131話目【ラストリベリオン 1】
カルニと別れギルドから出て来た松本、
掲示板に群がっていた冒険者は3人まで減り、依頼書も数枚を残す程度である。
カルニさんと話してる間に随分減ったな
朝来ないと美味しい依頼は受けられないってことか
人と依頼が少なくなった掲示板の横で背伸びをしていると
荷物を持ったジョナやって来た。
「おはようマツモト君、随分伸びてるね」
「んん~っふぅ…おはようございますジョナさん」
「今からカルニギルド長にお土産渡すところ?」
「いえ、お土産はさっき渡しました、これから貝殻売りに行くところです」
「そう、僕は今から買出し、昼にはウルダを出る予定だから、
もし上手く軍資金が手に入らない場合は昼までなら一緒に帰れるよ」
「もしかしてわざわざ伝えに来てくれたんですか?」
「まぁね、たまたま見かけたから声掛けとこうと思って」
「たまたまじゃないですか」
「あはは、それじゃ頑張ってね~もしもの時は南門だよ~」
「ありがとうございました~」
ひらひらと手を振りジョナは商業区へ歩いて行った。
「制限時間は昼までか、どーれ俺も貝殻取りに行きますかねぇ~」
もう一度背伸びをして宿屋に歩き出す松本。
背後から3人の冒険者が飛び掛かった。
「…い、今であります! 小生が押えているうちに…」
な、なんだぁぁぁ!?
誰だこの人!?
だ、誰かぁぁ助けてぇぇぇ!
「むぐぅー!」
「やっぱり拙者ちょと気が引けますな…」
「はぁはぁ、縛れたんだな…取りあえず、吾輩の家に…」
「む、むぐぐぐうー!」
「ほぁあ!? 凄く暴れるのであります!」
口にテープを張られ、目隠しをされ、挙句の果てにロープで手足を拘束された松本。
ビクンビクンと飛び跳ね抵抗する松本に手こずる男達。
「は、早く袋に…グ、グラハム氏、足を」
「はぁはぁ、了解なんだな」
「むむむぐぐぐぅぅぅー!」
「ひやぁ!? 手に負えないのあります、ネムレ草を使うのであります!」
「む!? ぐぅ…」
「はぁはぁ…凄い少年なんだな」
「は、早く人目に付かない内に運びますぞ」
薬の染み込んだ布を当てられ大人しくなった松本、
袋に詰められ男達に運ばれていった。
…う…う~ん…っは!?
真っ暗…いや、隙間から光が見える
目隠しされてるのか
痛みは無い、怪我はなさそうだな
座っていて、手足は…くそっ縛られてる
幸い口は塞がれていないが…
探れる情報は音だけか…
耳に集中し必死に情報を探る松本。
微かに人の声が聞こえるな
これは…笑い声、子供か?
いや、大人の声も聞こえる…街中か?
どれくらい眠っていたか分からないが、俺はまだウルダにいるのか?
分からないな…現在位置も、犯人の目的も…
街の外から来た俺を狙ったってことは
子供を狙う人さらいの可能性が一番高いが…っは!?
男達の話声と足音が近づいてくる、
「…そろそろ起きる筈なんだな…」
「…何とか話をするのであります…」
「…す、素直に話してくれないと、大変なことに、な、なりますぞ…」
松本の首筋を汗が伝う。
来た…来ちゃった…
あばばばばば…
やばばばいばばいばいばい…
え? 大変なことって何!?
もしかして拷問とかされちゃう?
ムリィィィィ!?
そういうのはもっと重要な国家機密知ってる人とかにしてぇぇぇ!
あ、そういや俺、魔族に関する秘密とか持ってたな…
いやぁぁぁぁぁぁぁ!
扉が開き、男達が部屋に入って来た。
見えはしないが気配が近付いたのが分かった。
「グラハム氏、少年はどうでありますか?」
「はぁはぁ、まだ起きてないみたいなんだな」
「ギ、ギルバート氏、ネムレ草の量が多すぎたのでは?」
「ちゃんと子供に配慮して使ったのであります」
「はぁはぁ、自然に起きるまで待つしかないんだな」
「グ、グラハム氏、座わってもよいですかな?」
「はぁはぁ、自由にくつろいで欲しいんだな」
「かたじけないであります!」
「そ、それでは、失敬して」
えぇ…なんかくつろぎ始めたんですけど…
ど、どうしたらいいのこれ?
逃げられないんですけどぉぉぉ!?
とっととロープ焼き切って逃げればよかったぁぁぁ!
