177話目【馬車の中では】
街道をトコトコ進む紫の大きな馬車。
椅子に座っているのはタレンギ、ノルドヴェル、フルムド伯爵、カプア、ハンク。
「(なんちゅう豪華な内装…窓にはカーテン、天井にはシャンデリア、
マナ石タイプの簡易コンロに流し台、棚には高そうな食器類、
終いには折り畳みベットまで完備、そして大人5人乗っても余裕の広さ…
この世界のキャンピングカー、いやキャンピング馬車だなこれは…)」
そして内部を調査中の松本。
「移動中にあんまり動くと危ないわよ坊や」
「お…おふっ…」
「ノルの言う通りよ、お座りなさいマツモト」
「や…やめ…あひょ…」
「なぁに? 何を止めて欲しいのかしら? ん~?」
「お、お腹を弄るのを…おふぅ…」
「ハッキリ喋らないと聞き取れないわ~、ここがいいの? ほぉらハッキリ喋りなさい」
「しゅ、主任~助けて下さいよ~」
ルドヴェルとタレンギの間に座らせられているハンクが相変わらす弄ばれている。
到底子供に見せて良い物ではない。
「いや…そこに座る方が危ないと思いますけど…」
「「 … 」」
フルムド伯爵とカプアが無言で頷いている。
「あ~ら自意識過剰の坊や、お子様には興味ないの、私の好みは筋肉、モリモリマッチョのオ・ト・コよ、
坊やがも~っと筋肉質になったら相手してあげるわ」
「(ヤベェじゃねぇか…)」
脱いだら結構凄いことになっている松本、
光魔法が上級になる程に仕上がっているのは内緒である。
「私もパス、美しくて可愛い男が私の本命、童顔も好みだけどお子様は願い下げなの、
マツモトが20歳だっていうなら抱いてあげなくもないけど」
「(ヤベェじゃねぇか…)」
松本の中身は38歳のオッサンである、当然内緒である。
「伯爵様に出せる程のものではありませんけど、宜しければお飲みになって下さい」
『 有難う御座います~ 』
一同に紅茶を配るタレンギ、移動しながらのティータイムである。
ハンクがようやく解放された。
「あまり揺れないし、お尻も痛くないし、お茶まで頂けるなんて優雅な旅ですねぇ、
幌馬車で旅はこうはいきませんからねぇ」
「そうだね、この馬車は本当に凄いよ、振動が少ないのは緩衝装置が付いているからだそうだよ」
「へぇ~緩衝装置なんてあるんですか、ポッポ村の馬車にも付いていれば
買出しが楽になるんですけどねぇ(馬車だし板バネ式だろうか?)」
「カプアさんによると後から取り付けることも可能みたいだよ、
ダナブルに付いたら僕の馬車にも取り付けて貰う予定なんだ」
「へぇ~(この世界に板バネ作る技術ってあるんだろうか?
もしエアサスが付いてたら乗り降りが楽になるな…)」
紅茶を肴に整備士時代の妄想が進む松本。
※板バネはザックリ説明だと金属の板のバネ、
エアサスはエアーサスペンションの略で空気の入った風船のバネ。
「馬車の改造はお任せくださいフルムド伯爵! 私達がパパっと終わらせますよ!」
「折角改造するのであれば荷台も箱型に変えては如何でしょうか? 伯爵がずっと幌馬車というのは…」
「いや、そこまでは…幌馬車は荷物が沢山積めて便利ですし雑に扱っても気になりませんから、
あでも時々雨漏りしたりもするし…変えた方がいいのだろうか?」
「変えましょうフルムド伯爵、容量は箱を大きくすれば問題ありませんよ」
「是非変えましょうフルムド伯爵、簡易的なベットを備えれば雨が降っても中で寝られますし、
希望されるのであれば見た目も立派にしますけど…」
「いや、あまり派手な物はちょっと…以前もお話したように襲われても困りますから」
「おほ~、装飾無しの地味な見た目をお求めですか、それはそれは、それはもう…ねハンク」
「いいですね~主任、一見すると普通の馬車なのに中身は高機能、私大好物です!」
言葉巧みにフルムド伯爵の馬車を改造させようとするカプアとハンク、
どうやらシンプルな見た目でハイスペックという改造が好きらしい。
魔道補助具がまさにソレである。
「後付けで緩衝装置か…値段次第ではありだよなぁ…ん?
