表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/304

130話目【ハムバターサンド】

チーズフォンデュの翌朝、時刻は8時過ぎ。

ギルドの入り口の横に設置された掲示板に冒険者が群がっている。


「なんかいいヤツあった?」

「これなんてどう? モギ肉を納品すれば10ゴールド!」

「はぁ…報酬はいいけど、そうそうモギなんている訳ないでしょ…」

「俺達駆け出しだぜ? どっちにしろ倒せないっての」

「それじゃこれは? 大ネズミ退治、報酬は2ゴールド!」

「2ゴールドかぁ、まぁ悪くないんじゃない?」

「畑を荒らすネズミ退治ねぇ、3人ならなんとかなりそうだし、これにしようぜ!」

「んじゃ、受け付けにいきますかー!」

「「 はい~ 」」


10代くらいの男女3人組が掲示板の依頼書を剥がしてギルドに入って行く。



へぇ~あんな感じで依頼を受けるのか

剣と盾と杖、防具は特に着て無いし、いかにも駆け出しって感じだな

いや~キラキラしてて眩しい、いいなぁ…なんか学生時代とか思い出すなぁ…



若さに目を細める松本、運動会の保護者みたいな顔をしている。



朝のギルドは活気があるなぁ

カルニさん忙しいかもな…



「おじゃましま~す…おわっ!?」


オズオズとギルドに入る松本、

ギルド内には多くの冒険者が集まっており活気に満ちていた。


「ムーンベアー討伐があるぞ」

「この間痛い目見たからなぁ…どうするよ?」

「今回はコカトリスにしといたら? それかワイルドワイドボア」

「どっちも油断できないからなぁ…」


装備の整った冒険者が壁に設置された掲示板の前で依頼を確認している。


「すみませーん、ハムバターサンド2つとサラダ1つ!」

「は~い!」

「蜂蜜酒と串焼きも2人前追加でー!」

「は~い!」


2階のテーブル席から手を振り、注文を飛ばす冒険者。


「朝から酒とは豪勢だなー!」

「3日ぶりに戻って来たのよ! 夜まで待てないってのー!」

「稼いだみたいねー朝食奢ってよー!」

「ダメダメ、私はこのお金で装備を新調するのよー!」



2階と1階でやり取りする冒険者達、これが日常の光景である。



装備も整ってる人が多いし、中の掲示板は高ランク向けの依頼なのか?

