135話目【エプロン禿げ再び】
ラストリベリオンと別れ宿屋に戻って来た松本、
売り物の貝殻を持ってロビーに降りて来た、壁の時計を見ると16時を指している。
もうこんな時間か…急がないとな
「すみませーん、受付のお姉さーん」
「は~い」
呼び鈴を鳴らし受付の人を呼ぶ、奥からエプロンを付けたおばちゃんが出て来た。
「あら3号室の坊や、丁度探してたのよ~、一緒に来た男の人帰っちゃったでしょ?
坊やは朝からいないし、今日はどうするのか聞こうと思って」
「すみません、俺は今日も停めて頂きたいんですけど、今手持ちがなくてですね、
今からこれ売ってきますので今日の分の支払いはもう少し待って頂けないでしょうか?」
「あらそうだったの、いいわよ、部屋はそのままにしておくから」
「ありがとう御座います」
4枚の貝殻を持って以前の装飾品店にやって来た松本
「う、嘘だろ…」
締め切られた扉に掛けられた看板を見て、膝から崩れ落ちている。
『よく分からないけど、魔族とか怖いので暫く実家に帰ります、実家の肉じゃが楽しみ』
いやぁぁぁぁ実家に帰ってるぅぅぅ!
肉じゃが食べてるぅぅぅ!
実家で味の染みた肉じゃが食べてるぅぅう!
どうすんのこれぇぇぇ!?
この貝殻売らないと冒険者登録どころか今日の宿代すらないんですけどぉぉぉ!?
宿代は1泊30シルバー、松本の所持金は6ブロンズである。
(※1シルバー=100ブロンズ)
ていうか、冒険者になれないならウルダに留まる意味無いし、
前提が…俺の冒険者生活の前提が今ここでぇぇ…いやぁぁぁ!
全ての前提が崩れたとしても、ジョナがポッポ村に帰った今、松本の退路は無い。
い、いや、まだだ…まだいける、むしろ行くしかない!
パンは出せるしプロテインも残っている、取りあえず飢え死にすることはない、
要は冒険者登録費用と宿代、少なくとも今夜の宿代さえ稼げれば何とかなる!
横に並ぶ店に目を向ける松本。
大金は必要ない、目標額は冒険者登録費2ゴールドと宿代30シルバーだ。
ふふ、今こそ元社会人の経験を活かす時…行くぜ、飛び込み営業ってやつによ!
目標額2.3ゴールドを目刺し歩き出す松本。
(※1ゴールド=100シルバー)
因みに、松本は元自動車整備士である。
生粋の現場作業員の為、営業経験は無い。
1店目
「すみませ~ん、貝殻買って貰えませんか?」
「う~ん、装飾品なら隣の店で売った方がいいと思うけどね~」
2店目
「すみませ~ん、貝殻の買い取りって可能ですか?」
「ウチは家具屋だからね~、必要ないかな~、中身だったら食べたかったけどねぇ~」
3店目
「すみませ~ん、あの貝殻を…」
「その光ってるヤツなら30シルバーで買うよ~」
4店目
「すみませ~ん、買い取って欲しい物があるんですけど…」
「ウチはお茶専門だからかな~どうしてもって言うなら全部まとめて80シルバーで買うけど?」
5店目
「すみませ~ん、か…」
「今日はもう閉店だよー!」
「あ、すみません…」
・・・・・・
・・・・・
・・・
う、売れねぇぇぇぇ!?
全然売れねぇぇぇ!?
やばばいばいばいばばいばい…
貝殻を持ったまま力なく佇む松本、夕日に伸びる影がなんとも哀愁を誘う。
さっきのお茶屋さんに値段交渉してみるか?
どう考えても倍以上にはならんよなぁ…
かくなる上は個人宅に突撃すべきか…
北区の富裕層なら…いや、捕まるかもしれんしなぁ…
不要な場所に不要な物を売ろうとしているわけで、
当然売れないわけで、
装飾品を買うような富裕層なら買ってくれるかもしれないが
1日に2度も衛兵のお世話になる訳はいなかいわけで、
途方に暮れる松本。
「お? おい坊主ひょっとして…やっぱり坊主じゃねぇか!
久しぶりだな~上等な上着来てるから一瞬分からなかったぜ!
おいおい、どうしたんだ坊主こんなところで立ち尽くしちまってよ」
やたらと坊主を連呼する男が話しかけて来た。
「あ、エプロン禿げの人」
「なぁにぃ? 誰が禿げだって? 俺にはボンゴシって立派な名前があるんだ!」
「あ、すみませんボンゴシさん、俺の名前は松本です、改めてよろしくお願いします」
「おう、よろしくなマツモト」
エプロン禿げことボンゴシ。
ドワーフの女性ドナが営む鍛冶屋『ユミルの左手』で修業中の鍛冶職人。
松本の持つ巨大モギのナイフ『トカゲの爪』の制作者である。
「それで? こんなところでなにしてんだマツモト? そのデカい貝殻は?」
「いや~これ売り物なんですけど装飾屋さん閉まっててですね…
ボンゴシさん買ってくれませんか?」
「ふ~ん貝殻ねぇ…ちょっとこれ持ってな、どれどれ?」
持っていた紙袋を松本に渡し、マジマジと貝殻を調べるボンゴシ。
お? 意外と好感触か?
頼むぞエプロン禿げぇぇぇ!
