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142話目【初めての集団依頼】

冒険者生活3日目、時刻は正午前。

ウルダ東区側の城壁の外、ピーマン畑や街道の周辺で数人の冒険者がワシワシと熊手を動かしている。



ふぅ~、取りあえずこんなもんかな



一息つきタオルで額を拭う松本。

横には松本の背丈より高い枯草の山が出来ている。


「随分と集めたでありますな~、いやはや小生、マツモト氏の胆力に脱帽であります」


タオルで汗を拭いながら、熊手を持ったモジャモジャ癖毛の出っ歯眼鏡が近付いて来た。


「ギルバートさんの方はどんな感じですか?」

「もう少しであります、今は少し疲れたので休憩中であります」

「俺の方はこれで終わりなので手伝いますよ」

「これはかたじけない、それでは昼前にパパっと終わらせるのであります」

「はい~」


熊手を持ち歩き出す2人。


彼の名は『疾風のギルバート』、ウルダの冒険者チーム『ラストリベリオン』のメンバーであり、

冒険者歴15年のベテランにして、Dランク冒険者。

数日前にとある事情から松本を誘拐し、

ドーナツとオレンジジュースを提供するという非人道的鬼畜の所業を行ったが、

根は真面目で誠実であり、カルニをカルニ神と讃え、影ながら応援する青年である。

今日は松本と一緒に『枯草の清掃』の依頼を受け、松本の隣のエリアを担当している。


ワッシワッシと枯草を集める2人。


「冬ではありますが、これだけ体を動かすと流石に汗を掻くのであります」

「体が温まっていいですよ、寒いよりマシですからね」

「それは一理ありますな、でも作業後はシャツを着替えないと風邪をひくのであります」

「それも一理ありますね、ギルバートさんのいう通り着替えもってきて正解でした、よいしょっと」

「ふぅ~これでここも終わりであります」


かき集めた枯草を山に合流させる2人。


「この集めた枯草ってどうするんですか?」

「今日の内に燃やして処理するのであります、放置しておくと風で散らばってしまうでありますから」

「なるほど、集めた俺達が燃やすんですか?」

「そのままにしておけば役所の人が燃やしてくれるでありますが、

 小生は自ら燃やすことを推奨するのであります」

「ほう、それは最後まで自分の依頼に責任を持てという先輩としての助言ということですかね?」

「それもありますが、これには深くて甘~い理由があるのであります」


チッチッチと指を振るギルバート。


「ほほう、深くて浅い理由ですか?」

「いやいやいや、深くてあま~い…」


ププゥーーーー!


街道の方からラッパの音が響いた。


「皆さ~ん、各々昼食にして下さ~い! 作業再開は1時間後になりま~す!