さーてカルニさんは…



壁際に寄りギルド内を見渡すマツモト。




…見当たらないか、まぁギルド長だしな

受付で聞くとしよう



「すみませ~ん」

「どうしたの坊や? 依頼書は持ってないようだし、冒険者の登録?」

「いえ、カルニギルド長にお会いしたいのですが」

「ギルド長に? 坊や名前は?」

「ポッポ村のマツモトです」

「ポッポ村のマツモト君ね、少し待ってて」


受け付けのお姉さんが後ろに引っ込み、カルニと一緒に戻って来た。



「久しぶりマツモト君、無事に帰って来たみたいね」

「いや~何とか無事に帰ってこれました」

「私今から朝食にするけど、マツモト君は食べたの?」

「まだですね」

「奢るわ、一緒に奥で食べましょ」

「ありがとう御座います」


カルニに続き、売店の奥にある別室に向かう松本。


「ハムバターサンド2つと紅茶をお願いね」

「はいギルド長」


通りがけ売店の店員さんに話しかけ、カルニが別室に入る。

冒険者達の視線を背中に受けながら松本も入室した。




長椅子に対面で座るカルニとマツモト。


「それで? 獣人の里はどうだったの?」

「最高でした、特にニャリ族が最高です!」


身を乗り出し目を輝かせる松本。


「…うん、ニャリ族が好きなのは伝わったわ」

「いい場所でしたよ、冬なのに暖かくて美味しい魚も捕れます。

 獣人の方達との約束なんで、話の内容は秘密にして下さいね」

「誓います、内緒にします」


目を閉じ片手を上げ宣誓するカルニ。


「…カルニさん、何に誓ったんですか?」

「モギ肉とお酒よ」

「身近ですね」

「身近で大好きで大切な物よ」


お互い信頼しているので、特にこの誓いに意味はない。




「そうそう、これお土産です」


鞄から取り出した干物を机の上に置く、3匹分あるのでなかなかのボリューム。


「干物?」

「獣人の方達が作った干物です、とても美味しいですよ」

「へぇ~干物も作ってるの、ありがとう、後でオリー達と頂くわ」


テーブルに置かれた干物を脇に寄せるカルニ。

ベルが鳴り、売店と繋がっている小窓から2人分の紅茶とハムバターサントが出て来た。

カルニが席を立ちテーブルに運んでくる。


「どうぞマツモト君、我がギルドの定番メニュー、ハムバターサンドよ、食べながら話しましょう」

「ありがとう御座います!」

「「 いただきま~す 」」

「バターの香りとハムの塩気がまた…レタスもシャキシャキで…」

「はぁ~幸せ、シンプルで昔からの定番なんだけど辞められないのよねぇ~」


齧り付く松本とカルニ、頬を膨らませご満悦である。



『ハムバターサンド』

ウルダのギルドで定番のメニュー。

バターを染み込ませたこんがりトーストに、薄いハムとレタスを1枚ずつ挟んたシンプルな料理。

お好みでハムやチーズをトッピング可能。

5シルバー、トッピングの追加は1枚1シルバーから。




「そういえば、昨日プリモハって人が尋ねて来て、魔族関連の事を聞かれたけどマツモト君の知り合い?」

「知り合いですよ、獣人の里で知り合って、一緒に獣人の里を防衛した仲です」


ハムバターサンドを齧りながら話す2人、

ギルド長という肩書を横に置き、解放された普段のカルニである。


「プリモハさんは獣人の里の事を知ってたってこと?」

「いえ、知らなかったですね、元々は光の3勇者様について調査に来ていたみたいです。

 通りすがりのニャリ族に張り付いてたところを捕獲されました」

「…捕獲」

「俺が初めて会ったのは牢屋の中でしたね」

「それってマツモト君も…」

「気が付いた時には既に牢屋の中でした…」

「…そう、張り付いてたのね」

「…恐らくは」


当時ハイになっていた松本、記憶が曖昧なようだ。


「ま、まぁ取りあえず順を追って教えて貰っていいかしら」

「了解です」


カルニに獣人の里での出来事を報告する松本。


・プリモハ調査隊の事

・魔族の襲撃の事

・大型の魔族が出現した事

・ネネ様の日記と槍が見つかった事

・獣人の里とポッポ村が交易を開始した事



「はぁ…今回の出来事も盛りだくさんね、大型魔族も気になるけど、

 まさかネネ様の遺物が見つかるなんて、どう報告したらいいのか…」


頭を掻きむしるカルニ、立場ある人間の苦悩が見て取れる。


「まだ本物と決まった訳ではないですけどね、

 プリモハさん達が持ち帰って本格的に調査するって言ってました」

「でもその感じだと可能性は高いんでしょ?」

「高そうですね、プリモハさん気絶してましたし」

「なんか面白い人ねぇ、マツモト君から見てプリモハさんってどんな人?」

「う~ん…」


松本の脳裏で高笑いするプリモハと、ニャリ族ジャンキーのプリモハ。

後ろでチーズジャンキーのプリモハがフォンデュしている。


「そ、そんなに難しく考えないでいいのよ?」

「まぁ、変なところもありますけど、チーズ好きの親しみやすいお姉さんって感じですね。

 調査隊の人達からの信頼も厚いですし、獣人の里の場所を教えない為にいろいろ手を尽くしたりして、

 約束は守るタイプだと思います」

「ふ~ん…」

「ただ普通じゃない感じも…普通じゃないって言い方も変ですけど」

「例えば?」

「カルニさんは、初めて魔族が襲撃してくるって言われたらどう思いますか?」

「う~ん、私はギルド長だから聞き流すわけにはいかないけど、只の冒険者なら笑い話ね」

「ですよね、でもプリモハさんは笑わずに真剣に考え込んでたんですよ、

 他の村が襲撃された事も知ってましたし…」

「まぁ、光の3勇者様を調査してるくらいだし、知ってても変じゃないと思うけど?」

「確かに…でも調査隊の人達も妙に礼儀正しい時があるんですよねぇ、

 調査隊の人達は凄く強いんですよ? バトーさんにボコボコにされてましたけど…」

「まぁ、いつものバトーね…」

「そうですね…」


いつものリアクションのカルニと松本。


「俺みたいな田舎者とは根本的に違う感じがするっていうか…

 凄く思慮深いというか…政治家みたいな? 

 先の事とか、人の事とか考えて行動してる感じがするんですよね。

 人の上に立つタイプの考え方っていうか…

 うまく言えないんですけど頭がいいんだろうなって思います」

「ふ~ん、高評価ね、でも確かに、そんな感じがしたわね…」


少し考え込むカルニ。


「どうしてプリモハさんのことが気になるんですか?」

「う~ん…マツモト君は当事者だから教えてあげる、もちろん秘密よ」

「誓います、内緒にします」


目を閉じ宣誓する松本。


「…マツモト君、何に誓ったの?」

「ハムバターサンドです」

「…5シルバーよ」

「俺の所持金は6ブロンズです」


松本の所持金の約83倍である。



「プリモハさんの前に、現状の話ね。魔族の事は3日前に国全体へ正式に通達があったわ」

「俺達が報告してから2ヶ月以上たってますけど?」

「これでもかなり早いわね、魔王の復活に関してはまだ憶測だし、

 襲撃は約半年毎で、次の襲撃箇所の目星は着いていたでしょう?

