129話目【幻のチーズフォンデュ】
寒空の下、枯れた草原をトコトコ進む1台の馬車。
長いマツ毛は風に揺れ、ニット製の鮮やか服は物寂し気な風景に咲く一凛の花。
そう、優雅に馬車を引くのをポニ姉である。
「ジョナさん、ポニ姉が着てる服って作ったんですか?」
「違うよ、ウルダで売ってるんだ、怠けシープの体毛で作られたポニコーン用の服。
冬場は寒いからね」
「確かに寒いですねぇ」
御者台に並び白い息を吐くジョナと松本。
ただ柄が派手なんだよなぁ…
ポニ姉の服は、赤の下地にピンクのハート模様、
ポッポ村でお留守番中のポニ爺の服は、黒の下地に金色の龍の模様が入っている。
田舎のヤンキーと同じセンスである。
「見えてきましたね」
「ふぅ、何とか今日中に着いたね、マツモト君プリモハさん達にも伝えてくれるかい?」
「了解です」
御者台から後ろの幌を開けると、寝袋が4つ浮いている。
実際には浮いているわけでは無く、幌の軸に結ばれたハンモックに寝袋が乗っているのだ。
通常では軸の強度が足りないのだが、プリモハの強化魔法のお陰て可能となっている。
これにより馬車の振動が軽減され、快適に過ごせるだけでなく、
空間を縦に使えるため荷台の容量が増し、人数が多い場合でも寒い外で寝なくても済むのだ。
これがプリモハ調査隊流『快適移動術』である!
因みに、強度のある軸にすることで強化魔法が無くても再現可能である。
残念ながら、あまり普及していない。
「皆さ~ん、もうすぐウルダに着きますよ~」
『 … 』
…反応がないな
荷台に移動し寝袋を確認すると、スヤスヤ寝息を立てている。
4人共、寝袋から顔しか露出しておらず、アイマスクまで装着する徹底ぶりである。
静かだと思ったら熟睡してたのか、アイマスクまでしてるし…
流石は調査隊、旅慣れしていらっしゃる
「プリモハさーん! ジェリコさーん! ラッチさーん! ニコルさーん!
そろそろウルダに着きますよー!」
『 スヤ~… 』
「起きてくださーい! 起きてー!」
『 スヤ~… 』
起きんな…
仕方ない
プリモハのアイマスクをずらし、片側の瞼を強制的に空ける松本。
突き出した人差し指からピンポン玉サイズの水滴を出し、眼球に落とす。
「ぐわぁ!? な、なに!? 冷たっ!? …え?」
「目が覚めましたかプリモハさん、もうすぐウルダに着きますよ」
「え? 何マツモト君? ちょっと待って」
「?」
寝袋を脱ぎ、顔を拭きながら、ポンッと耳栓を外すプリモハ。
「ごめんなさい、さっきはなんて言ったのマツモト君?」
「…もうすぐウルダに着きますよ」
「あらそう、皆を起こさないと…うぅ、寝袋から出ると寒い…」
寒いは寒いのだが調査隊の服は松本やジョナより耐寒性が高い優れもの。
流石は各地を飛び回るプリモハ調査隊、道具も村人のソレとは違うのだ。
ゴソゴソとハンモックから降り、調査達を起こすプリモハ隊長。
ニコルの寝袋を開け、耳栓をポンッと引っこ抜く。
「ニコル起きて、もうすぐウルダに着くわ」
「…うん? お嬢? あぁ到着ですか、直ぐ起きますぅ…」
ゴソゴソとハンモックから降りるニコル、プリモハはジェリコ、ニコルはラッチの耳栓を引っこ抜く。
全員耳栓してたのか…
そりゃ幾ら呼んでも聞こえないわけだ
寝袋、ハンモック、アイマスク、強力耳栓、この4つの神器こそがプリモハ調査隊流『快適移動術』である!
というわけでウルダに到着。
時刻は20時過ぎ、宿屋にチャックインした一同
「今日が最後ですから一緒に食事でもどうですか?」
という、ジョナの進言でいつもの酒場で落ち合うことになった。
良くある流れなのだが内心焦りまくりの松本、冬なのに冷や汗が止まらない。
なぜなら…
か、金がない!
どどどっどどうしようう…
出発前にナーン貝を2個売って、多少資金を増やしたとはいえ
俺の全財産は30シルバーと6ブロンズ…
そして宿代が1泊30シルバー…
つまり! 俺の現在の手持ちは6ブロンズのみ!
