18話目【渇望のウィンナー】
トントントン…
修復された建物は扉が観音開きになっており、入り口の上側に看板が打ち付けられている。
看板には大きな文字が書かれているが松本には読めなかった。
「あのーこれってなんてかいてあるんですか?」
「これか? マリーゴールドって書いてあるんだよ。マリーさんの店だな」
マリーさんの店だったのか、確か加工品や調味料を扱ってるとか…
加工品って何を扱ってるんだろうか? 町から片道5日掛かるから生物は少なさそうだな…
「ようやく修復完了だな。今日から店を再開するらしいぞ」
「今日からか? やけに早いな、商品もろくにないだろうに」
「いや、一昨日の町への買出しで買って来たらしい」
「マリーさんが直接か? 期待できそうだな!」
「直接行くと違うんですか?」
「マリーさんは目利きだからな、珍しい物がみられるかもなぁ」
珍しい物か…転生してきた俺にはこの世界は珍し物だらけだが…
面白そうだ! 授業の後で行ってみよう!
ウィンディが町へ買い物に出かけているため、今日から授業に参加させてもらえことになっている。
もちろん腰布である。全裸マンは健在だった。
「いらっしゃいマツモトくん、ようやくね」
「いやー助かります。よろしくお願いします。レベッカ姉さん」
レベッカに案内され一番前の席に座る。
子供達の勉強小屋はあまり広くなく、席は10個ほど。横に5席並んでおり2列になっている。
席の正面に小さめ黒板がある、以前は板だったが大人たちが協力し買って来たそうだ。
ウィンディとレベッカが交代で、主に文字と計算を教えている。
あの壁に貼られているのは日本でいう50音表か?
1種類しかないということは、カタカナや漢字はないということか…
なんということはない、ひらがなしかない日本語みたいな感じだ。
つまりは、あの文字がなんと発音するか覚えれば、ある程度は文字が読める!
知らない単語はその都度覚えるしかないが、幸い数字と単位は共通のようだし。
割といける気がする!!
「これはなんて読むでしょう?」
容易い…その文字は既に脳に刻まれている。
心と体が渇望しているのだ…その言葉の重み、子供達とは違うのだよ…
この世界にきて最初に覚えた文字…それはぁぁぁぁぁ!
「「「にくー!」」」
子供達と松本の声は同調したが、心はかけ離れていた。
レベッカに別れを告げ、マリーの店を目指す松本は鼻を疑った…
「なっ!? こ、これは…この匂いは…」
香ばしくもジューシー、ほのかにかおる香辛料が鼻孔を刺激する…
松本の膝はガクガクと震え、心拍数が上がる。
ま、まさかっ…あるというのか? このポッポ村に…
転生後、いまだ確認できていないというのに?
いやしかし、この匂いは間違いなく…
いや待て、以前1度だけ…そう最初の買出しの時に見た以降存在していないはずだ…
落ち着け、そんな筈はない。
狩りが成功したという話は聞いていない、そうであれば全財産はたいても手に入れている。
正気を保て…幻だ、渇望する心が見せている幻にす…
ジュッ…
松本は耳を疑った。
まるでこの世界に他の音が存在しないかのように、その刹那の音が耳に焼き付く。
松本は立っていられず、両膝を付き倒れ込みそうな体を必死に支えている。
ジュッ…? いまジュッと聞こえたか?
お、落ちたというのか? 滴ったというのか?
内側からあふれ出した濃厚な旨味の暴力が…
確認せねば…こ、この体が俺の制御を離れぬうちに…
ズルズル…
鼻孔と聴覚に受けた衝撃が、脳を刺激し体の自由を奪う。。
辛うじて動かせる腕で重たい体を引きずり、村人の足元を這う。
意識が朦朧とするなか、マリーゴールドに辿り着いた松本の前に現れたのは
炭火で焼かれるウィンナーだった。
長さ20センチほどのウィンナーは表面の皮が割け肉汁があふれ出ている。
松本は涙した…求め続けた肉に。
転生生活、約1か月…松本の口にしたのはフランスパンと木の実、芋…ドングリ、
動物性タンパク質はナーン貝のみだった。
「ふふ…我、ついに辿り付いたり…」
バタッ…
「しっかりしおしぃぃぃぃ坊やぁぁぁぁぁ!」
ビターンッ!
マリーさんのビンタにより復活した松本は看板をみて眉をひそめている。
1本5シルバーか、買える! いや、買う!
しかし、この文字はいったい? 下の2文字は『肉』だよな?
「マリーさん、3本下さい!」
「おや坊や、そんなにいっぱい食べるのかい?」
「他の人にも分けようと思いまして。 ところでこれはなんて書いてあるんですか? もぎにく?」
「モギ肉よ! モギのお肉で作ったウィンナーなの。なかなか手に入らないんだけど運がよかったわ」
「へぇ~そうなんですか…モギってなんですか?」
「私も見たことないのよね…でもすっごく大きいらしいわ。 はい、3本ね。」
「なるほど…ありがとうございます!」
急いで戻った松本は精霊の池で、ウィンナーを挟んだフランスパンを配っていた。
店は臨時休業である。
「へぇ~今日はウィンナー入りか、豪華だねぇ」
「初めての肉なんで味わって食べましょう! それじゃ、記念すべき初めての肉! 頂きまーす!」
1口齧ると、野性身溢れる肉の弾力と甘味、香辛料の香が広がる。
あふれた肉汁が染み込んだパンは普段より旨味が増している。
ワニ美は1口で完食である。
「うんまぁぁぁ…昇天しそう…」
「はは、大げさだなぁ。でも美味しいねぇ」
「ところでモギってどんな生き物なんですか?」
「モギはね、大きいトカゲみたいな感じだよ」
「トカゲかぁ…村の人には黙っておこう…まぁ美味しければなんでもよし!」
久しぶりの肉は松本の心を満たした。




