163話目【ストックの証言】
『俺は向こうで休ませて貰う』
『危険よ、まだ近くに居るかも知れないのよ!』
『そうだ、ここに残った方がいい』
『うるせぇ! 俺は1人になりてぇんだ! いいか、俺は人の指図は受けねぇ、わかったか?』
『ちょっと…』
『もうほっとこう、忠告はしたんだ』
扉の向こうに消える男、苛立つ女を落ち着かせる若い男。
「あ~ぁ、コイツ死んだわね」
『ぐわぁぁぁ!?』
薄暗く気味の悪い屋敷に叫び声が響き渡った。
『!?』
『何今の声? まさか…』
「いつの時代も絶対1人はこういうヤツいるわね~」
不気味な装飾の部屋に響く咀嚼音、モッキュモッキュのあとにチューチューと何かを吸う音がする。
『いやぁぁぁ!』
『なんてこった…きっとヤツにやられたんだ…』
全身キノコまみれで倒れた男を見つけて錯乱する女、若い男も恐怖に震えている。
「こういう安い映画って最後まで魔物が姿を現さないのよね」
ベットに寝転びトマトジュースをチューチューするドーラ。
水晶から天井に照射された『恐怖のキノコ屋敷、マッドネスエリンギの逆襲』を鑑賞中である。
ときより傍らのポップコーンをモッキュモッキュしている。
ポップコーンの粒が大きく見えるのはドーラが小さいからでは無く、
『むっちりコーン』という粒の大きい品種だからである。
※『むっちりコーン』
太目でむっちりしたコーン、茹でても焼いても美味しいコーン。
コンコン…コンコン…
「ん?」」
「すまない、ダリアだ」
「直ぐ行くわ」
映像を止め扉を上げるドーラ、ダリアが申し訳なさそうな顔をしている。
「どうしたの?」
「すまない、何か食べ物が欲しいのだがどうしたらよいだろうか?」
「ウチは料理を出すサービスは無いから台所を好きに使って、
冷蔵庫の食材は私のだから使って大丈夫よ、テーブルのパンはマツモトのだけど
あなた達のために置いて行ったみたいだから自由に食べていいそうよ」
「そうか、ありがとう」
ダリアが去り、再び寝転ぶドーラ。
映像を再開しようとすると再びドアがノックされた。
「すまない、ダリアだ」
「今度はどうしたの? 食材は入れて置いた筈だけど」
「いや、食材はあったのだが…その、あれの使い方が分からなくて…教えて貰えないだろうか?」
「あれ?」
「マツモト君が使っていた、ほらあの…」
「あぁ、魔道加熱器ね、説明するから付いて来て」
人里は離れた場所で暮らしていたダリアは文明の利器の使い方を知らなかった。
「このマナ石を取り付けて、これを捻るだけよ」
「簡単だな、火が無いのに焼けるのか?」
「赤くなって来たでしょ、触ると火傷するから気を付けた方がいいわよ、使い終わったらマナ石は外して置いて」
「わかった」
「あとこれが冷蔵庫、食材を冷やして置く箱よ、中身は自由に使っていいから」
「いろいろと助かる、上手くは言えないが…その…ドーラさん達に出あえてよかった、ありがとう」
「そう、気にしなくていいわ、後でマツモトにもパンのお礼を言っといて」
「あぁ、そうする」
微笑むダリア、昨晩より少しだけ表情が和らいでいる。
「(そいえば冷蔵庫にマツモトの食材も入ってるんだったわ、まぁいいか)」
松本の卵が消失した。
※『魔道加熱器』
マナで動く魔道具の一種。
マナ石をセットしてハンドルを捻ると熱線が発熱する。
薪と違って煙が出す便利、都会には割と普及している。
ポッポ村には無い。
※『魔道冷蔵庫』
核に魔集石を使用しており非常に高額、殆ど普及していない。
氷を入れる必要は無く、マナ石をセットし温度を設定すれば自動で冷える。
ドーラの使っている冷蔵庫はコッチ。
※『冷蔵庫』
断熱性の只の箱。
中に氷を入れて冷やすタイプ、氷魔法必須。
そこまで高くないのでそこそこの家なら所持している。
一般的な冷蔵庫はコッチ。
勿論ポッポ村には無い。
病院の個室で食事を取る一家。
「ゼニアお姉ちゃん、卵少しちょうだい」