優雅に外食してる場合じゃないってのぉぉぉ!
当初、松本の予定では磨いた貝殻を売り、少なくとも数ゴールド手に入れ当面の活動資金とする算段だった。
しかし、松本がウルダに到着したのは夜、装飾品店が閉まっており現金化出来ていないのだ。
「マツモト君」
「ひゃいっ!?」
ジョナに声を掛けられ変な声が出た松本。
「お金が無くて焦ってるんだろう?」
「え? はは、ななんなんのことですか?」
「ははは、そんなにオドオドして分かりやすいなぁ、夕飯は僕の奢りだから安心しなよ」
「え? は、はい、いいんですか? 俺、ジョナさん洋服代を借りてますけど…」
「いいよ、僕は経営者だからね、お金の流れは予想ずみさ!」
「はぁ」
「ウルダに着いた時点で貝殻が売れないのは分かってたし、、
マツモト君が夕食代が無いことも知ってて提案したんだ、気にしなくていいよ」
「そうだったんですか、それでしたらお言葉に甘えさせて貰います」
「別に洋服代だって急がなくてもいいのに、
子供1人で生活費稼ぎながら街で生活するのは大変だよ? 本当にやるのかい?」
「えぇ、早くお金返したいですし、冒険者にも興味はありましたので。
それに俺の布団って冬用じゃないんですよ、日用品揃えるにもまだまだお金掛かりそうですから頑張らないと」
「なるほどね、次の買出しは早くても1ヶ月だよ、頑張ってね」
「頑張ります!」
松本を見てジョナはニッコリ笑った。
いつもの酒場にやって来た松本とジョナ、プリモハ調査隊が手を振っている。
「「 すみません、遅くなりました~ 」」
「俺達もさっき来たばかりなんで気しないで下さい」
「あれ? ジェリコさんプリモハさんはまだ来てないんですか?」
「お嬢ならちょっとギルドに挨拶に行ってまして、もうすぐ来ると思いますけど…」
「ごめんなさい、私が最後だったみたいね」
ジョナとジェリコが話しているとプリモハがやって来た。
「お嬢も揃ったことだし、始めますか! 料理は頼んであるので飲み物を選んでください」
「何頼んだのラッチ?」
「それは来てからのお楽しみです、さ、飲み物選んでください」
「なぁに? 思わせぶりじゃないラッチ、期待してもいいのね?」
「お嬢は絶対に喜ぶと思いますよ、ね? ニコル」
「間違いなく喜びますね」
何やら自信があるらしいラッチとニコル。
「ジョナさんとマツモト君が気に入るかは分からないけどな、その時は追加して下さい」
「「 はい~ 」」
「ジェリコも知ってるみたいね、それじゃ果実酒にしようかしら、ジョナさんとマツモト君は?」
「俺はソーダにします」
「じゃあ僕もソーダにするよ」
「ジョナさんお酒飲まないんですか?」
「僕はお酒が苦手なんだ、気持ち悪くるからねぇ。マツモト君、お酒はあまり美味しい物じゃないよ」
松本に諭すジョナ、全く飲めないらしい。
「マツモト君、美味しいがどうかは人それぞれだ、俺は美味しいからビール!」
「僕もビール!」
「私もビール!」
『 店員さーん! 』
プリモハ調査隊はビール派らしい。
「お待たせしました~」
テーブルにビール3つ、ソーダ2つ、果実酒1つが並ぶ。
続けて空の鍋と切り分けられた食材が運ばれて来た。
肉、ソーセージ、エビ、芋、ピーマン、パン
火は通ってるみたいだし、食べていいのかこれ?
いやでも空の鍋は何の意味があるんだ?
コンロみたいなヤツに乗せてるし…
松本が肉を食べようか迷っていると、再び店員さんがやって来た。
「溶けて液状になってから食材を付けて食べて下さいね~」
鍋に細かく切られた黄色い固形物を入れ、火を付けて戻って行った。
こ、これはまさか…
生前、風の噂で聞いたことがある幻のあれでは?