あれ? この馬車ってフルムド伯爵の持ち物ではないんですか?」
「違うよ、僕が使っているのは普通の幌馬車」
「…伯爵様が? 普通の幌馬車を?」
フルムド伯爵の言葉に目を細めて訝しむ松本、一同が無言で頷いている。
皆思うところは同じらしい。
「これは私の馬車よ、王都の馬車屋で作って貰った特注品なの」
「なるほど(それでこの配色か…納得)」
紫の馬車はこの世界でも変り者である。
「Sランク冒険者はお金持ちですね~、ノルドヴェルさんも持ってるんですか?」
「私は持っていないわ、今度作ろうか考え中~」
「迷える財力が凄いですけどね、同じSランク冒険者の人達は持って無さそうでしたし」
「あら誰のことかしら?」
「ミーシャさんとルドルフさんって人ですけど、ノルドヴェルさん知ってますか?」
「よ~く知ってるわよ、そういえば巨大モギ討伐の話聞いたわよ~坊や」
「聞きましましたか、今思えば不相応で危険で貴重な体験でしたねぇ、俺ずっと食べられてましたもん、
なんとか脱出したらルドルフさんの魔法で吹き飛ばされそうになって…
威力が有り過ぎて草原に大きなクレーター出来たんですよ~」
『 えぇ… 』
「わかりますわかります~、アレは人が使っていい魔法の威力じゃありませんでした」
『 (そっちじゃない…) 』
食べられていたのに自力で這い出て来る子供もこの世界では変り者である。
「あの2人はこういうのはあまり欲しがらないわね~、どちらかというと装備と食事にお金を掛けるタイプ」
「ルドルフは酒ね、たまには化粧水の1つでも買えばいいのにガサツなんだから…
そういえばあの2人今頃どうしてるのかしら? 確かタルタ国に行くって言ってたわよねノル?」
「そうねぇ、確か2ヶ月位前だったかしら?」
「あの~タルタ国って何処の国ですか?」
「タルタ国はカード王国の東に隣接する国だよ」
「へぇ~お隣さんですか」
「高さはこれくらいにして、窓をココに…」
「いいですねぇ主任、荷物を大量に積むそうですから一番後ろを横開きの扉にするというのは…」
「採用! 思い切って片方の壁は開かないようにして折り畳みの簡易ベットを…」
「いいですねぇ主任、まさに働く者の馬車って感じですよ、2段にすれば少ない空間で2人寝られます」
「おほ~キタキタキタ~!」
「(…伯爵そっちのけで楽しそうだな)」
松本の質問に答えてくれるフルムド伯爵、カプアとハンクは馬車の設計図に夢中である。
「タルタ国はカード王国に比べて国土が小さくてね、いわゆる小国なんだけどとても面白い国なんだ」
「面白いですか?」
「殆ど建物が無くてね、街道を通っていても町が無くて森や平原ばかり、
気が付いたらタルタ国を通り過ぎてしまう程さ」
「…それはもはや国では無くて集落なのでは?」
「ははは、そう思うだろう? でも実は違ってね、とても立派な国が存在しているんだ、地面の下にね」
「地下にですか? 変わった人達ですね」
「人間じゃないよ、タルタ国はドワーフの国なんだ、
火の精霊様が住まう山の根元に国があってね、岩肌を掘削して作られた国門が天然の要塞としても機能している、
中は大きな渓谷になっていて天井に光輝石が埋まっているお陰で地下なのにとても明るいんだ、
マナ石や魔石の原石が豊富なんだけど、代わりに国土が痩せてて作物を育てるのに不向きでね、
食料の半数以上を国外からの輸入に頼っているんだ」
「ためになります~(コウコウセキってなんだ?)」
【光輝石】
マナを吸収して光る天然の鉱石、
加工してマナ石をセットすることで室内の光源として利用できる。
現実世界の蛍光灯みたいな役割である。
「フルムド伯爵は随分とタルタ国にお詳しいのですね」
「以前に行かれたことがおありなのですか?」
「小さい時に父に連れられて1度訪問した事があります、タルタ王は武骨な方でしたけど
人間の僕達を快く歓迎してくれました、他の方達は余り快く思ってなかったようですけどね」
「「「 へぇ~ 」」」
「主任、天井を頑丈にすれば上に荷物を載せることが出来ますよ…」
「採用! 雨が溜まるとマズいから曲線、もしくは斜面にして、その上に平らな土台を…」
フルムド伯爵の過去などお構いなしのカプアとハンク、どんどん妄想が膨らんでゆく。
