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139話目【ケーキ屋のお手伝い1】

商業区の店の前で依頼書を確認し、顔を上げる松本。

壁の看板には『ワッフル・タルト』と書かれている。


「確実にここだな」


白を基調とした外観にファンシーな装飾、

通りに突き出した赤白の縞模様のサンシェードが目を引く。



カラフルな店だなぁ~

遠くからでも一目で分かったもんな



周りの店から明らかに浮いているケーキ屋。

サンシェードの下にはガラスケースがあり、美味しそうなケーキが並んでいる。

ケース内に所々に空白があり、売れている様子が伺える。



ショートケーキは1ピースで7シルバー、こっちのチョコは8シルバー、

この6シルバーの大きいヤツはシュークリームか? 

ホールだと40シルバー以上か…買えないなぁ~

やっぱりケーキはどの世界でも贅沢品ってことか

あ、ロールケーキ1本で15シルバー、安ぅ~い



どの世界でもロールケーキは割とお買い得、

丸々1本買って1人で食べるのが大人の嗜みです。



へぇ~ガラスケースの枠は木製なんだ

直線のガラスしか見たことないけど

この世界はあまりガラス加工の技術は高くないのかな?




松本の推察は正確ではない、ガラス加工の技術はあるのだが、

曲線のガラスやガラス細工、ワイングラスなど、複雑な形状の物は値段が高いのだ。

庶民が使うガラス製品は窓ガラス、鏡、写真縦のような板ガラスだけである。


その辺りの様子は過去の話でも覗き見ることが出来る。


ウルダ祭で北側の観覧席にいた身分の高い者達が使用していたのはガラス製のグラス。

松本、カルニ、ラッテオがロックフォール伯爵に呼び出された時に使用されたのは陶器のカップ。

身分の高い客人が使用すること多い、ギルドの奥の部屋も陶器のカップ。

一方、冒険者が集まる酒場は木製の樽ジョッキ。

カイとミリーの両親の結婚式で使用されたのは木製の食器。

ポッポ村に至っては自分達で作っている為、地産地消の木製食器である。


つまり、わざわざ壊れやすいガラス製品や陶器を日常的に使用できるのは富裕層の証という訳だ。





「すみませーん」

「は~いはいはい、いらっしゃい、どのケーキをお求めですか?」


エプロンと三角筋を付けた、お腹の大きな女性が姿を現した。


「あ、ケーキを買いに来たわけじゃ無くてですね、これを」


背伸びしてガラスケース越しに依頼書を渡す松本。


「あぁ~はいはい、お手伝いさんね、待ってたわ、さぁ入って頂戴」

「お邪魔します」


ガラスケースの横にある入口から店内に案内される松本。

ガラスケース裏は販売スペースで、隣の部屋がケーキ作りの作業場になっている。

作業場には中央に長い木製テーブルがあり、男性1人と女性1人がケーキを作ってる最中のようだ。


「私はレミよ、ヨロシクね」

「俺は松本です、よろしくお願いします」

「ふふふ、そんなに畏まらなくてもいいのよマツモト君、緊張してるのかしら?」

「今日冒険者になったばかりでして、初めての依頼になります」

「あらそう! 今日は頑張ってね」

「精一杯頑張ります、あの、お腹が大きいようですけど、もしかして妊娠されてるんですか?」

「そうよ~もうすぐ産まれる予定よ」

「え!? それならあまり動かない方がいいですよ、どうぞ座って下さい」

「ありがとう、気が利く子ねぇ」


販売スペースの椅子を動かす松本、ゆっくりと腰掛け一息つくレミ。


「2人共~、今日のお手伝いさん来たわよ~」

「すぐ行くー」

「は~い」


作業場から声が聞こえ、手を拭きながら男女が姿を現した。


「今日のお手伝いのマツモト君よ」

「今日はよろしく、俺はタルト、この店『ワッフル・タルト』の店主だ」

「私はルミ、よろしくねマツモト君」

「え? ルミさん? ん? あれ? ルミさんが2人?」


椅子に座る妊婦と目の前の女性を見比べる松本。



「ふふふ、違うわよ、私はレミ、そっちは私の妹のルミよ」

「レミとルミちゃんは名前が似てるからなぁ、俺も苦労したよ…」


松本に若干同情するタルト


「タルト義兄さん、よく間違えてましたもんね」

「昔の話だ、今はもう間違えません」

「嘘おっしゃい、この前間違えたばっかりでしょ」


胸を張るも瞬時に暴露されるタルト。


「え~と、あの~レミさん?とタルトさんが夫婦ってことでいいんですよね?」

「そう! この店は俺とレミの愛の巣! そしてもうすぐ愛の結晶が産まれるのだ!」


椅子に座るレミの肩を抱き、松本に対し親指を立てるタルト。

実に幸せそうな2人である。


「普段は私とタルトでケーキを作ってるんだけど、お腹が大きくなって最近思うように動けなくてね、

 それで妹のルミに手伝って貰ってるのよ」

「そうでしたか、すみません軽い気持ちで依頼を受けてしまったんですけど、

 俺ケーキ作りの経験は無いので、戦力にならないと思います」

「あははは! 大丈夫大丈夫、難しい作業は俺達がやるから」

「心配しなくてもいいのよ、ケーキ作りは私とタルト義兄さんがやるから、

 マツモト君には子供でも出来る簡単作業をお願いするわ」

「安心しました、了解です」

「それじゃ私はここで店番してるわ、助けが必要になったら呼ぶから、その時はお願いね」

「「「 はい~ 」」」



隣の作業場に移動した松本、タルト、ルミ。


「着替えてきました~」

「お、似合ってるよマツモト君」

「可愛いですねぇ~」


渡された服に着替えた松本、タルトとルミとお揃いのエプロンと三角筋である。


