132話目【ラストリベリオン 2】
ウルダの南門、1台の馬車が止まっている。
「…来ないねぇ、ってことは上手くいったってことでいいのかな?
それじゃ頑張ってねマツモト君、ポニ姉そろそろ行こうか」
ジョナが声を掛けると煌びやかなポニコーンが歩き出し、馬車はポッポ村へ向けて旅立った。
一方その頃、
『大地のグラハム』の部屋で5つ目のドーナツに手を伸ばす松本。
「マ、マツモト氏、…今なんと?」
「だから、俺はカルニさんの子供じゃありません!」
「…いやしかし…『金獅子バトー』氏とカルニ神との愛の子ではないのでありますか?」
ラインハルトに続き、泣き止んだギルバートが尋ねる。
「違いますよ、髪の色も2人とは違うでしょ、
バトーさんは金、カルニさんは緑、俺は黒ですよ?」
ドーナツを持っていない左手で髪を指さす松本。
「い、いやまぁ…確かに、変ではありますな?」
「ラインハルト氏、何を言っているのでありますか?
小生は父上とは同じ色でありますがますが、母上とは異なるであります。
別に親子で髪の色が異なっていても変では無いと思うであります」
「拙者は父上、母上共に同じ色ですぞ? なんなら毛質も同じですぞ?」
「はぁはぁ、ラインハルト氏、多分それは優性遺伝子と劣性遺伝子の関係なんだな、
バトー氏とカルニ神が黒髪の遺伝子を持っていれば、マツモト氏が黒髪になる可能性はあるんだな」
「おお! 流石はグラハム氏、博識であります!」
「む、難しい話はさておき、その聡明かつ冷静な解釈、せ、拙者、感服致しましたぞ!」
「はぁはぁ、照れるんだな、興味があれば今度説明するんだな」
『優性遺伝子と劣性遺伝子』
※非常に適当な説明です、真に受けないで下さい。
子供の遺伝子(染色体)は、父親の遺伝子の半分と、母親の遺伝子の半分を受け継ぎ、1つに纏めたモノである。
受け継いだ2つの遺伝子のうち、どちらか一方の特徴が体現する。
体現する側を『優勢遺伝子』、受け継いだが体現しない側を『劣性遺伝子』と呼ぶ。
もし、バトーが両親から受け継いだ遺伝子が(金、黒)だった場合は、
実際のバトーは金髪が体現しているので、金が優勢遺伝子、黒が劣性遺伝子となる。
今回、金髪のバトーと緑髪のカルニから、黒髪の松本が生まれる為には
バトー(金、黒)、カルニ(緑、黒)である必要があり、
更に、バトーとカルニから双方の劣性遺伝子(黒、黒)を受け継いだ場合のみ可能となる。
しかし! 松本はバトーとカルニの子供では無いため、この説明は無意味である!
良かれと思って髪の色を引っ張り出したが
余計にややこしくなりそうだな…
「まあ、髪の色は横に置いて頂いて、俺はカルニさんの子供ではありませんから」
「では、バトー氏の子供でありますか?」
「え? バトーさん? 違いますけど、俺の両親はいませんよ。
バトーさんとカルニさんは、親子でも兄弟でも親戚でも無く知人ですよ。
凄く良くして頂いている知人…ん?」
正座し膝の上の拳を見つめプルプル震えるラストリベリオン。
「…り、両親が…いないとは…せ、拙者達は…なんと自分勝手な思いで…」
「はぁはぁ…カルニ神に直接確認する勇気が…いや、これもいい訳なんだな…」
「…年端も行かぬ少年を…うぐっ、誘拐…薬などという卑劣な行いを…」
松本に向き直すラストリベリオン。
「「「 本当に申し訳ありませんでした! 」」」
「せ、拙者、どんな罰でも受ける所存!」
「はぁはぁ、本当にすまなかったんだな、許して欲しいなんて言わないんだんな!」
「小生、うぐぅっ…自分の愚かさが、うっ…許せないであります!
厳罰を、ぅぅ…厳罰を所望するのであります!」
額を床に叩きつけたまま離さず、海よりも深い土下座。
ギルバートのすすり泣く声だけが聞こえる。
なんなんだぁこの人達は?