「えぇ~、ニチも食べたじゃん、これは私の分なの」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ~」
「だ~めだって~」
「ゼニア、ニチ騒いだら駄目、他の人の迷惑になるわ」
「「 は~い 」」
ダリアに怒られションボリする2人。
「ははは、ニチ、お父さんの卵をあげよう」
「本当? ありがとうお父さん!」
「えぇ!? そんなの駄目、お父さんは自分で食べてよ! ニチには私のあげるから」
「ゼニア、ニチには私の分をあげるから自分で食べなさい、久しぶりの卵なんだから」
「え? う~ん…」
差し出された3つの皿を見て戸惑うニチ、スプーンが行ったり来たりしている。
「好きなだけ食べていいぞニチ」
「ん!」
「お腹いっぱい食べなさいニチ」
「う~ん…え? それじゃ…」
3つの皿からスプーン1杯分ずつ卵が消えた。
「結局お父さんの分食べちゃって」
「ははは、いいんだよゼニア、2人共しっかり食べるんだぞ」
「「 うん! 」」
ベットに腰掛けニコニコと笑うストック、昨日の内に個室に移動させられたらしい。
「卵もパンも久しぶりだから凄く美味しい、ありがとうダリア」
「作ったと言っても卵を焼いただけだ、それだけ食べられるならもう大丈夫そうだなストック」
「あぁ、心配かけて悪かったね」
「そうだな、本当に心配した」
家族4人で囲む朝食はフランスパンとスクランブルエッグ、
病み上がりの病人が食べる物ではない。
「失礼するよ~んん!?」
髪がボサボサの女医が部屋に入って来た、ベットに座りパンを齧るストックを見て目を丸くしている。
「もう食事しているのか…2時間前まで意識が無かった人間とは思えんな、
一時は生きるか死ぬかの瀬戸際だったはずなんだが…
いやすまない、デフラ町長の依頼で話を聞ける状態か確認しに来たんだ、
見た感じでは問題無さそうだが、どうだろうか?」
「大丈夫ですよ、ダリア少し開けてくれないかな?」
「あぁ」
パンをテーブルに置き、ダリアが空けたスペースに移動するストック。
「腕はなくなっちゃたし、まだ体は完全ではありませんが、ふ~、ん、ん、っほ!」
前屈した後2度屈伸し、そのまま空中で後方に1回転するストック。
「7~8割くらいには回復しています、これも先生のお陰です」
「そうかそうか、そこまで動ければ問題ないだろう…おらぁぁぁ!」
「ぐほぉぉ!?」
ストックの肝臓を捉える女医ブロー。
「いくら回復したからって! 医者の前で病み上がりが調子に乗るんじゃなぁぁぁい!」
「や、病み上がりを殴るのはいいんですか先生…」
「体は回復魔法で完治しているから問題ない、異常な失血と片腕を失った精神面を心配しているんだ」
「そ、そうですか…」
「その様子だと今日中に退院できるだろう、直にデフラ町長達が話を聞きに来る」
「わかりました…すみませんでした…」
「食事中に邪魔したね、いっぱい食べるんだぞ~子供達」
「「 は、はい… 」」
ゼニアとニチにの頭をポンポンして去って行く女医。
「それと、ストックさんは今日1日はベットの上で安静にすること」
「は、はい…」
「よろしい」
扉が締まり女医は去って行った。
「ねぇダリア」
「なんだストック」
「結構怖い人だね、先生って…」
「まぁ…昨日担ぎ込まれたストックを必死に助けてくれたから…怒ったのかも…」
「そ、そうね…」
女医はストックの対応で昨晩は家に帰っていません。
「遅いですよモント」
「いや~すまねぇデフラ、ちょっとギルドに行ってたもんで、早速行こうぜ~」
「依頼を受けるのは後でもいいでしょう、早く行ったからといって
モントは取り合うような依頼は受けないではないですか」
「別に依頼を受けに行ったわけじゃ無いっての、昨日言ってた野暮用の件でな、
今日トネル坊ちゃんが初めて討伐依頼受けるのよ」
「ほう、情報不足でした」
「あぁ普通だったら大騒ぎだろうけど身分隠してるからさ~、
一般の子供と同じ扱いだからデフラが知らなくても無理ないって、
