141話目【ケーキ屋のお手伝い3】
紅茶を飲み干し、木製のコップを置くタルト。
「それじゃ、そろそろ仕事再開しようか」
「「 はい~ 」」
立ち上がる松本、タルト、ルミ、休憩を終え初依頼再開である。
「タルト、夕方に備えてシュークリームを追加した方がいいと思うわ、ん?
それとチョコレートケーキは今日はお終いにして、ベリータルトを出しましょう(なんかお腹痛い)」
「はいはい、それじゃルミちゃんはシュークリームを頼むよ」
「任せて下さい!」
「それじゃ俺は洗い物と接客をしますので」
「お願いねマツモトく、ん!?」
目を丸くするレミ。
「ど、どうしたレミ?」
「…かも?」
「ん? なんだって?」
「産まれるかも」
「「「 な、なんだってー!? 」」」
「なんか産まれそうかもー!」
「「「 えぇぇぇ!?、なんだってー! 」」」
「あばばばばば…ど、どどど、どうしようか? どうしたらいいの?」
「おおおおおね、お姉ちゃちゃん気をしっかか…」
「きゅ、救急車、誰か救急車呼んでー!」
突然の出産宣言にパニックになる店内。
「落ち着いてよ皆、ちょっと…」
「「「 あばばあばばばっばばば… 」」」
「落ち着きなさい!」
「「「 っひゃい! 」」」
レミの一声でシャキッと直立する3人。
「タルトは急いでお医者さん呼んで来て!」
「待ってろ医者ぁぁ!」
タルトが店から飛び出していった。
「ルミは私を2階に連れて行って、マツモト君はお湯を沢山沸かして頂戴」
「「 了解です! 」」
取り乱す3人と違い、テキパキと指示を出すレミ。
母は強し、である。
ルミはレミを支えながら2階に上がって行く。
「お姉ちゃんゆっくりね、もう産まれちゃいそう?」
「まだ、何とか大丈夫よ、上がったら清潔な布を用意して」
「わ、わかった」
一方、急いでお湯を沸かす松本。
大きめの寸胴を綺麗に洗い、水を入れ火にかける。
た、大変なことになってしまった…
2階に上がって行ったってことは、病院じゃなくて家で出産するのか
っていうかこの世界に医者っていたんだな
回復魔法があるからといて医学不要な訳では無い、
骨折や裂傷などの怪我は回復魔法で治せるが、
失った血液は輸血する必要があり、病気や出産は医者を必要とする。
魔法は便利だが万能ではないのだ。
「レ、レミ、はぁはぁ、お医者さんを連れて、はぁっ、来たぞ」
少しでも足しになるようにと寸胴の側面を火魔法で炙っていると、
息を切らせたタルトが戻って来た。
「あれ!? レ、レミ!? レミは!? あれ!?」
「落ち付いて下さいタルトさん、レミさんは2階です」
「あ、あぁそうか、レミは無事か?」
「無事だと思いますけど、あの、お医者さん?」
「え!? あれ? いない!? なんで!?」
後ろを振り返りキョロキョロと慌てるタルト。
「タルトさ~ん、ちょっとまって下さ~い、タルトさんどこですか~?」
外からタルトを呼ぶ声がする、どうやら医者を置いて全力で走って来たらしい。
「す、すみませーん! こっちでーす!」
「今行きま~す」
タルトが手を振り、暫くすると女医と助産師が入って来た。
「あ、お湯沸かしてくれてる」
「良かったですね先生」
「い、急いで下さい、レミは2階です!」
「落ち付いて下さい、先ずはしっかり手を洗いますから」
落ち着いて石鹸で手を洗う女医と助産師。
横でアタフタするタルト。
「あ、あの早く! レミの元にお願いします!」
「うるさぁぁぁい!」
「ぐはぁっ!?」
女医にボディーブロー叩きこまれ静かになるタルト。
助産師は落ち着いて手を拭いている。
「いい加減落ち着きなさい! 奥さんはもっと大変なんですよ! 貴方が慌ててどうするんですか!」
「は、はぃ…」
「まずはしっかり手を洗いなさい! その後はそのお湯と綺麗な桶を持って来なさぁぁい!」
「はい…すみませんでした…」
「まったく、もう1回手洗わないといけなくなったじゃないか」
シュンとなるタルト、女医は落ち着いて手を洗う。
「先生、タオルを」
「ありがとう、さぁ、行きましょう」
「はい先生」
女医と助産師は2階に上がっていった。
この世界の出産ってこんな感じなんだ…
しっかり手を洗うタルト、ルミも降りて来て手を洗う。
お湯と桶を持って2人は2階に上がって行った。
え? 俺どうしたらいいんだ?