「でも最近のタルタ国はちょっと…」
「なにかあるんですか?」
「あったが正しいのよ坊や、10年前にちょっとね」
「お子様のマツモトには少し早い話かしらね」
「子供扱いせずに教えて下さいよ~タレンギさん、変なところで伏せられると気になちゃいますよ」
「あ~ら、伏せられると気になって夜も眠れないの?」
「モロ出しよりチラ見せの方がいいだなんて随分とオマセさんねマツモト、性の目覚めってヤツかしら?」
「「 (何言ってんだこの人達…) 」」
伯爵相手や公的な場ではしっかり対応するタレンギとノルドヴェル、それ以外では結構遊ぶタイプである。
「10年前位に王都が襲撃されたの、無差別に魔法の攻撃を受けて500人以上が亡くなったわ、
たまたま訪れたAランク冒険者がいち早く迎撃したお陰でその程度で済んだけど、
対応が遅れたらもっと酷かったでしょうね…」
「町中で魔法ですか…それをドワーフの人達が…」
「違うわ坊や、やったのは人間よ、しかも元冒険者、各地でギルドを追われたクズ共よ」
「え? そうなんですか? でもそれじゃタルタ国関係ないのでは?」
「賊の所持品が余りにも高価過ぎたのよ、とてもギルドを追われたクズ共じゃ買えない程にね、
調べてみたらドワーフ製でタルタ国の関与が判明したって訳」
「あの~ノルドヴェルさん、別にタルタ国じゃなくてもドワーフの人達はいると思いますけど…
いや別に悪い意味じゃなくてですね、ウルダにも凄く親切にしてくれたドナさんっていう鍛冶屋がですね…」
「まぁ坊やの言いたいことは分かるわ、ダナブルにもドワーフの人達はいるし、
ドワーフ製の装備だからと言ってタルタ国で作られたって証拠にはならないわね~、
その辺は良く分からないけど間違いないそうなの、凄く有力な証言とかあったんじゃないかしらね~」
「はぁ…そうですか、そうなんでしょうねきっと」
「一応伏せられてる内容だから内緒よ、オネェさんと坊やの秘密」
唇に指を当てウィンクするノルドヴェル、濃厚な色気がハートの形で宙を舞っている。
「ん? 主任、何か浮いてます」
「虫かしらね? せいっ!」
ハートがカプアに叩き落とされた。
「お? 窓を開けた時に虫が入らないように細かい網を付けるとか?」
「いいですねぇ主任、付けましょう付けましょう、空気の入れ替えは出来た方が便利ですよ~、
とすれば、この辺に空気を排出する為の換気扇を…」
「いい! いいわよハンク、採用!」
「「 (う~ん…) 」」
床に張り付いたハートをなんとも言えない顔で見下ろす松本とフルムド伯爵。
「な、内緒の話だってんですか…」
「マツモトが教えて欲しいって言ったんでしょ、興奮して夜も眠れないって」
「後半は身に覚えがありませんけど…」
「ま、まぁ過去にそういうことがあってねマツモト君、
今は光筋教団のロニー教団長が訪問して直々に光魔法を普及させているみたいでね、
Sランク冒険者のミーシャさんとルドルフさんが護衛に付いているから問題は無いと思うけど…
少し心配になってしまうかな」
「ミーシャさんとルドルフさんが付いているなら心配いりませんよフルムド伯爵、あの人達は凄いんですから!」
「ははは、ロックフォール伯爵にも同じことを言われたね」
「むしろ、何かが起きることを願ってるでしょうねターレ」
「もう終わってるかもしれないわよノル」
「「 え? 」」
「「 なんでもありませんわ、おほほほ 」」
タレンギとノルドヴェルは紅茶を飲み干した。
一方、後方をトコトコ進む馬車の中では。
「ね~お父さん、僕達何処に行くの?」
「ダナブルって町らしいぞ~いろんな種族の人達が生活しているそうだぞ~」
「ダブナル?」
「ダンブルだ、ニチ、ダンブル、ほら一緒に」
「違うよお母さん、ダナフルだよ~」
「え? ダンフル? お母さんとゼニアお姉ちゃんの言ってることが違う気がする…」
「ダンブルだ、ニチ」
「ダナフル~! お母さんダナフル~!」
「え? え?」
「違うよ~ダナブルだよ~皆間違ってるよ~」
「え? お父さんも違う気がする…」
「ダンブル」
「ダナフル~」
「ダナブルだよ~」
「…僕パン食べる」
後方の馬車にはダリアファミリーが乗っていた。




