179話目【蟹】
時は遡り約10年前。
ウルダと王都バルジャーノを繋ぐ街道の脇に1台の馬車が停車している。
モシャモシャと草を食べるポニコーンと森を心配そうに覗き込む御者の女性。
「だ、大丈夫かしら…ここで待つように言われたけど…」
どうやら客が森の中に入って行ったらしい。
「まぁ料金は貰ってるからいいけど…」
無賃乗車かと思われたが前金で貰っていたらしい。
「それにしても驚いたわぁ…あんなのがいたなんて…」
街道の横の地面を見る御者、一部が不自然に凹んでいる。
再び森を覗きこむと爆音が響いた。
「ほあ!? なななななになににがががが…」
御者とポニコーンはガクガクと腰を抜かした。
一方その頃、凹んだ地面から続く足跡と枝の折れた木を辿った先では
2人の若い男女と岩っぽい何かが暴れていた。
「行くわよ、フレイム!」
「おわ!? お前…」
岩っぽい何かの上で火球が爆発し対峙していた男が吹き飛ばされた。
「いてて…ったく危ねぇなぁ…お~い、怪我したらどうすんだ?」
「ちゃんと宣言してから爆発させたんだからしっかり避けなさいよ、
だいたいさっきので怪我しないんだったら何やっても大丈夫よ」
「いや、宣言から爆発までが短すぎるだろ…俺を何だと思ってるんだよ…」
地面に転がるムキムキの三つ編みモヒカン、杖を付きつけ理不尽なセリフを吐く三角帽子。
10年前のミーシャ(24歳)とルドルフ(18歳)である。
この時の2人はAランク、まだ名も知られていない冒険者である。
フレイムを受け沈黙していた岩が再び動きだした。
「おいまだみてぇだぞ、文句は後だな」
「そうね、さっさとやっちゃいましょ」
岩が少し浮き6本の足と2本の爪が姿を現した。
岩っぽい大きな蟹、大岩擬態蟹である。
『大岩擬態蟹』
脚と爪を収納しじっとしていると岩みたいになる大きな蟹。
知らずに近寄って来た獲物を捕食する肉食派。
身はプリプリで美味しい。
「ルドルフ、俺が先にやるからフレイムは待てよ、約束しろよ」
「分かったからさっさと行きなさいよミーシャ」
「本当に待てよ、いやマジで」
「分かったって言ってるでしょ、早く行かないと誤爆させるわよ」
「いやもう確信犯じゃねぇか…それ誤爆っていわねぇだろ…」
ブツブツ言いながらも前に出て身の丈程の大剣を構えるミーシャ。
「行っくぞぉぉどりゃぁあ!」
上段から振りかぶり甲羅に叩きつけられた大剣は、澄んだ綺麗な音と共に中央から真っ二つに折れた。
「…おろ? 折れちまった」
「…あんたそれ何本目よ」
「やっぱ安いのは駄目だな、すぐ駄目になっちまう」
「…いや使い方でしょ、あんたの馬鹿時力で硬い甲羅に叩きつけたら折れるに決まってるでしょ」
割とよくある事のようで呆れ気味のルドルフ。
「そんなことねぇよ、もっと頑丈な武器なら折れずに甲羅を割れるって、
大体こんな端っこを両手で持てってのがなぁ、もうちっと上の方を持たねぇと力入んねぇっての」
折れた剣を見せてアピールするミーシャ、有り余るパワーのせいで武器選び苦労しているらしい。
「なら高い武器買えばいいじゃない、装備選びは冒険者の基本よ」
「買ったよ? 昔だけど、結構高かったのに折れちまってさぁ…すんげぇガッカリしたぜ…、
それ以来安いヤツ使い潰してんだ、知ってるかルドルフ?