んで、その件でギルド長に詳細を聞こうと思ったら先客が居て時間が掛かっちまった」
先客とは松本のことである。
「カルニギルド長のことですから、確かな監視者が着いてるとは思いますが…」
「監視者はBランクのベルク、腕はまぁまぁ、性格はちょっと口は悪いが面倒見のいい兄ちゃんってとこ、
討伐対象はマンモスキート、場所は南東の森にある池ね」
「街道から少し入った場所の池ですね」
「そうそう、普段は森自体も比較的安全なんだけど少し前にコカトリスの目撃情報があってな、
先日ベルクのチームが発見して討伐に成功したのよ、今回ベルクを監視者に付けたのは適任だな」
「その話は聞いています、しかし…」
「そう、魔物ってのは移動するからさ~絶対安全なんてないのよ~」
「なるほど、それで野暮用ですか」
「元々見に行く予定だったけど、キャロちゃんからも直接頼まれちゃって」
「分かりました、こちらは私だけで構いませんので野暮用に向かって下さい」
「そうしたいけど少しに気になることがあってな、どうしても昨日の兄ちゃんに話を聞かねぇと」
「そうですね、魔物の死体は無かったのですよね?」
「見てはいねぇけど違う場所で襲われた可能性もあるし~、夜だったし当てにはならねぇな、
まぁ話を聞いた限りじゃあの兄ちゃん、名前なんだったっけ?」
「ストックさんです」
「そうそう、そのストックさんが1人で応戦して相打ちになった感じだったわ、
ダリアちゃんに子供2人を任せてな~」
「勇敢な方ですね」
「父親ってやつなんだろうよ、デフラも同じことするだろきっと」
「私にはそんな力はありませんよ」
「またまた~そういうのって力は関係ないんじゃないの~」
「ちょっと辞めて下さい」
「またまた~」
「ちょっとモント」
嫌がるデフラ町長を肘で突くモント。
「まぁ、1人で何とかなったということはそこまで強い魔物ではないのでしょう」
「ただし命掛けのなんとかだがな、ストックさんを拾った場所は北の森だしそれなりに離れてるから
大丈夫だと思うんだけど、一応気を付けとかないとよ~」
「ギルドへも情報を回して対応をお願いしないといけませんね」
「取りあえず、ストックさんに話を聞くのが一番ってことよ~」
暫くしてデフラ町長、モント、フルムド伯爵、ノルドヴェル、カプアがやって来た。
部屋に入らないので入れ替わりでゼニアとニチが名残惜しそうに退出。
「意識が戻られたようで何よりですストックさん、この町の管理を任されているデフラと申します」
「初めまして、家族のこと本当にありがとうござました」
「いえ、町に害のない方達であれば当然の対応ですので」
「そうですか、そうなんですね、本当にありがとうございました」
何処かホッとしたような笑顔で深々と頭を下げるストック。
「お話を伺いたいのですか、ストックさん調子はいかがですか?」
「いいですよ、今から狩りに行けそうなくらい元気です、ははは、と言っても利き腕は無くなっちゃいましたけどね」
「(数時間前まで意識なかったのにもうピンピンしてるのな、異常だぜ)」
「(朝ごはん食べたのだろうか?)」
「(いや~可愛い顔するじゃない、惜しいわね妻子持ちじゃ無ければ誘ってたのに)」
「(肘関節は残ってる、右前腕部のみか…)」
デフラの後ろで4人が好き勝手に感想を浮かべている。
「まずはストックさんが襲われた魔物について、思い出したくはないでしょうが教えて頂けないでしょうか?」
「そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ、襲われたのは羽蛇ですね」
「羽蛇? モント知っていますか?」
首を振るモント、他の3人も各々妄想を膨らませている。
「どのような魔物でしょうか?」
「大きな鳥と蛇の合わさったような見た目で、鋭い爪で攻撃してくる…」
「なに!? もしかしてコカトリスか?」
「コカトリスという名前は知りませんので、どうでしょうか? 里の近くの森に結構いるんですけど」
「ちょ、ちょと待っててくれよ、お~い先生~」
