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180話目【ユミルの右手と夕焼け】

「すっげぇ町だな~、人は多いし店もお洒落だしよ、お? なんだあの食物?

 ちょっと行ってみようぜルドルフ」

「はいはい後々、さっき食べたばっかりだっての、この蟹を処分するのが先よ、

 その後はギルド本部、その後は宿屋の確保よ」

「ちょっとくらい良いじゃねぇかよ~折角王都まで来たんだ、楽しもうぜルドルフ」

「浮かれ過ぎ、もう15時なのよ、ゆっくりしてたら日が暮れるわ、いくら夏だからって町の中で野宿はごめんよ、

 ん!? 新感覚リコッタ産サッパリレモンの爽やか果実酒!? ちょっとミーシャ寄って来ましょうよ」 

「…ギルド本部行く前に酒飲む気かよ…お前の方が浮かれてんじゃねぇか、とっとと行くぞルドルフ~」

「えぇ~喉乾いたわよ~」

「俺だって我慢してるんだよ? 後だ後、水魔法でも飲んで我慢しろ~」


王都バルジャーノのメイン通りでゴロゴロと台車(借り物)を引くミーシャ、

台車の上には凍った蟹と水を飲むルドルフが乗っている。


「おいルドルフ見てみろよ、ドワーフ製の防具だってよ、どこら辺がドワーフ製なのか分かんねぇけど」

「へぇ~さっすが王都、置いてる商品の質が違うわね~

 うげぇ!? 何この値段…0が3つも付いてるんだけど…ちょっと高すぎない?」

「そりゃお前ドワーフ製だぞ? 殆ど出回ってねぇんだからこれ位するんじゃねぇの?」

「そういうもんなのかしらねぇ…」

「そういうもんなんだろ、多分」


お洒落な装備屋の前で足を止め中を覗き込む2人、

通りに面したガラスの内側にいくつかの防具が展示されており、

「ドワーフ製!」「オススメ!」「高性能!」などと大きくアピールされている。


「アンタ等余所者だね、間違ってもそいつを買うんじゃないよ」

「「 ん? 」」


プカプカとパイプを吹かす小さな女性が声を掛けて来た。


「おうどうした? もしかして親と逸れたか?」

「おわぁぁぁ!?」


台車から手を放し屈んで女性と目線を合わせるミーシャ、台車が傾きルドルフが転げ落ちた。


「だはは、可愛い子だな~だけどそういうのはもっと大人になってからにしといた方がいいぞ~

 体に悪いからな、飴食うか?」

「…」


ニコニコと微笑みながら頭をポンポンと叩くミーシャ、

プカプカとパイプを吹かしながら女性がなんとも言えない顔をしている。


「あだだ…いきなり手を放すんじゃないわよミーシャ、腰打ったじゃない…、

 あとその人は子供じゃいわよ、失礼だから手をどけなさい」

「え? 何言ってんだルドルフ? こんなにちいせぇんだぞ?」

「アンタがデカいのよ、その人はドワーフね、れっきとした大人の女性よ」

「え? そうなのか?」

「ふぅ~、まぁ見たことないなら仕方ないさね、

 アタイはドワーフのドナ、こう見えてアンタ達より年上さね」

「えぇ!? マジか…すみませんでした」

「あぁ気にしなくてもいいよ、アタイはドワーフの中じゃまだ若い方だからね、

 慣れていない人間にはよく間違われるもんさね」



『ドナ』

後にウルダで鍛冶屋を営むドワーフの女性。

この当時52歳である。



「私はルドルフ、こっちはミーシャ、ウルダの冒険者よ」

「アンタ等名前が逆の方が似合ってないかい?」

「だははは! それこそ良く間違われるんだよ」

「それで買わない方が良いいてのはどういうことかしら?」

「この町にはアタイの師匠がいるからね、もっと安くで質の良いドワーフ製の装備が手に入るのさ、

 こいつも出来は悪くないけどねぇ、とてもじゃないけど値段に釣り合ってないさね」

「へぇ~ドワーフの鍛冶屋があるのか、王都すげぇな…」

「まぁドワーフってのはあんまり外の世界とか他種族に興味がないからねぇ、

 人間の町で店を構えるているのはかなりの変り者だよ、アタイも変り者ってことさね」

「これは師匠の作品じゃないわけ?」

「あぁもう全然違うね、比べ物になりゃしないよ、こいつはタルタ国内のドワーフが作ったものさ、

 そもそも今まで他国向けには作ってなかったはずなんだけどねぇ、

 どういう訳か最近売られ始めたんだよ、ただこの値段だから全く売れちゃいないみたいだけどね」

「なるほど」

「ウルダじゃ見たこと無かったけど王都でも取引なかったんだな」

「そりゃそうさね、ドワーフってのは見ての通り小さいからね、

 他種族に興味のない連中がわざわざ人間用の装備なんて作りゃしないよ」

「「 確かに 」」

「この町じゃそれなりに金を積めばドワーフ製の装備が手に入るのさ、

 ほらあの冒険者のガントレットもドワーフ製だよ」

「「 う~ん…(まったく分からん…) 」」


見ただけでは判断が付き難いドワーフ製の装備、一応何処かに札や刻印が付いてたりする。

自慢する時には刻印をしっかりアピールしてマウントを取ろう。

(※当然高額商品は偽物も横行します、下手にマウントを取ると恥を掻く場合があるので

 しっかりした正規品を取り扱うお店で購入しましょう)