そう、目覚めた時に火魔法でロープを焼き切れば逃げられたのである。
まぁ、状況が分からない状態で行動するのはリスクが大きい訳で、
後先考えない人であれば逃げられたのだが、精神面がオッサンの松本は躊躇して状況が悪化したのだ。
こういう時の選択って難しいですよね。
「グラハム氏、ラインハルト氏、少年が目覚めたらどうするでありますか?」
「む、難しいですな…これって、ゆ、誘拐なわけで…れ、れっきとした犯罪な訳でありますし…」
「はぁはぁ、そもそも話を聞いてくれるかも分からないんだな…」
「少年には悪いことをしたのであります…」
「き、きっとトラウマになっていますぞ…」
「はぁあぁ、吾輩達、やってはいけないことをやってしまったんだな…」
「「「 はぁ… 」」」
ため息をつく男達。
…なんか様子が変だな
取りあえず…拷問はなさそうか?
「あ、謝るしかないですな」
「はぁはぁ、謝って許して貰えるか分からないんだな」
「少年が起きたら、小生、全力で土下座するのであります!」
「拙者も」
「はぁはぁ、吾輩も」
松本には見えていないが、男達は正座で向き合い肩を落としている。
どうやら自分達の行いに猛省しているらしい。
「…取りあえず、自由にして貰ってもいいですか?」
「「「 あひゅわぁっ!? 」」」
「しししょ少年、起きていたのでありまままままm」
「あ、ああのあの、ああのあああああの拙者たたt」
「はぁはぁ、っはぁはぁ、っはぁはぁっはッはッは…」
動揺して後退りする男達、1人は過呼吸気味である。
「っはっはっっは…かはっ!?」
「グラハム氏ィィィ!? 大丈夫でありますかぁぁぁ!?」
「な、何か袋、ギルバート氏袋を! グラハム氏ィィィ!」
「了解あります!」
1人は過呼吸で倒れ、1人は介護し、1人は大慌てで部屋から飛び出していった。
えぇぇぇ!?
ななななにが起こってるの!?
誰か大変なことになってるっぽいんですけど!?
大丈夫なのこれぇぇぇ!?
「どうしたのムー君? そんなに慌てて…え? 袋? あるけど…」
「かたじけないであります!」
「後でオヤツあるから、ター君に取りくるように伝えてね~」
「了解であります!」
女性とのやり取りの後、ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえる。
「ラインハルト氏、持って来たあいえぇぇ!?」
「ギルバート氏ィィ!?」
「あだだだ…」
「ギルバート氏、だ、大丈夫ですかな!? 血が出てますぞ!?」
「だ、大丈夫であります…それより袋、グラハム氏をぉ…」
「そ、その雄姿、確かに受け取りましたぞ! 甦れグラハム氏ィィィ!」
袋を受け取った男は、過呼吸の男の口に当てる。
袋を持って来た男は床にうずくまり頭の傷を回復している。
おぃぃぃぃ!?
誰か流血してんじゃねぇかぁぁぁ!?
本当に大丈夫なのこれぇぇ!?
「っはっはっは、っはぁっはぁ…は~」
「おぉ!? おおお! 呼吸が落ち着きましたな」
「グラハム氏、大丈夫でありますか?」
「…ラインハルト氏、ギルバート氏、はぁはぁ、た、助かったんだな」
「し、心配しましたぞグラハム氏~、これもギルバート氏の我が身を顧みぬ、い、一騎駆あってこそ、
傷を負いながらもグラハム氏を救おうとした雄姿、せ、拙者、感動しましたぞ!」
「いえいえ、小生など只の使い走り、
袋を探せとの的確な指示がなくては取り乱すだけの愚か者でありました。
グラハム氏、感謝をするならラインハルト氏に」
「はぁはぁ、吾輩はラインハルト氏、ギルバート氏、双方に心から感謝するんだな」
立ち上がり向き合う男達、
左手を腰に当て、右手を高く掲げる。
「「「 (わ、)我ら生まれた日は違えども、(し、)死す時は同じ日同じ時を願わん! 」」」
…急に桃園の誓い?
え? 三国志なの?
「いや~よ、よかったですな!」
「大事にならなくて良かったのであります!」
「はぁはぁ、生きてるって素晴らしいんだな!」
「あ、そういえばグラハム氏、母上殿よりオヤツを取りに来るようにとの伝言であります」
「ちょっと取ってくるんだな、はぁはぁ、2人はゆっくりしてて欲しいんだな」
「それでは、お、お言葉に甘えますぞ」
「了解であります!」
「あの~俺の分も頂いてもいいですか? なんか話かあるみたいですし」
「「「 あひゅわぁっ!? 」」」
松本の声に心臓が飛び出る男達。
「っはっはっっは…かはっ!?」
「「 グラハム氏ィィィ!? 」」
おぃぃぃ!?
