162話目【ちびっ子冒険者達のマンモスキート討伐】
ウルダの城門から伸びる街道を歩く5人の子供。
マンモスキート討伐へ向かうフォースディメンションの4人と松本である。
「あのさトネル君、今更なんだけどこれ何処に向かってるの?」
先頭を歩くトネルに一番後方を歩く松本が声を掛けた。
「あの辺りですよ、もう少し歩けば着くと思います」
「へぇ~マンモスキートって森にいるんだ、てっきり水辺にいるもんだと思ってた」
松本の言葉でゴンタ、ハイモ、シメジが振り返った。
「マツモト、お前もしかしてだけどよ」
「まさか何も知らないとか」
「無いよな?」
え? なんかまずいこと聞いたかな?
まぁ、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね
俺は素直に質問できるタイプ、ここは教えて頂こう
「あはは、実はよく知らないんだよねぇ、よければ誰か教えて貰えないかな?」
にこやかに質問する松本、ハイモが右手を上げる。
おぉ、こういうのトネル先生が好きそうだけど
ハイモが教えてくれるとは意外だな
なんて松本が考えている間に上げた右手を握り込むハイモ。
「おらぁぁ! 冒険者舐めてんじゃねぇマツモト!!」
「ぐほあぁ!?」
ハイモの拳が松本に頬にめり込んだ。
「これから討伐依頼に行こうってのに何考えてんのぉぉ!」
「命掛けてる自覚あんのかマツモトォォ!」
「ぎいやぁぁぁ!?」
地面に転がる松本に追い打ちをかけるシメジとゴンタ、ボコボコにされている。
「2度と冒険者舐めんじゃねぇぞ!」
「ちゃんと調べて来るでしょ普通!」
「命掛かってんだぞ! 甘く見過ぎだぜ!」
「すみませんでした…以後気を付けます…」
3人に囲まれ街道の真ん中で正座させられている松本、目的地にたどり着く前にボロボロである。
「(…これは止めた方がいいのか?)」
遠くの方でベルクが困惑している。
「まぁまぁ3人共それくらいで、マツモト君は何処まで知っているのですか?」
「正直何も知りません…」
「マンモスキートについては?」
「名前だけ…デッカイ蚊、いや血を吸う虫だと思ってます…」
「マツモト君はポッポ村の出身でしたよね? 学校では魔物について教えてくれないのですか?」
「わかりません…俺殆ど学校行って無いので…」
「「「 … 」」」
「分かりました、ではこの魔法剣士トネルが教えて差し上げましょう!」
「ありがとう御座いますぅぅ! トネル大先生万歳!」
「なんのこれしき! 友人として当然です!」
街道の真ん中で痛々しいポーズを決めるトネル、歓喜の松本。
「ほら立てよマツモト…」
「なんかゴメン…」
「悪かったな…」
「え? うん、ありがとう?」
何かを察しバツが悪そうに松本を立たせる3人。
ポッポ村でも村で買った本を使って、ウィンディとレベッカが魔物について教えてくれます。
ただ冒険者のいない自給自足の村なので、頼もしいオジサン達に混じって狩りを行う際に本格的に学びます。
「マンモスキートが血を吸う虫というのは当たりです、大きさは大体50センチ程度、
血を完全に吸い尽くすことは無く、ある程度まで吸うと解放する習性があります、
これは獲物を殺すより活かした方がより多くの血を得られると知っているからだそうです」
「へぇ~賢い」
「ただ血を吸われると感染症の危険もありますし、疲弊して森を抜けるまでに
他の魔物に襲われる可能性もありますから危険なことには変わりません」
「なるほど、感染症って回復魔法では治らないの?」
「治りません、失った血も戻りません、回復魔法はあくまでも傷や骨折が治るだけです、
直接命に係わる脅威では無く、私達のような子供でも対応できる魔物ですが、
それでも討伐対象になっているのは回復魔法の対応外だからですね」
「ほほう」
グラハムさんが結構危ないって言ってたのはそういうことか…
「血を吸う以外にも足の掻き爪や羽音が厄介です、マツモト君は耳栓は持って来てますか?」
「持ってきてないや…本当に甘く見てたよ、ゴメン」
「今回は私の予備をお貸しますので使ってください」
「ありがとね、気を付けるよ」
「いえいえ」
耳栓を受け取る松本、棍棒に続いて耳栓も借り物である。
「羽音に耐えきれずに耳を塞ぐと、抱き付かれて血を吸われます、気を付けて下さい」
「了解です」
「マンモスキートは淡水の水辺に生息しています、今向かっているのは森の中にある池ですね、