「どころで、その蟹どうするんだい?」

「ん? 今から素材屋に売りに行くところだ」

「それならウチに直接売りな、まぁ…少しだけ数が減りそうだけどね」

「「 ん? 」」


ミーシャとルドルフが振り返ると、リザードマンの子供達が台車から蟹の足と爪を持ち出そうとしている。


「あ、バレちゃった…」

「うわわわ…」

「走れ走れ!」


逃走する3人の子供達、足2本と爪1本が運ばれて行く。


「ふむ」

「「「 うわぁぁぁ! 」」」


ルドルフが杖を光らせると足元に氷の塊が出来て転んだ。


「た、助けてお兄ちゃん! 助けてぇぇ!」

「直ぐ氷を割るから待ってろぉぉ! うぉぉぉ!」

「うわぁぁん捕まっちゃったよぉ、もうダメだぁ…」

「これくらいで諦めるな! うぉぉぉ!」

「うぅ…叩かないでよぉぉ…シクシク…」


妹と思われるリザードマンの足の氷に噛みつきガジガジする兄と思われるリザードマン。

もう1人は爪を抱いてシクシク泣いている。


「「 う~ん… 」」


なんとも言えない顔のルドルフとミーシャ。


「なぁルドルフ…どうするよ?」

「どうするっていわれてもねぇ…」

「許してやってくれないかい? 他種族が人間の町で生活するってのはいろいろ大変なのさ、

 あの子達も親も最近職を失ってねぇ、家も追い出されちまったんだよ」

「なぁルドルフ」

「はいはい、しょうがないわね」

「は!? や、やったぞ! 走れ走れ!」

「お兄ちゃん凄~い!」

「シクシク…シクシク…」

「いつまで泣いてんだ! ほら立って走れ!」

「うわぁぁん! よく分からないけど助かったぁぁ!」


解放されたリザードマン達は蟹の足と爪と共に消えた。


「んじゃ行こうぜ~」

「そうね、早くしないと本当に日が暮れるわ」

「すまなかったね、案内するからついて来な」



ドナの師匠が営む鍛冶屋、『ユミルの右手』にやって来た一同。

店の裏に回り職人で賑わう工場に向かって呼びかけるドナ。


「イド爺~! お~いイド爺~! いい素材が入ったよ~!」

「なんじゃい小娘! そんなに大声出さんでも聞こえとるわい!」

「そういうイド爺も声デカイじゃないのさ」

「んで? 何を仕入れて来たんじゃ?」

「これさ」

「お前の~これ大岩擬態蟹じゃぞ? こんなもん重すぎで役に立たんわい」

「この前のいけ好かない依頼に使えばいいさね、どうせ使いもしない只のお飾りなんだ、

 重くたって関係ありゃしないよ、中身はアタイらで美味しく頂こうじゃないか」

「まぁ確かにの~、珍しい物を所望されとったし…そうするかの、

 値付けはお前に任せるわい、ワシは仕事に戻る」

「はいよ」


蟹を調べてミーシャにお金を渡すドナ。


「ほら料金だ、確認しとくれ」

「へぇ~結構言い値になったわね~」

「好きなだけ酒が飲めるぞ、良かったなルドルフ」

「リザードマンの件があったからね、少しだけ色を付けといたよ、イド爺には秘密さね」

「「 ありがとう御座います~ 」」

「なぁドナさん、さっき言ってたいけ好かない依頼ってなんだ?」

「ん? あぁ、依頼自体は良くある一品物のオーダーメイドさね、