誘拐されたと思ったら、この有様…
一向にドーナツとオレンジジュースに手を付けないし
なんだかなぁ…真面目な人達なんだろろうなぁ…
「顔を上げて下さい、俺は許します、罰は必要ありません」
「マ、マツモト氏…それでは拙者達の気が…」
「俺の気は済んだのでもういいですよ」
「はぁはぁ、勘違いとは言えトラウマを植え付けてしまったんだな…」
「小生、自分を許すことが出来ないであります…」
一向に顔を上げないラストリベリオン。
「これ位でトラウマになるほど繊細じゃないですよ、起きてドーナツ食べて下さい。
ギルバートさんも、自分が許せない事を他人の俺が許せるはずないでしょ。
それはギルバートさん自身で解決して貰わないと、俺にはどうしようもないですよ?」
「…マ、マツモト氏、なんと懐の深い…拙者、今、か、感動の極みにおりますぞ!」
「な、なんと!? 小生は、自信のやりきれない気持ちを…
マツモト氏に押し付けていたのでありますか?
た、確かに許すと言われた以上、これは小生の…
小生がケリを付けなければならない問題…」
床に向かって喋るラインハルトとギルバート、顔を上げたグラハムが2人を諭す。
「はぁはぁ、マツモト氏は、なんだか吾輩達より大人な感じがするんだな、
ギルバート氏、ラインハルト氏、これ以上はマツモト氏の迷惑になるんだな、
お言葉に甘えてドーナツ食べるんだな」
「「 かたじけない! 」」
座り直し、ドーナツを齧る一同。
「ところで、そもそもなんで俺がカルニさんの子供だと思ったんですか?
ていうか、なんでカルニシン? カルニチンの間違いじゃなくて?」
※皆さんお忘れだと思いますが、カルニの正式名称は『カルニチン』
乙女カルニは、呼称に『チン』が着くのを嫌っており、
幼少期から自身で『カルニ』と名乗っている。
努力の甲斐なく、現在27歳独身、絶賛恋人募集中。
日々仕事と責務に追われる悲しき乙女である。
「マツモト氏、カルニチンでは無く、カルニ神であります。
麗しき才女であらせられるカルニギルド長を讃え、
小生達は名前の後に『神』の敬称をつけ、カルニ神と呼ばせて頂いているのであります」
いや、敬称だったんかい!
てっきりカルニチンの聞き違いかと思った…
「カ、カルニ神は優れた冒険者であり魔法使い、若くしてギルド長に就任した才女。
う、麗しき美貌の持ち主であり、拙者達のような日陰者にも変わらぬ慈悲を与えて下さる、
ま、まさに女神ですぞ!」
「はぁはぁ、まぁ唯一の欠点は胸が小さいことなんだな」
「グラハム氏、またそのようなことを…別に小さくてもカルニ神の偉大さは変わらないのであります。
そもそも胸が大きければ大きい程良いというのは、なんとも低俗であります」
「はぁはぁ、別にカルニ神を悪く言ったつもりは無いんだな、カルニ神は偉大なんだな。
まぁでも胸は大きい方が異性として魅力的であることは揺るがない真実なんだな」
「い、いや大きすぎると当人達は大変と聞きますぞ、かと言って無いよりはあった方がよいですな、
せ、拙者としては、やはり程よいバランスを推奨せざるを得ませんな!」
「程よいバランスと言われましても、定義が広すぎてなんとも…
ここはやはり、カルニ神にならい、小さきを讃えるべきと小生は考えるであります」
ドーナツを置き、視線を交わすすラストリベリオン。
先程より早口で喋り出す。
「はぁはぁ、人間が得る情報は視覚からの情報が8割なんだな、
初対面では、必然的に内面を知るより先に外観を見るんだな、
はぁはぁ、そのことを踏まえるなら、胸は大きい方が有利、つまり正しいんだな」
「そ、総合的なバランスを考えるべきですな、む、胸単体ではなく体全体のシルエットを考慮してですな」
「いやいや、個人の魅力は胸の大きさに比例しないのであります、
その最たる例がカルニ神であります、小さきは正義であります」
火花を散らすラストリベリオン。
「はぁはぁ、ここでカルニ神を引き合いに出すのはズルいんだな!」
「しかし事実は事実であります!」
「お、同じ志を持つ同士として、カルニ神の名を盾にすることは看過できませんぞ!」
一斉に立ち上がるラストリベリオン。
「はぁはぁ、ここから先は戦争なんだな!」
「望むところであります!」
「ひ、引くわけにはいきませんな!」
「「「 はぁぁぁぁ! 」」」