男女が棒でドロドロの液体を突き合うという幻の…
鍋の中で黄色い固形物が液状に変わってゆく。
「これチーズ?」
「そう! チーズですよお嬢!」
「前々から食べてみたいって言ってたじゃないですか!」
「ようやく見つけたんですよ!」
「すご~い! 楽しみ~、ありがとう皆!」
「「「 いやぁ~どういたしまして! 」」」
目を輝かせテンションが上がるプリモハ、プリモハの様子にウキウキの3人。
間違いない、これは…これが…
チーズ…フォンデュ
『チーズフォンデュ』
棒に刺さった食材をドロドロに溶けたチーズに潜らせて食べる洒落た食べ物。
洒落た女子、または洒落た女子と所縁のある男子しか食べられない幻の食べ物。
松本のように彼女いない歴=年齢のオッサンには縁がない。
オッサンはチーズを溶かすより、酒の肴にチーズを齧るのだ。
※確実に語弊があります。
ジェリコがビールを持ち呼びかける。
「それじゃ、飲み物をお持ち頂いて」
『 かんぱーい! 』
各々好きな食材を棒に差し、溶けたチーズに潜らせて口に運ぶ
『 うんま~い! 』
頬を抑え満面の笑みを浮かべる一同、チーズが熱いのでホクホクしている。
「はぁぁ…やっぱりチーズよねぇぇ…」
一段と恍惚とした表情のプリモハ、久しぶりのチーズに浸っている。
「くぅぅ~久しぶりのビールが染みるぜ~!」
「酒場なんて何か月ぶりだっけ? チーズフォンデュも見つかったし、今回の旅は大成功だね」
「お嬢は幸せそうだし、料理もお酒も美味しいし、言うことないわねぇ~」
酒が進む調査隊、チーズフォンデュの所在も調査していたらしい。
「初めて食べたけど美味しいね、肉美味しいよマツモト君」
「芋も美味しいですよジョナさん、次はピーマン食べてみようかな」
「チーズさえさえあれば作れそうだし、今度ウィンディにも食べさせてあげよう」
「いいですねぇ、俺もお金溜まったら家でチーズフォンデュ食べたいなぁ」
ソーダ片手に食が進むジョナと松本。
一方プリモハは…
「素材にチーズを付けるだけなのにこんなに美味しい、お酒にも合うし、
やっぱりチーズなのよねぇぇぇ…」
括らせたエビから伸びるチーズをクルクル巻き取りながら、恍惚とした表情を浮かべていた。
「そういえば、お嬢どうでしたか?」
「美味しいわよ、チーズ最高ね」
「あ、チーズじゃなくてギルド長のことです」
「え? あぁ最初からそう言ってよニコル、若くて綺麗でしっかりした印象ね。
流石最年少でギルド長を任せられるだけあるわ」
「『防御のカルニ』、カッコいいですよねぇ、何歳くらいでした?」
「多分20代だと思うけど、詳しくは分からないわ、流石に初対面で年齢なんて聞けないわよ」
「それは確かに…唯一強化魔法を使う冒険者で、現役時代はSランク冒険者のルドルフさんとミーシャさんと肩を並べ、
若くしてギルド長に就任、魔法使いでありながら並みの冒険者より強いと聞きますし…くぅぅぅ~カッコイイ!」
ビールを飲み干し、くぅぅぅ~っとするニコル。
「ニコルはカルニギルド長のファンだからなぁ~」
「好きだねぇニコル、ビールお代わりいる?」
「いる、他に飲み物いる人は?」
ニコルの呼びかけに手を上げる一同。
『 店員さ~ん! 』
「お待たせしました~」
追加の飲み物がテーブルに運ばれて来た。
「数少ない強化魔法使いですし、お嬢も気になりませんか?」
「まぁ気になるといえば気になるけど、ニコル程じゃないわよ」
「えぇ~」
プリモハの答えに少し残念そうなニコル。
「大体、ニコルは何処からカルニギルド長の情報を仕入れてたんだ?