なんかまた大変なことになってるじゃねぇかぁぁぁ!?
なんで俺のこと忘れてんだ、いい加減にしろぉぉぉ!
再び過呼吸になった男は、献身的な介護で無事復活した。
当然、目隠しをされているので、ここまでのやり取りは松本には見えていない。
拘束を解かれ、目隠しを外された松本、
椅子に腰かける松本の前に、申し訳なさそうに下を向いた男が3人正座している。
松本から見て左から順に
痩せており、頭髪はモジャモジャの癖毛、丸い眼鏡に出っ歯の男。
ポッチャリ、髪型は狩りあげツーブロック、澄んだ瞳、ケツ顎、綺麗に剃られた青髭の男。
かなり太っており、坊主頭、息切れ気味で冬なのに汗を掻いている男。
こ、濃いなぁ…キャラが誰一人被ってない…
それにこの部屋…凄いな…
誰だあの女の人? 見覚えがあるような? ないような?
壁一面に大小様々の額に入った写真が飾られている。
被写体は同一人物と思われる緑髪の女性。
「こ、これ、オヤツのドーナツであります…」
左から、痩せた眼鏡の男が非常に申し訳なさそうに皿に乗ったドーナツを差し出す。
「はぁはぁ、お、オレンジ…ジューズもあるんだな…」
同じく右から、太った坊主頭の男がオレンジジュースを差し出す。
「ど、どうも…」
受け取り横にある低いテーブルに置く松本。
椅子とテーブルの高さが明らかに合っていない、
全員靴を履いていないため、この部屋は床に座る生活スタイルらしい。
椅子は松本を縛るために下から持って来たようだ。
誰もドーナツに手を付けず、気まずい時間が流れる。
中央に座るポッチャリ青髭の男が少しだけ前に出て座り直した。
「し、失敬、貴殿はマツモト氏で、…ま、間違いないですかな?」
「そうですけど…」
なんで俺の名前知ってるんだ?
「マ、マツモト氏! こ、今回の一件は全て拙者の責任!
この2人は拙者がそそのかしただけゆえ、え、衛兵に突き出すなら拙者を!」
床に頭を叩きつけ懇願するポッチャリ男。
「な、なにを!? 違うのであります!
マツモト氏に話を聞こうと言い出したのは小生であります! 小生が悪いのであります!」
「はぁはぁ、違うんだな! 元はと言えば吾輩の憶測が原因なんだな!
2人は悪くないんだな! 吾輩を突き出して欲しいんだな!」
続けて頭を打ち付ける左右の男達。
痩せた眼鏡の男に至っては泣いている。
な、なんだこの展開…
誘拐されたと思ったらオヤツ貰って
尋常じゃない勢いて謝られてるんだけど…
しかも互いを庇い合ってるし…
これ、誰を突き出しても皆自首するだろ
桃園の誓いだしな…
「あの~取りあえず、ドーナツ食べながら話を聞きましょうか」
「「「 はぃぃぃ仰せのままにいぃぃ! 」」」
低い丸テーブルを移動し、囲む一同。
高さが違って食べずらいので松本も椅子を降りた。
「俺はポッポ村の松本ですけど、貴方達は誰なんですか? ドーナツ美味しっ」
チョコレートの掛かったドーナツを堪能しながら質問する松本。
最初に正面に正座する、ポッチャリ青髭が名乗り出た。
「せ、拙者は『雷鳴のラインハルト』ですな、こ、この2人と『ラストリベリオン』という名のチームで
か、活動しているDランク冒険者ですぞ」
次に右の、太った坊主頭が名乗り出た。
「はぁはぁ、吾輩は『大地のグラハム』、同じくDランク冒険者なんだな」
最後に左の、痩せた出っ歯眼鏡。
「小生は『疾風のギルバート』であります! 同じくDランク冒険者であります!」
…無駄に名前がカッコいい
ラストリベリオンって…尖ってんなぁ
そして再び訪れる沈黙、松本以外誰もドーナツに手を付けようとしない。
「それで、なんで俺を誘拐したんで…」
松本の質問を遮り、コンコンとドアがノックされる。
「ター君、オヤツのお代わりいる? 新しいお友達もいるんでしょ?
