144話目【赤い瞳のドーラ】
夕日に照らされる大通の隅でシオシオの少年が1人、
寒空の元、街路樹の下でフランスパンを齧っている。
まぁ…無理だよねぇ…
だって子供だもん…
身寄りのない8歳児だもん…
相手にされなくても仕方ないよねぇ…
シオシオの松本、短期間借りれる家を探して賃貸業者をあたってみたが結果は御覧の通り、
見事に玉砕しで悲しみのフランスパンである。
「(なんでフランスパン? どういう状況?)」
「(シオシオで丸々1本齧ってる…)」
シオ松の前を不思議そうな顔をした人々が通り過ぎて行く。
はぁ…取りあえずもう1店行くか…
やらないと1日30シルバーは変わらんしなぁ…
はぁぁぁぁ…
疲れ切った飛び込み営業のサラリーマンと同じ顔をしている松本、
子供にあるまじき深いため息をついている。
お~し、いくかぁ~
気合入れていれろー、どせーい!
立ち上がり、フランスパン片手に賃貸業者に乗り込む松本。
「すみませーん! 部屋借りたいんですけどー!」
「…? あはい、いらっしゃい」
入口でフランズパンを掲げる松本、
カウンターに座る男性がキョトンとしている。
「子供1人で1ヶ月くらいの短期で探してるんですけどー!」
「子供1人で? 短期?」
「そうなんですけどー! 風呂トイレ台所共有、部屋極小でも構わないんですけどー!」
「…凄く譲歩してるね、ところでなんで入口で仁王立ちしてフランスパン持ってるの?
取りあえず座ったらどうかな?」
「いろいろ気にしないで欲しいんですけどー!」
「…あそう、子供だけだとちょっと厳しいんだよね、お母さんかお父さんは?」
「いないんですけどー!」
「…あそう、なんか…悪いこと聞いちゃったかな、ごめんね」
「別に気にしてないんですけどー!」
「…そうなの? なんか元気な子だね、オジサンびっくりだよ、
一応聞くけど国章とか持ってないよね?」
「持って無いんですけどー!」
「それだとやっぱり無理かな」
「現金でニコニコ一括前払い出来るんですけどー!」
「…そういう問題じゃないんだよね、申し訳ないんだけど」
「そこを何とか、どうにかして部屋を借りたいんですけどー!」
「…うん、やっぱり無理かな、たぶん他も同じだと思うよ」
「他でも同じ事言われたんですけどー!」
「そうなの? 君めげないね~、オジサンまたまたびっくりだよ、
そろそろ暗くなるから気を付けて帰ってね」
「お手数おかけしましたー!」
「(子供一人で来るなんて、複雑な家庭環境なのかな?)」
受付の男性にモヤモヤを残し、松本はシャキシャキと店を後にする。
駄目だぁ…これ駄目だぁ…
子供1人で短期は流石に駄目だぁ…
店の扉を閉めた瞬間にシオシオになる松本。
再び街路樹の下でフランズパンを齧っている。
っま、しょうがないか
別に今でもマイナスって訳でもないし、
贅沢しなければ多少貯金て来てるからな
急いてる訳じゃないし、今まで通りコツコツ依頼こなして日用品買うとしますか
さぁ~て、筋トレしに行こ~
魔集石(レムの磨いたナーン貝の貝殻)を高く売っていればお金には困らなかったのだが、
松本にとってそれは大した問題ではない。
冒険者として依頼をこなしお金を稼ぐことに意味があるのだ。
筋トレのため城壁の外へ向かう松本。
以前、バトーと共に宿屋で筋トレを行い、危うく出禁にされかけているため、
ウルダ滞在中はわざわざ町の外で筋トレを行っている。
農家の鍬を借りて素振りすることがここ数日の日課である。
素振りはいいとして、腕立てくらいは部屋でやりたいなぁ
わざわざ屋外でやる意味ないし、地面でやると土吸い込みそうになるんだよなぁ
「ぐえっ!?」
「あだっ!?」
前を歩いていた2人組が立ち止まり、フランスパンが眼鏡を掛けた女性の尻に食い込む。
同じくフランスパンが喉に食い込む松本。
ぐああああ喉に!
フランスパンが喉チンコをぉぉぉ!
