157話目【ウォレンの本心】
時刻は13時前、北区の学校の教室。
机の上には切り分けられた食パンとフランズパン。
「結構おいしいね」
「フランスパン固い~」
「誰かジャム持ってないか?」
「学校だぞ? ある訳ないだろ、旨いしなくてもいいだろ」
「あるよ~」
「…何で容器ごと持ち歩いてんだよ」
「だって沢山塗りたいじゃん、俺の今日の昼飯ジャムパンだったの」
鞄からジャムを取り出すシメジ、持ち歩く物では無い。
「誰かコップ持ってない? 水汲んで来る」
「学校だぞ? ある訳ないだろ」
「あるよ~」
「…お前どっから持って来た?」
「先生達から借りて来たんだ~」
「ぜったい勝手に持って来ただろ…」
「ふふふ、ここは私の水魔法の出番のようですね!」
「流石はトネル兄さん、是非お願いします」
「私水汲んできます」
「僕も」
「皆行こうぜ~」
『 はい~ 』
トネルとレイルを残し水道へと立つ子供達。
「皆、水道水の方が好みのようですね、レイルも一緒に行かなくてよかったのですか?」
「水道水も水魔法も大差ありません、それにあの人数で行けば水道が混んでしまいます、
トネル兄さんお願いします」
「では…大気に満ちるマナよ! 我が手に集い力となれ! ウィンディーネの名の下に! ウォータ!」
「おぉ~! ありがとう御座いますトネル兄さん!」
トネルが手から水を出し、満たされたコップを見てレイルが大喜びしている。
「(毎回その詠唱されたらたまんねぇよ…)」
「(この兄弟、仲いいよなぁ…)」
戻って来たハイモとシメジがなんとも言えない顔をしていた。
机に座り狂王のパンを昼ごはん代わりに齧る子供達、
ウォレンとレイル対峙していた時のピリ付いた空気は消え去り、穏やかに時間が流れている。
ただ2人を除いては…
「あ、あの…俺もあっちで食べたいんですけど…」
「我と同席は嫌なのかね? ん~?」
「い、いえ…」
教室の隅で対面で座る狂王とウォレン、手元には食パンと水が置かれている。
「お、俺ちょっとジャム取って…」
ウォレンを遮り、前腕の筋肉をアピールしながらパチンと指を鳴らす狂王。
「どうぞ、狂王様」
「うむ」
ジャムを持ったラッテオが飛んできた。
「君の所望したジャムだ、塗りたまえ」
「あ、ありがとう御座います…」
逃げる口実を失ったウォレンが力なくジャムを塗り、狂王は塩を振る。
役目を終えたジャムはラッテオ共に帰って行った。
「遠慮なく食べたまえ、狂王様のパンだ、滅多に食べられるものではないぞ」
「い、頂きます…」
おずおずとジャムパンを齧るウォレン。
「美味しかね?」
「えぇ…ありがとう御座います…(こんな状況で味なんて分かる訳ないだろ…)」
目の前には色あせた瞳の顔面白塗りマッチョ、目線を逸らすと乳首の星が否応なしに目に留まる。
食事の環境としては最悪である。
「さて、食べながらで良いので先程の続きと行こうか、
魔道義足を受け取ったのは彼女だが使用しているのは父親だ、
それなのに彼女だけが辛い思いをすると言うのは我は到底納得できんなぁ、
しかし、君にも譲れない理由があるのだろう?」
「まぁ…」
「となればお互い妥協点を探らねばいかんな、原因が魔道義足だというのであれば、
例えばだが、父親から魔道義足を取り上げてロックフォール伯爵に返却するという手もある、
そうすれば君が彼女を虐げる理由はなくなる、同時に彼女の幸せも失われるがね」
「…それは出来ない」
「何故だね? どうしても彼女を虐げたいとでもいうのかね?
それともロックフォール伯爵が恐ろしいのかね? なに気にするな返却は私が担おう、
大丈夫心配ない、初対面ではないのでな、以前一度…」
「一度会っただけでロックフォール伯爵を語るな! あの方は…す、すみません…」
机を叩くウォレン、他の子供達がこっちを見ている。
「はいはい気にしないで~、あんまりこっち見てると狂王そっち行くよ~」
全力で顔を逸らし、何事も無かったように食事を再開する子供達。
これが狂王の力である。
俺に対して始めて感情を剥き出しにしたな…この辺に今回の原因があるのか?