 枯草を燃やす方はくれぐれも火の取り扱いに注意して下さ~い!」


ラッパを持つ依頼主が遠くで喋っている。

離れているのに声がはっきり聞こえる。


「これって、カルニさんがやってた遠くに音を伝えるヤツですよね、風魔法の応用でしたっけ?」

「そうであります、風魔法を繊細にコントロールして空気を振動させる技でありますな」

「結構難しいって聞きましたけど、あの人凄いんですね」

「役所の人は皆優秀であります、デフラ町長の元、日々ウルダのために尽力されているのであります、

 この依頼も枯草を撤去して火災を未然に防止するという、役所始動の定例行事でありますから」

「へぇ~あの人役所の人だったんですね、どおりで集合場所が役所の前だったわけだ」


本日の『枯草の清掃』依頼の参加者は20人。

9時に役所の前に集合し、1人1本の熊手と担当エリアを記載された紙を配布され現地にやって来た。

参加者がある程度揃うと開始日が告知される集団依頼である。

まぁ早い話が、役所始動の冬の美化作業である。

報酬はウルダの運営費から算出されています。




「あの技、難しいのは確かでありますが、才能が必要な上級魔法と異なり練習次第では習得可能であります」

「そうなんですか?」

「ふっふっふ、何を隠そう、小生、あの技を習得済みであります!」

「な、なんだってー!?」


無駄に格好いいポーズを決めるギルバート、ダブルで衝撃を受ける松本。


「まぁ、小生は才能が無いので風魔法は中級までしか使えないのでありますが」

「それでも凄いですよギルバートさん!」

「え? い、いや~そんなこと…あるのでありますか?」



いや聞かれても…



「それ程あると思いますけどね」

「いや~、小生あまり他の冒険者から褒められることが無かったもので、こそばゆいであります」


照れくさそうに笑うギルバート。


「もっと自信もって下さいよ~、出来る人少ないんですよね?」

「現在のウルダのギルドであれば、カルニ神の他に習得しているのは小生だけであります、

 お陰でイベントの司会などの依頼は独占状態であります」

「へぇ~、凄い、役得ですね」

「昔、カルニ神に必死に追いつこうと努力したのでありますが、

 結局、同じ魔法使いとして肩を並べられたのはこの技だけであります。

 魔法力、近接戦闘力、人望などなど、他は遠く及ばず、やはりカルニ神は偉大であります!」


拳を握りカルニ神の偉大さを讃えるギルバート、眼鏡の奥で瞳が輝いている。



うむ、今日も曇りなきカルニ信仰だ

頑張れ敬虔な信徒ギルバートよ

其方の穢れなき行いにはカルニ神も感謝しておいでである

ただし、カルニはカルニ神の呼び名を嫌がっているのだがな…



悲しき信徒『ラストリベリオン』

彼らが良かれと思い使用している最上級の敬称を、当のカルニが嫌がっていることを彼ら自身は知らない…

負けるな『ラストリベリオン』、『立ち止まるなラストリベリオン』

カルニ自身から「ちょっと…その敬称やめて欲しいのだけど…」と言われる日まで!





「ギルバートさんって魔法使いだったんですね」

「そうであります、疾風の二つ名の示す通り風魔法が得意であります、

 因みに、大地のグラハム氏は土魔法、雷鳴のラインハルト氏は雷魔法の使い手であります」

「え? もしかして3人共魔法使いなんですか?」

「そうであります」



いや、3人共魔法使いなんかーい!



「あの~前衛は誰がやるんですか?」

「誰もやらないであります、小生達は小心者でありますからして」



いや、やらないんかーい!



「それ討伐依頼の時とかどうするんですか?」

「その辺は問題ないのであります、小生達、殺生は好まないゆえ討伐依頼は受けないのであります」



いや、受けないんかーい!

まぁ、お金稼ぐだけなら昇級しなくてもいい訳だし

別に問題ないのか…



これが『ラストリベリオン』が万年Dランク冒険者の理由である。

普通の魔法使いは中級魔法が使えればCランク位には昇級できます。





「それでは昼食にするのであります」

「はい~」


鞄から昼食を取りだす2人、松本は食パン、ギルバートはどっちゃり肉サンドである。

続いて鞄をゴソゴソするギルバート、銀色の包みを2つ取り出した。


「何ですかそれ?」

「ふふふ、食後のお楽しみであります、初めてこの依頼を受けるマツモト氏は知らないでありますが、

 歴戦の猛者達は、皆この時間を楽しみにしているのであります」


包みを枯草の山の中に置き火を付けるギルバート。


「おぉ~それはもしや」

「そう、焼き芋であります! これが深くて甘~い理由であります!

