140話目【ケーキ屋のお手伝い2】
時刻は14時半過ぎ。
「マツモト君これもお願いね」
「置いといてください、これ洗ったら回収します」
「お、そろそろスポンジ焼き上がるな、俺はフルーツを準備するからルミちゃんはクリームを頼むよ」
「分かりましたー」
焼き上がるスポンジに備え苺を切るタルト。
怒涛の勢いで生クリームをかき混ぜるルミ。
シャカシャカと食器を洗う松本。
水道があるって便利だなぁ~
排水も楽だし、地域差ってヤツかねぇ
ウルダにはポッポ村と異なり上下水道があるため、蛇口を捻ると水がでるのだ。
「マツモト君、今お願いできる~?」
「あ、は~い直ぐ行きまーす」
レミに呼ばれ、洗い物を放置し販売スペースに移動する松本。
『ワッフル・タルト』のケーキは人気のようで結構な頻度で販売店員として駆り出される。
「レミさん、お待たせしました」
「ワッフル2つとベリータルト2つお願いね」
「了解です」
指定の商品を箱に入れ、店の外で手渡しお金を貰う。
「「 いつもありがとう御座います~ 」」
「可愛い店員さんねぇ~、私もケーキを買いに来たんだけど注文いいかしら?」
「あ、いらっしゃいませ~、ご注文どうぞ」
「それじゃこのショートケーキをお願いね」
「分かりました、外に持って来ますので少々お待ちください」
こんな感じで、店内に戻ろうとすると他のお客さんに声を掛けられることもしばしば。
お客さんの対応していると、次のお客さんが、ケーキを渡すとまた次のお客さんが、
5組のお客さんを対応して店に戻る。
「いや~、今のは忙しかったですね~」
「いつもこの時間はお客さんが多いのよぉ~、この後は少し落ち着くんだけど、
いっぱい働かせちゃってゴメンさなさいねマツモト君、
普段はカウンターはお願いしないんだけど、今日はな~んか体調がすぐれなくて、
たまにお腹痛いし、甘えちゃってるわね」
「お仕事ですからね、この程度であればドンドン甘えて貰って大丈夫ですよ!
それより、あまり体が冷やさないようにしてください、ひざ掛けもう1枚持って来ましょうか?」
「今は必要ないわ、ありがとう(なんか子供っぽくないのよねぇ~親戚の叔父さんみたいだわ)」
実際、中身はオジサンなので仕方ない。
松本にとって、子供の見た目に精神や言動を合わせることは難しく苦痛である。
「ケーキの在庫も一気に寂しくなりましたね」
「そうねぇ、お客さんも一段落したみたいだし、売れ残っても困るからそろそろ調整しようかしら、
タルト~、ルミ~ちょっと休憩にしましょうか~」
「これまで作ってからにするよ~」
「お姉ちゃんもうすこし待ってて~」
タルトとルミはモリモリ追加のケーキを作成中である。
「俺も洗い物がありますので」
「はいはい、頑張ってね~」
「はい~」
作業場に戻った松本。
「洗い物回収しま~す」
「おう、よろしく~」
円柱状のスポンジが乗った土台をクルクル回し、外周にクリームを塗るタルト。
横に纏められた洗い物を回収する。
「こっちも回収しま~す」
「お願いね~」
板状のスポンジにクリームと具を乗せクルクル巻くルミ。
同じく横から洗い物を回収する。
クリームの上に苺を乗せるタルト。
巻きあげたスポンジの上に粉砂糖を振るルミ。
シャカシャカと食器を洗う松本。
「よ~し、完成!」
「私も完成です!」
「俺も終わりました~」
各々の仕事を終わらせ休憩することになった。
「レミお待たせ!」
「休憩に!」
「しましょう!」
完成したショートケーキを持ったタルトと、ロールケーキを持ったルミと、紅茶セットを持った松本が
自信満々元気溌剌に販売スペースに乗り込んできた。
「な~に? 3人して随分仲良さそうじゃない」
「レミの体調がすぐれないって聞いてね、少しでも元気になって貰うと思って」
「ふふふ、そんなに気を使わなくても大丈夫よ」
「本当に大丈夫なのお姉ちゃん? 妊婦なんだから無理しないでよ」
「大丈夫よルミ、何かあったらすぐに言うわ、それよりお姉ちゃんは紅茶が飲みたいわ~」
「はいはい、すぐお湯沸かしますよ~」
ショートケーキとロールケーキをガラスケースに入れ、テーブルと椅子を移動する松本とタルト。
ルミがお湯の入ったヤカンを持って来た。
「ルミ、お湯貰うわ、紅茶は私に淹れさせて」
「はい、お姉ちゃん」
「ありがとう」
陶器のティーポットに茶葉とお湯を入れ、3つの陶器のカップと1つの木製のコップに注ぐ。
「私の今日の仕事はこれだけね~、頑張ってくれた3人には~、はいこれ」
木製のコップを手元に残し、陶器のカップを配るレミ。
「いいよ気を遣わなくても、木製のコップは俺が使う、レミは座ってるだけでも大変なんだから」
「あら優しい、折角だがら甘えちゃうわね」
「そうしてくれると助かるよ」
タルトがレミの木製のコップと、陶器のカップを入れ替えた。
「俺が使いましょうか? 飲めればなんてもいいので」
「タルト義兄さん、私も飲めればなんでもいいですよ」
「駄目駄目、頑張ってくれてるマツモト君とルミちゃんには是非そのカップを使って貰わないと」
首を横に振り申し出を断るタルト。
「はぁ、そうですか?」
「ふふふ、そうなのよ」
「さて、紅茶だけでは少し寂しいな、マツモト君、好きなケーキを選んでくれたまえ」
ガラスケースを差し、目くばせするタルト。
「商品を頂いていいんですか?」
「いいのよ~、いつもお手伝いさんには食べて貰ってるの」
「マツモト君は遠慮気味だな、ルミちゃんなんて、ほら」
タルトが指さす先でルミがジャンボシュークリームを手に取っている。
「ふふふ、遠慮はしませんとも! 私はこれが楽しみで働いているのです!」
ジャンボシュークリームを天高く掲げるルミ。
ガラスケースからジャンボシュークリームが消えた。
「ルミはいっつもそれよね」
「休憩前に売り切れそうなときは追加で作ってるからなぁ…」
「う~む…」
あれくらい貪欲になれたら人生楽しそうだな
風の噂ではルミがジャンボシュークリームを作り出してから、少しだけクリーム量が増したらしい。
「お勧めってありますか?」
「あるよ、レミは何にする?」
「余ってるのでいいわ、そろそろ調整しないと」
「そうだな、そうするか」
松本はベリータルト、レミはワッフル、タルトはチョコケーキになった。
これでチョコケーキも売り切れである。
「んふ~! たまら~ん!」
ジャンボシュークリームに齧り付きご満悦のルミ。
ルミさん幸せそうだなぁ~
その様子を見ながらベリータルトを食べる松本。
「んふ~! たまら~ん!」
タルト旨っ! ベリータルト旨っ!
