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170話目【フルムド伯爵と松本】

時刻は8時過ぎ、ギルドは依頼を受ける冒険者達で賑わっている。

松本も依頼を受けるため依頼書と紋章を準備して列に並ぶ。


「次の方どうぞ」

「おはようございま~す、今日はこれお願いしま~す」

「おはようマツモト君、渡牛の世話ね、それじゃこれ仕様書と紋章のお返し」

「ありがとう御座います」

「場所は分かる?」

「大丈夫ですよ、もう3回目ですから」

「それじゃ宜しくね、前回の評判良かったから今回も頑張って」

「はい~」

「あそうそう、カルニギルド長が呼んでるから臨時カウンターに回ってくれる?」

「了解です」

「次の方どうぞ」


受付を離れ一番端の臨時カウンターに座る松本、ベルを鳴らすとカーテンが開きカルニが出て来た。


「はいいらっしゃい」

「出てくるの早いですねカルニさん…もしかしてずっと座ってたんですか?」

「今は休憩中なの、昨日の事後処理で大変で」

「それはお気の毒です、それで? なにか用ですか?」

「マツモト君に渡して欲しいって頼まれてる物があって…え~と何処行ったかしら?」

「俺にですか? なんだろう?」


カウンターの下をゴソゴソするカルニ、

加工された掻き爪が出て来た。


「はいこれ」

「? 綺麗ですけど…なんの爪ですかこれ? っていうか何で俺に?」

「コカトリスの爪よ、たぶんマツモト君の取り分だってベルクが置いてったわ」

「俺の取り分?」

「切断された指の掻き爪」

「あぁ~あの時の」

「その様子だと心当たりがあるみたいね」

「えぇまぁ、へぇ~わざわざ加工までして貰っちゃって、ありがとう御座います~

 爪なら丁度付けてるし嬉しいですね」


首に下げていた首飾りに新しい爪を追加する松本。

ムーンベアーの爪の隣にコカトリスの爪が並んだ。


「あぁ~でも流石に2つはちょっと重いかな? 後で紐を太くしないと…」

「それとねマツモト君、悪かった、そして助かったって言ってたわ」

「? 助けて貰ったのは俺の方ですけど?」

「分からないなら聞き流しておいて、事情はベルクとモントから聞いたわ、

 地面に転がってたからコカトリスにやられたとは思ってたけど、

 その傷…想像してたよりかなり無茶したみたいね、どうして逃げなかったの? 友達のため?」

「ん~…どうなんでしょ? 自分のためですかね?

 俺は覚悟が出来ない臆病者だったってことです」

「なんの覚悟?」

「はっきりと言葉にするのは難しいんですけど、え~と…

 友達を置いて行く覚悟…諦める覚悟? ちょっと違うな…

 自分の行動による結末を受け入れる覚悟かな? こんなんで伝わります?」

「まぁなんとなくね、私からもお礼を言わせて、それとごめんなさい、

 今回の件はベルクに落ち度はないわ、見通しが甘かった私の責任」

「魔物に関する事ですから誰にも責任は無いと思いますけど?