 但し、依頼主がリーヌスって亜人嫌いのふざけた貴族でねぇ、

 税やら待遇やら締め付けられていい迷惑なんだよ、いったいどの面下げて依頼して来てんだが…」

「「 へぇ~ 」」

「やめるんじゃドナ、リーヌス様がそんなことされる筈ないじゃろ」

「なんだいイド爺、自分だって言ってたじゃないかい」

「はぁ~前にも言ったじゃろ、目を付けられるようなことは言うもんじゃない、

 ここには様々な種族の者が働いておる、皆にも家族がおるんじゃ」

「はいはい分かったよ、すまないけどそういう訳だから聞かなかったことにしておくれよ」

「「 はい~ 」」

「んじゃ行こうぜルドルフ、いや~王都もいろいろあるんだなぁ…

 ウルダには亜人種いねぇからあんま気にしたこと無かったぜ」


顎を撫でながら歩いて行くミーシャ。


「ちょっとまちなさいよ」

「あだっ!?」


ルドルフに三つ編みを引っ張られて立ち止まった。


「お前引っ張るなって言ってるだろ…ムチ打ちになるんだって…」

「そんなことより武器なんとかしなさいよ、折れたまんまでしょ」

「あ、そうだった、忘れてたぜ」

「なんじゃいお主、その背中の大剣折れとるんか? ちょっと見せてみぃ」

「ほい、思いっきり叩いたら折れちまったんだよ」


折れた剣を引き抜きイド爺に渡すミーシャ、

鞘を逆さして出て来た半分をドナが人ってマジマジ見ている。


「はぁ…随分安っぽい仕事しとるのぉ」

「なんだいコレ? 形だけで中身はスカスカじゃないかい、温度管理がなっちゃいないねぇ」

「まぁ安もんだからな、高いヤツを買っても直ぐ折れちまうから安いヤツを使い潰してるんだよ」

「直ぐ折れるじゃと? お主ちゃんとコレを扱えとったのかの?

 よくおるんじゃ、扱えもせん武器を背伸びして使いたがる阿保が…

 剣のどてっ腹叩いておいてやれ折れただの、やれ強度が足りないだの、やれ高いくせに詐欺だの…」

「確かに安っぽい武器だけどそこまでコレは柔くないと思うけどねぇ? 刃こぼれはするだろうけどさ…」


なんだがウンザリしたようすのイド爺とドナ。


「「 はぁ~… 」」


露骨に溜息をついている。


「まぁ…無茶苦茶に振り回してはいるわね?」

「う~ん…正しく使えてるかって言われると自信ねぇけどな?

 取りあえず代わりの武器がほしいんだよ、とにかく頑丈なヤツで、

 こう…力が入りやすいヤツだと最高なんだけどよ」

「コレを修理せんのは賢明じゃな、ドナに任せるわい、ワシは仕事に戻る」

「ちょと、アタイにも仕事があるさね、お~い…お~い!」

「…」

「聞こえないふりしてんじゃないよ! このクソジジイ!」

「うるさいわい小娘! ワシはまだ130じゃ!」

「十分ジジイじゃないかい! ったく…こっちだよついて来な」

「「 ( …130はジジイだな) 」」


工場の中を通り表の店頭に向かう3人、


「ん?」

「あだ!?」


壁に厳重に固定された大きな斧の前で足を止めるミーシャ、

後ろを歩いていたルドルフが顔をぶつけた。


「あだだ…急に止まるんじゃないわよ…鼻打ったでしょ…」

「だはは、すまんなルドルフ、なぁドナさんあの斧は売り物なのか?