30ゴールドが折れると心も折れるんだぜ、だーはっはっは!」
「(…やっぱり使い方じゃない)」
30ドールドが折れた時のミーシャはそれはそれはシオシオだったそうな。
笑うミーシャの後ろにこっそり近ずく岩、右の爪を広げてミーシャの胴体を挟んだ。
「うぉ!? やべぇ!」
「馬鹿みたいに笑ってるからよ! しっかり押さえてなさい! 今氷魔法でこじ開け…」
「ぬぅぅぅどりゃぁぁ! だーはっはっは! 俺の方が力が強かったみたいだな!」
「普通は胴体を真っ二つにされてるわよ…ほんと馬鹿力ね…」
挟まれた爪を筋肉で押し返し、逆に真っ二つにして笑うミーシャ、ルドルフが呆れている。
心なしか悲しい顔をした蟹が横走りで逃げて行く。
「おぉ!? デカいくせに速ぇな!」
「別に速くても意味ないのよ」
ルドルフが杖が光ると水が飛んで行き蟹の足元で氷になった。
「今度は仕留めるわよ、フレイム!」
動けなくなった蟹の下で火球が爆発し地面を抉る、
勢いでひっくり返った蟹は息絶えた。
「ふぃ~お見事」
「これで街道の安全を脅かす危険な魔物は排除完了っと、さっさと王都へ向かうわよ~」
「折角だから持って行こうぜルドルフ、有効活用しねぇのは生命への冒涜だぞ?」
「そうね、それじゃ細かくする作業は任せるわ」
「氷魔法で台車作ってくれよ、馬車で引けるタイヤ付いたやつヤツ」
「私の得意分野は炎魔法よ、そんなに細かい操作は無理ね、単純な形なら出来るけど」
「仕方ねぇ人力で馬車まで運ぶか、ほいルドルフの分」
折れた大剣を関節に入れ蟹を解体するミーシャ、ルドルフに足を1本渡す。
「け、結構重いわね…」
「だはははは! 気合入れて運べよ~、身がぎっしり詰まってるからな!」
その後、何往復かして足と爪を運び…。
「…これどうすんのよ?」
「どうするってお前、運ぶしかねぇだろ」
「「 ああああああああ!!! 」」
最後に残った胴体を必死に押す2人、少し動いたが重さで地面を抉りめり込んでゆく。
「はぁはぁ…無理! 絶対2人じゃ無理よ! 重すぎ!」
「ったくだらしねぇなルドルフ、もっと腰入れろよ~」
「おらぁぁ! 私はか弱い女なの! あんたみたいな馬鹿力と一緒するんじゃないわよ! おわらぁぁ!」
「全然か弱くねぇよ…躊躇なくぶん殴ってくるもん…」
ミーシャの腹に怒りをぶつけるか弱いルドルフ(自称)。
「しょうがねぇなぁ~避けとけよルドルフ、ぬぅぅおらぁ!」
胴体の端を持ち上げてひっくり返すミーシャ、ゴロンと半回転分進んだ。
「…そういうこと出来るなら先に言いなさいよね」
「まぁ、折角だからルドルフにも手伝って貰おうと思ってな」
「どきなさい、あんまり得意じゃないけど私がやるわ」
土魔法で地面を隆起させゴロンゴロンと転がしてゆく、ちょっと逸れた時はミーシャが修正。
苦労しながらもなんとか胴体も運び終えた。
「食べるの楽しみだな~ルドルフ」
「今晩爪食べましょう」
「あの~私も食べていいですか? 実は蟹大好物でして…」
「おういいぞ」
「いやっほ~う!」
「作るの手伝いなさいよ~」
「いやっほ~う!」
その日の夜、一同は蟹を堪能したそうな。
2日後、王都に到着したミーシャとルドルフと冷凍された蟹。
爪と足が1本ずつ無くなっている。
「流石が王都、デカいわねぇ」
「そりゃ王都だからな~、人の数もウルダと比べ物にならねぇだろ、身分確認の列だけであれだ」
「はぁ~あれ並ばないと駄目かしら」
「駄目なんじゃねぇの? 無理やり入ったら衛兵に取り押さえられちまう、
ギルド長にも言われてるしよ、騒ぎは無しにしようぜ」
「お前達の評価は俺の評価に繋がる、うぃっく…くれぐれも俺の顔に泥を塗るんじゃねぇぞ~おろろろろ…」
酔っぱらった素振りでギルド長のマネをするルドルフ。
「だーっはっはっは! 似てる似てる、最高だなルドルフ!」
「ったく、いっつも酔っぱらってるくせに何が顔に泥よ、むしろ恥しかないっての」
「まぁ、飲んだくれギルド長もやる時はやるらしいぞ」
「あたりまえよ、そうじゃないと困るわ、すみませ~ん、あっちの方で下ろして下さい」
「はい~」
「列に並ばねぇのか?」
「熱い中並びたくないし、もう少しゆっくりしてから行きましょう」
「だな」
列から外れ城壁の脇で馬車を降りる2人。
「ありがとな~、帰り気を付けろよ~」
「怪しい岩が落ちてたら近寄るんじゃないわよ~」
「あ、あの~…1本…」
「「 ? 」」
「足、1本下さい!」
「「 …どうぞ 」」
「いやっほ~う! ありがとう御座いました~! またのご利用をお待ちしてま~す!」
大岩擬態蟹の足を1本乗せた馬車はウキウキで去って行った。
無くなった足と爪の半分は御者が食べたそうな。
