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155話目【ウォレンと狂王(レイル)】

ウルダの街中を走る松本とラッテオ。


「ラッテオ、レイル君が止めようとしている子はどんな子なの?」

「名前はルート・ウォレン君、レイル君と同じ9歳だよ」

「男の子? 一応もう一度確認するけど貴族なんだよね? 只のお金持ちの家の子とかじゃなくて?」

「男の子でバリバリの貴族だよ、お母さんがルート・ロイダ子爵様で、

 ウルダを収めているルート・キャロル伯爵様の従妹なんだ」

「いやぁぁ子爵様って何!? 知らない爵位なんですけどぉぉぉ!?」


※子爵とは伯爵の1個下位の爵位。


「ルート・ロイダ子爵様はウルダのお金を管理されていて、

 凄く厳しい方だから絶対に怒らせてはいけないって父さんが言ってたよ」

「凄く厳しいって何が!? 具大的にどんな風に!?」

「僕に聞かれても分からないよ! とにかくなんとかバレないように気を付けてねマツモト君!」

「そんな投げやりな!? もう全部俺! 作戦も責任も全部俺! 出来るだけ頑張るけどいやぁぁ!」


走りながら身悶える松本、この話の行く末も松本次第なので是非とも頑張って頂きたい。

※財政管理的な厳しさです、脱税ダメ絶対。


「そのウォレン君は元々問題がある子供なわけ?」

「いやぁ~? どうかな? 今までそんな話聞いたことないけど…、

 クラスも違うし貴族の子供達と話す機会なんて無いから、実はあまり知らないんだよね」

「ちょっとラッテオっち~情報薄すぎ~」

「まだその喋り方続けるんだ…」




という訳で、北区の学校、時刻は正午を少しだけ回った頃。

学校を終え帰宅する子供達の流れに逆らいラッテオと松本が走って行く。


「ラッテオ、子供達帰って行くけど?」

「マツモト君が買い物してる間に授業が終わっちゃったんだよ、

 急いで呼んで来てくれって言われたのにマズイよ~」

「仕方ないじゃない! 俺にも準備って物があるんですー!」

「お化粧道具なんて何に使うのさ?」

「変装するの! このままじゃ流石にマズイの! すっぴんじゃ人前に出られないの!」



流石に顔を覚えられるのは避けたいからな…



「マツモト君こっちこっち」

「今更だけど、俺学校の生徒じゃないけど大丈夫? 締め出されたりしない?」

「子供だから大丈夫だよきっと、それよりここがレイル君とウォレン君の教室だよ、

 何かあるとしたら多分ココだと思う」

「どれどれ?」


窓の外からこっそり覗く2人、教室には数人の子供達が残っている。


「先生はいないみたいだ、やっぱり授業は終わっちゃってるね」

「噂のウォレン君はいるの?」

「いるね、あの机に脚を組んで座ってる赤毛の子がウォレン君だよ」

「あの真ん中のいかにも高そうな服を着て、髪をかき上げる仕草がキザな子?」

「そうそう、周りの裕福そうな子達がクルミちゃんに嫌がらせしてた子達かな?」


高そうな服を着た4人の子供がウォレンを囲んで話をしている。


「あれ? クルミちゃんがいる、トネル君とシメジ君も…」

「なんか変なの?」

「いやクルミちゃんもトネル君も学年違うし、そもそもシメジ君は卒業してるから…」

「そういやクルミちゃんて6歳だったね、って…」

「「 まさかっ!? 」」


目を見開く2人、勢いよく教室の扉が開き狂王レイルが入って来た。


上半身半裸に民族衣装みたいなズボン、尖った靴、背中にはよく分からない羽の飾り物、

サングラスを掛け、顔にはよく分からない模様が書かれている。


妙に自信満々に歩くレイルに皆の痛い視線が浴びせられる。

何故かトネルだけ頷いている。


「「 ヒェッ… 」」


窓の外で戦慄が走る松本とラッテオ。


「あ、あれ…レイル君だよね…」

「多分、間違いなくレイル君だよ…」


少し窓を開け中の会話を聞く2人。


「フフフ…お待たせしましたね! 私が噂の狂王です、以後お見知りおきを」

「…何やってんだお前…寒くないのか?」


サングラスを外し自信満々に名乗るレイル、ウォレンに心配されている。


「ねぇあれバレてるよね!? もうバレちゃってるよねラッテオ!?」

「バレてるね、確実にバレてるねマツモト君! だって目が綺麗なんだもん! 

