134話目【ラストリベリオン3 密着衛兵24時】
『大地のグラハム』の部屋でラストリベリオンとドーナツを齧る松本。
ウルダの鐘が15時を告げる。
「あれ? この鐘の音って…」
「じ、15時でありますな」
「えぇ!? もうそんな時間だったんですか!?」
ジョナさん待ってよなぁ…悪いことしちゃったな
急いで貝殻売りに行かないと
「どうしたでありますかマツモト氏?」
「あぁ、いや…ちょっと用事を思い出しまして、俺そろそろ行きます、ドーナツ美味しかったです」
立ち上がる松本。
「そ、そうでしたか、いやはや拙者達のせいで時間を取らせてしまいましたな」
「はぁはぁ、折角だから残りのドーナツを持って帰って欲しいんだな、せめてもの気持ちなんだな」
「ありがとうございます~」
「はぁはぁ、下で紙袋に移し替えるんだな」
立ち上がりドーナツの皿を持つグラハム。
「それでは小生もそろそろ失礼するのであります」
「で、では、拙者もこれにて」
上がるギルバートとラインハルト。
グラハム、ギルバート、ラインハルト、松本の順に階段を降りて行く。
台所にやって来た一同、廊下に一列に並んでいる。
普通の人ならすれ違う位の幅があるのだが、グラハムの太さだと1人で一杯である。
「母上、ドーナツを入れる紙袋が欲しいんだな」
「あら、ター君丁度良かった、3時のオヤツのお饅頭用意したから、お友達に持って行ってくれる?」
饅頭が山になった皿を示すグラハム母。
「あ、母上、饅頭は必要ないんだな」
「母上様、小生達、本日はこれにて失礼しますので、お饅頭はまたの機会に」
「お、お気持ちだけ頂きますぞ」
グラハムの後ろから顔を出し挨拶するギルバートとラインハルト。
「あら、ムー君とモッ君いたの~ター君に隠れて見えなかったわ~」
「ははは、グラハム氏は小生より縦も横も大きいでありますから」
「ははは、わ、吾輩に至っては母上様よりも小さいですからな」
「はぁはぁ、最近さらに太ったんだな、食べる量は変わらないのに不思議なんだな」
「ほんと不思議ねぇ~、どうしてなのかしら? はいター君、紙袋」
「はぁはぁ、ありがとうなんだな」
紙袋を受け取りドーナツを移し替えるグラハム。
いや、食べる量が変わらないからやないかーい!
山盛りの饅頭を見て心の中で突っ込む松本。
歳を取ると代謝が落ちるので同じ量を食べると太りやすくなります。
筋力を増やすと代謝が増えますので、皆も過度な食事制限をするより筋トレをしましょう。
「はぁはぁ、ついでに饅頭も入れておくんだな、マツモト氏何個食べるんだな?」
「いろいろ頂いてしまってすみません、折角なので2個程下さい」
「はぁはぁ、2個じゃきっと足りないんだな、5個入れておくんだな」
残りのドーナツ6個と饅頭が5個入りパンパンになる紙袋。
「あら、ター君、新しいお友達もそこにいるの? 折角だしお母さんにも紹介して欲しいんだけど…」
グラハムの後ろから聞こえる声に興味深々のグラハム母。
隙間から覗こうと頭を左右に振っている。
「はぁはぁ、マツモト氏なんだな、見えるんだな?」
グラハムが体を壁際に寄せるとギルバートが姿を現す。
ギルバートの細い体からラインハルトの横っ腹がはみ出している。
「やや!? では小生も」
ギルバートもグラハムと同じ側に避けると、ラインハルトが姿を現す。
顔の位置がどんどん低くなっていく。
「で、では拙者も」
ラインハルトも同じ側に避けるとグラハムの腹の向こう側に松本の頭の先だけが見える。
「マツモトと言います、ドーナツご馳走様でした」
松本が頭を下げると完全に姿が見えなくなった。
「あら~随分と小さいお友達みたいね~、ター君少しお腹が邪魔で見えないんだけど…」
「はぁはぁ、ちょっと待つんだな、はぁはぁ、ふおっ…」
グラハムが全力でお腹を凹ますと、反対側の壁に寄った松本が見えた。
「すみません饅頭まで頂いてしまって、ありがとう御座いm…」
