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183話目【城壁の内側で】

レジャーノ伯爵襲撃後、伯爵邸前。


「来たかダルトン」

「こりゃ派手にやられましたね、ご無事で何よりですレジャーノ伯爵」

「皆のおかげでな、シルトアから事情は聞いている、数名を残し城壁へ向かえ」

「既に半数を向かわせましたが現場は混乱してるでしょうからね、到着には時間が掛かるかと」

「そうか、よくやってくれた」

「正直よくないですね、これはどう考えても素人じゃない…」

『 !? 』


一段と激しい爆発音と光に振り返る一同。


「そのようだな、一段と激しくなった、被害が拡大しているな」

「ここまで響くってことはかなりの威力ですよ、それに手数も多い、

 残念ですが衛兵達では対応できていないでしょうね」

「大砲は役に立たんか」

「このレベル相手には無駄でしょう、先に魔法を撃ちこまれるのがおちです、

 元を叩くのが手っ取り早いですが近寄れんでしょうね、 

 こうなると対応策は正面からの魔法の打ち合いしかありません、

 高威力の魔法で押し返せればいいですが、相手が退かない場合はマナが尽きるまでの消耗戦も考えられます」

「上位の冒険者、しかも魔法に長けた者達でなければ無理だな、警護に人員を裂いたことが裏目に出たか」

「俺の判断ミスです、すみません…」

「このような事態は誰も予想出来ぬ、お前に落ち度はない」

「そう思える程俺は純粋じゃありませんよ」

「今は感情を捨てろダルトン、シルトアを先行させている、魔法に長けた者を全て動員し押し返せ、

 ウェンハムが対応にあたっている筈だ、他の者は衛兵達と協力し出来る限り被害を抑えるのだ」

「了解です」

「それとだ、可能であれば生け捕りにしろ、逃げた者はシルトアに追跡させる手筈になっている」

「やはり手引きした者がいますか?」

「確実にな、もしリーヌスが関わっていればマイロも危ういかもしれぬ」

「!? 俺が確認してみます」

「頼んだぞダルトン」




時は少しだけ戻り、場所は襲撃を受けた城壁。

逃げまどう人々の背後には積み上がった瓦礫の山と夥しい鮮血、

容赦なく降り注ぐフレイムの爆音と衝撃が混乱に拍車を掛けている。


堅牢だった筈の城壁は巨大な氷塊の直撃を受け町側へと崩落、

数多くの建物が下敷きになり倒壊、住んでいた者達は瓦礫の下に消えた。

幸せの時間は一瞬にして地獄へと変わり、

瓦礫の下から聞こえる微かな呻き声と助けを求める声は悲鳴と爆音に掻き消えている。


「あなた早く立って! 逃げないと!」

「駄目だ足が挟まれて抜けない、俺は置いて2人で逃げろ!」

「いやだぁぁ! 父ちゃん! 父ちゃん!」

「嫌! そんなの嫌! そ、そうよ何とか魔法で…きゃあ!?」


そしてまた、父を惜しむ家族は爆風に吹き飛ばされ地面に力なく倒れた。


「お、お前達!? 誰か! 誰か俺の家族を助けてくれ! 誰か頼む! 誰かぁぁ!」

「あっちだ! 声が聞こえたぞ! 注意しろ!」

「何処だ? 助けを求める者は合図を送れ!」

「!? こ、ここだ! 頼むこっちに来てくれ! ここだぁ!」

「あっちだ急げ! まだ生きてる者が居るぞ!」

「気を付けて進め! 瓦礫が崩れるぞ!」


幸運なことに男の声は衛兵の元に届いた。


「大丈夫ですか?」

「俺はいい、家族を頼みます、妻と息子を! お願いします!」

「落ち着いて下さい、貴方も助けます、2人はどうだ?」

「怪我はしているが生きている! 気を失ってるだけだ!」

「2人を先に安全な場所に運べ! 誰かこっちに手を貸せ! 足が挟まっている!」

「来るぞ! 衝撃に備えろ!」

『 !? 』


咄嗟に身を盾とし家族を庇う衛兵達、間近で炸裂したフレイムにより宙を舞った瓦礫が衛兵達を襲う。


「ぐっ…」

「全員無事か?」

「1人負傷! 軽傷だ!」

「よし次が来る前に急いで2人を運べ! こっちは瓦礫を浮かすぞ! その間に体を引き抜け!」


氷魔法で慎重に瓦礫を持ち上げ男を引き抜く衛兵達、一家は無事救助された。

瓦礫の下敷きになった者の中で生きながらえた数少ない事例である。



「可能な限り城壁の外で撃ち落とせ! 救助した者は被害が及ばぬ場所まで運ぶのだ!