 どれだけ変装しても目が綺麗すぎるんだもん!」


澄み切った瞳のレイル、彼の純粋さを映したように一点の曇も感じられない。

所詮は純粋で真面目で汚れ切った大人の世界を知らない少年、松本のように狂気を宿すことなど出来ないのだ。


「や、やばいぃぃぃ! 俺急いで準備するからラッテオは何とか間を持たせて!」

「わ、分かった、出来るだけ急いでねマツモト君」


ラッテオは急いで教室に向かうラッテオ、松本も人目に付かないように急いで準備を進める。



え~と、狂気の王、狂王だろ?

俺の中で一番イメージに近いのは…



化粧品で顔を白塗りにする松本の脳裏に、ヒース・レジャーが演じたジョーカーが浮かぶ。

※ジョーカーとはバットマンの悪役として登場するキャラクター、カリスマ的悪、

 社会現象になる程の狂気の代弁者である。

 歴代で何人かの俳優が演じており、作品毎にデザインが多少異なる。

 共通するのは白塗りの顔(ピエロの化粧)に緑色の髪である。

 


髪は染めれないから取りあえずそれっぽくセットして…

あれ? 目の周りってどんなのだったっけ?

黒く塗ってたような? いや、塗ってたか? 青色の模様だった気もするし…

紫のスーツも着てたような…



歴代のジョーカーがごちゃ混ぜになってよく分からなくなる松本。



白塗りは間違いないんだよ、えーと…

間の周りにコウモリの羽のような…いや違うな…

赤いアイラインだった気も…



松本の脳裏を伝説的洋楽ロックバンドと伝説的邦楽ロックバンド(閣下)が駆け抜けて行く。



え!? 何? どうだったっけ?

白塗りの人が多すぎてよく分かんなくなってきた…

取りあえず時間無いし、なんかそれっぽくしとけばいいか…



手鏡を見ながら急いでメイクする松本。






一方ラッテオは…



「おいハイモ、どうすんだよこれ…もうバレてるぞ…」

「俺に聞くなよ、ゴンタこそ何とかしてくれよ…」

「無理だって…ウォレン以前に、この空気に飛び込んだら大怪我するぜ…」

「だよなぁ…くっそ、最悪な展開になっちまった…」


廊下側の窓から教室を除くゴンタとハイモ、知らない子供が寄って来た。


「あれ? 元チャンピオンだ、何しているの?」

「なんでもねぇよ、今ちょっと取り込み中だからよ、この教室には入らねぇでくれるか?」

「あぁ~わかった~、誰か怒られてるんでしょ~、僕も怒られない内に帰ろっと、またね~」

「「 気を付けて帰れよ~ 」」


教室に部外者が入らないように見張中である。


「ハイモくーん! 遅れてごめーん!」

「来たかラッテオ! あれ? アイツはどうした?」

「ちょ、ちょっと…ちょっと待って…」

「どうしたんだラッテオ? そんなに慌ててよ、悪いけどよ俺達今取り込み中なんだよ」

「いいんだゴンタ、ラッテオは全て知ってる、俺がアイツを呼んでくるように頼んでたんだ」

「アイツ?」


事情を知らないゴンタが首を傾げている。


「それで? 連れて来てくれたか?」

「うん、今準備中だよ、それまで時間を稼いでくれって言われてる」

「なぁアイツって誰だよ?」

「取りあえず僕中に行くから」

「すまんな、俺達はここを見張らないといけないから、何とか頑張ってくれラッテオ」

「わかった、し、失礼しま~す…」


おずおずと教室に入るラッテオ。


「なぁハイモ、アイツって誰だ?」

「本物の狂王だ、引きうけてくれて助かったぜ、アイツ以外にこれ収められねぇからな」

「なるほどな、本物が来てんのか、面白くなるな、ウォレンがどうなるか見ものだぜ」

「楽しんでる場合かよ、このままじゃレイルがヤバいんだぞ」

「大丈夫だって、本物だぜ?」

「まぁ確かにな、どう考えても年下には思えない迫力あるからな、本物は」


少し楽しみになって来たハイモとゴンタ、実際本物の中身は38歳のオッサンである。





教室の中ではウォレンとレイルが言い争っていた。


「いい加減にしろレイル! わざわざそんな恰好までして、何回言わせれば気がすむんだ!」

「ウォレンこそ、いい加減に愚かな行為を辞めればいいでしょう! 