喉を抑えて咳き込む松本に眼鏡の女性が話しかける。
「おっと、大丈夫かい少年? 急に立ち止まった私も悪いがフランスパンを齧りながら歩くのは危ないと思うぞ」
「ゴ、ゴホッゴホッ…す、すみません油断してました、気を付けます…あれ? 先生と助産師さん」
「? はて、どこかで会ったかな?」」
「先生、この子はレミさんのお店でお湯を沸かしていた子供ですよ」
「あぁ、あの時の、厨房にいた少年」
「いやぁ~その節はどうも」
ケーキ屋の手伝いの際にタルトにボディブローした女医と助産師である。
「先生、レミさんとお子さんのその後は順調ですか?」
「順調順調、母子共に健康体でなんら異常なし! 食欲もあるし心配ない!」
松本の頭をポンポン叩きながら快活に説明してくれる女医。
「母子は問題ないんだが父親がねぇ~、子供が美人だの男前だのと既にデレッデレで…」
「あれは立派な親馬鹿ですねぇ先生」
「そ、そうですか…」
タルト、生後3日目で既に親馬鹿なんか…
…いや、初日で親馬鹿だったな
「うひょ~可愛いぃぃ! 幸せぇぇぇ!」
「「 んぎゃぁぁぁ! 」」
「ちょっとタルト大声出さないでよ、エクレアとマフィンが泣いちゃったでしょ!」
「す、すまん…、…んぎゃぁぁ泣き顔も可愛いぃぃ! 幸せぇぇぇ!」
「うるさいですよタルト義兄さん! 泣き止まないじゃないですか!」
「す、すまん…」
「ルミも静かにして、まだ生後3日目なんだから」
「ご、ごめん…」
「いい子ねぇお~よしよしよしよしよ~し」
「「 んぎゃぁぁ…えっ…えっ…すぅ… 」」
「「 (んぎゃぁぁぁ可愛いぃぃぃ!) 」」
双子の赤ちゃんをあやすレミ、身悶えるタルトとルミ。
なんてことを毎日繰り返しているらしい。
「丁度、診察を終えて帰って来たところでね」
横の建物を指さす女医、十字の模様が描かれた看板がぶら下がっている。
「あ、ここ病院だったんですね」
「そう、病気や出産、外科手術など扱っている」
「なんか人が沢山並んでますけど、皆病気なんですか?」
「いいえ、あれは献血に協力して頂いている人達です」
「少年も良かったら協力してくれないか?」
壁のポスターを指差す女医と助産師。
腕を抑えながら焼き芋を齧る人が後ろを通ってゆく。
『献血のお願い』
回復魔法では血液は補えません!
手術や怪我で血液を失った場合は輸血が必要になります。
血液は長期保存が出来ない為、皆さんの定期的な御協力が必要です。
献血をして頂いた方には焼き芋を無料でプレゼント! こぞってご参加ください。
※献血後の激しい運動はお控えください。
あ、そうか、血液は回復魔法で回復しないって言ってたもんな
焼き芋貰えるのかぁ、いいなぁ
「すみません、俺今から筋トレしないといけないので、また今度にします」
「そうか、無理はしなくていいぞ」
「また今度協力して下さいね、焼き芋もありますよ」
「はい~」
「さて、仕事に戻るとするかな」
「はい先生」
女医と助産師は病院に入って行き、代わりに腕を抑えながら焼き芋を齧る人が出てくる。
皆献血に協力しているようだ。
※皆さんも献血に協力しよう! 焼き芋以外の何かが貰えるはずです。
そういえば、トネル君が西区の病院の裏にある宿屋がどうとかって…
なんかお勧めしないって言ってたけど、ついでだから見ていくか
え~と多分この病院の裏だと思うんだけど…
病院の裏手に回る松本。
塀に囲まれた薄気味悪い建物が病院に隣接している。
敷地には墓標が並び、建物にはコウモリのオブジェが飾られている。
建物に続く道はランタンに照らされているのだが、所々切れかけているため余計に不気味である。
えぇ…病院の裏手に墓地があるんですけど…
なにこれ…もしかして病院から直送出来ますみたいな?
いや…どんなサービス?
奥に建物があるけど、もしかしてあれが宿屋なのか?