「ふぁっはぁはぁっ…げ、限界なんだな…はぁはぁ…」
セリフの途中で腹の後ろに消える松本。
「あらあらいいのよ~、小さいのに礼儀正しい子ね~、
お母さん気に入ったわ~お饅頭持って帰って食べてね~マー君」
紙袋に饅頭を追加するグラハム母、更にパンパンになった。
「はぁはぁ、マツモト氏は年齢よりずっと大人なんだな」
「ち、力もとても強いですぞ」
「小生では抑えられない程であります」
グラハムの後ろから声が聞こえる。
「すみませーん! 衛兵でーす! 誰かいませんかー?」
玄関から衛兵が呼ぶ声がする。
「あら何かしら? お母さん出るからター君ちょと下がって」
「はぁはぁ、皆下がって欲しいんだな」
「「「 はい~ 」」」
グラハムに押し出されるようにリビングまで移動する一同。
「は~い、今出ま~す」
グラハム母が横を小走りで通り抜けて行く。
「はいはい、今開けま~す、どうされたんですか衛兵さん?」
「すみません、こちらはタタン、え~と冒険者グラハムさんのお家ですかね?」
「えぇそうですけど、それがなにか?」
「もしかして冒険者グラハムさんのお母さんですか?」
「えぇ、タタンは私の息子ですけど」
玄関でやり取りする衛兵とグラハム母、
グラハムの本名と冒険者名が混ざっているため会話がチグハグである。
「お母さん、息子さんは今何処に?」
「え? どうしたんですかいったい? 息子が何かしたんですか?」
ここぞとばかりに呼び名を定める衛兵。
今後は『息さん』呼ぶらしい。
「いや~お母さん言いにくいんですけどね、実は息子さんが子供を誘拐したとの通報がありまして」
「えぇ!? 何を…ター君はそんなことする子じゃありません! 子供の頃から可愛くて優しい…
虫も殺せないような優しい子なんですよ!?」
「落ち着いて下さいお母さん、気持ちは分かります、別にまだ息子さんがやったと決まった訳では…」
「そんなっ…ター君がそんなこと…誰なんですか息子が誘拐したなんて言った人は? あり得ませんそんなこと…」
「いや、それは…秘匿義務がありましてね? 私の口からはちょっと…」
「ここに連れてきてください、私がきちんと話をしますから! お願いします、
ター君は…ター君はそんな子じゃないんですぅぅぅ!」
感極まり泣き出すグラハム母、後ろで聞いているラストリベリオンが青ざめている。
「グ、グラハム氏…」
「はぁはぁっはぁはぁ…」
「こ、これはマズいのであります…」
既に過呼吸気味のグラハム。
「すみません、お母さん、衛兵さんに協力を仰いだのは私でして…」
聞き覚えのある女性の声が聞こえる。
「あ、ちょっとオリーさん、今出てくると余計に…」
「貴方なんですか!? ウチのター君が誘拐したなんて言う人は!?」
「ち、ちょっと…落ち着いて下さいお母さん」
「ター君はそんなことしません、何か証拠でもあるんですか?
ター君はね、私の誕生日に毎回プレゼントを買って来てくれるんです、
母親一つで育ってくれていつもありがとうって、父親がいなくて寂しい思いをしたのはター君なのに…」
「「 い、いやぁ… 」」
「一向に冒険者として芽が出なくても、少しでもギルド長の役に立つんだって…
一生懸命頑張って…そんな、そんな優しい子なんですぅぅぅ…お~んおんおん…」
「「 (や、やりづらい…) 」」
泣き崩れるグラハム母に戸惑うオリーと衛兵。
「は、母上様にプレゼントと感謝の言葉をっ…」
「小生感動しているであります!」
「はぁはぁ、いや…プレゼント位皆あげてるんだな…」
「あ、あげてはおりますがグラハム氏ほど素直な気持ちは伝えられていませぬぞ」
「小生、見習わせて頂くのであります!」
別の涙を流すラインハルトとギルバート。
いや、感動はいいから母上様をどうにかしてあげないと…
ちょとグラハム、何とかしなさいよ
パンパンの紙袋を持った松本は複雑な表情をしている。
「あ、あのですねお母さん、グラハムさんが優しい方なのは私も知っていますよ?