 俺アレが欲しいんだけどよ」

「ん? あぁ無理無理、やめときな、アレはそこいらの武器とは訳が違うからねぇ、

 イド爺が酔っぱらった勢いで作ったどうしようもない趣味の産物さね、

 人間の手でムーンベアーの一撃を再現しようなんて酔狂な事を言いだしてねぇ、

 威力だけを追い求めてより重く、より頑丈に作ったもんだから、

 誰もまともに扱えない代物になっちまった、

 以前は力自慢が試しに来たりしてたけどね、持ち上げて落とした反動で手首を派手に骨折したもんだから

 それ以来挑戦する者はだ~れもいなくなっちまったよ、それでこうして埃を被ってるって訳さね」

「ふ~ん、ミーシャ挑戦してみなさいよ」

「おう、試させて欲しいぜ」

「あははは! 駄目だね、さっきの大剣もまともに扱えてないヤツには触らせてもくれやしないよ、

 どうしてもって言うなら実力を示しな」

「どうやって示したらいいんだ?」

「そうさねぇ…」


店頭にやって来た3人、

床に直接転がされた先に棘の付いた大きな棍棒をドナが指差してる。

錘にも近い形をしている。


「コイツを使いこなせればアノ斧もいけるかもしれないねぇ」

「何よこの原始的な武器は…撲殺する気満々ね」

「見ての通り棍棒さね」

「先っちょが重そうだけどよ、途中の細い部分が折れたりしねぇのか?」

「アタイが作ったんだ、強度は心配しなくても大丈夫さね、

 但し! さっきの大剣より遥かに重い上に振る時はしっかりと先を当てないといけないからね、

 生半可なヤツじゃ扱えな…い…」

「ふ~ん、確かにさっきの剣より重いな、お? でも真ん中持てるから力が伝わりやすいぜ!

 だははは、こりゃいいぞルドルフ!」

「あぶなっ!? 店内で振り回すんじゃないわよミーシャ!」

「だははは!」

「やめなさいって…ちょっと…やめろおらぁぁぁ!」

「ぐふぅぅ…」

「えぇ!?」


右頬を杖でシバかれ止まるミーシャ、

崩れた態勢で棍棒の端を持ち片手で支えている。


「…はぁ?」


棍棒を軽々扱うミーシャを見てドナが目を丸くしている。


「ア…アンタちょと…」

「ドナさんコレ気に入ったぜ、いくらだ?」

「45ゴールドだけど…」

「んじゃこれお代な」

「あ、ありがとね…」

「よ~し、ギルド本部行こうぜルドルフ」

「急ぎましょ、もう16時30分よ」

「あだ…この武器使い易いけど背負い難いな…足に棘が当たって痛ぇ」

「手で持てばいいでしょ~」

「そうだな」

「(…あんなのがいるのかい…世界は広いねぇ)」



その後、ギルド本部でSランク試験の受付を済ませた2人。


「今日受付したのに明日試験受けれるのな」

「ギルド本部って暇なのかしらね?」

「どうだろうな?」

「取りあえず宿屋に行って、その後はいよいよ新感覚リコッタ産サッパリレモンの爽やか果実酒…」

「「 !? 」」


大きな爆発音と悲鳴が聞こえ夕焼けに煙が昇った。

走り出す2人、爆発音は止むことは無く悲鳴により被害が拡大している様子が伺える。


「おいルドルフ、魔法だよな?」

「間違いなくフレイムの音よ、しかもこの数、事故じゃないわね」

「魔物じゃねぇよな?」

「絶対に違うわね、私が聞き間違う筈がない、人間か亜人種か知らないけど複数いるわ」

「そうか…ふざけた奴らだ、覚悟を決めろよルドルフ、今回の相手は…」

「誰に言ってるのよ、私はアンタよりも頭に来てるのよ」

「そうか…」


逃げまどう人々の波に逆らい2人は10年前の惨劇の場所へと走った。


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