 何度説明させるのです、貴族であるなら周りの者の手本となるべきではないのですか!」

「だから、俺は貴族として線引きをしているって言ってるだろ! 

 他の者が言わないから、示さないからこそ俺がやるしかないんだって何故分からない!」

「分かるわけないでしょう! 民を虐げる行為の何処が貴族としての正当な行いなのですか!

 幼気な子供に冷たく当たる事で何を示すというのですか!」


最早、狂王だのなんだの関係なしにバチバチに口論しているレイルとウォレン。


「ウォレン君、そんなに熱くならない方がいいんじゃない? ね?」

「そ、そうそう、ウォレン君らしくないよ?」

「そんなに声荒げたこと無いじゃん? ね? 取りあえず落ち着こうよ?」

「別に俺は熱くなってない、普段通り冷静だよ、ふぅ、レイルが余りにもしつこいからさ」


周りの富裕層の子達に宥められるウォレン、キザったらしく髪をかき上げている。


「狂王、あまり感情的になってはいけませんよ? ここは冷静に1つずつ話し合ってですね」

「狂王、取りあえず服着たら? 寒いでしょ? 風邪ひくよ? ね?」

「レイル君、私のことはもういいから、取りあえず落ち着いて…」

「私はレイルでは無く狂王です、今は体が温かいので上着は必要ありません、

 それにクルミちゃんの受けている待遇をこれ以上見過ごすことは出来ません」


トネル、ハイモ、クルミちゃんに宥められるレイル、頑なに狂王と言い張っている。

 

「(ひぇぇぇ…ほんの少しの間に状況が悪化してるぅぅ…僕これの間に入るの?)」


混乱を極める現場に顔が引きつるラッテオ。


「ちょ、ちょっと待って! 2人も待って! お願いだから状況を説明してくれないかな?」

「すまないラッテオ君、関係ない者は引っ込んでいてくれないか?」

「そうですラッテオ君、今はとても大切な話をしているのです」

「そ、そんなこと言わないで2人共、ね? 内容をもう1度整理する為にも説明してよ、ね? お願いだから!」


必死に説得するラッテオを見て少し落ち着きを取り戻すウォレンとレイル。


「ウォレンが彼らを唆しクルミちゃんを不当に虐げているのです、

 彼女はお父さんがモギにより足を失う大怪我をしました、あれは不運としか言いようがない災害のようなものです」

「それは俺も理解している、問題はその後だ、いくらロックフォール伯爵がお許しになろうが

 魔道義足を所望するなんて行き過ぎだ、際限なく施しを受けようなんて考えは間違ってる、

 民を支えるのは貴族としての使命だが、それに縋って堕落されては困る、

 だからこそ俺は賛同者を募って行動を起こしたんだ」

「慎みを持てと言う考えは否定しませんがやり口が卑劣だと言っているのです、

 挨拶を無視したり、陰口を言ったり、除け者にしたり、パンを置いたりと、それで何が変わるというのですか!」

「こうやって示せば誰も後を追わないだろ、彼女には心苦しいが見せしめになって貰わねば!

 直接危害は加えていないし、俺だって申し訳ない気持ちもあるんだ! だからこそパンを置いているんだ!」

『 (あのパンって嫌がらせじゃ無かったんだ…) 』


机に置かれたパンはクルミ宅で美味しく処理されています。


「申し訳ないと感じるのであれば辞めればよいでしょう!

 何も悪くないクルミちゃんだけが耐えなければならない道理などありません!」

「魔道義足を賜ったの彼女だけだ! 彼女以外にこの役目が担えるわけないだろう!」

「ちょ、ちょっと、熱くならないで2人共…」

「ウォレンが屁理屈をこねるからです!」

「レイルがしつこいからだ!」」


再びヒートアップして行くレイルとウォレン。


「や、やめて! あんまり騒ぐと本物の狂王が来ちゃから、大変なことになっちゃうから!」

「何を言うのですラッテオ君、狂王なら目の前にいるでしょう! あまり不遜なことは言わないで下さい!」

「ふぅ…ラッテオ君までそんな戯言を、狂王など実在しない、数人が実際に見たと触れ回っているが

 おおよそ都合の良いから口裏を合わせただけだろう、なぁトネル?」


トネルに目くばせするウォレン、狂王がトネルの広めた噂と知っているようだ。


「何故ここで私に聞くのですか? 狂王ならそこにいるではありませんか?」

「これはレイルだろ、皆もう気が付いている、兄貴だからって庇うなよ! 