しかしロックフォール伯爵と言えば変わり者のイメージだよな?
カルニさんも怯えてたし、ルドルフさんやミーシャさんも怪訝な顔してたし…
まぁウルダ祭では人気者だったしなぁ…聞いてみるか
「なにやら癇に触ったようだな、君にとってのロックフォール伯爵とはどんな人物か教えてくれないかね?」
「…ロックフォール伯爵を見た目で変人だと決めつける者が多いが決してそんなことはない、
種族や見た目で差別せず、今のダナブルを作り上げた優秀なお方です」
「ウルダも別に亜人種を差別していないと思うが? ドワーフの女性も鍛冶屋を営んでいる」
「別にウルダが悪いとは言っていません、ルート・キャロル伯爵も素晴らしい方です」
「ふむ」
「ダナブルは他の都市に比べて元々亜人種が比較的に多かったらしく、
そしてそれをよく思わない人も沢山いたようです、
ドワーフは鍛冶に優れ、エルフは植物に詳しいので仕事を奪われたら困る人とか…」
「そりゃ誰だって仕事を奪われたら反発するだろう、生活が掛かってるし、
もしかしてもっと面倒な話? お金の上流にいる富裕層が自分達の思う通りにならないと困る~とかで
当人達を焚きつけて対立感情を煽ったとか…」
「よく分かりましたね、結構難しい話ですけど」
「あ…そうなの…まぁ狂王だからね、我」
あぁ~やだやだ…
異世界に来てまで利権とかあるのね…
まぁ無い訳ないよねぇ~これも人の欲だものねぇ~
はぁ…
「先代のロックフォール伯爵は上手くバランスを取っていましたが、
現ロックフォール伯爵が家督を継いだ際、自ら先導し亜人種をよく思わない人達を排除したそうです」
「へぇ~凄い、利権に食い込んでる富裕層を排除したらかなりの混乱が起きそうだけど、よく決断したなぁ」
「そうなんです! 凄いんですよ! その結果ダナブルは亜人種が増え様々な分野が発展し、
カード王国随一の技術都市になりました、魔道補助具はその最たる物!
失われた体の機能を補い、元の四肢と何ら遜色なく使用できる画期的な発明です!
何より見た目が格好いい! 痛みを伴う改革を恐れない決断力と行動力!
常識に捕らわれず挑戦する貴族! それが現ダナブル領主、ロックフォール・ペニシリ伯爵です!」
興奮気味に机を叩き力説するウォレン、子供達がこっちを見ている。
「はい見ないよ~、狂王そっち行くよ~」
すぐさま食事に戻る子供達、ほとばしる狂王パワー。
えぇ…さっきまで怯えてたのに急に元気なんですけど…
この子もしかしてさぁ…
「ロ、ロックフォール伯爵って中性的な見た目で綺麗? だよね~?」
「分かります、男性でありながら女性にも見える妖艶な美しさ、
それでありながら仕草の1つ1つに感じる気品、あの方こそ貴族の中の貴族です!」
ファンやん…
ファンボーイやん…
めっちゃ大好きやん…
共感を得て輝きを増すウォレンの瞳、対照的に色あせる狂王の瞳。
え? 何? そういうこと?
ちょっとこれそういうことなの?
狂王の中で点が線で繋がったらしい。
「ウォレンよ、ちょっといいかね?」
「まだ食べてますけど…」
「いいから、ちょっとジャムパン置いてくれる? 狂王分かっちゃったから」
「はぁ…」
机から離れ、更に教室の端に移動する狂王とウォレン。
周りに聞こえないように小声で話す狂王。
「君さ、もう1回クルミちゃんを虐げる理由を説明してくれる?」
「え? 高価な魔道義足を得た彼女をワザと虐げることによって他の人達に慎みを持つように促すため…」
「それ、噓ででしょ? 本音を隠すための建て前でしょ?」
「そ、そんなことは…」
「じゃぁ魔道義足をロックフォール伯爵に返すことに反対する理由は?」
「…ロックフォール伯爵の名の下に与えられた賞品なので…返却すれば顔に泥を塗ることに…」
必死に考えだしているかのように歯切れの悪いウォレン。
「それもあるけど、クルミちゃんを個人的な理由で虐げてることが心苦しいからじゃないの?