 警戒しないといけなかったのは次の次の襲撃、つまりは8か月後。

 それまでに、ある程度の光筋教団員に光魔法を習得させ、各地に配備して最低限の守りを固める。

 残りの希望者は各地の神官クラスから習得させ、光魔法は国全体に広まる。

 ある程度の段取りが完了したのが5日前、国民への通達が3日前」

「なるほど」

「通達内容は『魔族と思われる者の襲撃があり光魔法が有効である。襲撃は現在半年毎。

 大多数の光筋教団が光魔法を習得済みであり、希望者は各地で習得が可能。

 小さな村の人達の避難場所について』くらいね」



光魔法の習得者を各地に配置した後に、必要最低限の確定事項と必要事項を通達か…



「町の人達の反応はどんな感じですか?」

「多少の混乱はあるけど殆ど影響ないわね、暴動も無いし治安も安定してる。

 まあ、魔族を信じて無い人もいるけど、通達前の下準備が大きいわね」



だろうな、対抗策が提示され、習得可能であれば不安は少なくてすむ

この指示をした人の予想通りだろう、混乱を避けるための最善策だと思う



「そんな中、プリモハさんに魔族関連で現在開示されている情報とか、

 ウルダの状況とか、隣国への対応とかを尋ねられてたの。

 笑顔なんだけど、凄く真面目で真剣な感じがして…

 でも私は守秘義務があるし、プリモハさんの素性も分からないじゃない?

 それでデフラ町長に相談したら、今日の午後からココで話をすることになったの」

「そういえば昨日そんなこと言ってましたね、

 調査隊のニコルさんがカルニさんのファンらしくて同席するみたいですよ」

「えぇ!? それは、えぇ…」


急に困惑するカルニ。


「ファン嫌なんですか? カルニ軍団もいるからてっきり…」

「あ、いえ、嫌じゃないのよ? 光栄だけど、そっちじゃなくてね…

 同席の話、大丈夫かしら? 後で確認しないと…」

「どうしたんですか?」

「あ、ごめんなさい、それが話に来るのはデフラ町長だけじゃないのよ、

 ルート・キャロル伯爵も参加するらしくてね」

「? ルート・キャロル伯爵って誰ですか?」

「あ、そうかマツモト君は知らないわよね、

 ルート・キャロル伯爵っていうのは、ウルダを収めていらっしゃる領主様よ。

 デフラ町長に任せて裏方に徹しているから、基本的に表に出てこられない方なの」

「はぁ…そんな伯爵様がわざわざココまで足を運ぶんですか?」

「ね、不思議でしょ?」

「それは確かに気になりますねぇ…調査隊の人達から『お嬢』って呼ばれてるし、

 本当にお嬢様だったりして?」

「「 ……… 」」


紅茶を飲み少し考える2人。


「えぇ~お嬢様が野宿とかするぅ? フカフカのベットも豪華な食事も無いのにぃ?」

「お風呂もトイレも無いですからねぇ、しないですよねぇ」

「「 しないしない、あはははははは! 」」


ありえない想像に笑う2人。

高貴なお嬢様が広大なオープンワールドでスタイリッシュアクションなどありえないのだ!



因みに、デフラ町長はルート・キャロル伯爵からウルダの管理を任せられてる市民の代表。

松本達と同じ平民である。



「さぁて、確認もしないといけないし、そろそろ仕事に戻りましょうかね」

「ご馳走様でした、美味しかったです」

「いいのよ、情報代ってことで」

「命がけの情報が5シルバーですか」

「あら、6ブロンズが生意気言うじゃない」

「「 あはははは! 」」




食器を片付け小窓に置く松本。


「あ、そうそう、カルニギルド長、俺今日から冒険者になります」

「あら、そうなの?」

「宜しくお願いします! 死なないように頑張ります!」

「マツモト君は巨大モギや魔族の襲撃を体験してるから、今更命の大切さを説く必要は無いわね」

「身に染みております、何回か死にかけてますから」


松本の脳裏に走馬灯が駆け巡る。


「マツモト君も男の子ねぇ~志望動機はまだ見ぬ世界を知りたくなったとかかしら?」

「好奇心と探求心、そして生活費のために。この洋服代、借金してるんです…4ゴールド位…」

「…切実ね」


急に哀愁を纏う松本、カルニが目を逸らしている。


「正式に冒険者になるにはギルドに登録する必要があるわよ、

 受付で紋章を購入して手続きしないといけないの」

「紋章っていくら位ですかね?」

「最初は初期登録料金と合わせて2ゴールド、無くしたら紋章の再発行に1ゴールド、お金貸りる?」

「いえ、大丈夫です、売り物持って来たので、売れば数ゴールド位にはなる筈です」

「そう、それじゃ待ってるわ、次はウルダのギルド長として」

「よろしくお願いします、次は正式に冒険者になりに来ますよ」


笑いながら2人は部屋をあとにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