「ありがとう御座います、それでは何からやりましょうか?」

「まずは洗い物をお願いしようかな」

「はい~」


子供用の踏み台に乗り、シャカシャカと洗う松本。

木製のボウル、オタマ、泡だて器、金属製のトレーなどなど、普段使わない道具ばかりである。

後ろではタルトがチョコレートケーキの装飾を作っている。

ルミは大きなシューの中にクリームをモリモリ入れている。


「終わりました~」

「こめんルミちゃん、今手が離せないから代わりに確認してもらえる?」

「はい~どれどれ? うん、ちゃんと洗えてるし作業も早い、合格です!」


両手で大きな丸を作るルミ。


「ありがとう御座います」

「手慣れてるみたいだけど普段からお手伝いしてるの?」

「えぇ、そんなところです」



手伝いじゃなくて普段の生活習慣なんだけどね

主に転生前のだけど



1人で食事を作り、1人で食べ、1人で片付ける、独身男性の悲しき日常である。



「マツモト君、これ向こうに持って行ってくれる? 落とさないように気を付けてね」

「はい~」


出来上がったシュークリームをガラスケースに運ぶ松本。



やっぱり大きい

ソフトボール位あるぞこのシュークリーム

俺が小さいから大きく見える訳じゃないよな?



否、実際に大きいのだ。

大きいのでトレーに6個しか載っていないのにギュウギュウである。

クリームたっぷりジャンボシュークリーム、1個6シルバーです。



レミはお客と接客中である。


「お隣さん結婚記念日だって言うのに、旦那さんがケーキを買い忘れちゃって」

「あら大変ですねぇ~」

「そうなのよ! 大変も大変、奥さん泣き出しちゃって、

 時間も夜だったし、買いに行こうにもお店も開いてないでしょう? もう私見てられなかったわよ~」

「その後はどうなったんですか?」

「私ね、その日、ちょ~ど、ここのチョコケーキ買って帰ってたの、

 夕飯の後のデザートに食べようと思って楽しみにしてたんだけど、

 可哀想だから持って行ってあげたのよ~これよかったらどうぞって、

 そしたら旦那さん目を丸くして驚いちゃって、

 ありがとう御座います! ありがとう御座います! 何度もお礼言われちゃって、

 そのケーキのお陰でなんとか上手くいったみたいでねぇ~、

 後日旦那さんからモギ肉頂いちゃったわよ、おほほほほ!」

「よかったじゃないですか~」

「ほんとに良かったわよ~、お隣さん今まで通り夫婦円満に戻って、

 旦那さんが仕事に行く時はいっつもチューしてるの、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうわ~、

 でも、なんかいいことした気持ちになるじゃない、ケーキが食べられなかったのは残念だけど」

「モギ肉が食べられたからいいじゃないですか、私は暫く食べて無いですよ」

「まぁね~、モギ肉は美味しかったからいいけど、でも私はレミさん達のケーキが生きがいなのよ~、

 だから今日こそはケーキ食べようと思って、このチョコレートケーキ頂けるかしら?」

「いつもありがとうございます~」


マダム会議からの流れるような注文である。 



「レミさん、シュークリーム持って来ました~」

「ありがとうマツモト君、ちょっと待ってくれる?」

「あらカワイイ、レミさんその子が今日のお手伝いさん?」

「そうです、なんだか真面目な子で、う、ちょっと苦しいっ…」


ガラスケースからチョコレートケーキを取り出そうとするが、

かがむとお腹が圧迫され苦しい様子。


「あぁ無理しないで下さい、俺がやりますからレミさんは座ってて下さい」

「そう? お願いしようかしら」


シュークリームのトレーをテーブルの置き、レミを座らせる。


「入れ物は何処ですか?」

「横の棚よ、あそれそれ、注文は右から2つ目のチョコレートケーキね、1ホールのヤツ」

「はい~」


箱を組み立てて、慎重にチョコレートケーキを取り出す。



こ、こえぇぇ

手が小さいから持ち難いぃぃぃ



なんとか無事に箱に入れ、安堵する松本。


「レミさん保冷剤とかは無いんですか?」

「保冷剤?」

「あの、持ち帰る間ケーキを冷やしておくためのヤツです、冬だからいらないかもしれませんけど」

「あぁ、マツモト君ケーキを持ってきてくれる?」

「はい~」


チョコレート入りの箱にレミが手をかざすと冷たくなった。



あ、そうか氷魔法でいいんだ

なるほどねぇ~常識が違うわ



「はい、お客さんに渡して、値段は64シルバーよ」

「はい~」


入口から外に出てケーキを渡す松本、身長が低いのでカラスケース越しに渡すのが怖かったらしい。


「すみません、お待たせしました、チョコレートケーキです」

「しっかりした坊やねぇ~、ありがとう、はいお金」


ケーキと引き換えに松本の掌に代金が置かれる。


「ありがとう御座います」

「それといい物あげるわ~、はい飴ちゃん」


松本の掌に赤く透き通った飴ちゃんが3個追加された。


「ありがとう御座います、後で頂きます」

「おほほほ、健気な子ね~、私にも息子がいたらこんな感じかしらねぇ~レミさん」

「今からでも遅くないんじゃないですか?」

「おほほほ! やめてよレミさん、私もう50歳よ? 最近シワも増えちゃって、オバちゃんなんだから~」

「それだけお綺麗なら年齢は関係ないですよ~」

「あらレミさんお上手、ジャンボシュークリームも1つ貰おうかしら?」

「「 いつもありがとう御座います~ 」」  


シュークリームが追加で売れた。




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