恐る恐る門を潜り敷地に踏み入る松本、墓標の上の骸骨がケタケタと笑う。
ひぇっ!?
あ、なんだ飾りか…紛らわしいひぇっ!?
いやぁぁ! もういやぁぁぁ!
再びケタケタと笑う骸骨に怯えながら入口に辿り着いた松本。
入口の横には繰り抜かれたカボチャが大きく口を開け、
古ぼけた扉には『吸血の宿』と書かれている。
吸血の宿…それにカボチャとコウモリ…
う~む…なんというか不気味だな
これはお勧めしない訳だ…
夕日に伸びる影と鳥の鳴き声が不気味さに拍車をかける。
恐る恐る扉を開け室内を見渡す松本。
十字架や蝋燭、髑髏、壁には棺桶が立て掛けられており、
外観と同じく不気味な雰囲気が漂っているる。
「あ…あの~…す、すみませ~ん…」
「…ん? 誰か来たかな? あれ~珍しい、人が来るなんて久しぶりだわ」
カウンターの奥から黒いマントを羽織った赤い瞳の小柄な女性が姿を現した。
透明な袋に入った赤い液体をチューチューと吸っている。
な、なんか飲んでるぅぅぅ!?
チューチューしてるぅぅぅ!?
「よいしょっと、いらっしゃい」
カウンターにある少し高めの椅子に腰かける女性、
入口の扉から顔だけ出した松本に声を掛ける。
「あ、あの~ここ宿屋で合ってますか?」
「そうよ、入口に書いてあったでしょ」
「えぇまぁ…あの~あなたは? お店の方ですか?」
「そうよ、私はこの宿屋の店主よ」
チューチューする店主。
「…それ何飲んでるんですか?」
「ん? あ、これ? ジュースよ、トマトジュース」
「…B型って書いてあるんですけど…」
「ん? あぁ、B型のトマトジュースだから、気にしないで」
いや、気になるぅぅぅぅ!
B型のトマトジュースって何?
それ本当にトマトジュースぅぅぅ?
「あははは! なぁにその顔、さては疑ってるわね? 大丈夫よ本当にジュースだから」
笑う店主、尖った八重歯がキラリと光る。
おぃぃぃ!?
それ牙か? 牙なんか?
噛みついてチューチューする為の牙だったりするぅぅ!?
「これね、お店の雰囲気に合わせて特注で作って貰ってるの、
マントもそう、可愛いでしょ」
「…可愛いかどうかはわかりませんが、雰囲気には合ってますね、とても」
「ふふふ、ありがとう」
赤目を細め、面妖な笑みを浮かべる店主。
「あの~歯が尖っているように見えるのですが…」
「これ? これは飾りじゃなくて本物の私の歯、昔っから八重歯が尖っててね、
シャー! どう? 似合ってる?」
八重歯を見せ威嚇のボーズを取る店主。
「似合ってますね、とっても」
「ふふふ、ありがとう」
再び面妖な笑みを浮かべチューチューする店主。
「…あの~変なこと聞きますけど…人間ですよね?」
「うふふ、そうよ~、うふふふふふふ…」
ニッコリと怪しい笑みを浮かべる店主、キラリと八重歯が光る。
あ、怪しい…
とても怪しい…本当に人間かぁ?
いや、人間以外の何かと聞かれると困るんだけど
…この世界に吸血鬼とかいるのか?
非常に怪しい店主に松本の警戒レベルが上昇する。
扉の隙間から出していた顔の面積が減り半分になった。
「…ニンニク好きですか?」
「嫌い、臭いから」
「…銀のアクセサリーとか持ってますか?」
「持ってない、アレルギーなの、宝石なら大丈夫だけど」
う~ん、2アウト…
扉の隙間から覗いている松本の顔の面積が減った。
既に右目の半分くらいしか見えていない。
「…俺、松本って名前なんですけど、あなたはのお名前は?」
「ドーラ」
う~ん…ドーラさんかぁ…
う~~~ん、ドーラさんねぇ…
「…日光に当たっても大丈夫ですか?」
「大丈夫、買い物も普通に行くわよ、どちらかというと夜行性だから夜の方が調子いいけど」
あ、そこはいいんだ…
顔の半分まで面積が回復した。
「…敷地内の墓標は?」
「あれは飾り、お店の雰囲気作りの一環、表のカボチャは郵便ポストよ、私のお気に入り」
ふむ、一貫している
そこは大丈夫だな
「それで? 見ての通り癖が強い宿屋だけど泊まりたいの?」
「え? あぁそうですけど…かくかくしかじかでして」
理由を説明する松本。
「なるほどねぇ、子供で短期間か、いいよウチに泊りななさいよ」
「え? いいんですか? そんなにアッサリと」
「ウチは賃貸じゃなくて宿屋だからね、連泊するのと変わらないから」
「まぁ、そうですね」
「困ってるのは値段でしょ、1ヶ月3ゴールドでいいわよ、風呂トイレ台所、全てついてる、共同だけどね」
「おぉ~、安ぅ~い!」
顔の7割まで面積が増える松本、左目の半分まで見えている。
1ヶ月3ゴールドって1日で換算すると10シルバー、
今の宿屋は1日30シルバーだから3分の1で済む!