でも私見ちゃったんですよ、グラハムさん達が少年を袋に詰めて連れて行くのを…」
「そ、そんなっ…きっと何かの間違いですぅぅ…お~んおんおんおん…」
「お母さんそんなに泣かないで…息子さんは今何処にいるんですか?」
「お~んおんおんおんおん…」
もはや衛兵の質問に答えられないグラハム母。
「はぁはぁ、ラインハルト氏、ギルバート氏、母上を宜しく頼むんだな」
「グラハム氏!? ま、待つのであります」
「はぁはぁ、これ以上…母上が悲しむのを見たくないんだな…」
「やめるのであります! 今出ればさらに母上を悲しませるのであります!」
「はぁはぁ、やったことは無かったことに出来ないんだな、
こうなった以上誰かが収める必要があるんだな、
マツモト氏が許してくれたとしても罪は消えないってことなんだな、きっと…」
「で、であれば拙者達も同罪、1人で行くことは許されませんな」
「「 我ら生まれた日は違えども、死す時は同じ日同じ時を願わん 」」
左手を腰に当て、右手を高く掲げるラインハルトとギルバート。
グラハムが首を振る。
「はぁはぁ、今呼ばれているのは吾輩だけなんだな、2人には吾輩の代わりに母上を支えて欲しいんだな。
母上には吾輩しかいないんだな」
「グ、グラハム氏…それは…」
「それは卑怯であります…そう言われては小生達…」
「はぁはぁ、ありがとうなんだな、行って来るんだな」
2人の肩を叩き、玄関に向かうグラハム。
「衛兵さんお待たせしたんだな、吾輩がグラハムなんだな」
「ター君!?」
「息子さん、なんで私達が来たか分かっていますね?」
「はいなんだな…」
「グラハムさん、間違いないんですね?」
「はいなんだな…」
「やったんだね? 間違いないね?」
「はいなんだな…」
「ちょっとター君!?」
なんか昔テレビで見た光景だな…
異世界版『密着警察24時』である。
いや『密着衛兵24時』である。
「あとの話は取調室で聞くから、いいね?」
「すみませんお母さん、グラハムさんを少しお借りします」
「行ってくるんだんだ母上」
「ター君…お~んおんおんおん…」
衛兵とオリーに連行されるグラハム、再び泣き崩れるグラハム母。
見てられんなまったく…真面目が過ぎるぞグラハムよ~
まぁそこがいいんだろうけど
「オリーさん、グラハムさんを連れて行かなくて大丈夫ですよ~。
お母さんも泣き止んでください、別にグラハムさんは悪いことはしてないですから」
「「「 マツモト氏!? 」」」
家から出て呼び止める松本、驚くラストリベリオン。
「マー君…本当?」
「本当です、誤解ですから、ね?」
「マー君…」
グラハム母の背中を擦る松本、オリーが首を傾げている。
「どうしたのマツモト君? なんでここにいるの?」
「その誘拐された子供が俺だからですよ、まぁ誘拐では無いんですけどね」
「どういうことかな少年?」
オリーと衛兵が引き返してきた。
「その誘拐犯は3人だったでしょオリーさん」
「そうねぇ」
「その3人はラストリベリオンのグラハムさん、ラインハルトさん、ギルバートさんです。
今日、俺が冒険者になるからサプライズでお祝いしてくれたんですよ、
ドーナツと饅頭もこんなに頂いちゃって」
紙袋を見せる松本、衛兵とオリーが覗き込んでいる。
「凄い沢山ねぇ~」
「美味しそうだねぇ~」
「1人じゃ食べきれないんで、お1つどうぞ」
「「 頂きます 」」
饅頭を食べる3人。
「それで? 結局どういうことなんだい少年? 旨っ…」
「何も問題なかったってことですよ衛兵さん、饅頭旨っ…」
「お騒がせねぇマツモト君、餡子旨っ…」
「まぁ暴れた俺が紛らわしかったのはありますけど、グラハムさんも真面目だから…
このこと他の人は知ってるんですかオリーさん? 旨っ…」
「いいえ、私と衛兵さんだけよ、饅頭旨っ…」
「それじゃ、問題は無かったみたいですし、この件はここまでということで
いいですかねオリーさん? 餡子旨っ…」
「そうみたいですね、お騒がせして申し訳ありませんでした、饅頭甘っ…」
饅頭を食べ終えた衛兵は帰って行った。
「まったく、サプライズはいいですけど、もう少し考えて下さいよ」
「「「「 すみませんでした 」」」」
「今後サプライズはやめて下さいね」
「「「「 すみませんでした 」」」」
オリーに平謝りのラストリベリオンと松本。
「マツモト君、紋章まだ買って無いのよね? 急がないと登録できるのは17時までよ」
「了解です」
「それじゃ私も帰りますから」
「「「「 はい~ 」」」」
オリーも帰っていた。
「もうター君、お母さん心配したでしょ? 紛らわしいことは辞めてね」
「はぁはぁ、今後は気を付けるんだな」
「お母さん疲れちゃったから先に家に入ってるわね」
「「「「 はい~ 」」」」
グラハム母は家に戻った。
「ちょとぉ~グラハムさん、真面目なのはいいことですけど、時と場合を考えて下さいよ~」
「はぁはぁ、すまないんだな、ありがとうなんだな」
「ギルバートさんもラインハルトさんも、今回の件は終わったんですから気を付けて下さいね」
「いやぁ~、小生達、真面目が取り柄でありますから」
「それは生真面目っていうんですよ、融通が利かないと欠点になるんですから」
「い、いやはや、耳が痛いですな…」
「かたじけないであります…」
「はぁはぁ、気を付けるんだな…」
子供に怒られるラストリベリオン。
「はぁはぁ、マツモト氏は本当に冒険者になるんだな?」
「えぇ、今から持って来た物を売って紋章代を稼いで来ないといけませんけどね」
「困ったことがあれば小生達が手助けするのであります!」
「ま、まぁ余り役には立たないかもしれないですぞ!」
「はぁはぁ、なにせ吾輩達、マツモト氏と同じDランクなんだな、余り期待しちゃいけないんだな!」
『 あははははは! 』
笑う一同、ラストリベリオンの付き物も落ちたようだ。
「それじゃ俺行きますから、その時はヨロシクお願いします」
「「「 はい~ 」」」
冒険者への夢と希望、紙袋のドーナツと饅頭を抱え松本は行く。