テーブルを囲いOPIフィールドを展開するラストリベリオン。
「あの~胸の好みは人それぞれでいいですから、話を進めて貰ってもいいですか?」
「「「 …もうしわけない 」」」
少年に諭され再び席に着いた。
「え~…あ~つまり、3人はカルニさんのファンってことでいいんですかね? カルニ軍団みたいな」
※カルニ軍団とは、カルニを姉さんと慕う4人の弟子、
『エリス』『シグネ』『オリー』『ステラ』の事である。
全員女性、全員魔法使いの為、周りからカルニ運団と呼ばれている。
本人達が名乗っているわけでは無い。
全員カルニより胸が大きい。というかカルニが小さい。
「はぁはぁ、カルニ軍団とはちょっと違うんだな」
「カルニ軍団は純粋にカルニ神に憧れ、目指す者達であります。
一方、小生達は憧れでは無く尊敬、カルニ神のようになりたいわけでは無く、
日の当たる第一線で輝く彼女を影ながら応援し、支える者であります」
「はぁ…よく分かりませんが?」
「カ、カルニ軍団は冒険者として順当にランクを上げておりますし、
容姿も整っており人並みに人気がありますな、いわゆる日向者ですぞ。
一方、せ、拙者達は10年以上続けておりますが、未だDランク。
よ、容姿も見ての通りで、お政治にも良いとは言えないですな、自他共に認める日陰者ですぞ。
ようするに、立ち位置と目指す場所が違うということですな」
自分達が日陰者であるというが、卑屈者ではないラストリベリオン。
「はぁはぁ、実は吾輩達はカルニ神と同世代なんだんな」
「そうなんですか?」
「カルニ神は現在27歳でありますが、ギルド長に就任したのは21歳の時であります。
15歳でAランクに昇級し、ミーシャ氏やルドルフ氏と共に活躍した実力者でありましたが、
ギルド長に就任したての頃は周りからの反発が無かった訳ではないのであります」
「い、今でこそ名の知れたギルド長でありますが、
そ、そこに至るまでに、人知れぬ努力と苦労があったというわけですな」
「はぁはぁ、容姿が悪くランクも上がらない吾輩達は貶さる事も多かったんだな。
伸びしろも無いし冒険者を辞めようとも考えたんだな」
「3人で話し合い引退の手続きをしにギルドへ向かったのですが、
小生達よりも大変な筈のカルニ神が頑張っている姿を見て、考えを改めたのであります。
それからというもの微力ではありますが、陰ながら応援しているのであります」
「ま、まぁ拙者達、特に優れているわけでは無いため、た、大した助力にはなっておりませんが」
苦笑しながら2つ目のドーナツにてを伸ばすラインハルト。
「主にどんな事をしてるんですか?」
「ひ、人知れずギルド内の花瓶の花を入れ替えたりですな」
「はぁはぁ、人知れず掃除したりしてるんだんな」
「ギルド内の備品を人知れず修理したり、少額ですが募金をしたりしているのであります」
「なるほど」
う~ん、これは縁の下の力持ち
「俺をカルニさんの子供と勘違いしたのは?」
「はぁはぁ、今回の一件、もとはと言えば吾輩の憶測が原因なんだな。
順を追って説明するんだな」
「お願いします」
「最初のきっかけは前回のウルダ祭なんだんだ、
ヒヨコ杯の後にマツモト氏とカルニ神が一緒に歩いるのを見かけたんだな。
夕日に照らされて歩く2人を見て親子かと思ったんだな」
「そんなことあったかな?」
「はぁはぁ、あったんだな、そのあと酒場に入って行って、
え~と、バトー氏、ミーシャ氏、ルドルフ氏と一緒に食事してたんだな」
「あぁ~」
ミーシャさんとルドルフさんに魔族の襲撃について聞かれた時だ
※51話目にて、カルニと一緒に歩いていたのは50話目の最後である。
「ミーシャ氏、ルドルフ氏は今やSランク冒険者でありますが、元々は小生達と同じウルダの冒険者。
一方、バトー氏は途中で引退したとはいえ伝説的な御仁。
カルニ神と3人は共に活躍した仲でありますし、
久しぶりの再会で食事するのは当然の流れであります」
「そ、そのような御仁達が肩をならべる席は、
拙者達のような、ひ、日陰者からすれば近付くことなど出来ぬ聖域ですぞ」
「はぁはぁ、そんな中に冒険者でもない少年が混じっているのは変なんだな。
全員30歳前後であることを踏まえると、誰かの子供と考える方か自然なんだんだな」
た、確かにぃぃぃ!
その豪華メンバーの中で俺の異物感たるや!
年齢差的に子供に見られる方が自然んんん!
