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173話目【マツモトショック 3】

松本がギルドから脱出して暫くした後、

商業地区にあるケーキ屋「ワッフル・タルト」前。


「あら、あんなに慌ててどうしたのかしらねぇ?」

「さぁ? 朝からずっとあんな感じなんですよ」 

「やぁねぇなんだか物騒で…凶悪犯でも逃げたのかしら?」

「あまり聞きませんけどねぇ」


店員のルミと常連マダムがショーケース越しに会話中である。


「ところでルミちゃん、レミさんと赤ちゃんは元気にしてるの?」

「えぇ元気ですよ、双子ですっごく可愛いんですよ~」

「あら~いいじゃない、次はルミちゃん番ね、結婚式には私も呼んで頂戴」

「いや~私は…恋人すらいませんで…」

「あらそうなの? なんか悪いこと聞いちゃったかしら、

 それだと一番下のクミちゃんがケロべロス杯であんなに盛り上がっちゃたら肩身狭いんじゃないの?」

「うぐっ…あ、あれ以来ちょくちょくデートに行ってるみたいですよ、

 クミもなんだかんだ嬉しかったみたいで口紅とかも新しくしちゃったりして」

「んまぁ初々しい~素敵ねぇ~おほほほほ、ところで今日は小さい店員さんはいないの? 

