154話目【悩むレイルと草を毟る狂王】
時刻は15時過ぎ、場所は西区の大通り沿いにある建物。
2階の窓際に見知った兄弟の姿が見える。
「ドーナツ美味しいですねレイル」
「そうですねトネル兄さん」
ここはトネルとレイルが身分を隠すために使用している家である。
「レイル、チョコドーナツもありますよ」
「ありがとう御座います、頂きます」
「ホットミルクのお代わりは?」
「いえ、大丈夫です」
何やら浮かない笑顔のレイル。
「ふぅ…父上から悩んでいるとは聞いていましたが、なかなか難題のようですね、
力になれるかはわかりませんが、私にも話してくれませんか?」
ドーナツを1口齧り説明するレイル、
「トネル兄さんはクルミという女の子をご存じでしょうか?」
「前回のヒヨコ杯でロックフォール伯爵から魔道義足を賜った女の子ですよね?
確かお父さんがモギの被害にあわれたとか、余り面識はありませんがこのように把握しています」
「流石トネル兄さん、よくご存じで」
「デフラ町長が父上に相談に来た際に同席させて頂いたのです、事後対応について大変勉強になりました」
「それは良い体験ですね、今度私にも教えて下さい」
「良いですよ、それで? クルミちゃんがどうしたのですか?」
ドーナツをホットミルクで流し込むトネル。
「最近、クルミちゃんを虐げている人達がいるのです」
「ふむ…具体的には?」
「わざと聞こえるよう小言を言ったり、挨拶を無視したり、除け者にしたり、机の上にパンを置いたり、
直接的な暴力は無いのですが陰湿な対応が多いですね」
「見ていて気持ちの良い物ではありませんね、原因は魔道義足ですか?」
「えぇ、ヒヨコ杯の景品とは言え、極端に高価な物を得たことで反感を買ったようです」
魔道補助具である魔道義足は約2000ゴールド位、少なくとも1000ゴールド以上。
松本の冒険者としての報酬は時給8~10シルバー、
100シルバー=1ゴールドなので、10シルバーで計算すると2万時間程で購入できる。
1日7時間労働で計算すると、約2857日、さっくり8年くらい。
食費や家賃などの必要経費を含まない計算なので、まぁ、凄く高価な代物である。
「不公平感を感じて妬む気持ちも理解できますが、モギの件は災害のようなものですし、
クルミちゃんのお父さんも失った足を取り戻しただけで得したわけではありません、
クルミちゃんが通っている学校は北区ですか?」
「えぇ、私と同じです」
「であれば、富裕層の子供達であれば不公平感を感じていないと思いますので、
事情を説明し協力を仰いでみてはいかがですか? ウォレンも協力してくれるでしょう」
「それが…先導しているのはウォレンなのです」
「ゴフゥッ!?」
「だ、大丈夫ですかトネル兄さん!?」
思いもしない返答にホットミルクを噴きだすトネル。
「だ、大丈夫です…すみません…」
「雑巾取って来ます」
「い、いえ…レイルは座っていて下さい、雑巾は私が取って来ます、自分の不始末は自分で片付けます…」
「いいですから、少し落ち着いて下さいトネル兄さん」
結局レイルが持って来た雑巾で床を拭く2人。
一応この家にも使用人がいるのだが掃除などは自分達でやることにしているらしい。
因みに、ウォレンとはトネルとは又従弟、レイルとは同い年である。
椅子に座り直しドーナツを齧る2人。
「しかし何故ウォレンが? 彼は裕福な産まれですし、どちらかと言われれば妬まれる側でしょう、
ロイダ叔母様が貴族の心得を教えていないとは思えませんし…」
「そうなんですよ、理由が良く解りません、何度か直接注意しているのですが未だに辞めてくれないのです」
「なるほど…難しいですねぇ、レイルが言っても聞かないのであれば私が言っても同じでしょう」
「そう思います…これ以上注意して改善するでしょうか?」
「無理だと思います、改善するなら既に結果が出ている筈です」
「ですよねぇ…」
2階の窓から通りを歩く人々を眺める2人。
「ウォレンの考えを正すのは後回しにして、取りあえずクルミちゃんへの嫌がらせを辞めさせましょう、
トネル兄さん、人の行動を抑制するには何が必要なのでしょうか?」
「そうですねぇ、分かりやすい物は規則でしょうか、人は法に従い犯せば罰を受けます、
例えば、そこの通りを通行すれば厳罰と定めれば通行する人はいなくなるでしょう、
まぁ、実際に理由も無くそのような事をすれば、人々の反発を受けますけどね」
「なるほど、しかし今回の件は法に定めるようなことではありません、
人としてのモラルの問題です、それなのに何故ウォレンは…実に嘆かわしい!