年齢を整理してみよう。
ミーシャ、34歳
バトー、31歳
ルドルフ、28歳
カルニ、27歳
松本、8歳 ← コイツが紛らわしい諸悪の根源
「ケロべロス杯では、マツモト氏はルドルフ氏と一緒にカルニ神の補佐をしていたのであります」
「はぁはぁ、その後の巨大モギ討伐にマツモト氏が参加したとの噂を聞いたんだんな、
ウルダの冒険者総出で追い払った巨大モギに挑む、カルニ神、ミーシャ氏、ルドルフ氏、バトー氏。
そんな中にマツモト氏が混じるなんてありえないんだな。
マツモト氏とバトー氏と同郷、吾輩はマツモト氏がバトー氏と所縁があるために
噂が混同されたんだと考えたんだな」
松本が巨大モギ討伐に参加したのは本当だが、どう考えてもあり得ないので殆どの人は信じていない。
「カ、カルニ神が21歳くらいの頃は実に太ましく、
と、当時はギルド長の重責によるストレスだと考えておりましが、
マツモト氏の年齢を7歳前後と仮定すると…」
「はぁはぁ、太ってたんじゃなくて妊娠だったんじゃないかと考えたんだな」
「生まれた子供が俺で、バトーさんが育てて、カルニさんに合わせに来たと?
まぁ、時期的には合いますけど、ちょっと強引じゃないですか?」
当時カルニが太ましかったのは、ストレスによる暴飲暴食である。
妊婦と間違われる程の単なる肥満である。
「確かに強引ではあったのですが、疑惑を深める出来事があったのであります。
小生、ギルドの売店裏の部屋にカルニ神とバトー氏とマツモト氏が入って行くのを見たのであります」
※65話目【仕事中のカルニ】にて
「あ、あの部屋は普段、冒険者が入る事はありませんので、てっきり親子水入らずの再会ではと思ったのですな」
「あぁ~ありましたね、身に覚えがあります」
「今日、マツモト氏が現れて、再びカルニ神と共に奥の部屋に入って行くのを見たのであります。
衝撃を受けた小生は急ぎグラハム氏とラインハルト氏を呼びに行ったのであります」
「はぁはぁ、笑いながら部屋から出てきたカルニ神とマツモト氏を見て、憶測が確信に変わったんだな」
なるほどな…話の筋は通っている、のか?
「それなら誘拐なんてしないで、その場で聞けばよかったんじゃないですか?」
「ま、まぁそれが一番良いことは拙者達の分かっておりましたぞ」
「はぁはぁ、ただ吾輩達ってこの見た目なんだな」
「いきなり知らない子供に声を掛け、その上『隠し子ですか?』なんて聞けないであります」
まぁ…確かに…
事案だな…
「はぁはぁ、今回マツモト氏がカルニ神の子供だった場合は、吾輩達も身を引く予定だったんだな」
「婚約者と子供がいるとなれば、小生達が周りをうろつく訳にはいかないのであります」
「で、でもこれで暫くは冒険者を続けられますな、グラハム氏、ギルバート氏、よ、宜しく頼みますぞ!」
「はぁはぁ、こちらこそなんだな」
「引き続き、一緒にカルニ神をお支えするのであります!」
拳を合わせ、いい顔をするラストリベリオン。
今回の松本は完全に巻き込み事故である。
「あの~この壁の写真ってもしかして?」
「はぁはぁ、全部カルニ神なんだな、頑張って集めたんだな」
「これがギルド長なりたての頃の太ましいカルニ神であります」
今より若く、太いカルニを指さすギルバート。
「こ、これはウルダ祭の時のカルニ神ですぞ」
「可愛いですねぇ~何歳くらいですか?」
「はぁはぁ、多分10歳くらいなんだんな、横に映ってるのはバトー氏、ミーシャ氏、ルドルフ氏なんだな」
「何ですかこのゴツイ子供は…何歳ですかこれ?」
集合写真に身長の高い青年と金髪の少年が映っている。
少年とは思えないゴツさである。
「多分ミーシャ氏は17歳、バトー氏は14歳、ルドルフ氏は11歳であります」
ミーシャは分かるとして…
バトー…これが14歳か…絶対強い
ルドルフは可愛い
「この端で見切れてるのって、ラインハルトさん達ですか?」
「はぁはぁ、そうなんだな、よく分かったんだんだな」
そりゃわかりますとも、だって濃いんだもの…
写真の端で、痩せた癖毛の出っ歯、太った坊主頭、身長の低い澄んだ瞳が見切れていた。