 また飴ちゃんあげようと思って持って来たのだけど…」

「今日は来てませんよ~、お待たせしましたチョコケーキです!」

「そう残念ねぇ~ケーキありがとうルミちゃん」

「また来てくださいね」

「そうするわ~レミさんとタルトさんにも宜しくね~」

「いつもありがとうございます~」


ケーキを抱えた常連マダムはご機嫌で帰って行った。


「…」

「…どうルミちゃん?」

「…大丈夫そうですね」

「ふぅ…ドキドキしたぁ…まさか常連さんまでマツモト君を探しているなんて…」

「私もう誰も信じられませんよタルト義兄さん…」


壁に張り付いたタルトとヒソヒソ話をするルミ、疑心暗鬼に陥り挙動不審である。


「いや…さっきのマダムは純粋な親切だと思いますけど…」

「「 そ、そうなの? 」」

「そうですよ、俺を探してるのは冒険者だけですから、

 変な眼鏡の人が変な依頼を出したせいで追われてるんですよ」

「「 そうなんだ~ 」」


厨房から聞こえる松本の説明で正気に戻る2人。


「ねぇマツモト君、変な依頼ってどんな?」

「マツモト君を捕まえたらどうなるんだい?」

「20ゴールド貰えます」

「へぇ~…ちょっとタルト義兄さん、ロープ持って何してるんですか?」

「いや~これから子供達でお金掛かるからつい…」

「タルトさんが捕まえても駄目ですよ~あくまでも冒険者向けの依頼ですから、

 冒険者になるか捕まえて分け前貰えば別ですけどね~」

「残念、まぁレミに怒られるからやらないけどね」

「本当ですかタルト義兄さん…」

「うわ!? なにその目!? そんな目で見ないでくれるルミちゃん!」

「どうしようっかな~? お姉ちゃんに言ったら怒るだろうなぁ~」

「ちょっとルミちゃんぁぁん!」

「それじゃこれは口止め料として頂いておきます」

「あ、うん…それでいいなら別に…」


ショーケースからジャンボシュークリームが1つ減った。


「しかしお金出してまで子供を捕まえようだなんて変な人も居たもんだ」

「そもそも本当に捕まえる気があるのかも疑問ですけどね~、依頼出す前に俺に宣言して来ましたから」

「「 へぇ~ 」」

「黙って捕まえないあたり何かしら目的があるんでしょうけど、

 変り者の考えは俺にはちょっと分からないですね~

 (文字が読める能力を探っているのは間違いないんだけど…)」

「大変だろうし、ウチに泊って行くかいマツモト君?」

「いえ、お気持ちだけ受けとっておきます~ここで騒ぎを起こしてレミさん達に心労掛けたくありませんから」

「それはそうなんだけどさ…」

「心配ですよねぇ…」

「大丈夫ですよ~朝からずっと逃げてますからね、あの程度の人達には3日あっても掴まりませんよ~」


タオルで手を拭きながら松本が厨房から姿を現した。


「それじゃ洗い物終わりましたんで俺は行きますね」

「おう、助かったよマツモト君」

「別にこんな時にまで仕事しなくてもいいのに~」

「じっと待ってると暇なんですよね~これが」

「「 わかる 」」」


ショーケース裏でウンウンと頷く3人。


「これ持って行きな」

「気を付けてね」

「ありがとう御座います~」


ワッフルの入った袋を受け取り店を後にする松本。


「またいらっしゃいね~マツモト君!」

「「「 !? 」」」

「お姉ちゃん!?」

「ちょっとレミ!? そんな大きな声出したら…」

『 いたぞー! 』


2階の窓から笑顔で手を振るレミ、早速反応した冒険者達が走って来た。


「あら、余計なことしたかしら?」

「今度は人数多いなぁ~網まで持って来てるし…お邪魔しました~」

『 まてぇぇぇ! 』

「まぁ…大丈夫そうね」


レミの眼下を松本と冒険者が走って行った。





その後の松本はというと…


「すみません、あそこで働いている子供ってこの子ですか?」

「いんやぁ、ありゃ子供って言うより子牛だぁ」

「いや、どう見ても子供ですけど?」

「なぁにいってんだ、ほれ見てぃ、子牛に混じって母牛の乳飲んどるべや」

「えぇ…直飲みしてる…」


渡牛の小屋に紛れたり、


「あ、あれは!? 衛兵さんあれってこの子ですよね?」」

「あれは要注意人物だ、近寄らない方がいい」

「え!? ちょっと私達あの子に用事があって…」

「駄目だ駄目だ、明るい時間からあんなに鍬を振り回すような奴に近寄らせる訳にはいかない」

「皆離れて、これ以上近寄らないように」

『 そんなぁ… 』


鍬素振りしたり、


「すみませ~ん、いまこの子が入って行くのが見えたんですけど、名前はマツモトで…」

「いい~所に来たな君達~、これな、そのマツモト君から教えて貰った天ぷらって料理なんだよ~」

『 はぁ… 』

「実は次のウルダ祭で出店出そうと思ってて、どの調味料が一番合うか意見を聞かせてくれ」

「いや…僕達はマツモト君を…」

「あの子に用があるだけでして…」

「ほぉ…キノコの天ぷらよりマツモト君が気になるのかい? 

 こんなに美味しそうなキノコの天ぷらが目の前にあるというのに…」

「え? いや…」

「また後ででしたら…」

「まさか…いやもしかしてだけど…君達、キノコ嫌いなのかなぁ~?」

「ひぇっ!? す、好きですよキノコ!」

「僕も大好物です! けど今はちょっと…」

「あれ? 君もしかして本当はキノコ嫌いなんじゃ…」

「「 頂きます! 」」

「そうかそうか! 泣くほどに美味しいのか! いや~嬉しいねぇ~」

「相変わらすだなシメジの父ちゃん…」

「まぁ…キノコが好きなだけなんだけどね…あんまり見ないでくれる?」


シメジの家まで足を延ばしてキノコを毟ったり食べたり


「すみませ~ん、私達この子を探して…」

「ようこそいらっしゃいました! 無料体験の方達ですね!」

「あの…違います」

「私達はこの子を…」

「大丈夫です! 女性の方達でも緊張される必要はありません!

 私ナナヤマ以外にも女性の案内役も在籍しております!」

「いや、だから…」

「ほう…」

「大丈夫です! 無料体験の用に靴と服の貸し出しも御座います!

 シャワーも完備しておりますので汗を掻いても問題ありません!」

「それは凄いですね」

「至れり尽くせりね」

「ヤー! お2人のご案内をお願いします!」

「はーい!」 

「凄いですねナナヤマさん、主に勢いと筋肉が」

「マツモト君もいい体になってきましたね! 服の上からでも分かります!