『貴族たるもの民の為にあれ』、支えてくれる人達がいてこその貴族です!
私は父上こそ貴族のあるべき姿だと思います」
苦々しい顔でホットミルクを飲み干すレイル。
「…ただ、母上に隠れて食料をくすねるのはどうかと思いますけど…」
複雑な表情でドーナツを齧るレイル。
「レイル、完璧な人間などいません…きっと父上もいろいろ大変なのです…」
「そうですね…次からは気付かないふりをします…」
10歳と9歳の子供に気を使われる父親、見えないところでいろいろ大変なのだ。
「他に辞めさせる方法…やりたくないと思わせる方法…」
「一時的では意味がありませんからね…」
ドーナツを齧る兄弟の眼科を、ジャンボシュークリームを吸う見慣れた少年が歩いて行く。
「…トネル兄さん、少し考えが浮かびました、協力してもらえませんか?」
「最愛の弟の頼みですから喜んで協力しますけど、どするのですかレイル?」
「ふふふ、人は得体のしれない何かに恐怖し、戸惑い、躊躇するものです」
「ま、まさかレイル…」
「ふふふふ…」
痛いポーズで右目を隠すレイルは不敵に笑った。
翌日。
ピーマン農家で依頼中の松本、熟練の手捌きで畑の草を毟っている。
「こっちの畑、終わりました~」
「うぃ~す、ありがとね~、次あっちいける~?」
「うぃ~す、自分いけま~す」
「そんじゃよろしく~」
金髪ギャルみたいな依頼主の指示により次の畑の草を毟る松本。
「いたー! マツモトくーん! 大変だよ、マツモトくーん!」
只ことではない様子のラッテオが走って来た。
「大変なんだよマツモト君、手を貸してよ!」
「なになに~? どうしたのラッテオっち~? とりま落ち着きなって~」
「落ち着いてる暇なんてないんだよ! 直ぐに来て欲しいんだ! っていうか何その喋り方?」
「依頼主の喋り方に合わせてたら抜けなくなったみたいな? で~? どしたの~?」
「それが、かくかくしかじかで」
「えぇ~!? クルミちゃんが魔道義足の件でイジメられてて、
見かねたレイル君が狂王に扮して辞めさせようとしているだって~!?」
「話が早くて助かるよマツモト君!」
「しかも相手が貴族で権力者の息子でバレれば只じゃ済まないだって~!?」
「そうなんだよマツモト君! 君の理解力に脱帽だよ!」
※狂王とは以前、松本が子供達説教した際に誕生した都市伝説である。
36話目【ウルダ祭 9 路地の裏側】参照。
「いやでも俺今依頼中で…っていうか何で俺なの?」」
「ちょっと耳貸してマツモト君」
松本に耳打ちするラッテオ、話の内容は回想でご覧いただこう。
時は少しだけ遡り、場所は北区の学校、登場人粒はラッテオとハイモ。
「ラッテオ、ちょっといいか?」
「あれ? どうしたのハイモ君、今日は冒険者は休み?」
「ちょっとトネルに狂王の噂を適当に触れ回るように頼まれてな、ゴンタとシメジも駆り出されてる」
「あぁ、それで卒業したのに学校にいるんだ、
僕達も今朝レイル君に頼まれたよ、適当に狂王の話題を話して欲しいって、都市伝説だけどね」
※フォースディメンションのメンバーの内、ハイモ、シメジ、ゴンタは学校を卒業しています。
年下のトネルは在校中です。
「クルミの話は?」
「それも今朝聞いたよ」
「そうか、ちょっと耳を貸せ」
「え、ちょっとハイモ君…」
人気のない場所に連れていかれるラッテオ。
「ここだけの話だが、どうやらレイルのヤツ、狂王の真似事をしてウォレンとやり合う気らしい」
「えぇ!?」
「声がデカい」
「ご、ごめん、でもウォレン君は貴族だよ? クルミちゃんの件は分かるけど、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないだろ、貴族同士なら知らねぇけどレイルは俺達と同じ平民だぞ、
身分の差は正論や理想じゃ埋まらねぇよ」