 冒険者って元々そういう物じゃないんですか?」

「子供以外ならね、今回の件で監視者を一人で担うには限界があると痛感したの、

 今後はチーム、もしくは数名に依頼するから、

 その分費用が増すけどそこはデフラ町長に掛け合ってみる」

「分かりました、ギルド長は大変ですね」

「まぁね」

「それじゃ俺は依頼に向かいますので」

「頑張ってね~」


臨時カウンターを離れギルドを立ち去ろうとする松本。


「ねぇ君、カルニギルド長に会いたい場合はどうしたらいいかな?」


調査服姿の男が声を掛けてきた。


「それなら一番端のカウンターでベルを鳴らせば高確率で出てきますよ」

「そうなんだ、ありがとう試してみるよ」

「いえ…(この服…どこかで見覚えがあるような? おわっ!?)」


頭を捻りながら振り返ると出入り口付近に人だかりが出来ていた。


「タレンギさん化粧水下さ~い!」

「私も下さ~い!」

「いいけどちょっと高いわよ? 本当に大丈夫?」

「い、いくらでしょうか?」

「小瓶で1ゴールド、主に上流階級向けの商品なの」

「ぐ…か、買います…」

「あまり無理しない方がいいんじゃない? 安い物でも続けることに意味があるのよ?」

「う、うぅ…」

「あの…すみませんノルドヴェルさん…」

「なぁに?」

「サ、サイン頂いても宜しいでしょうか? この盾に…」

「いいわよぉ~、でも本当にサインだけでいいの、か、し、ら?」

「ひぇ!? サインだけで大丈夫ですぅぅありがとう御座いますぅぅぅ」


ギガントバジリスク討伐の話と映像を記録した水晶効果で大人気のタレンギとノルドヴェル。


「(はぇ~昨日の凄い人達だ、ミーシャさん達の時もそうだったけど

  Sランク冒険者が来ると騒ぎになるな…)」


人だかりを避け松本は渡牛の小屋に向かった。





「はい、どうされましたか?

「すみません、カルニギルド長でしょうか?」

「えぇそうですか」

「初めまして、僕はアントルと申します、プリモハちゃんの紹介で訪ねて来たのですが…」

「あぁプリモハさんの言っていた調査隊の方ですね、話は伺っています

 (見た感じはそこまでじゃないけど国章持ちね…プリモハさんの件があるから油断できないわね…)」


カルニセンサーが全力で稼働している。


「あの~僕の顔に何かついてますか? もしかして寝癖とか…」

「え? あ、いえ、気にしないで下さい、それで今回はどのような御用件でしょうか?