 お互い頑張りましょう! ッハ!」

「頑張ります! ッハ!」


光筋教団で魔法のプロテインを購入して白い歯を見せて笑ったり、


「なんだか今日は騒がしいなぁ…あれ? 網売り切れてるじゃん親父どうしたのこれ?」

「さぁな、なんか冒険者が来て全部買っていったんだよ」

「へぇ~、大量のブリリ虫でもでたんかね?」

「ありゃ夏の虫だぞ、まだちと早いって」


地味に雑貨屋の売り上げに貢献したりした。

如何せん体力がある上に装備を着込んだ冒険者隊に比べ普段着という身軽さ、

オマケに無駄に回避力が高いため、走っているだけでもそれなりに逃げまわれた。




そして夕方


「…マツモト君なにしてるの?」

「(どうやって張り付いてるんだろ…)」

「…マツモト変」


アーチの裏に張り付いた松本を不思議そうに見上げるラッテオ、カイ、ミリー。


「いや~ちょっと冒険者の人達に追われてて、ラッテオその辺にいない?」

「いないよ」

「ふぅ~これ結構疲れるんだよね」


スルスルと松本が降りて来た。


「朝から大変なんだよね~」

「知ってるよ、僕も何回か尋ねられたから、カイもだよね?」

「うん、ミリーもだよね?」

「うん」

「そうだったんだ、子供にまで尋ねるなんてどんだけお金が欲しいんだ全く…」

「マツモト君はそもそもなんで追われてるの?」

「実はねぇ…」


事情を説明する松本。


「変な人もいるんだねぇ~」

「夜まで時間を潰すなら僕の家に来る? 一緒に夕飯食べて行ったらいいよ」

「カイいいの? いきなり行ったら迷惑じゃない?」

「大丈夫だよ」

「大丈夫、今日はカレーだから、いっぱい食べても大丈夫」

「そ、そうなの? ミリーがそこまで言うならまぁ…」

「(あれ? ハンバーグじゃなかったっけ?)」


カレーは沢山作るので1人増えても大丈夫らしい。

という訳で、大通りを避けてカイとミリーの家に向かうことにした4人。


「こっちは駄目だ、右に行こう」

「また冒険者だ、そっちに行こうよ」

「あっち」


冒険者を避けるため細い路地をグネグネと進んでゆく。


「なかなか大変だ…マツモト君いままでよく捕まらなかったね」

「アーチの裏に張り付くと基本的に見つからないからお勧めだよ」

「そ、そうなんだ…僕にはちょっと無理かな」

「別にラッテオ達は俺と一緒に逃げまわらなくてもいいのに、疲れるでしょ?」

「まぁ僕は疲れて来たけどカイは楽しそうだよ、ほら」


目をキラキラさせたカイの横でミリーが溜息をついている。


「ミリーは疲れてるね…」

「まぁ、そうだね…女の子だし」


キラキラのカイの横でミリーが体育座りしている。


「ほらミリー立って、もう少しで家に着くから」

「疲れたなら俺が背負っていこうかミリー?」


ラッテオと松本に対し頬を膨らませ首を横に振るミリー。


「(ありゃ拗ねちゃったか…)」

「困ったなぁ…カイちょっとミリーを…カイ聞いてる?」

「聞いてるよラッテオ…ミリー立って、前から冒険者が来てる」

「よりにもよってこんな時に…ん? う、後ろからも来てるよマツモト君!?