 まだ瓦礫の下に生存者がいる! 声を聞き逃すな!」

「ウェンハム衛兵長伏せて下さい!」

「ぬぅぅ…なんとしても耐え凌ぐのだ! 一人でも多く救助せよ! 皆を救うのだ!」

「先に自身の怪我を治療して下さい」

「この程度の掠り傷は治療せずともよい、今はマナを無駄に出来ぬ、直接狙おうとするな!

 手当たり次第で構わぬ! 範囲魔法で誘爆させろ! 1つでも多く打ち落とし被害を抑えるのだ!」

『 はい! 』


崩れた城壁の脇で、額から血を流しながら魔法を放つウェンハム衛兵長、

初老の体に鞭打ち前線で指揮をとっている。


「このままでは被害が拡大する一方です、こちらから打って出て奴らを叩いてみては?」

「無理だ、アレを見るのだ」

「!?」


ウェンハムが示す先で数人の冒険者と衛兵が倒れている。


「私が来る前に尽力してくれた勇敢な者達だ、あの様子では丘の上から打ち下ろされ全滅だな」

「なんと…」

「あの距離では弓は届かぬ、相手が手練れな上に人数不利、地理的不利、そして何よりアレが問題なのだ」

「アレは…氷でしょうか?」

「恐らくな、この城壁を破壊した者の仕業であろう」


丘の上には氷の壁が立ち隙間から魔法が放たれている、

城壁のように洗礼された造形はまるで要塞、丘を登り終えた者に立ちはだかる最後の障壁である。

守る側ウェンハム達は苦境に立たされていた。





一方、攻める側のネサラ率いる丘の上の襲撃犯達。


「おらドンドン撃ちな! 出し惜しみするんじゃないよ!」

「おうよ! ははっ、こりゃ楽でいいな!」

「壁一枚あるだけで安心感が違うぜ、こんな一方的に撃ち続けられるなんてなかなかねぇよ」

「こんなに上手く行ってんのはネサラのお陰だな、

 最初の一撃といい、この要塞といい、俺達とは桁が違うな」

「元Aランクを舐めるんじゃないよ、アンタ達とは実力が違うのさ、…って言いたいところだけど、

 流石の私でもコレ無しじゃちょっとキツイねぇ」


杖の先に埋め込まれた石を撫でるネサラ。


「これだけ純度の高い魔増石を加工できるなんて、ドワーフって奴等は大したもんだねぇ」 

「さっきからフレイム撃ちまくってるのに全然疲れねぇもんな、

 威力もあがってるし装備一つでこうも違うもんかね」

「防具も軽くて動きやすいくせに頑丈ときたもんだ、

 今ならどんな相手でも負ける気がしねぇ、現役時代に使いたかったぜ全く」

「無理無理! お前の腕じゃ買えねぇよ!」

「うるせぇ!」

『 ははははは! 』

「俺も早いとこコイツの切れ味を試してみたいが…この調子じゃ出番はなさそうだな」

「サボるんじゃないよ、出番が来るまでは魔法を撃ちな、ドワーフ製の装備のお陰で

 威力も射程も底上げされてるんだ、どんなに下手なヤツでもそれなりにやれる筈さ」

「そんじゃ試してみるか、おらよ! くそっ届かねぇ」

「それでいいからドンドン打ちな、丘を登ろうとする馬鹿を足止め出来りゃ上出来だよ」

「城壁の上の大砲が妙な動きしてやがる、俺じゃ当てられねぇ、誰か潰してくれ!」 

「私がやるよ! あんた達は城壁の穴にフレイムをドンドン撃ち込みな!