きっと獲物を探し回るより水辺にやって来る魔物から血を吸う方が効率的なのでしょう」
「あのさトネル君、討伐依頼ってどうやって報告するの? 完了の印くれる人とかいないし」
「討伐対象ごとに決まっている部位を持ち帰ると完了とされます、
マンモスキートの場合は血を吸う口先の針みたいな部分ですね、
他の部位に価値がる魔物であれば持ち帰えるのですが今回は必要ありません」
「へぇ~じゃあ1匹倒して口先を持ち帰ればいいんだ、1匹で2ゴールド貰えるなら結構良さそう」
「いえそれは…」
「え? 違うの?」
「そんなに楽なら俺達には回ってこないよ~」
後ろからシメジが話に入って来た。
「今回の依頼内容はマンモスキート討伐で報酬は2ゴールド、
但し討伐数は10匹、つまり1匹20シルバーって事、
最低10匹討伐しないと報酬貰えないけど、追加で討伐した分は20シルバーづつ貰えることになってる」
「そうなの? 依頼書にそんなこと書いてあったっけ?」
「依頼の詳細は受付の時に、他の依頼もそうでしょ~?」
「あ、確かに」
納得の松本。
「10匹で2ゴールドだからよ、チームの人数で割らないといけないし、
血を吸われるくらいなら補助依頼やった方がマシだったりするよな」
「でも8シルバーで2時間働くより1匹討伐した方が高いぜ?
2ゴールドなら5人で割っても20シルバーだ、1日分の報酬よりは高くなるだろ」
「まぁな、それに冒険者やるならやっぱり討伐依頼だよな、俺も早くデッカイ魔物をガンガン討伐してぇな~」
1人20シルバーか…
俺の場合は補助系依頼の方が稼ぎになるな…
ハイモとゴンタの会話を聞きながら計算する松本、
松本1日の平均労働時間は7時間前後、時給8シルバーでも56シルバーである。
8歳児の労働時間ではない。
その後、街道の脇の木の下で昼食を食べ少しだけ休憩。
「この辺から森に入りましょう、このまま北に歩けば目的地に着くはずです」
『 うぃ~ 』
「一応他の魔物と遭遇する可能性もありますので気を引き締めて行きましょう」
「受付の人によると危険な魔物はいないらしいぞ、最近強い冒険者の人達が討伐してくれたんだってさ」
「アクラスさん達かな? この前ムーンベアー討伐したらしいし、見たかったよね~ムーンベアー」
「マジかよ、やっぱカッコいいよな~アクサスさん、俺もいつかAランクになるぜ!」
「まぁ、他の場所から移動してきてるかもしれないし、皆気を付けて行こう、
もし危ない魔物に出くわしたら全力で逃げようね~、俺とか直ぐ死んじゃうと思うから」
「自信なさすぎだろマツモト」
「気合入れろマツモト~」
「あと俺魔物詳しくないから教えてね~」
「いやそこは勉強しとけよマツモト」
「まぁまぁいいじゃないですかゴンタ君、マツモト君にもいろいろあるんですよきっと、
さぁ行きますよー!、この魔法剣士トネルに続くのです!」
『 うぃ~ 』
街道から外れ森へと入って行く5人。
「(俺達、南西のピーマンなんだがな…まだまだガキンチョ共には知られてねぇか…)」
この辺の森でコカトリスを討伐したのはベルクのチームである。
「ねぇシメジ、あれポッチャリエリンギ?」
「どれどれ?」
「ほらあのデッカイの」
少し先に見える倒木を指さす松本、エリンギみたいなキノコが生えている。
光の加減のせいか色が悪く、一回り大きい。
「いや、アレはマタンゴだよ、ポッチャリエリンギはアレを食用に改良したヤツ」
「へぇ~じゃあ野生のポッチャリエリンギってこと? 食べられるなら採って行こうかな」
「食べてもいいけど毒キノコだよ、度胸あるね~マツモト」
「…死ぬやつ?」
「ギリギリ死ぬやつ」
「やめとこうかな…」
「あははは! ちょと皆聞いてよ~マツモトがマタンゴ食べようとしたんだけど~」
前を歩く3人にウキウキで報告しに行くシメジ。
「お前の家から逃げたヤツだったりしてな」
「んな!? そんな訳ないでしょ、ちょっとやめてよハイモ~」
「でもよ、可能性あるよな、この前逃げたエリンギ捕まってねぇんだろ?」
「ちょと、俺ん家が毒キノコ育てたみたいになるじゃん、やめてよゴンタ」
「いずれにしろ危ないので近寄らない方がいいですね、マツモト君行きますよ~」
「うぃ~」
毒キノコか…
絶対に近寄らないようにしよう
今度キノコの本見直さないと
苦い思い出が蘇る松本。
マタンゴはベルクによってこっそり処理された。
茂みから池を覗く5人、倒木や木の枝などで大きな虫が羽を休めている。