そして、部外者の松本だけだ1階に残された。
「すみませ~ん、ワッフルくださ~い」
「あ、は~い」
「2つ下さい」
「2つですね~、え~と値段は…あ、そうだ」
外に出てガラスケースの値札を確認する。
「ワッフルは2つで6シルバーです、商品をお持ちしますから少々お待ちください」
「今日は小さい店員さんね」
「えぇ、いろいろありまして今日だけ臨時です」
ワッフルを2つ箱に入れて、再び外に出てお客に手渡す。
「お待たせしました~」
「ありがとう、はい、6シルバー」
「いつもありがとう御座います~」
2階に上がる訳にもいかんし…
取りあえず店番するか
それから約3時間後、ガラスケースの中身が残り少くなったころ。
店の前には老婆が1人。
「あら? 今日は随分と商品が少ないのねぇ~」
「すみません、いろいろありまして、残ってるのはショートケーキとタルトだけです」
「店員さんもレミさんじゃなくて子供なのねぇ、それじゃタルトの残りを全部貰うわ」
「え~と3個だから、18シルバーです、直ぐお持ちしますので」
「慌てなくてもい…」
『おんぎゃぁぁぁ!』
『やったぁぁぁ!』
2階から赤子の鳴き声とタルトとルミの声が聞こえた。
「あら? もしかして、レミさん遂に出産したの?」
「この様子だと無事に産まれたみたいですね」
「そぉ~、よかったわ~、今度お祝いに来ないといけないわね」
「お待たせしました、レミさんもタルトさんも、きっと喜ぶと思います」
「そ~ね、長いこと待ったわ~」
「?」
「はい、18シルバーね、坊やこのタルト食べたことある?」
「えぇ、凄く美味しいタルトですよ」
「ふふ、そ~なの、自慢のタルトなの、また来るわね~」
「いつもありがとう御座います~」
夕日に照らされながら、とても嬉しそうな老婆は去って行った。
俺もそろそろ戻らないとな
無事産まれたみたいだし、声掛けてみるか
階段から声を掛ける松本。
「すみませ~ん! お取込み中に申し訳ないんですけど俺そろそろ帰らないと…」
「あれ? マツモト君? 忘れてた!」
「タルト…折角だから来てもらって…」
「すまん、店も閉めて直ぐに戻って来るからな」
「お願いね…」
申し訳なさそうなタルトと女医と助産師が降りて来た。
「すまない、すっかり忘れてたよ」
「一大事ですから、気にしないで下さい」
「それでは私達はこれで、奥さんとお子さんの容体に変化があったらすぐに呼んでください」
「支払いは後日で構いません、落ち着いたら病院を訪ねて下さい」
「「 ありがとう御座いました~ 」」
女医と助産師は帰って行った。
「あれ? もしかして接客してくれてたのかい?」
「えぇ、殆ど売れましたね、ショートケーキだけが残っちゃいましたけど」
「そうかぁ、いや本当にすまない、助かったよ」
「どういたしまして、ところで母子共に無事なんですか?」
「あぁ、無事だ、本当に良かったよ…」
少し涙ぐむタルト。
「おめでとうございます、どっちだったんですか?」
「うん? どっちとは?」
「エクレアちゃんかマフィン君かですよ」
「ふふふ、内緒、レミが是非来て欲しいって言ってるんだ、店を閉めるから帰る前に一緒に来てくれないか?」
「分かりました」
店を閉め、しっかりと手を洗い2階に上がる2人。
「お邪魔しま~す」
「いらっしゃいマツモト君…今日はありがとう…」
ベットの上で左脇に赤子を抱くレミが出迎えてくれた。
右側には姉に寄りそうルミの姿がある。
ベットから距離を取る松本、デリケートな赤子が怖いのだ。
凄くやつれてる、数時間前とは大違いだ…
やっぱり大変なんだな
「ご出産、おめでとうございます」
「ふふふ…ありがとう」
「エクレアちゃんとマフィン君、どっちだったんですか?」
「この子はエクレアよ…」
「女の子でしたか、きっとレミさんに似てカワイイ女の子に育ちますよ~」
「ほ~う、口が旨いなマツモト君」
「茶化さないで下さいよタルトさん~」
部屋の入り口でキャッキャとはしゃぐ松本とタルト。
「だがな、娘はやらん、それだけは覚えておけ」
「あ、はい…」
急にガチトーンになるタルト。
「気が早いですよ~タルト義兄さん」
「早くない、だってこんなに美人なんだぞ!」
いや、分からんて、産まれたてホヤホヤだぞ…
顔じゃ性別も分からんて…
「大きな声を出さないでタルト…子供達がびっくりしちゃうわ…」
「あ、すまん…」
シュンとなるタルト。
ほ~ら怒られた
嬉しいのは分かるけど、レミさんに負担を掛けるんじゃないよ全く…ん?