「マ、マズイよ…取りあえずレイル君を止めよう、クルミちゃんのことはそれから皆で何とか…」
「無理だ、レイルは兄貴と同じで頑固だからな、ここまで来たら止まらねぇだろ」
「じゃ、じゃあ何とか上手くいくように協力を…」
「それも無理だ、レイルは真面目で純粋過ぎる、狂気のきの字も持ってねぇ、
いくら真似したところで結局は変な格好をしたレイルだ、そんなの直ぐにバレる」
「元々ちょっと変な気はするけど…」
「レイルもトネルも変なのが普通なんだよ」
中二病のことである。
「それより急いで本物の狂王を連れて来てくれ、いつも通り依頼中の筈だからギルドに聞けば居場所が分かる」
「本物? 狂王の?」
「狂王の元ネタはあれだよ『路地裏パンツ事件』、お前も途中まで見てたから薄々感づいてただろ」
「ま、まぁ…」
「そもそも狂王ってのは、ヤンチャなガキンチョ達を抑えるために俺達元4強が広めた噂話だ。
『パンツ姿にされた事を逆手にとって抑止力とするべきだ』『この好機を逃さず一気に常識を変えよう』
ってトネルに説得されてな、アイツもそういうところ頑固だから、皆丸め込まれちまった、
まぁ、マツモトとの約束もあったし丁度良かったけどな」
「あぁ~、そうだったんだ」
北区の元知将トネル、実は裏で暗躍していたらしい。
「レイルも知ってて真似しようしとしたんだろ、大好きな兄貴の後追いだな」
「2人も仲いいからねぇ」
「とにかくレイルじゃ無理だ、俺達は狂王の噂をばら撒いとくから急いで呼んで来てくれ」
「分かったよ」
「それとマツモトに伝えてくれ、『狂王とは姿無き狂気の代弁者、実在しないけど確かに存在する架空の王』」
「実在しないけど確かに存在する?」
「トネルが決めた設定だから深く考えるなよ、簡単に言うとたまに現れて説教して帰るってことだ」
「なるほど…」
「つまり、実在する人間だってバレたら何されるかわからねぇから気を付けろ、ってこと」
そして今に至る。
おぃぃぃ最後の最後で全部俺に丸投げじゃねぇかぁぁぁ!?
何!? 俺に狂王としてレイル君の代わりに貴族と遣り合えってことぉぉぉ!?
しかも、狂王は架空の存在だけど、俺は貴族にシバかれる可能性があるってことぉぉぉぉ!?
巡り巡って松本の元に戻って来た狂気、自分で蒔いた種とも言える。
「早く! マツモト君お願いだよ!」
「ちょ、ちょっと待ってラッテオ、俺今依頼中だから! ほら草毟り中だから!」
松本の服を引っ張り連れて行こうとするラッテオ、抗い草を毟る松本。
「マツモト君にしか頼めないんだよ! お願いだよ、一緒に来てよ!」
「や、やめて! お願いだから引っ張らないで! 怖いの! 自分に課された重責が怖いの!
少し先の未来が怖いのぉぉ!」
「僕じゃ無理なんだよー! 友達を助けると思って! 僕達にはマツモト君が必要なんだよぉぉぉ!」
「俺にも無理だから! 俺も助けて欲しいから! それにほら、依頼主さんにも俺が必要だから!
俺が今抜けると困る筈だから! 草抜けなくて困る筈だから! 見てこの手捌きぃぃぃ!」
ラッテオに引っ張られながらも熟練の手捌きで草を抜く松本。
「行ってきなよ~マツモトっち~」
「「 え? 」」
髪をクルクル弄る金髪ギャル姉さんに声を掛けられ振り向く2人。
「はいこれ~今日の分の完了の印~」
「あ、ありがとう御座います…」
「友達困ってんでしょ~? 大切にした方がいいからさ~、ウチはいいからさ~行ってやりなってマツモトっち~」
「そ、そっすね~…友達最高っす~マジ大事っす~…」
流石はギャル姉さん、友達思いが半端ない。
「良かったねマツモト君、これで気兼ねなく行けるよ! さぁ早くいこう!」
「うぃ~す…自分いけま~す…」
「がんばりなよ~マツモトっち~」
「あざ~す…自分がんばりま~す…」
事情を知らないギャル姉さんのアシストによりラッテオに引かれて行く松本。
次回、松本、狂王になる。