今でさえ彼女に悪いと思っているのに、魔道義足を取り上げちゃったら、
折角幸せになった家族が自分の我儘で不幸になることに耐えられないんじゃないの?」
「…」
「ウォレン、君は頭がいいから自分の感情に筋の通る理由を付けて正当化しちゃったんじゃないのかい?」
「…」
「気が付いていないなら敢えて我が口にしよう、君の本音は…
憧れのロックフォール伯爵から魔道義足を与えられたクルミちゃんが羨ましかった、では無いのかね?」
「……はい…恐らくそうです」
小さく頷くウォレン。
そうかぁ…
貴族の子供で、頭が良くて、真面目で、
大人びた意見を言うもんだから
俺より人間出来てるんじゃないかと勝手に思っちゃってたけど
この子にとってそれは重荷だったんだろうなぁ…
ちゃんと見れば他の子供と変わらない、年相応の少年だ
やったことはアレだけど、貴族の子供だって普通に羨ましがってもいいよなぁ
どれ、そうと分かればオジサンがなんとかフォローを…
「貴方の言う通り、彼女に対して行った愚行は私の矮小な心が原因です、
レイルの意見が正しいことも理解しています、ですが、続けていたのには理由があります」
「そ、そうなの?」
「俺が声を掛け賛同してくれた友人達は、今でも俺の意見を正しいと考え後押ししてくれています、
ここで俺が止めるということは彼らを裏切ることになる、彼らの気持ちを踏みにじることになる、
例え間違っていようとも、愚か者だろうとも先導した者に責任がある」
ま、真面目で頭が良くて大人びているぅぅぅ!?
全然子供の考えじゃないんですけど!?
政治家とか革命家みたいな考えしてるんですけどぉぉ!?
強い意志を宿したウォレンの瞳にたじろぐ狂王、もとい松本。
「あ、あのね、君のその覚悟は立派よ? いや本当に、そこまで責任もてる人はなかなかいないからね」
「人の上に立つのであれば周りの者達を背負う覚悟位当然です」
「うん、凄いよ! 君は間違いなく人の上に立つ人間だよ! 本当に心の底からそう思う!
で、でもね、もう1つ大切な事があってね、これ凄く大切な事だから、
これが出来る人と出来ない人だとすっごく差が有るからね? ちょっと聞いてくれる?」
なんとかウォレンを説得しようと必死な狂王。
「なんですか?」
「あ、あのね、人の上に立つ人って2種類いるのよ、
間違ったことを正せる人と、正せなくて間違ったまま進んじゃう人。
正せない理由は、自分の面子が大事だったり、そもそも間違いに気づいてなかったり、
自分より下の人に指摘されてムキになったり、いろいろなんだけど基本的には碌なことにならない。
勿論その時の状況よって正さない方がいい場合もあるから一概には言えないんだけど…これわかる?」
「…大体の言いたいことは伝わりした」
「そ、そう? いや~君は優秀だね~、この話しって仕事を人に教える場合と、
政治的な場合とで考え方が異なるからさ~、説明が難しいんだよね~、
まぁでも今回の件は、間違ったまま放置しない方がいいと思うからさ」
「今後の彼らの考え方がが歪んでしまうかもしれませんね…」
「あぁもう天才! 君はやっぱり優秀だよ! 狂王感激!」
なんとか上手くいって大喜びの狂王。
「間違いを正すのは凄く大変だからさ、君も貴族としての立場もあるだろうし、
もし言い出せないなら今回はこの狂王が代わりに…」
「いえ、自分で言います、俺が始めたことですから」
「…、そうかい、頑張ってね」
覚悟の決まったウォレンの顔を見て、背中を軽く叩く狂王。
今回の俺の仕事は終わったな
後は何とかなるだろ
「食事中にすまない」
「どうしたのですかウォレン? パンならまだありますけど」
「レイル、パンではなく俺の行いに付いてだ、皆にも聞いて欲しい」
その後、ウォレンは今回の経緯を説明し、クルミちゃん、富裕層の子供達、レイルに正式に謝罪した。
クルミちゃんは許し、後日、1日遅れの匿名の誕生日ケーキを受け取ったそうな。
富裕層の子供達はウォレンの意見に賛同していたが、それは意見事態に賛同していたというより、
友人であるウォレンに賛同していたらしい。
ウォレンが意見を変えた為、富裕層の子供達も意見を変えクルミちゃんに正式に謝罪したそうな。
レイルは結果に満足し、そして気が付いた時には狂王は消えていた。
その後、狂王の噂には『人の心の隙間に入り本音を曝け出さされる』との一文が加えられた。