 込み入った話であれば別室に案内しますけど」

「そいえ、特に込み入った事ではありませんので、

 実はマツモトという少年について調査に来まして」

「え? マツモト君ですか? それならついさっき依頼に向かいましたけど」

「もしかして左頬に傷のある少年ですか?」

「えぇ」

「あの子だったのかぁ、行き違いになっちゃったな」

「依頼が終わったら帰って来ますので呼び止めて置きましょうか?」

「いえ、少し様子を伺いたいのでこの事は伏せておいてください、行先を教えて頂くことは可能でしょうか?」

「構いませんよ、少しお待ちください」



こうしてひっそりと松本の調査開始。





そして数日後の朝。


「う~ん…」

「「 おはようございますフルムド伯爵 」」

「おはようございますカプアさん、ハンクさん」

「そんなに眉間にシワを寄せてどうされたのですか?」

「例の少年の調査で何か問題でもありましたか?」

「問題という程でもないのですか…これどう思います?」

「「 どれどれ? 」」


フルムド伯爵の手帳を覗き込むカプアとハンク。


「8時~17時まで依頼、時より渡牛の耳を触る、ギルドに報告後1時間鍬振り、鍬?」

「8時~11時まで依頼(1個目)、早めの昼食の後13時~18時まで依頼(2個目)、

 ギルドに報告後1時間鍬振り、たまに奇声を上げるため衛兵に気味悪がられている、奇声…」

「8~15時まで依頼、ギルドに報告後他の冒険者と共にギルド内を清掃し、

 職員にパンを差し入れる、その後いつも通り鍬振り、ふむ…」

「8時~18時まで依頼(3つ)、その後鍬振り、3つ?」

「どう思いますかカプアさん?」

「体力あるな~って思いますけど…なんで鍬?」

「ハンクさんは?」

「1日に3つも依頼を受けてますし、お金に困っている印象を受けますけど…

 いやでも、お金に困っている人がパンの差し入れしますかね?」

「前情報ではお金を稼ぎに来てるって話だったので間違いでは無いと思うんですけど…」

「「 ですけど? 」」

「試しに5ゴールドで『翻訳の手伝い』の依頼を出してみたのですが、

 1度依頼書を手に取ったのものの結局別の依頼を選びました、

 次の日に10ゴールドで依頼を出し直したのですが結果は同じ」

「「 はぁ… 」」

「よく分からないんですよねぇ彼…」

「子供なのでお金の価値が分かっていないとかじゃないですか?」

「依頼内容を理解できなかった可能性もありますけど」

「カルニギルド長とプリモハちゃんの話では変わっているけど利口な子供だそうです」

「確かに変わっているとは思いますけど…鍬振ってますし」

「奇声も上げるんですよね…」

「まぁ回りくどいことは辞めて今日は彼の能力を直接確認してみます」


手帳を閉じ立ち上がるフルムド伯爵。


「確認すると言ってもどうやって?」

「あまり無理をすると怖がって逃げてしまうのでは? まだ子供ですし」

「大丈夫ですよ、道を尋ねるだけですから」




いつも通りギルドへ向かう松本。


「(最近暖かくなって来たなぁ、上着薄いヤツでもよかったかもな…)」

「ねぇ君、すこしいいかな?」


調査服姿の男が声を掛けてきた。


「この間のお兄さん、おはようございます~」

「おはよう、待ち合わせの場所に行きたいのだけど道が分からなくてね、君知らないかな?」

「どこですか?」

「ここなんだけど」

「ふむ…」


男が手渡した小さな紙を見る松本。


「…すみません俺にはちょっと…他をあたって下さい」

「え? あぁ…呼び止めてすまなかったね」

「いえ」

「…?」


松本は去って行った。




近くで様子を伺っていたカプアとハンクに合流したフルムド伯爵。


「どうでしたかフルムド伯爵?」

「彼に何を見せたのですか?」

「これなんだけど…」

「「 ??? 」」


小さな紙を見せられ首を捻る2人。


「これ…何て書いてあるんですか主任?」

「私に分かるわけないでしょハンク、これ大昔の文字よ」

「『ユミルの左手』と書いてあります、彼の行きつけの鍛冶屋なのですが…

 教えてくれませんでしたね」


少しガッカリした様子のフルムド伯爵。


「ということは読めなかったということですね主任!」

「そうねハンク、どんな文字でも読めるなんて何かの間違いよ!

 そんな訳の分からないことあってたまるものですか!」

「そうですとも主任、全ての物事には道理があって然るべきです!」

「「 はーっはっはっは! 」」


対照的に嬉しそうな2人、説明が付かないことが気持ち悪いらしい。


「う~ん…プリモハちゃんの話が嘘とは思えないし、もしかすると…」


松本の行動に思考を巡らせるフルムド伯爵。


「買って来たわよターレ、はいどっちゃり海老サンド」

「ありがと、ノルは何にしたの?」

「私はどっちゃり肉サンド肉増しトマト入り」

「朝から凄いわね~」


タレンギとノルドヴェルは騒ぎになると困るため離れた位置から護衛中だった。





そして掲示板で依頼を物色中の松本。


「(危ない危ない…あの人の服装、そして不自然過ぎるほど狙い撃ちされたこの依頼書、

  間違いなくプリモハさんの知り合いだな…恐らく狙いは俺の異なる文字が読める能力、

  気を付けねば…)」


そう、松本は勘付いていた。

フルムド伯爵に手渡された紙も読めたのだが勘で回避していたのだ。


「(天界に行って翻訳眼鏡貰いましたなんて説明できんしな、

  絶対にバレたいようにしないと、下手したら解剖されかもしれん…)」

「おはようでありますマツモト氏」

「おはようございますギルバートさん、今日はこれにしようと思うんですけど」

「ほう、砕石の運搬でありますか、時給は良いですが体力仕事でありますな」

「3名募集って書いてますし、一緒にどうですか?」

「そうでありますなぁ、ここはひとつ頑張って夕飯を豪華にするのであります」

「んじゃ行きましょ~(よし、取りあえず文字はこれで判別できるな、

 しかし便利なのか面倒なのかよく分からん能力だなぁ…)」


警戒レベルを上げた松本は普通の文字か否かの判定基準を手に入れたのだった。


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