「いました、アレがマンモスキートです、皆さん準備は良いですか?」
『 うぃ~ 』
各々武器を構える一同、松本の棍棒をマジマジ見るゴンタ。
「マツモトよぉ、気になってたんだけどよ、お前の棍棒なんか変じゃねぇか?」
「そう? 俺棍棒なんて使ったことないからなぁ…どの辺が?」
「なんか形がよ、普通もっと真っすぐじゃねぇか? 先の方妙に太いし…」
「そうなの? 木の固い部分で作ったらこうなったんじゃない? まぁ使えるし問題ないでしょ」
「そうだな」
ドーラから借りて来た棍棒なのだが、確かに少し歪な形をしている。
取り合えず使用には問題なさそう。
「それでは最後の仕上げを、こちらに気付くと襲ってきますので先に耳栓を付けましょう」
『 うぃ~ 』
耳栓を付ける一同、なにやらトネルが口を動かしている。
「え? なんだって? トネル君もう1回お願い」
片方の耳栓を外す一同。
「ですから、集団で襲られると厄介ですからこちらも出来るだけ離れないようにしましょう」
「あ、なるほど」
「これ耳栓付けてたら聞こえねぇよ」
「どうすんのこれ?」
「出来るだけ大きな声で話せば聞こえるんじゃねぇか?」
「いやそれは…」
「では試してみましょう、皆さん耳栓を付けて下さい、私が話しますので聞こえたら何か合図をお願いします」
「「「 うぃ~ 」」」
大丈夫か? 大声出したらマズいんじゃ?
再び耳栓を付ける一同、少し気がかりな松本。
「どうですか! 聞こえますか!」
大きな声で話しかけるトネル、両手で頭の上に丸を作る4人。
「聞こえる聞こえる!」
「何とかなりそうだな!」
「これさ! 大声出したらぎやぁぁぁ!? やっぱりりり!?」
松本にマンモスキートが飛び掛かって来た。
「あだだだだ掻き爪ががががが!?」
マンモスキートの口先を両手で掴み血を吸われないように踏ん張る松本、
掻き爪が食い込んで上着に穴が空いている。
「しまった! 見つかったよ!」
「早くマツモトから引きはがせ! うぉ!? いっぱい来た!」
「おらぁ! おらぁ! 数が多すぎだぜ! 落としたヤツ誰か頼むぜ!」
「「 でりゃぁ! 」」
盾でマンモスキートを叩き落とすゴンタ、ハイモとシメジが止めを刺している。
松本は地面に転がりながら必死に踏ん張り中。
「火魔法を使います! 皆さん気を付けて下さい!」
「「「 え? なんだって? 」」」
「魔法です! 魔法! 大気に満ちるマナよ! 全てを焼き尽くす大炎となれ! サラマンダーの…」
「「「 いいからさっさとやれトネル! 」」」
「こういうのは雰囲気が大切なのです!」
「「「 はやくしろー! 」」」
「あだだだだ!? ちょ、服破けてるってぇぇ!?」
「フレーイム!」
「「「 うわぁ!? 」」」
「あだだだだちくしょぉぉ!?」
前方でトネルと中級魔法が炸裂し、半分くらいのマンモスキートが燃え尽き、
残ったマンモスキートが爆風で地面に落ちた。
「うぉすっげ…」
「お前中級魔法使えたのかよ、すげぇな」
「やるねぇトネル、見直したよ~」
「そうでしょうとも! これが! この力こそが! 魔法剣士トネルの実力なのです!」
「ちょっとぉぉ!? 俺まだ襲われてますけど!?」
今のところ剣士要素が極端に薄い魔法剣士トネル、ここぞとばかりにポーズをキメている。
「(中級魔法が使えるとはなかなかやるガキンチョだな、しかしあのポーズは何なんだ?)」
ベルクの評価もなかかなかの様子。
「助かったけど、これじゃ回収できねぇな、トネルはこれ以上はフレイム禁止な」
「な、なんと!?」
「10匹分持ち返らないと報酬貰えないからね~」
「また飛ばれる前にとっとと仕留めようぜ! 行くぞシメジ、ハイモ!」
「「 おうよ! 」」
「ちょ、ちょと私の活躍の場が…はぁ…」
肩を落としシオシオになる。
「ねぇ見て! 皆見て! 俺未だにピンチよ!? 今にも血を吸われそよ!? 搔き爪食い込んでるよ!?」
耳栓のせいですっかり忘れられている松本は未だに死闘中。
「「「 でりゃー! 」」」
ゴンタとハイモとシメジがそれぞれ1匹仕留めると、再びマンモスキートが飛び出した。
「うわ!? 飛んだ! 飛んだよー!」
「おい皆気を付けろ!」
「皆集まれー! 囲まれるぞー!」
ちびっ子冒険者チームのターンは終わり、再びマンモスキートのターン。
今のところ成果は5匹だけである。
「「「 うわぁぁ! 」」」
「任せて下さい! この魔法剣士トネルが見事に皆さん危機を救って見せましょう!
