178話目【タルタ国】
場所はタルタ国、時は約4ヶ月前。
ミーシャとルドルフによりポッポ村の調査報告が行われた翌月である。
「お~い食料が届いたそうだぞ~、運ぶの手伝ってくれ~」
「あいよ~、行くぞ皆~、そこの若い奴らは手伝えよ~!」
「「「 あいよ~ 」」」
「わ~い芋大好き~!」
「飴好き~!」
「いや、チビ達の事じゃねぇよ、お~い…」
『 あはははは 』
「チビ達走るんじゃないよ~、まったく食べ過ぎて体力が有り余ってるんだから」
「まぁいいじゃねぇか、それだけ食料が安定してるって事だ、チビ達が元気で俺は嬉しいね」
「そうそう、私の小さい頃には冬場は1日1食しか食べられない日もあったけど、最近の若い子は幸せさね~」
「今のタルタ王になってから改善はしたけどねぇ~、10年前に比べると今の方が断然いいさね」
「そうそう、量も種類も増えて安心感が違うね、なんてったって酒も増えた、これもルルグ様とゲルツ様のお陰だな」
「タルタ王も別に悪くは無かったけどねぇ、やっぱり強く出るところは出て貰わないと…」
「ちょと弱腰じゃったからの~、平和なのは良いがもう少し国のことを考えて貰いたかったの~、
10年前も反対してたようじゃが結局はルルグ様とゲルツ様が正しかったの~」
「やっぱりロマノスって名前が少し弱いさね」
『 あはははは! 』
「(愚かな…)」
談笑するドワーフ達を尻目に通り過ぎて行くドワーフ。
身なりの整った彼の名は『クラージ』タルタ王の側近である。
こう見えて90歳、ドワーフは200年程生きるので人間て言うと45歳位である。
「こら芋と飴を取るんじゃないよ、戻しな、まだ確認中さね」
「「 えぇ~ 」」
「文句は後だよ、品物が揃って無ければ突き返さないといけないからね」
「ルルグ殿、私達は品数を偽ったりなどしません」
「当然さね、それか取引ってもんだろう」
クラージが国門を潜ると宝石で着飾ったドワーフの女性が荷物を確認し
運んできた人間達に悪態を付いている。
彼女の名は『ルルグ』、タルタ国の財務長である。
こう見えて86歳。
「もう少し友好国の方達に対する態度を改めてはいかがですかルルグ様?」
「生意気抜かすんじゃないよ、誰のお陰で安定した食料が手に入っていると思っているんだい?」
「我が主、タルタ王です」
「っは、国民からも見放された腰抜けロマノスが何だってんだい、実際に取引を成功させたのはアタシだよ」
「タルタ王が築き上げた隣国との関係に便乗されているだけではありませんか」
「確かにね、そこは認めるさね、だけど取引量と品数を遥かに増やしたのはアタシだよ、国民のために!
椅子に座っているだけの腰抜けには10年経っても出来はしなかっただろうねぇ」
「その通りだ、実際に行動を起こしたのは将軍である我と財務長のルルグ様、
椅子に座り文字ばかりを相手にしている兄でない!
訓練もせず、採掘もせず、装備も作らず、一体なんの役に立っているというのだ」
何やら斧を持った厳ついドワーフが現れた。
彼の名は『ゲルツ』、タルタ国の将軍、いわゆる軍のトップである。
こう見えて116歳、現タルタ王ロマノスの実の弟である。
因みにタルタ王は125歳である。
「まったく嘆かわしい、若かりし頃は誰よりも強く、賢く、勇ましいドワーフだったというのに、
旅から帰ったとたんに腑抜け抜けになり果ておった、
王になってから60年以上経つが未だに領地を広げることに首を縦に振らん」
「賢きお方だらこそです、ゲルツ将軍も旅をされてみればいかがですか? きっとご理解頂けると思いますが?」
「断わる、我は気高きドワーフ、火の精霊様の住まうこの地こそ我の居場所、
旅などして兄のような腑抜けになっては敵わん」
バチバチと視線をぶつけ合うクラージとゲルツ。
「よし揃ってるね、ほらサインだよ」
「確かに受け取りました」
「皆中に運びな~!」
『 あいよ~ 』
「芋頂戴~芋~」
「飴~」
火花の後ろではドワーフ達がテキパキと荷物を運んで行く。
大っぴらな場所で軍のトップと国王の側近がバチバチしているというのに我関せずといった様子。
「忠義を尽くすのはいいけどね、あんたもそろそろ身の振り方を考えた方がいいんじゃないかね?」
「ルルグ様、それはどういう意味でしょうか?」
「今国民から支持を得ているのはアタシとゲルツ将軍さね」
「国王の側近殿は賢いのであろう? 現タルタ王は国民の信を失った、その意味が分からんとは思えんがな」
「タルタ王は今なお偉大なお方、寛大な心と広い見識をお持ちであられる、
現在のタルタ国内には並び立つ者などおりませぬ、
それでもなお国民が選ぶのであればタルタ国は近いうちに亡ぶでしょう」