出来たらお母さんにも紹介して欲しいんだけど…」
「はぁはぁ、ちょっと失礼するんだな」
立ち上がり扉の向こうに消える『大地のグラハム』。
「…母上、今ちょっと大切な話の最中なんだな…」
「…あらそうなの? ごめんなさいね、それじゃター君これ持っていってもらえる?…」
「…ありがとうなんだな、皆喜ぶんだな…」
ドーナツが沢山積まれた皿を持ち帰り、再び正座する『大地のグラハム』
テーブルの中央にドーナツの山が出現した。
「はぁはぁ、こ、これ…よかったら食べて欲しいんだな」
「あ、ありがとうございます…あの…ター君とは? ドーナツ美味しっ」
追加のドーナツを齧る松本。
「はぁはぁ、吾輩の事なんだな、吾輩の本名はタタンなんだな
『大地のグラハム』は冒険者としての名前なんだな」
「なるほど…」
タタン…
「せ、拙者の本名はモッチですな」
「小生はの本名はムンタであります」
モッチ…ムンタ…
え~と?
つまり、纏めると
・ポッチャリ青髭 =モッチ(本名)=『雷鳴のラインハルト』 28歳独身。
・太った坊主頭 =タタン(本名)=『大地のグラハム』 26歳独身。
・痩せた出っ歯眼鏡=ムンタ(本名)=『疾風のギルバート』 25歳独身。
である。
「話を戻しますけど、なんで俺を誘拐したんですか?」
「それは…どうしても確認したいことがあったのであります…」
「俺にですか? わざわざ誘拐されるほどの秘密は無いと思いますけど?
何を聞きたいんですか?」
質問できるというのに何故か沈黙のラストリベリオン。
「? ムンタさん?」
「あ、マツモト氏、小生を呼ぶ際は『ギルバート』と呼んで欲しいであります」
そこ拘りがあるんだ…
「ギルバートさん、俺に何を聞きたいんですか?」
「っく…」
目を強く閉じ、俯き肩を震わせるギルバート。
「あの~ギルバートさん?」
「くぅぅ…」
「…ムンタさん?」
「あ、マツモト氏、何卒ギルバートで」
何だコイツ?
「グラハムさん?」
「はぁはぁ、吾輩は…怖くて…ちょっと聞けないんだな…」
俯くグラハム。
「怖いって、いったい何が?」
「マ、マツモト氏…せ、拙者が…拙者が質問しますぞ!」
「な、なにを!? ラインハルト氏! それは…」
「ギルバート氏! はぁはぁ、止めちゃいけないんだな! いつかはハッキリさせないといけないんだな!
それに、吾輩達がふがいないからラインハルト氏が…はぁはぁ、吾輩達に止める資格なんて無いんだな!」
「小生だって分かっているのであります! でも…どうしても怖いのであります!」
「ギ、ギルバート氏、何時かはその時が来ると、わ、分かっている筈ですぞ!
ね、年齢を考えれば、とうの昔に訪れていても不思議では…」
「分かっているのであります! 小生、この道を進むと心に決めた時から、覚悟を決めているのであります!
何が最善かも、しかと心得ているのでありますぅぅ!
それでも…怖くて仕方ない、うぐっ…のは、うぐぅふぅっ…小生の心が未熟…っぅぅ…だからで…ます…」
唇を噛みし肩を震わせるギルバート、グラハムは俯き膝の上に置かれた拳を見つめている。
えぇ…成人男性を本気で泣かせるほどの恐怖が俺に!?
俺の秘密って言ったら、パン、魔族、獣人の里…あと知らない文字が読めるくらい…
どれもこの人達に繋がらないんだけどぉぉぉ?
「ギ、ギルバート氏、グラハム氏、行きますぞ…」
「ひぃっ…」
「…」
来るのか!? ついに来るのか!?
身構えるギルバートとグラハム、そして松本。
「け、今朝までは只の憶測…し、しかし、貴殿のギルド内での一連の行動、
そ、そして子供とは思えぬ異常な力…正直、い、今では間違いないと確信がある…」
「うぐっ…ぅぅ…」
「…」
小さく頷くギルバートとラインハルト。
「マ、マツモト氏…貴殿は…カ、カルニ神の隠し子ですな!」
松本に電流走るっ!
「カ、カルニシンとは?」
ラストリベリオンに電流走るっ!
「ウ、ウルダのギルド長…カ、カルニギルド長のことですぞぉぉ!!」
目を見開き、吐血せんばかりの魂の叫び…
再び、松本に電流走るっ!
「なるほどなるほど…よく分かりました…
俺は、カルニさんの、子供では、ありませんんん!!!」
目を見開き、ドーナツをモチャモチャする松本、
再び、ラストリベリオンに電流走るっ!
「「「 …え? 」」」
「ドーナツ美味しいっ」
松本、本日4つ目のドーナツを、完食!!!!