 あ、これ1つはマツモト氏の分でありますゆえ」

「えぇ!? そんな2個しかない焼き芋を頂いてもいいんですか!?」

「良いのであります! 新人を導くのベテランの務めであります!」

「なんという懐の深さ! ありがたき幸せ~!」

「「 はははははは! 」」


なんとも芝居がかったやり取りを経て高笑いする2人、実に仲が良い。

周りを見渡せば、隣の焚火も、そのまた隣の焚火も芋を焼いている。

この依頼の定番のようだ。


「マツモト氏、もしや昼食は食パンだけでありますか? 具が無いようでありますが…」

「まぁ具はありませんが、俺にはこれがあります」


鞄からミルを取りだし食パンの上でゴリゴリする松本。


「…塩でありますか?」

「塩胡椒ですね」

「塩胡椒でありますか…」


松本の本日の昼食は塩胡椒パン(生)である。


「…美味しいのでありますか?」

「胡椒の香りがアクセントになってて俺は好きですけどね」


塩胡椒パンをモッチャモッチャする松本。

なんとも悲しい表情のハルバート。


「マツモト氏、これを」

「いやいや、流石にそれは頂けませんよ、それはどっちゃり肉サンドのどっちゃりの部位、

 それを失ってしまっては只の肉サンドになってしまいますよ」

「いやいや、具の無いパンを齧る子供の隣で、どっちゃり致すのは流石に心苦しいというもの、

 ここは小生の顔を立てるということで」

「なんか気を使わせてしまってすみません、それではお言葉に甘えて…お言葉に甘えても?」

「良いのであります! 具無しパンにどっちゃりを分け与えるのもベテランの務めてあります!」

「なんという懐の深さ! ありがたき幸せ~!」

「「 はははははは! 」」


再び高笑いする2人、このやり取りを気に入ったらしい。

松本の塩コショウパンに、ハルバートがどっちゃり肉サンドのどっちゃりを分けてくれた。

肉サンドと塩胡椒肉サンドになった。



「いやしかし、マツモト氏は未成年でありながら小生達と同じ時間働いているのであります、

 労働時間から考えれば、どっちゃり肉サンドを購入しても問題ないと思うのでありますが…」

「まぁ、買ってもマイナスにはならないんですけど、あまりプラスにもならないんですよねぇ、

 俺は日用品を買うために冒険者になったんですけど、

 俺が1日に稼げるお金って、70シルバーから50シルバーくらいなんですよ、

 宿代が1日30シルバー掛かるので、1食に10シルバーも使うと日用品が買えなくなっちゃうんですよね」

「なるほどそうでありましたか、小生は両親と暮らしているゆえ、気にした事はなかったのでありますが、

 確かに宿代は痛手でありますな、単純計算でも1ヶ月で約9ゴールド必要であります」

「まぁ、パンとプロテイン…光筋教団の魔法の粉があるので餓死することはありませんから、

 栄養面の不安はありますが、そこはたまの外食で贅沢に補給するとして。

 本当は宿屋じゃ無くて部屋を借りた方が安上がりなんでしょうけど、

 短期間で、保証人もいない子供に貸してくれるわけありませんからねぇ」

「それであれば、小生の家に泊ればよいのであります」

「ありがたい申し出ですけど、1ヶ月も泊まっては迷惑になりますから、もし俺が無一文になったらお願いします」

「そうでありますか、その時は遠慮なく申して頂きたい、この疾風のギルバート、

 必ずやマツモト氏の力になるのであります!」

「なんという懐の深さ! ありがたき幸せ~!」

「「 はははははは! 」」


隙あらばこのやり取り。




「夏だったら野宿でも全然平気なんですけどねぇ、流石に冬は凍死しますから」

「野宿も厭わないとは、なかなかの強者でありますなマツモト氏…

 しかし、宿代が厳しいのも事実、どうせなら駄目もとで聞いてみてはどうでありますか?」

「そうですね、聞くだけならタダですもんね、今日の仕事が終わったら探してみます」

「部屋が見つかるとよいでありますな、どれそろそろ、お芋様が仕上がっている頃合いであります」

「おぉ~おいでませお芋様」


肉サンドを食べ終えたギルバートが殆ど燃え尽きた枯草を棒でつつくと銀色の包みが2つ転がって来た。

手袋を身に付け包みを剥がすギルバート。


「どれどれ? お、良さそうでありますな、熱いのでもう少し冷ましてから頂くのであります」

「はい~」


焼き芋が食べられる温度になるまで放置し、その間に焚火の跡を水魔法で完全に鎮火させた。


「では、お待ちかねのお芋様を頂くであります!」

「イヤッフゥ~! 待ってました~!」

「「 頂きま~す! 」」


銀色の包みを剥がし齧り付く2人。


「これはこれは、深みのあるコクと芳醇な甘さが…まさにお芋様ですね」

「この芋は蜜芋でありますから甘くて美味しいのであります、

 枯草は牧と違って直ぐに燃え尽きるでありますから、細目の芋の方が火が通り易くてお勧めであります」

「流石はベテラン冒険者、勉強になります!」

「ふっふっふ、これが長年の経験、歴戦の冒険者の風格、困ったことがあれば何でも聞いて欲しいのであります!

 この疾風のギルバート、全力で力になるのであります!」


無駄に格好いいポーズのギルバート。


「では、Sランク冒険者になる方法を具体的にお願いします」

「あ、それは専門外でありますゆえ、何卒カルニ神に」

「えぇ!? ベテラン冒険者なのに?」

「小生、ベテランのDランク冒険者でありますから」

「「 はーっはっはっは! 」」


焼き芋片手に高笑いの松本とギルバート。



ププゥーーーー!


街道の方からラッパの音が響いた。



「そろそろ、次の担当場所に移動するのであります」

「はい~昼からも頑張りましょう!」


昼休憩を終え、次の担当場所に移動する2人。

松本の初めての集団依頼は、ベテラン冒険者の手助けにより実に楽しく、実に有意義にこなせたそうな。




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