「はははは、何も分かっちゃいないねぇ、アタシがどれだけ苦労したかも知らないからそんな事が言えるのさね」
「いいだろう、いずれにせよ選ぶのは国民だ、精々崇高な演説でも聞かせて回るんことだ、
言葉だけで支持を得られるとは思えんがな、豊かな領土でも得られれば話は別であるが」
国王派のクラージ、反対勢力のルルグとゲルツ。
白昼堂々と国を二分する3人だが肝心な国民の反応は薄く、荷物を運ぶことに夢中である。
「あの~お取込みのところ申し訳りません、大事な書簡を持って来たんですけど…」
「「「 ん? 」」」
空を見上げる3人、上空に申し訳なさそうな顔をした女性が浮いている。
ズボンを履いているのでパンツは見えない、安心して下さい、履いてますよ。
そこの画面の前の貴方、ガッカリしないで下さい、履いてますけど。
「(何だこの小さいのは?)」
「(エルフ族の子供かね? いやカード王国の国章が見えるね…)」
「お久しぶりですシルトア様」
「お久しぶりですクラージ様、すみません頭上から失礼しまして」
地面に降り立った女性の名は『シルトア』
二つ名は『空のシルトア』
風魔法の使い手であり匠の技で空を飛ぶことが可能なSランク冒険者である。
年齢は26歳、若干14歳でSランクに到達した秀才であり、
各地へ重要書簡を届ける役として事あるごとに便利にこき使われている。
全力で飛ぶと王都バルジャーノからタルタ国まで3時間も掛からないという異常っぷりなので仕方がない。
元々の活動拠点は自由都市カースマルツゥ。
因みに、身長は低いのだがルドルフより胸が大きい、当然カルニよりも大きい。
「これカード王からの重要書簡です、タルタ王にお渡し下さい」
「確かに、責任を持ってお渡し致します」
「水晶も入ってますので扱いに注意してください、それと時が来たとお伝え下さい」
「分かりました、ありがとう御座います」
「それでは僕はこれで~」
シルトアは再び飛び去って行った。
「タルタ王に書簡を届けなければいけませんので私も失礼します」
クラージが立ち去るのと入れ替わるように身なりの整った人間が平地側からやって来た。
「おや? 今飛び去られた方はもしやシルトア殿では?」
「ご存知なのですかハドリー様?」
「えぇ、シルトア殿はSランク冒険者ですね、以前に何度か書簡を届けて頂きました、
もっとも10年前の話ですので最初は普通の子供だと思って追い払ってしまいまして…
酷く怒られましたよ、ははははは」
「今も子供に見えるけどねぇ」
「怒られますよルルグ様」
「はははは! 小娘に怒られたところで何もかわりゃしませんよ」
「だははは! あんな小さいのが冒険者とはカード王国も人手不足だな、これでは相手にすらならん」
「はははは!(何も知らぬ田舎者共め、滑稽だな)」
声を出して笑うルルグとゲルツ、笑顔のハドリーは心の中で笑っていた。
物腰柔らかで、身なりの整ったいかにも貴族っぽい男の名は『ハドリー』
元の名は『ロックフォール・ハドリー』
現ロックフォール伯爵の叔父であり、ロックフォール家とダナブルを追われた男である。
場所は変わり、タルタ王の部屋。
「時が来た、そう言ったのだな」
「はい、どのような意味でしょうか? 書簡にはなんと書かれているのですか?」
「その答えは恐らくこの水晶にある、見よクラージ」
「はい」
水晶の映像を確認するタルト王とクラージ、焼け落ちた村を見て表情が険しくなった。
「…こ、これは一体…誰がこんなに惨いことを…」
「魔族だそうだ」
「ま、魔族!?」
「恐らく間違いないだろう、光の精霊様のお言葉を疑うことなど出来ぬ」
「体現なされたのですか!?」
「あぁ、ポッポ村という村の近くの森にな、書簡によるとカード王国内では既に3度襲撃されている、
襲撃は6ヶ月置き、唯一壊滅を免れた村がそのポッポ村だ」
「なんと…」
「光筋教団という光の精霊様を崇める教団があるのは知っているか?」
「えぇ、光魔法を失って久しいと聞いておりますが」
「現在その教団員が光の精霊様より教えを賜っておる、
光魔法は魔族に絶大な効果が期待できる、準備が整い次第、我がタルタ国にも布教して貰えるそうだ」
「それは大変有難いことです! これもタルタ王の外交あってこそ、
そうとは知らぬ国民達の愚かさは…あまつさえルルグ様とゲルツ将軍は増長するばかりで…」
「その事だクラージ、むろん魔族、敷いては魔王の件もあるだろうがな、
書簡には光魔法を布教させるために教団長を送ると書かれている、分かるかクラージよ」
テーブルを指で叩きながらクラージの目を真っすぐ見るタルタ王。
「まさか…では遂に…」
「あぁ、10年前の落とし前を付ける時が来たようだな」