 マズイよ…こんな1本道の路地裏じゃ何処にも逃げられないよ」

「まぁまぁ落ち着きなさいよ坊や達、別に見つかったらマズいのは俺だけなんだから皆は普通に…」

「こっち! マツモトこっちぃぃ!」

「あだだだだ!? ど、どうしたのミリー!? 腕はそっちに曲がらないいだだだ!?」


さっきまで体育座りで拗ねていたミリーが松本の腕を引っ張って行く。


「カイお兄ちゃんとラッテオもこっち」

「何処行くのミリー?」

「そこ人の家だよ? 勝手に入ったら駄目だよミリー」

「ちょっとだけだから大丈夫、ふん!」

「ぐぇ…」


路地から一段低くなった場所にある扉の空いた部屋に入る4人、

ミリーが松本を投げ飛ばし扉を閉じた。


「いてて、ちょとミリー…」

「階段もあるし地下倉庫みたいだけど…勝手に入って大丈夫かな?」

「大丈夫、ラッテオは心配症だから」

「僕も心配なんだけどミリー」

「大丈夫、カイお兄ちゃんも心配性だから、シー」

「(ミリー強いな…)」


ミリーが口に指を当てラッテオとカイの反論を鎮めると足音が聞こえてきた。


「本当にこんな路地にいるのか?」

「あんたSランク冒険者様の有難い情報を疑うっての?」

「いやそういう訳じゃ…」

「ねぇあれ他のチームだよね? おーい見つけたー?」

「見て無いよー!」

「うそ!? ってことは空振り? 確かに子供の声が聞こえたのにぃ…」

「まぁまぁ次行こう」

「マジかよぉぉいつになったら捕まえられんだよぉぉ…」


鉢合わせした冒険者達は肩を落とし去って行った。


「…行ったかな?」

「…行ったみたいだね」


扉に張り付いて小窓から様子を伺うカイとラッテオ。


「(あの人達もいい加減に諦めてくれないかなぁ…)」


松本は小さくため息をついている。


「ラッテオそろそろ出ようか?」

「そうだね、あんまり長くいると悪いし…あれ?」

「どうしたのラッテオ?」

「いやちょっと…あれ?」


ラッテオが扉をガチャガチャするが一向に開く気配がない。


「鍵が付いてるのに開かないんだ、もしかして壊しちゃったかな?」

「ちょっと変わってラッテオ、…本当だ、鍵を捻っても開かないや…」

「何だろうねこの数字が書いてあるヤツ…グルグル回るけど…」

「どれどれ、オジサンに見せてみなさい」


後ろで様子を伺っていた松本が割って入った。

鍵穴には鍵が刺さっており、扉には数字の書かれた丸いダイヤルが付いている。


「(えぇぇ!? 何で倉庫の扉にダイヤル式? しかも内側だし…絶対設計ミスだろこれ…

 っていうかよく見たらこの扉鉄製じゃん! 他に家に比べて重厚過ぎだろ…)」

「どうマツモト君?」

「開けられそう?」

「いや、これはたぶん無理かな、このダイヤルを左右に回してから鍵を捻ると開くんだけど、

 どれだけ回すかは決まってるんだよ、そこが分からないとちょっと…」

「しかたない、怒られると思うけどあっちから出よう」

「そうだね」


ダイヤル式の扉を諦め階段の上にある扉を開けようとするラッテオ。


「あのさ…こっちも閉まってるんだけど…」

「う、うそ…」

「まぁまぁ慌てない慌てない、どれオジサンに任せて~若い子は下がってなさい」

「「 (何言ってるんだろう…) 」」


また松本がしゃしゃり出て来た、自らが責任を取るといった中間管理職のような意気込みを感じる。


「すみませ~ん! 勝手に入ってしまって申し訳ありませ~ん! 開けて下さ~い! お願いしま~す!」


扉を叩きながら大きな声で呼びかける松本、暫く続けたが反応がない。


「ふぅ、留守みたいだ」

「駄目じゃん!」

「何で落ち着いてるのさ!」

「まぁまぁ落ち来なさいって若者よ、内が駄目なら外、

 通行人の人に気が付いて貰えれば何とかなるって、

 すみませ~ん! 誰かいませんか~! 子供が閉じ込められているんですけど~!」


ダイヤル式の扉を叩き大きな声で呼びかける松本、返事がないというより通行人の気配がない。


「ふぅ、駄目だこりゃ」

「ちょっとぉぉぉ!? 何でやり切った顔してるのマツモト君!」

「何一つ解決してないよ! 落ち着いていられないよマツモト君!」

「世の中には頑張っても報われないことがあるんだよ若者よ、

 努力した人が報われるんじゃなくて、報われた人が努力してたんだよ」

「急に難しいよマツモト君!」

「現実的すぎるよマツモト君!」


若者に社会の厳しさを教える中間管理職松本。


「まぁまぁ慌てても仕方ないしさ、人が来るまでゆっくりと…」

「カイお兄ちゃん、これ」

「ん? ミリーなにこの紙?」

「拾った、扉の開け方って書いてある」

「「「 ほう… 」」」


ミリーから手渡された紙を見る3人。


「扉の開け方とは書いてあるけど…よく分からないや、ラッテオ分かる?」

「僕も一番上だけしか分からないかな…マツモト君は?」

「ふむ、カイちょっと貸して…え~とダイヤルを右に7、左に3、右に2で鍵を捻ると…」

「「 開いた~! 」」


アッサリと扉が開いた。


「お手柄だよミリー、さぁ早く出よう」

「うん、行こうカイお兄ちゃん」


カイに手を引かれミリーが脱出。


「いや~よかったよかった、一時はどうなるかと思ったよ」

「助かったよマツモト君、でもさっきの紙でよく分かったね」

「似たような鍵開けたことあるからね、先に出てよラッテオ、また閉まると面倒だから」

「そうさせてもらうよ」


ラッテオが脱出したのを確認し、最後に松本が脱出する。


「さてと、ミリーが拗ねる前に行きますかんなぁ!?」

「「 マ、マツモト君!? 」」


扉から出た直後、松本の周りに水が出現し、次の瞬間には氷の檻に捕縛された。


「や、やられたぁぁぁ!」


狭い路地に響く松本の声に眼鏡の男は微笑んだ。


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