149話目【キノコ狩り 2 エリンギバターと天ぷら】
キノコ農家の息子シメジの依頼で子供達と一緒にキノコ狩りにやって来た松本、
各々籠いっぱいのウルダダケを収穫したところで昼食の時間となった。
キノコを焼く用の網が2つ用意され子供達が分かれて座る、
1つは「フォースディメンション」の4人、シメジ、ゴンタ、ハイモ、トネル。
もう1つはそれ以外の子供達、松本、ラッテオ、カイ、ミリーである。
「いや~皆が頑張ってくれたからウルダダケの収穫は順調順調、という訳で約束通り好きなだけ食べてくれ!
食器と調味料はここ、ウルダダケは後ろから自分で採って来る…」
『 イヤッフ~! 』
シメジの父親が言い終わる前に消える子供達、松本とシメジだけが残った。
は、早い!?
一番鈍そうなゴンタですらあんなところにいるだとぉぉぉ!?
キノコを毟る子供達、フランスパンを背負ったミリーの躍動感が凄い。
「はっはっは! 元気がいいなぁ~! お前もあれくらいはしゃいだらどうだ?」
「俺はもう子供じゃないからね、これくらいじゃはしゃがないよ」
「かぁ~可愛げがない、可愛げがないぞシメジ、同い年のゴンタとハイモを見習ったらどうだ?」
「ここは俺ん家だしキノコも毎日食べてるじゃん、普段通りではしゃげってのが無理があるんだよ」
「お、正論だな、可愛げがない、そういうところだぞシメジ」
「はいはい、悪かったね、俺以外にももう1人はしゃいでない人がいるけど?」
松本を指さすシメジ、父親の顔がぐりんと回り、目を光らせながら松本へと近寄って行く。
うお!? なんだ急に!?
なんか近寄って来て来るんですけど…
「ほう、どうしたマツモト君?」
「え? いや何がですか?」
「見たまえあの姿を、皆嬉々として収穫しているというのに…君は何故ここにいるのかなぁ~?」
「え!? いや特に理由は…ただ出遅れただけというか…」
ち、近い!?
顔が近い!
怖いんですけどぉぉぉ!?
瞬時に距離を詰め、松本に圧を掛けるシメジの父親。
「まさか、いやまさかとは思うが…マツモト君はキノコは嫌いかね?」
「い、いや…そんなことは…」
「ほう…キノコが?」
「好きです! 大好きです!」
「よろしい、好きなだけ食べたまえ、家族の分もお土産に持って帰るといい」
「ありがとう御座います!」
怖ぇよ!
なんだこのオッサン!
「その辺にしてよ父さん、マツモト怖がってるじゃん」
「おぉすまんすまん、いや悪気はないんだ、ただキノコ好きを増やしたくてな、許してくれ」
「はぁ…」
キノコ好きを増やしたいって言うより
キノコ嫌いを抹殺したいんじゃなかろうか…
「何処行くんだシメジ?」
「台所、エリンギバター作ってこようと思って、流石に網焼きだけじゃ飽きるだろうからね」
「お、気が利くな、こっちは父さんに任せて行ってこい」
「手伝うよシメジ」
シメジを追おうとする松本、松本の肩を掴むシメジの父親。
「何故そっちに行くんだいマツモト君…君、本当はキノコ嫌いなんじゃ…?」
「ひぇっ!? ち、違います! キノコ大好きです!」
「ほう…」
「た、只の親切心ですって! ちょっと待ってシメジィィィ!」
父親の腕を振りほどきシメジに飛びつく松本。
「父さんいい加減にしてよ、マツモト怖がってんじゃん」
「おぉすまんすまん、ついな、ははははは」
「まったく、行こうマツモト」
「行こう! すぐ行こう!」
「おう、行ってこい!」
いや怖ぇよ!
目が笑って無いんだよ!
キノコ嫌い撲滅させる気だよあの人!