そして、場所はカード王国首都バルジャーノ、時は約3ヶ月前。
ギルドに集められたミーシャ、ルドルフ、ロニー教団長、そして見慣れぬドワーフの男。
「ちょと、呼び出しといていつまで待たせるのよ」
「俺にあたるなよルドルフ~、もう少し大人しく待ってろって」
「もう1時間も待ってるのよこっちはぁぁ! 誰だか知らないけど呼んできなさいよミーシャァァ!」
「だから俺にあたるなって言ってるだろ! いてぇっての髭引っ張るんじゃねぇ!」
腕を組んで座るミーシャの髭を鷲掴みにしてグワングワン引っ張るルドルフ。
待たされたストレスが爆発している。
「ははは、お2人は大変仲が良いようですね」
「仲が良い奴は嫌がる相手の髭を引っ張らないと思いますけどねぇロニー教団長」
「あぁぁぁイライラするぅぅぅ!」
「おいやめろ抜けるだろ!」
「仲が良いから引っ張られとるんじゃろ、現にワシの髭は無事じゃ」
「ほらルドルフ、あっちでイド爺さんの立派な髭が寂しそうにしてるぞ~」
「はぁぁぁぁ! 何処のどいつよぉぉぉ只じゃおかないわよぉぉぉ!」
「振るんじゃねぇ! 首がムチ打ちになるだろ! おいやめろ!」
「はははは!」
「ほっほっほっほ!」
更に速度が増すルドルフ、もはや残像になりかけているミーシャ、ロニー教団長とイドが笑っている。
この立派な髭を蓄えたドワーフの名は『イド』
王都で鍛冶屋『ユミルの右手』を営む職人である。
店名から察する通り、ウルダで鍛冶屋を営むドナの師匠であり、
ミーシャの持つ斧『月熊の爪』の制作者でもある。
年齢は140歳、名実共に爺さんである。
「ほう、不満があるなら直接聞こう」
目つきの鋭い女性が入って来た。
「ひぇ…いや、特に不満はありません…」
「ならば座れ、要件を伝える」
「は、はい…」
シオシオと大人しく座るルドルフ、鋭い目つきの女性が苦手らしい。
彼女の名は『レジャーノ・パルメザ伯爵』
首都バルジャーノの領主。
彼女の鋭い目つきで睨まれると泣く子も大人も等しく黙り、ギリギリ失禁する可能性がある。
年齢は40歳。
権力者も年上も男も女も他種族も等しく蹴散らし、平等に扱う才女である。
「カード王の命により光魔法の布教を行うこととなった。
我が国からは隣国のタルタ国、そしてその隣のルコール共和国までを対象とし、
それ以降はルコール共和国に任せる予定だ。
ロニー教団長にはタルタ国にて光魔法の布教にあたってもらう。
ルコール共和国には光筋教団の各支部長に任せる。
Sランク冒険者の2人は護衛役、イドには案内役として同伴してもらう」
『 わかりました 』
「ここに居る全員が知っている通り、タルタ国には10年来の借りがある、
私は、私は今でも思い出す度に腸が煮えくりかえる…あの燃えた町を…立ち尽くす民を…」
両拳を固く握り怒りに震えるレジャーノ伯爵。
「そして何よりも…あのクズを! 善良な民が血を流し、家を失い、命を失ったというのに!
あの屑共が今ものうのうと生きていることに私は反吐が出る!」
『 … 』
「今回の護衛にお前達2人を選任したのは私だ、カード王からの許可も得ている、タルタ王にも連絡済みだ」
『 … 』
「ルドルフ、ミーシャ、約束の時だ、もし事が起きれば遠慮はいらん! 全力で対処しろ!」
「お任せを」
「あぁ、確かに引きうけた」
そして約1か月後、ロニー教団長一行は国境を越えタルタ国の地を踏むこととなる。
時系列出来には約2ヶ月前、松本がウルダで冒険者登録している頃。
「やっと来たなぁぁミーシャァァァ!、この時を待ちわびたぜぇ!」
「嬉しいねぇ、俺のこと覚えていたくれたんだな~あれ? お前右腕そんなんだったっけ?
おいどうした? 怪我でもしたのか?」
「ミシャァァ!」
無事に事は起き、全力で対処することとなる。
しかしその様子は暫く先でお楽しみ頂くとして、次回からは更に時間を遡り10年前のお話。
松本の出番は暫くありません。
「ぶぇっくしゅ!」
「あら坊や風邪ひいたの?」
「外に出しましょう、フルムド伯爵に移す訳にはいかないもの」
「確かに、空気を皆で共有しているからねぇ、全滅するかもしれないね」
「ちょと…扱い酷くないですか? 鼻が少しムズムズしただけですよ…
別に寒気も無いし熱もありません、風邪じゃありませんから安心して下さい」
「子供って熱があっても結構元気よねハンク? 元々体温高いし」
「そうえすね主任、私も子供の頃に自覚なく38度あった事があります」
『 … 』
「だから違うって言ってるじゃないですか! ちょとそんな目で見ないで下さい!」
『 … 』
「酷い! もうこの人達いやぁぁぁ! 誰か体温計持って来てぇぇぇ!」
松本の出番は暫くありません。