「いま子供達って言いましたか?」
「ふっふっふ、そう、この子がマフィン君です!」
自信満々にレミの右脇のシーツを捲るルミ、もう1人赤子が現れた。
「ルミ、静かにしてね…」
「ごめんなさい…」
怒られてる…
自信満々な顔から一気にシュンとなったな
「双子だったんですかぁ、大変だったんじゃないですか?」
「そうでもないわ…あまり陣痛も無かったし…すぐに出て来てくれたから…産まれる前からいい子達ね…」
「なんで俺似の格好いい男の子に育つって言わないんだマツモト君」
「騒ぐとレミさんの負担になるからですよ…」
学べよ、産まれたての親馬鹿め
舞い上がっちゃってんだからもう…
「タルト…双子ってことは幸せも2倍ね…」
「そうだな、きっと今から幸せな事がが沢山ある筈さ、ありがとうレミ」
「カップも買わないと…4人家族になったから1個足りないわ…」
「そうだな、元気になったら一緒に買いに行こう」
寄り添い、幸せそうなレミとタルト。
「いいなぁ私も早く子供欲しいなぁ」
「ルミちゃんは恋人が先だな」
「うぐっ…」
「とりあえず…ジャンボシュークリーム…吸って食べるの止めたら…」
「うぐぐっ…」
ジャンボシュークリーム・ルミの顔が引きつっている。
「レミ、食事は食べられそうか?」
「えぇ…食べやすい物が欲しいわ…」
「よし、ルミちゃん、レミと子供達を頼むよ、俺は買出しに行ってくる」
「は~い、任せて下さい」
「それでは俺もこれで失礼します、今日はありがとう御座いました」
「こちらこそありがとうね…」
「マツモト君またね」
「さよ~なら~」
レミとルミに別れを告げ、タルトと一緒に1階に降りる松本。
「マツモト君、これ依頼完了の印」
「ありがとう御座います」
「それと数日間は店を閉めるから、売れ残ったケーキを持って帰ってくれないか」
「ありがたく頂きます」
四角い札とショートケーキが丸々1ホール入った箱を受け取る。
札の裏には働いた時間が記載されていた。
「遅くなっちゃったけど、帰りは一人で大丈夫かい?」
「大丈夫です、俺の事より早くレミさんにご飯作ってあげて下さい」
「そうするよ、気を付けてね」
「さよ~なら~」
タルトに手を振り『ワッフル・タルト』を後にする松本。
「ってなことがあったんですよ~」
「濃いわねぇ~マツモト君の初依頼、はい報酬の70シルバー」
「あれ? 俺の労働時間は5時間半くらいの筈ですけど? 多いですよ?」
「それはたぶん依頼者がサービスしてくれたのね、完了の印に記載してあるから問題ないわよ~」
「へぇ~そんなパターンもあるんですね」
「余りに酷いと減額もあるわよ~」
「そりゃマズいですね」
「楽してお金稼げるなんて甘い話は無いって事よ」
「甘いケーキならあるんですけど、カルニさん食べませんか? 1ホールあるので1人じゃ食べきれないんですよ」
「あら『ワッフル・タルト』のケーキ? 美味しいのよね~、
皆~マツモト君がケーキくれるって~『ワッフル・タルト』のショートケーキよ~」
『イヤッフゥ~!』
ショートケーキはギルドの受付嬢とカルニ軍団によって消滅した。
あぁ…俺の分…
松本は食べられなかった。