なんとか父親を振り切り台所にやって来たシメジと松本。
「昨日の余り使うか」
白っぽい板状の何かを取りだし、包丁で切るシメジ。
「何それ?」
「何ってエリンギだよ、エリンギバター作るんだから」
「これがエリンギ? 蒲鉾じゃなくて?」
「え? マツモト、エリンギ見たこと無いの?」
「うん」
まぁ、こっちの世界のエリンギの話だけどね
「養殖所の入り口の植木鉢に生えてるヤツ、あれがエリンギだよ」
「入口の植木鉢に生えてるヤツ…あぁ~あれか!」
なんかあったな、1本だけ生えた太いヤツ
あれキノコだったのか
松本達が養殖所を訪れた時にシメジの父親が水を撒いてたアレである。
「シメジの家ってエリンギも育ててたんだ」
「そうそう、うちが育ててるのはウルダダケとポッチャリエリンギの2つ」
ポ、ポッチャリエリンギ?
…ポッチャリ?
「よし、これくらい切ればいいか、後はこれをバターで炒めれば完成、
簡単で美味しいよねぇ~エリンギバター」
慣れた手付きでエリンギを炒めるシメジ。
子供には大きいであろうフライパンを片手で振っている。
「手慣れてるねぇ~シメジ」
「俺結構作るからね、大好物なんだエリンギバター、
しょっちゅうフライパン振ってるから左手だけ筋肉付いちゃって、ほら」
袖を捲り筋肉をアピールするシメジ。
「ほう…なかなか良い筋肉ですが、まだまだです」
袖を捲る松本、明らかにシメジより太い。
「マツモト…お前おかしいって…」
「ふふふ、筋肉こそ力、筋肉こそ正義、見よこの上腕二頭筋を!」
「光筋教団かよ…」
筋肉アピールする松本をよそにフライパンを振るシメジ、
バターと絡まったエリンギが宙を舞う。
「よし出来た、量が多かったから少し時間が掛かったな」
「いい匂いだねぇ~ 俺久しぶりにバターの匂い嗅いだかも」
松本、異世界でバターと初遭遇である。
「キノコって焼くか炒めるくらいしか食べ方ないからなぁ、もう少し食べ方があればいいんだけど」
「食べ方ね…」
前の世界だと炊き込みご飯とか、
今の季節だと鍋に入れるとか、あとはそうだな…
「…天ぷらとかかなぁ?」
「マツモト、天ぷらって何?」
「え!? あ、ゴメン口に出ててた?」
「出てた出てた、それで? 天ぷらって?」
「いや~他に呼び方があるかもしれないけど、ほら衣付けて油で揚げるヤツ、知らない?」
首を振るシメジ。
「ん~、植物油と小麦粉があればできると思うけど…」
「それならあるよ、折角だから作ってよマツモト」
「やってみるか、失敗しても怒らないでね」
「俺は怒らないけど、父さんはどうかなぁ~?」
「ひぇっ!?」
「ははは、冗談だよ、そんなに怖がらなくても大丈夫だって」
「はははは…」
いや、あの目はマジだって…
オッサンの前で肉サンドは食べない方がいいな
折角作って来た昼食用の肉サンドは夕飯に持ち越しとなった。
松本とシメジが戻ると、子供達は焼きキノコを焼いていた。
「皆、エリンギバター持って来たよ~、ここに置いとくから好きなだけ取って食べて」
『 イヤッホ~ウ! 』
エリンギバターに群がる子供達、順番に皿に盛って行く。
「あれ? もうこんだけになってる…取り過ぎだよゴンタ、僕達の分も残しといてよ~」
「そんなに取ってねぇって、俺じゃなくてアッチに言えよカイ」
ゴンタが指さす先で、満面の笑みで山盛りのエリンギバターを頬張るミリー。
「うっ…ごめんゴンタ」
「気にすんなよカイ、しかし幸せそうに食うなぁ~ミリー」
「ゴンタにパン渡してた反動なんだよきっと、そのせいで最近ちょっとこう…」
手でお腹を擦るカイ。
「うっ…そりゃ…すまん」
「いいよゴンタ、もう気にしてないから、ミリーも気にしてないよね?」
「うん! エリンギバター美味しい!」
「「 う~ん… 」」
満面の笑みのミリー、困惑のゴンタとカイ。
「これシメジが作ったのか? 旨いじゃん」
「今度作り方教えてあげようかハイモ? 簡単だよ」
「考えとくわ」
「芳醇なバターの香りとエリンギの程良い食感、とても美味しいですね、
私の封印されし力が解き放たれてしまいそうです!」
「うん、よく分からないけどありがとうトネル」
「そうですか? ではもう1度、私の封印されし力が…」
「ウルダダケ焼けたぞトネル、変なこと言ってないで早く取れよ」
「焦げるとマズくなるよ」
「おっと、それはいけませんね、そうなる前に、この魔法剣士トネルが救ってあげなければ」
エリンギ片手に席に戻るトネル、ハイモ、シメジ。
そんな子供達のやり取りを横目に植物油の入った鍋を火にかけ、キノコを切る松本。
1人黙々と天ぷらを作成中である。
「何故、エリンギバターを取りに行かないのかねマツモト君?」
目を光らせたシメジの父親が迫って来た。
ひえっ…やっぱり来た…
キノコ嫌いを絶対許さない男
「い、今油扱ってるんです…離れる訳にはいかないんで…」
「そもそも何で油を? もしかして君、やっぱりキノコ嫌いなんじゃ…?」
「好きです、キノコ好きです!」
「本当~かなぁ? 網焼きもしていないようだけど? あれ? 君もしかしてキノコ嫌い…」
「今帰って来たばかりで、キノコ採りに行ってないのに、網焼きできるわけないでしょうが!」
何なんだよこのオッサン!?