酸味と甘味の調和がたまら~ん!
「ふふふ、気に入って貰えてうれしいわ~」
「ウチの看板メニューだからなぁ」
ご満悦の松本を見てタルトとレミもご満悦である。
「ワッフルも看板メニューなんですか?」
「いや、ワッフルはどちらかというとオマケかな」
「お店の名前が『ワッフル・タルト』なのにオマケなんですか?」
「この店は俺達で3代目でね、初代が俺の婆さんで名前がワッフルなんだ。
西区でワッフル婆さんが得意のベリータルトを売り出したのがこの店の始まり」
「あ、なるほど、ワッフルさんのタルトで『ワッフル・タルト』」
「ややこしいでしょ~、この人の家系はお菓子の名前なのよ」
ワッフルを食べながら説明してくれるレミ。
「因みに2代目の名前は何なんですか?」
「2代目は俺の親父で名前はシュー、シュークリームのことだな」
「なるほど」
ワッフル、シュー、タルト、そして店名がワッフル・タルト
ゲシュタルト崩壊しそうだな…
「お姉ちゃん、タルト義兄さん、4代目の名前は決めたの?」
ジャンボシュークリームを吸いながらルミが尋ねる。
「決めてるわよ、女の子ならエクレア」
「男の子ならマフィンの予定さ」
「やっぱりお菓子の名前なんだ」
「ややこしいでしょ~」
ルミにおどけて見せるレミ。
「それ、君達が言う?」
「私達は別にややこしくないわよ」
「間違えるのはタルト義兄さんだけですよ」
「お母さんの名前は?」
「マミよ」
「一番下の妹の名前は?」
「クミですよ」
「「 ややこしっ! 」」
絶対間違えるだろ!
「大変ですねタルトさん、頑張って下さい」
「おぉ、心の友よ、我が理解者よ」
固い握手を交わす松本とタルト。
「因みに、お父さんの名前はなんて言うんですか?」
「「 フーミン 」」
う~ん…
いろんな意味で際どい…
2杯目の紅茶を飲みながらタルトが店の歴史を語り出した。
「一番最初に婆さんがベリータルトを売り始めた時は、
家の前にテーブルを1つ置いただけの出店だったんだけど、
2代目の時にこの場所に店を構えて、5年前に俺とレミが引き継いだんだ。
最初のメニューはベリータルトだけ、2代目でシュークリームとショートケーキを、
俺達の代で更に種類を増やした」
「このポットとカップはね、2代目からお店を任された時に譲り受けたの、
2代目は初代のワッフルさんから、だから私達も子供に店を任せる時に譲るつもり」
「そうだったんですか、お店にとって歴史あるモノだったんですね」
「婆さんの時代は貧しかったらしくてな、ベリータルトのベリーを買えなくて森で集めてたそうだ。
頑張って働いて、お金を溜めて、初めての贅沢がそのカップ、
家族そろって紅茶を飲むのがワッフル婆さんの最大の楽しみだったらしい。
それ以来、店を引き継いだ者は家族全員で紅茶を飲むのが習慣になってるんだ、
そのカップは頑張って働く者の証ってわけ」
「そんな大切なモノを今日来た俺が使っちゃて大丈夫なんですか?」
「ルミとマツモト君は頑張って働いてくれたから、そのカップを使う資格があるのよ~」
「いろいろとレミを気遣ってくれたしね、感謝の印さ」
「なんか嬉しいですね~」
「私はカップよりジャンボシュークリームの方が嬉しいけど」
ルミに吸われ続けてジャンボシュークリームがペラペラに萎んでいる。
「こういう話は子供のマツモト君より、大人のルミに刺さる筈なんだけど?」
「だって美味しいんだもの、仕方ないじゃない」
「ぶれないねぇ~ルミちゃん、もう全くぶれない!」
ジャンボシュークリーム気になるなぁ…
凄く美味しいんだろうなぁ
乙女を狂わせるほど美味しいジャンボシュークリーム、1個6シルバーでお買い求めいただけます。