「暑いのに律儀に並んで、皆元気ね~」
「全然列が減らねぇのな」
「そんなに急いでるのかしら? 今何時よミーシャ?」
「ん~? 14時だな、もうすぐ煮えるぞ~」
「14時かぁ、そりゃお腹空くはずだわ、早く食べたいわ~」
「こらそこ! 何してるんだお前達!」
なんて会話をしながらと壁の近くの木陰で蟹を煮ていると衛兵がやって来た。
「何って、蟹を煮てるんですけど?」
「昼飯ですよ衛兵さん、俺達まだ食べて無いもんで」
「いや、なに当然のように蟹煮てるの? 大体何そのデカい蟹の足は?」
「「 大岩擬態蟹です 」」
「あそう、大岩擬態蟹ね、取りあえずそういう種類の蟹なんだな?」
「危ないけど美味しい蟹だぜ」
「プリプリで甘い蟹よ」
「なるほど、大岩擬態蟹は甘くてプリプリで美味しいと…」
メモとをる衛兵。
「さてはお前達、田舎者だな? ここ王都ベルジャーノでは城壁近辺で火を使うことは禁止だ」
「えぇ~そんなこと言われてもね~ミーシャ」
「凍ったままじゃ食べられねぇしなぁ~ルドルフ」
「こら、蟹を裏返すんじゃない、早く火を消すんだ」
「「 えぇ~ 」」
明らかに不満そうな2人、ミーシャが蟹を裏返し位置を調整している。
「あと5分だけ待って貰えませんかねぇ?」
「そうよ~、もう少しで煮えるってのにそれは無いわよ~」
「駄目だ、凄く美味しそうだが駄目だ、勝手な事言うんじゃないよ~、
そんなに調理したければもう少し離れた場所でやればいいだろう、
ほらあそこに見えるだろ、あれ位離れれば大丈夫だ」
衛兵が指さす丘に数本の煙が立っている、複数の集団が調理しているらしい。
「えぇ~遠いわよ~少し位負けなさいよ~」
「駄目だ、例外は認められない」
「それじゃ俺達の身分確認してもらっていいですかね? その間に茹で終わると思うんで」
「駄目だ、直ぐに火を消せ、他の者に示しが付かないだろ」
「そこをなんとか頼みますよ~、茹で終わったら衛兵さんにも分けますんで、蟹」
「…蟹を?」
「そうそう、茹でたての蟹」
「…ゆ、茹でたての蟹を?」
「甘くて美味しいわよ~私達別に怪しい者じゃないし、いいでしょ~?」
「…甘くてプリプリで絶品の蟹を?」
そこまでは言っていない。
「いやしかし、俺は真面目で仕事一筋の衛兵、賄賂など受け取りはせぬ」
「「 身分確認中にたまたま茹で終わって、偶然余った蟹です 」」
2人の顔と蟹を交互に見る衛兵、甲羅の色が赤色に変り美味しそうな香りが漂っている。
「…仕方ない、身分を確認する」
「「 はい~ 」」
真面目で仕事一筋の衛兵は職務を全うするために身分を確認することにしたそうな。
「ほうAランク冒険者か、王都には何の目的で来たんだ?」
「ちょっとSランクの試験を受けにな」
「何? 推薦状はあるのか?」
「あるわよ~、ほら」
「ウルダの推薦状か、そういうことなら問題ないだろう、これが終わったら列には並ばずに直接門へ行くといい、
一応確認はされるだろうが直ぐに通して貰える筈だ」
「お? いいのか?」
「商人や一般の来訪者とは違うからな、推薦状は人間性と実力の証明となる」
「へぇ~便利ね、あの列に並ばなくて済むなら何でもいいわ」
「だな、おっし茹で終わったぞ~」
「「 いやっほ~う! 」」
お喜びのルドルフと衛兵。、
折れた大剣で蟹を割り衛兵に渡すミーシャ。
「これ衛兵さんの分な、いや~我儘言って悪かったな」
「…確認だが、たまたまなんだな?」
「たまたまの蟹よ、偶然余っちゃったのよ」
「仕方ない、残しても勿体ないからな、有難く頂こう」
「ここで食べてもいいのか?」
「火を使わなければ問題ない、しっかり片付けるように」
「「 はい~ 」」
真面目で仕事一筋の衛兵は満足そうな笑顔で帰っていった、
「うま…」
「うまうま…」
言葉数少なく蟹を食べた終えたミーシャとルドルフは門へと向かった。
「っへ、見ろよアレ、何にも知らねえ田舎者共が早速衛兵に目を付けられてやがる」
「よく分からねぇんだけどよ、何が駄目だったんだ?」
「馬鹿かお前は、王都だぞ? カード王のお膝元だぞ?
他所から来た部外者に町の近くで火なんて使わせるわけねぇだろ」
「流石は王都、しっかりしてんなぁ~」
「なかなか厳重そうね、私もダブナル側にしとけばよかったかねぇ」
「デカい山の方が報酬もデカいんだ、俺はコッチで文句ねぇ」
「いくら警備が厳重でも人間のすることだ、穴はあるもんよ、
それにこれだけ厳重だと尚更慣れてねぇだろ? 実戦ってヤツによ」
「ははっ、違いないねぇ、どいつもこいつも気の抜けた顔してるよ、特にそこで蟹食ってる奴等とかね」
『ははははは!』
「おら、飯食ったら準備に掛かるぞ」
『 はいよ~ 』
丘の上では不穏な風が吹いていた。