モントが部屋を出て行き、図鑑を持って帰って来た。
「ほら、これがコカトリスなんだけどよ」
「あぁこれですよ、コカトリスって名前なんですね~、危険だけど美味しいんですよこれ~」
「よく生きてたな~、運がいいぜストックさん」
「ははは、腕無くなっちゃいましたけどね」
「(あら可愛い笑顔、筋肉質な身体に一人でコカトリスと遣り合える実力、
そそるわね、いっそのこと襲っちゃおうかしら)」
「(あ~駄目駄目、どうしても気になっちゃう、私のスペア無理やり付けるのもあり?)」
右手を上げて笑うストック、後ろでノルドヴェルとカプアが邪な考えを膨らませている。
「生きてるだけ儲けもんだぜ~、神経毒もってるから噛まれたら致命傷になるからなぁコイツは」
「毒? 毒なんてないと思いますけど?」
「ん? いやあるぜ、この尻尾の部分に、噛まれたら5分も待たずに動かなくなる強力なヤツが」
「少しの間動きが鈍くなりますが、動けなくなることはないですね、
まぁ危ないので狩りをする時はいつも2~3人で行っていましたけど」
「んん? もしかして違う魔物なのか?」
首を捻るモント、フルムド伯爵が答えを口にする。
「ストックさん達は回復速度が速いそうなので、神経毒に耐性があるのではないでしょうか?
コカトリスの毒は何もしなくても数時間で回復しますから、
耐性があるというより凄い速さで回復しているといった方が正しいかもしれませんけど」
「「「 なるほど 」」」
納得のモント、ストック、デフラ。
「その時のコカトリスは倒せたのですか?」
「いや~駄目でした、ある程度傷は負わせましたけど私の方が先に倒れてしまったようで、
長旅で疲れていたせいで傷の治りが遅くて…でも追い払えてよかった、家族が無事で本当に良かったですよ」
「そうと分かれば俺はちょっと野暮用に行こうかね~、デフラ町長後は頼んだよ~」
「モント、一応ギルドへの連絡もお願いします、手負いの魔物が危険ですから」
「了解~」
「違う」
モントが部屋から出ようとするとダリアが口を開いた。
「ん? 今何か言ったかいダリアちゃん?」
「違うと言ったのだ、ストックが追い払った訳じゃない」
『 ? 』
「倒れたストックに羽蛇は止めを刺そうとした、だがその時に鎧蛇が現れて羽蛇と争い出した、
その隙に私がストックを回収したんだ」
「そうだったんだね、ダリアありがとう」
「その、鎧蛇というのは? どんな魔物ですか?」
「羽蛇に似ていて…あそうだ、さっきの本を見せて貰えませんか?」
「どうぞ」
「バジリスク」
「…!?」
デフラからストックが図鑑を受け取る前にノルドヴェルが口を開いた。
モントの顔が険しくなった。
「コカトリスと似ていて鎧なんて表現されるなら、バジリスクしかいないわね、
全身が硬い鱗に覆われていて羽の代わりに2本の腕、、鳥よりトカゲに近いかしら、
主な攻撃方法はコカトリスと同じ鋭い爪と尾の蛇、どうかしらストックさん?」
「その通りです」
「マジかよ! デフラ町から人を出すんじゃねぇ!」
「待って下さいモント!」
「待ってる時間はねぇんだよ! 今すぐギルドに連絡しろ! いいな!」
険しい顔のモントは走り去って行った。
「フルムド伯爵、私も行きます、ターレも連れて行きますのでご用心下さい」
「分かりました、よろしくお願いします」
「あの~バジリスクってそんなに危険なんですか? 私よく分からないんですけど…」
困惑のカプア。
「バジリスクとコカトリスとの一番大きな違いは毒、
ほっといても治る神経毒じゃなくて石化の毒、すんごく固くなっちゃうんだから、
そりゃもうカッチカチのコッチコチ…」
「ちょっ!? ノルドヴェルさん!? ひゃ…やめ…」
体を弄りながらカプアの耳元で囁くノルドヴェル。
「危険度が1段違うの、大変なことになっちゃうんだから外にでちゃ駄目よ~、っふ…」
「ひやぁぁ~…」
魂が抜けてフニャフニャになったカプアを置いてノルドヴェルも出て行った。