 レイルもいい加減にしろ、皆対応に困ってるだろ!」

「うぐっ…」


皆を困らせていると指摘され言葉に詰まるレイル。


「(あわわわ…完全にバレてるぅぅ…はっきりと指摘までされて…ん?)」


ガタガタ震えるラッテオを窓の外から左手が手招きしている。


「(マ、マツモトくーん!)」


皆の注意を引かないように回り込もうとするラッテオ。


「アイツあそこにいるのか…こっちで注意を引いた方がいいな」

「レイルも限界だろ、止めてやろうぜハイモ」

「だな、俺がやるわ」


廊下側の窓を開けるハイモ。


「レイル、もう止めとけよ」

「ハイモ君…」

「お前じゃどうやっても狂王にはなれねぇよ、アレは普通じゃねぇ、誰も真似なんて出来ねぇんだ」


チャンスとばかりに校庭側の窓に回るラッテオ、背中越しにコソコソ松本と会話する。


「マツモト君いけるの?」

「いけるけど、これレイル君はもう無理よ? 現在進行形でバレてるもん」

「そ、そうだね…」

「聞いてる感じだとウォレンも真面目そうな子だけど」

「そうなんだよね、悪い子じゃないと思うんだよ」

「まぁ言ってることは分かるけど、クルミちゃんの件は止めないといけないしなぁ、

 俺も出来る限り頑張るよ~合図したら窓開けて」

「分かった、お願いします狂王様」 


窓に張り付きスタンバるラッテオ。


「皆に迷惑を掛けているか…それはいけませんね…」


観念したレイルが背中の羽根を降ろし上着を着る。


「皆さんすみませんでした、ウォレンとハイモ君のいう通り私は狂王ではなくレイルです」

『 (うん、知ってた…) 』


しっかりと頭を下げ謝罪するレイル、皆最初から知っていたので特に驚きはない。


「レイル、いや誰とは言わないが狂王なんて戯言はもう止めろ、

 悪いことをするとパンツ姿にされるなんて、いまどき小さい子供ですら信じ…」

「ウォレン、確かに先ほどまでここにいた狂王は私の最愛の弟です、

 だからと言って狂王の存在を否定する理由にはなりません、戯言と決めつけるのは些か総計だと思います」

「ふぅ、トネル…」


髪を掻きあげヤレヤレといった様子のウォレン。


「お前もいい加減に…」

「トネルの言う通りだ、嘘だと思うのは勝手だが油断しねぇ方がいいと思うぜ、

 それにクルミちゃんの件については俺もレイルの意見に賛成だ」

「ハイモ君、君もかい?」

「俺も実際に見たからよ、路地裏でパンツ姿にされたし、クルミの件はレイルに賛成」

「ゴンタ君もまだそんなことを…」

「まぁ火のない所に煙は立たないっていうことさ、俺も信じるし賛成、実際にパンツにされたからね、アレは怖いよぉ?」

「シメジ君まで、ふぅ…」

「い、一応僕も信じてるし、レイル君に賛成かなぁ…クルミちゃん可哀想だし、ね?」

「ラッテオ君もね、はいはい…他に信じてる人はいるかい?」


ウォレンの問いに首を振る富裕層の子達。


「(ふぅ…やれやれ、結局はこのメンバーだ、身分を隠しているトネルとレイルに良い友人が出来たのは喜ばしいが、

  いい加減狂王の戯言はウンザリだ…そんなものは存在しない、噂の出たタイミングも都合がよすぎる、

  だが、クルミちゃんへの対応はな…俺だって分かってるんだよ、でも、どうしてもモヤモヤして…

  はぁ…せめてロックフォール伯爵でなければこんな気持ちにならなかったんだろうな…

  だがここまで騒ぎになった以上すんなり引くわけには…それに俺に賛同してくれて者達にも…)」


ウォレンが心の中で葛藤していると窓が開き、教室が眩い光に包まれた。



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