あ、中身は焼き芋だ、あったかい…
焼き芋で暖を取りながらボンゴシの反応を待つ松本。
「えらく頑丈そうだなぁ~始めて見るし…なんだこれ?」
「そ、そうなんですよ! 高い場所から落としても割れない位頑丈なんですよ!
俺の家の近くで捕れる貝でして、誰も名前を知らないから勝手にナーン貝って呼んでます!」
「ふ~んナーン貝ねぇ…中身は旨いのかい?」
「す、凄く美味しいですよ! 焼くだけで甘じょっぱくてですね、食べ応えもありますし!」
必死になり過ぎて関係ないことまでアピールする松本。
「どうかねぇ~頑丈なのはいいけど、曲線だしなぁ~素材として使い難いかもなぁ~、
この1個だけ光ってるヤツも素材としては同じみてぇだし…」
「そ、そこを何とか! どうしても2.3ゴールド必要なんです! ボンゴシさんお願いしますぅ~」
「2.3ゴールドって、またえらく具体的な金額だな…いやでも素材で2ゴールドは結構高額だぜ?」
「そ、そうなんですか?」
「まぁな、曲線だから使い道は鎧か盾だろ?
この貝殻以外にも素材が必要だし、俺達の技術料が乗っかるとなると、
盾で5~6ゴールドは貰わないと割に合わないぜ~、
そこまでして売れなかったら目も当てられねぇ、大赤字ってもんよ」
「た、確かに…」
き、厳しいかぁ~
だが引くわけにはいかん!
ここが最後の砦である!
「俺どうしてもお金がいるんですぅぅ、ボンゴシさんお願いしますぅぅ」
「おわっ!? 足にしがみつくんじゃねぇ! 焼き芋が潰れるだろ!」
「もう後がないんですぅぅ、本当にお願いしますよぉぉ」
「そ、そんなこと言ってもだな、商売だからしょうがねぇだろ、
おい離れろって、なんて力してんだマツモト!」
足にしがみつく松本を振り払おうとするボンゴシ。
鍛えられた筋肉が唸る。
「絶対に離しません! 俺には他に売るものなんて無いんですよぉ、
これが売れなかったらボンゴシさんに作って貰ったナイフしかないんですぅぅぅ」
「なぁにぃ!? それだけは認められぇ! あのナイフは俺の最っ高っ傑作だ、絶対に売るんじゃねぇ!」
「俺だって嫌ですよ! 名匠が打った凄いナイフなんですからぁぁぁ」
「お、おう…なんだ、その、言うじゃねぇかマツモト、いやいやでも俺なんかには名匠は早いぜ?
名匠ってのはお師匠みたいな人を言うんだよ、いやでも、嬉しいねぇ」
まんざらでもないエプロン禿げ、照れながら鼻を人差し指で擦っている。
「それが駄目ならこの上着を売るしかないんですぅ、
でもこれ売ったら他に持ってないから凍死しちゃうんですぅ」
「その上着は素材も上等だし、いいもんだけどよ~売れないと思うぜぇ~?」
「え? どうしてですか?」
急に冷静になる松本。
「その上着、俺の勘だと5ゴールドはするね、下手したら10ゴールドで売ってたかもしれねぇな」
「え!? そ、そんなに高価なんですか?」
「服は専門じゃないけどよ、分かるぜぇ~、素材もいいけど仕事が素晴らしいねぇ~、
この丁寧な縫い目を見ろ、それにこのボタン、木製じゃなくて貝の削り出しだ、
シンプルなデザインの中に制作者の魂を感じるねぇ!」
松本の上着を見て目を輝かせるボンゴシ。
「それなら売って新しい服を買おうかな?」
「勿体ねぇって、やめときなマツモト、それに売れねぇんだよ、こういう物は」
「いい物なのに売れないんですか?」
「いい物だから売れるって訳じゃねぇんだよ、この服はちと拘り過ぎだな、
子供ってのは直ぐに大きくなるからなぁ、どうせ着れなくなるから高い物はあまり買わねぇんだ。
いやしかし、必死に貝殻売ってる位だしマツモトは富裕層じゃねぇんだろ? この服貰ったのか?」
「いや、村で1.5ゴールドで買ったんですよ、借金ですけど…その借金返すために冒険者になるんです」
「…詳しいことは聞かないことにするけどよ…まぁなんだ、大変だなマツモト」
「いえ…お気遣い感謝します」
「焼き芋食うか?」
「ありがとう御座います」
なんとも気まずい顔のボンゴシ、夕日と冷たい風が追い打ちをかける。
「さっきの話だと、その上着は富裕層狙いの売れ残りを安く仕入れたってところだな、
仕入れたヤツは腕利きだぜ」
少し潰れた焼き芋を半分に分けて食べる2人。
「しっかし、1.5ゴールドねぇ~殆ど原価だな、絶対にその値段で買えるもんじゃねぇ、
良くして貰ったじゃねぇかマツモト、その上着は大事にしないといけねぇ」
「でも俺、他に売る物ないんですよ、今日の宿代も無いからどうにかして2.3ゴールド稼がないと…」
「俺の判断じゃその貝殻に2.3ゴールドの価値はねぇ、出せても1ゴールドだ、
でも名匠は違うかもしれねぇな~、お師匠に相談してみるかいマツモト?」
「ボ、ボンゴシさん、ありがとう御座いますぅ!」
「よせやい、いいってことよ! まぁ売れるかどうかは保障できねぇけどな」
「それでもありがたいです!」
焼き芋を食べながら2人は『ユミルの左手』に向かった。




