頂いて上手くなりました」
「それはそれは、今度私にも教えて頂きたいものです」
「是非、またお邪魔します」
「国門まで送りましょう」
スッキリした顔のホラントは屋敷へと帰っていった。