この! 魔法剣士! トネルが!」
息を吹き返したトネル、いつもより3倍くらいイキイキとポーズを決める。
「おいやめろトネル!」
「もう1発フレイム使ったら持って帰る分いなくなるから!」
「大気に満ちるマナよ! 全てを焼き尽くす大炎と…」
「やめろって言ってんだろ! あとその長ったらしい呪文もやめろ!」
「ではどうするというのです! 私のフレイム以外にあの大軍を止められるとでもいうのですか!」
揉める子供達にマンモスキートが迫る。
「取りあえず杖放せトネル!」
「サラマンダーの名の下にぃぃ…」
「意地でもその呪文辞めねぇつもりかトネルゥゥゥ!」
「邪魔をしないでくださいゴンタ君!」
「だからいなくなっちゃうって言ってるでしょ、報酬無くなっちゃうから~」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよシメジ君! すぐそこまで…」
意地でもフレイムを使おうとするトネル、なんとしても止めたい3人、迫るマンモスキート。
「(何やってんだこんな時に…こりゃ駄目だな、そろそろ仕事するか…)」
「いい加減にぃ! しろやオラァァ!」
ベルクが止めに入ろうとした瞬間、マンモスキートの破片が宙を舞った。
「はぁはぁ…調子に乗って食い込ませやがって…痛いって言ってんでしょうが…」
回復魔法を使いながら立ち上がる松本、洋服がボロボロになっている。
「マ、マツモト君…無事で何よりです…」
「だ、大丈夫かマツモト? なんか服穴空いてるぜ…」
「お前…え? 今素手でやった? 嘘…」
「ちょっと…マツモト目が怖いよ~…」
マンモスキートの体液に塗れ、狂気に満ちたマツモトに委縮する4人。
「いいだろう…お前達も生きるために必死なのは分かった…
そんなに血が吸いたいなら吸わせてやる…ただし!
命掛けで来いやぁぁ! 共存戦争じゃぁぁオラァァァ!」
人間とは思えない動きで棍棒を振り回す狂気松本、手当たり次第にマンモスキートをシバいて行く。
「うわぁ…」
「出たな狂王…」
「やっぱアイツ怖ぇわ…」
「私の活躍の場が…」
ドン引きの3人、シオシオのトネル。
「オルァァァ! セイヤァァ!」
「(なんだあのガキの動きは…あれは…止めた方がいいのか?)」
ベルクは困惑した。
その後暫くして…
「お~い皆、何個集まった? 俺は4個~」
「俺5個あったぜ!」
「私も5個ありました」
「俺は4個」
「俺1個…」
それぞれ集めたマンモスキートの口先を持ち寄る一同。
「ははは! 一番暴れてたくせに少ねぇなマツモト」
「いや~あんまり見つけられなくて…」
「いいじゃないですかゴンタ君、合計19個、予想以上の大量ですよ」
「俺結局2匹しか倒せなかったな~」
「俺も、今回は松本の1人勝ちだな」
「報酬は皆で山分けてことで、俺集められなかったし」
「いいのか? いやっほーう!」
『 いやっほーう! 』
討伐数はゴンタ1匹、ハイモ2匹、シメジ2匹、松本14匹、そしてトネル18匹。
実は一番多く倒したのは魔法剣士トネルである。
ただし、剣は使っていない。