どんだけキノコ絶対主義なんだよ!?
いい加減にしろ!
「マツモト君、エリンギバター取って来たよ」
エリンギバターを持ったラッテオがやって来た。
ラ、ラッテオォォォ!
このタイミングで現れるとは、何たる僥倖!
眩しぃぃ! 流石は空気の読める人畜無害、マイベストフレンド、ラッテオォォォ!
心なしか後光が差しているラッテオ神。
「助かるよラッテオ、丁度食べたかったんだエリンギバター、うんまぁ~い!」
「あはは、そんなに食べたかったんだ、早く取りに行かないとミリーに全部食べられちゃうよ」
「いや~ちょっと手が離せなくて」
松本を勘ぐっていたシメジの父親は菩薩のような笑顔で遠ざかって行った。
「これは何してるのマツモト君?」
「ちょっと天ぷら作ろうかと思って、こうやって小麦粉を水で溶かした生地に
具材を浸けて揚げる料理なんだけど、ラッテオ知らない?」
「エビカツとかなら知ってるけど」
「それとはちょと違うんだけど、カツは衣がパン粉のヤツね」
確かにカツはあったな、
どっちゃり肉サンドのオプションでエビカツあったし
天ぷらは無いのかもしれんなぁ
「ラッテオ、油が跳ねるかもしれないからちょっと離れてて」
「うん」
衣をつけたエリンギを油に入れるとパチパチと心地よい音を立てる。
衣に少し色が付いたら取り上げて、網の上に置き油を切る。
※長箸が無いので木製のオタマで作業しています。
見た目は良くできたな
天つゆ無いし…取りあえず塩でいいか
「マツモト君、それで天ぷら完成?」
「一応ね、上手くできたと思うけど、ちょっと味見してみようか」
出来たエリンギ天ぷらを半分に切り、ラッテオと半分ずつ味見してみる。
「「 うんまぁ~い! 」」
顔がほころぶ松本とラッテオ。
「何だろう、初めて食べたけどサクサクしてて美味しいよマツモト君」
「予想以上に上手くできたみたい、塩が合うねぇラッテオ」
これならシメジにもオススメできるな
「お~いシメ…」
「「 っは!? 」」
異常な威圧感を感じ冷や汗を掻く松本とラッテオ。
な、なんだ…この背筋が凍るようなじっとりとした威圧感は…
見られている…
確実に、誰かに、穴が空くほどに…
「何食べてるのマツモト? さっきの何ラッテオ?」
「はぁ…はぁ…なんだミリーか…」
「驚かせないでよミリー、僕変な汗…」
「何、食べてたの2人共?」
「「 はうわっ!? 」」
じっとりした視線で近寄ってくるミリー、再び冷や汗を掻く松本とラッテオ。
2人が食べていた何かを欲している。
「す、直ぐ作るから待っててねミリー、ほんと直ぐだから!」
「さ、さっきのヤツは天ぷらって言うらしいよミリー」
「私も食べたい」
「「 はい只今ー! 」」
急いで天ぷらを揚げる松本、焼きキノコを食べさせミリーを抑えるラッテオ。
兄のカイはゴンタと談笑中である。
かつて対立していた2人が遺恨無く話をしている姿は微笑ましいのだが、
今だけはミリーを抑えて欲しいと願う松本であった。
「はい出来たよミリー、熱いから気を付けてね」
「ありがとうマツモト」
エノキ天ぷらを受け取り1口で頬張るミリー。
「あふあふっ…」
「だから熱いって言ってじゃん」
「水要るかいミリー?」
「あふあふ…、うんま~~い! 熱いけど美味しいいぃぃぃ!」
目を輝かせ大満足のミリー。