風呂トイレ台所も付いてるし、最高やな!
「なんでそんなに安いんですか?」
「ウチって見ての通り癖が強いからね、病院の裏ってもの相まってお客なんて全然来ないのよ、
久しぶりのお客だし、困ってる少年を手助けしようと思って。
ただし条件が1つ、好きに使っていいけど掃除や風呂の支度は自分でやる事、どう?」
余裕ですね、むしろやりたい放題ですね
これ以上の好条件は無いが…
ん? あれは…
ドーラの後のガラスケースの中に見覚えのあるバッチが飾られている。
「ドーラさん、飾ってあるヤツって国章ですか?」
「ん? あぁこれ? そうそう国章、なんか新しくしたらしくてね、貰ったの、
前のデザインの方が好きだったけどね」
「身に付けなくていいんですか?」
「いいのいいの、使うことなんてないから、でも折角貰ったし綺麗だから飾ってるの、
取っちゃだめよ、まぁ鍵付きだから取れないだろうけど」
国章貰えるくらいだから信頼できる人ってことでいいんだろうか?
…まぁいいか、好条件だし
「…噛んだりしません?」
「噛まない噛まない」
扉の隙間から顔を出す松本。
「部屋で筋トレしてもいいですか?」
「いいわよ、他にお客いないし苦情なんてこないから」
「泊まらせて頂きます!」
扉を開け、ようやく店内に入った。
「それじゃ決まり、いつから泊る?」
「今日からお願いします」
「はいはい、それじゃここに名前書いて、先払いね」
「はい~」
名前を記入し3ゴールド支払う。
「俺ちょっと荷物取って来ます」
「はいはい、部屋の準備はしておくから…じゅる」
おもむろにヨダレを拭うドーラ。
「…本当に噛んだりしないですよね?」
「嚙まない噛まない」
赤い瞳を輝やかせ怪しく微笑むドーラ。
チューチューしている。
その後、南区にある元々の宿屋から荷物を移動し、
癖の強い部屋で思う存分筋トレして寝た。
翌日の昼。
昼食を食べる松本。
いつものパンと違い、肉を挟んだフランスパンを齧っている。
「おやマツモト君、昼食ですか?」
「あ、トネル君、昨日はありがとう、お陰でいい宿見つかったよ」
「ほう、それは良かったですね、何処にしたんですか?」
「お勧めじゃない病院裏の宿屋」
「そ、それは…どうでした?」
「墓標やら棺桶やら部屋の床に魔法陣やら。凄く癖が強いけど、
筋トレし放題だし、台所も使えるし、快適だよ~」
「それは…なによりです」
「オマケに今朝お肉貰っちゃって、自家製肉サンドになりました、
赤身の肉で脂質が少ないから筋トレには最高だよ、トネル君も食べる?」
「いえ、それはマツモト君が食べた方がいいと思いますよ」
「なんか今日のトネル君普通だね」
「ははは! 私はいつだって普通ですよ!
『フォースディメンション』の頭脳、魔法剣士トネルですからね!」
痛いポーズを決めるトネル。
「あ、いつものトネル君だ」
「ははははは!」
高笑いするトネル、自家製肉サンドをモチャモチャする松本。
寒空の下に降り注ぐ太陽、実に平和なお昼時。
トネルは見逃さなかった、松本の首筋にある2つの傷を…