殆ど一緒に行動してるけど俺は聞いたことないぞ?」
「僕もそこまで詳しく聞いたことないね」
「そりゃ、私のお師匠からよ」
「「 あぁ~納得 」」
チーズに食材を潜らせながら納得するジェリコとラッチ。
「さっきから話に出てくるカルニギルド長って誰かな? マツモト君知ってる?」
「一応知ってますよ、前回のウルダ祭の時にお世話になりましたから」
ヒヨコ祭で八百長試合をさせられてな…
「バトーさんの冒険者時代の知り合いですよ、巨大モギも一緒に討伐しましたし、かなりの実力者だと思います」
「へぇ~バトーの知り合いか、そりゃ普通じゃなさそうだ、僕とは別の世界の人だね」
「ウルダ祭の司会もやってましたし、4人程熱烈な追っかけもいますよ」
「ここにも1人いるじゃない」
「確かに…あ、そういえばお土産持って行くんだった」
「何持って行くんだい?」
「干物です」
「干物かぁ…」
蚊帳の外の松本とジョナは仲良くチーズを突いている。
「明日ギルドでデフラ町長と話をすることになったの、
カルニギルド長も来るけどニコルも同席する?」
「いいんですか!? いやったぁぁ! ありがとうお嬢~!」
「ちょ、ちょっと付け難い…ニコル…」
「お師匠から話を聞いてて一度会ってみたいと思ってたんですよ~!」
「チーズががが…嬉しいのはわかったからニコル…」
プリモハに抱き着くニコル、ソーセージから伸びるチーズが暴れている。
「酔っぱらってんなニコル…」
「久しぶりに飲んだからねぇ仕方ないよ」
「ラッチはまだ飲むだろ?」
「勿論、飲める時に飲んどかないとね」
「「 店員さ~ん! 」」
「お待たせしました~!」
追加の飲み物と唐揚げが到着した。
「ニコルさんのお師匠はどんな人なんですか?」
「おや? 我が師匠に興味があるのかいマツモト君?」
松本の問いに食い気味に答えるニコル、顔が若干赤い。
うむ、酔っぱらっているな…
「よかろう! 我が師匠はSランク冒険者! 字名は『槍のノルドヴェル』!
その閃光の一撃は岩をも砕く! カード王国最強の槍の使い手である!」
『 おぉ~ 』
拳を握り力説するニコル、拍手する一同。
「岩を砕くかぁ、Sランク冒険者は凄いねぇ」
「あ、ニコルが勝ってに言ってるだけなんで、本当に砕けるかは分からないっていうか…、
ジョナさん、酔っぱらいの戯言として聞いて下さい」
ジョナに説明するジェリコ。
「まぁ僕達3人が束になっても手も足も出ないくらいには強いですよ、Sランク冒険者ってのも本当です」
「「 へぇ~ 」」
ラッチが補足を入れる。
「元々はダブナルの兵士長をされていた方で、退役後に冒険者になられたんです、だた…」
「「 ただ? 」」
プリモハの言葉を待つ松本とジョナ。
「ただ少し変っているというか…私はそうは思わないのですが、不快に感じる方もいるというか…」
「「 ? 」」
なんとも歯切れの悪いプリモハ、ジェリコが答えを言う。
「オカマです、尋常じゃなく強いオカマ」
「「 はぁ… 」」
「そういやバトーさんも相当強かったね」
「まぁ、バトーさんも異常だな…そうそういないぞあんな人…」
「バトーさんも強かったけど、きっとお師匠の方が強いわ! 私のお師匠は最高よ!」
拳を握るニコル、お師匠を慕っているようだ。
「元は男性として生活されていたのですが、オカマになってからはノルと名乗られてます。
まぁ、ダブナルにはそういう方も大勢いますので私達にとっては普通ですけど、
他の街では普通ではありませんから」
「なるほどねぇ、確かに僕にとって普通とは言えないかなぁ、ポッポ村にはいないし」
「ウルダでもオカマの人は見たことないですねぇ、まぁ一定数はいるとは思うので、
公表していないだけなんでしょうね」
「そういう方達が噂を聞きつけダブナルに集まって来るのです、ダブナルだと割と受け入れられていますから」
なるほどね、それで自由都市ダブナルか
確かに自由というわけだ、一度は行ってみたいかな
「ロックフォール伯爵の影響ですかね?」
「マツモト君、ロックフォール伯爵って?」
「ダブナルを収める領主様と聞いています、声からすると男性なんですが、
マニュキュア塗ってたり化粧してたりして、見た目が中性的で性別が良く分かりません」
「へえ~」
「不思議な雰囲気の方で、ウルダ祭の時は凄く人気がありましたよ。
だた、カルニギルド長は直接の依頼を受けて凄く怯えてましたね…失敗したら大変な目に合うって…」
「あはははは!」
松本の発言に声を出して笑うプリモハ。
「どうしたんですかプリモハさん?」
「い、いや、あのカルニギルド長を怯えせたと考えるとちょっと…
まぁ確かにロックフォール伯爵の依頼は有名ですからね…」
「「 ? 」」
笑いをこらえるプリモハの姿に、松本とジョナは首を傾げた。