 ヒルカーム達が戻って来たらSランクが出てくる前に引き上げるよ!」

『 おう! 』

 



攻撃は勢いを増し衛兵達の尽力虚しく被害は拡大するかと思われた。


「ひでぇもんだな…こんなに小せぇ子供まで…無差別にやりがって」

「助けてあげなさいよ」

「いや…俺にはもう何もしてやれねぇ…誰も何もしてやれねぇさ」

「そう、ならやれることをすべきね」

「そうだな、俺達がやるべきだ」


瓦礫のから付き出た小さな手をそっと離し、静かに立ち上がるミーシャ。


「魔法は任せるわ、俺は丘の上の奴らに用がある」

「私が全て吹き飛ばしたいんだけど」

「頼むから譲ってくれよ、あいつ等に聞きてぇ事があるからよ」

「…いいわ、その代わり城壁を破壊したヤツは私に譲りなさい」

「あぁ、約束する」


崩れた城壁に向かうミーシャとルドルフ、

落ち着いた口調だが抑えきれない怒りが滲み出ている。


「うわぁぁぁ!」


城壁の上に氷の塊が直撃し、瓦礫に混じり大砲と衛兵が落ちて来た。


「大砲は使うな! 狙い撃ちにされるぞ! 丘上は狙わずともよい!

 飛んできている魔法を打ち落とすのだ!」

「ウェンハム衛兵長、全員で生き残った者の救助を行いましょう!

 マナ切れの者も出始めていますし、これ以上は私達では…」

「ぬぅぅ…やはり冒険者のようにはいかんな…だがここを抑えねば…伏せよ!」

「!?」


近くで炸裂したフレイムで吹き飛ばされるウェンハムと衛兵。


「ぬぅ…無事か?」

「た、助かりました…っは!? お怪我を!?」

「大したことはない、ぬぐ…ここを抑えねば救助活動もままならん、

 時期に増援は来る、それまでは出来うる限り…」

「傷を見せて下さい!」

「私のことより…」

「駄目です! その出血量は命に関わります! ウェンハム衛兵長が負傷した! 誰か変わってくれ!」

「なら私が変わるわ、今すぐ傷を治しなさい」

「た、助かる、ウェンハム衛兵長ここに座って下さい、胴当てを外します」

「ぬぐ…見ない顔だが冒険者だな、助力感謝する、しかし2人では無理だ、

 他の者達は…ま、待て! ぬぐぅ…そ、そこの者前に出てはならん!」


城壁から外に出て丘を登って行くミーシャ、

ウェンハムが引き留めた直後フレイムが炸裂し爆炎に飲まれた。


「なんということだ…」

「心配しなくても大丈夫よ、生きてるでしょミーシャ」

「あぁ、問題ねぇ、行ってくるわ」

「な、なに!?」


立ち込める煙と土埃の中で足音が遠ざかって行く。


「私のフレイムに耐えるヤツよ、この程度じゃ止められないわ」

「同じ人間なのか? ぬぐぅ…」

「動かないで下さいウェンハム衛兵長! 急いで異物を取り除かないと…」

「普通より頑丈なだけよ、そして私も普通よりは魔法に自信があるわ」


ルドルフが杖を光らせると複数の火球が飛んで行き、城壁の外で広範囲で爆発した。

丘の上から降り注いていた火球が巻き込まれ誘爆して一掃された。

ほぼ同時に炸裂したフレイムは凄まじい爆音と光へと変わり町中に響き渡った。


『 おぉ… 』

「私がいる限りこれ以上町への攻撃は通さない、

 そしてミーシャは確実に丘を登りあのクズ共を叩き潰す、約束するわ、

 衛兵長さんも約束してくれないかしら?

 瓦礫の下でまだ助けを求めてる人がいるかも知れないわ、その人達を1人でも多く助けるって」

「任せて良いのか?」

「えぇ、私は今心底怒っている、必死に怒りを抑え込んで冷静を装ってる、

 そうでもしないとあのクズ共を後悔させる間もなく吹き飛ばしてしまうわ、

 そしてそれはミーシャも同じ、いえ、私以上かもね、あんなに怒ったミーシャは初めてよ」

「…このウェンハム、衛兵としての使命を全うすると約束しよう、傷の異物はどうだ?」

「全て取り除きました」

「感謝する、お前は他の者を指揮して救助作業にあたれ、

 駆け付けた者達も全て動員しろ、私も傷が治り次第合流する」

「了解です、全員聞け! 迎撃は冒険者に任せ、私達は全力で救助作業を行う!

 瓦礫の下で苦しんでいる者を救え! どんなに小さな声も聞き逃すな!」

『 はい! 』



ダルトンの送った冒険者が合流するのは約30分後である、

しかしこれ以降は町への被害は無くなり、冒険者達の到着を待つことなく襲撃犯達は壊滅することとなる。


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