安堵の松本とラッテオ。
「マツモトもっともっと!」
「はいはい、仰せのままに、ラッテオ皆も呼んで来てよ」
「了解」
衣をつけては揚げ、つけては揚げる松本。
網に置く傍から天ぷらが無くなって行く。
「…ミリー、皆待ってるから、そろそろ皆にも食べさせてあげて」
「…あと1個頂戴マツモト」
「あと1個ね、はい、まだあるから心配しなくても大丈夫だからね」
「ありがとう」
取りあえず最後の天ぷらを受け取りキノコを焼くミリー。
「よく食べますね~ミリーちゃん、まるでブラックホールのようです」
「なんか丸くなって来てねぇか? カイ、兄貴としてしっかりしろよ」
「うん…ごめんハイモ君」
なんとも言えない顔のカイ。
「いや、あれはゴンタのせいだよきっと」
「うん…すまん皆」
同じくなんとも言えない顔のゴンタ。
「まぁ、ミリーは昔っから食べるの好きだから、ね? カイ」
「まぁ…そうだけど」
「あれくらいの年の子は多少丸い方が健康的で可愛いいよ、
思春期過ぎたら代謝が落ち始めててドンドン丸くなりやすくなるけどね、
30過ぎたら本当に脂肪が落ちなくなるから皆気を付けた方がいいよ」
「(なんだコイツ…オッサンみたいな感性してやがる…)」
なんとも言えない顔のシメジの父親。
オッサン同士、近い物がある。
「はい出来ましたよ~、熱いから気を付けて」
出来上がった天ぷらを頬張る一同。
『 うんま~い! 』
ミリーと同様に好評だった。
「旨いよマツモト、これいいね!」
「天ぷらいいな」
「同じ揚げ物でもカツとは全く違いますね、今度レイルにも教えてあげましょう」
「俺も母ちゃんに教えてやろう、食べたら喜ぶぜきっと」
「作り方簡単だね、油使うの怖いけど」
「マツモト君、ちょっとやらせてよ」
「いいよ、油跳ねるから気を付けてねカイ」
「いいぞ! これはいいぞ! ウルダダケも試してみるべきだ!
(ふふふ…これが広まればキノコ嫌い共を…)」
うわぁ…大体何考えてるか分かるな…
お~い、顔に出てるぞオッサン
その後、天ぷらの作り方を教え、ようやく網の前に座りキノコを焼く松本。
おぉ~いいねぇ
焼けてる焼けてる
どれ、何か調味料を…
シメジの父親が用意した調味料を取りに来た松本。
ケチャップ、ソース、塩、
これは…辛っ、七味みたいなものだな
あとは…何だこれ?
黒色の液体が入った容器に『小麦と豆』と書いてある。
小麦と豆のソースか…
まぁ、ケチャップよりはマシだろ
試してみるか…
焼けたウルダダケの傘の裏に黒い液体を垂らす。
良く知る懐かしい香が漂って来た。
あれ? これって…
…うん…ほぼ醤油だな、
ほぼほぼ醤油っぽい何か、旨い
松本、異世界で醤油っぽい何かと初遭遇である。
いいねぇ~旨い
レモン汁無いかな?
あったわ、流石にあるか
うむ、これも旨い
焼きウルダダケを堪能する松本。
天ぷら部隊の歓喜の声が聞こえる。
「天ぷらうま~い!」
「ウルダダケの天ぷらもうま~い!」
ふふふ、今のうちに好きなだけ食べとけよ~
年取ったら油物食べれなくなるからな~
「ぎゃぁぁ! 熱ぅい!」
「油跳ねたー!」
「うま~い!」
あとはビールがあると最高なんだけど
流石にないかぁ~
焼きキノコ旨い
油物ではしゃぐ子供達をよそにオッサンはキノコを炙る。




