120話目【獣人の里17 日記を読もう】
「2人共本当に読めないんですか?」
「本当だぞ」
「逆になんでマツモトは読めるんだよ」
「いや、俺に聞かれてもわからないですよ」
プリモハ達の小屋で本を囲む松本、バトー、ゴードン
「俺には普通の文字と同じに見えるんですけどねぇ…2人にはどう見えてるんですか?」」
「なんか見たことない文字だぞ」
「俺とバトーには知らない文字に見えてるんだって」
「「「 う~ん… 」」」
プリモハ調査隊が見つけて来た本の文字が何故か松本にだけ読めるらしい。
「ほらこれで『ニャリモヤ』ですよ、これが『ニャ』これが『リ』」
「へぇ~これが『モ』か、じゃぁこっちも『モ』だな」
「んじゃこれが『ヤ』か、なんだ説明されると意外と簡単じゃねぇか」
「でしょ? 知ってる文字と置き換えるだけなんですから簡単ですよ、
となれば、別に俺が読めても不思議じゃないと思いませんか?」
「なるほどな、まぁマツモトだしな、俺は納得したけどゴードンはどうだ?」
「まぁ、マツモトだしな、何も問題ねぇだろ」
「問題ないな」
「問題ないですね」
「「「 だーっはっはっは! 」」」
本を閉じ立ち上がる3人。
「よし、腹も減ったし夕飯にでもするか!」
「魚貰いに行こうぜ、昨日食べた赤い魚の干物けっこう旨かったな!」
「あれ美味しかったですねぇ、ポッポ村にも交易して貰いましょうよ!」
「お待ちなさい」
小屋の出口へ向かう松本の肩をプリモハが掴んだ。
「なに自然な流れで立ち去ろうとしてるのマツモト君」
「いや、お腹が空きまして…いだだだ!? ちょっと指が肩にぃ!? 分かりました分かりましたって!」
「お2人にも聞いて欲しことがあります、是非ご一緒に」
「「 …はい 」」
逃走に失敗し正座させられる松本。
笑顔に浮かぶ血管、プリモハの静かな圧によりバトーとゴードンも正座した。
「まず! マツモト君よ! どれが何の文字に当てはまるか知ってれば読むのは簡単?
何を当たり前のことを! それが分からないから皆苦労してるんでしょ!」
「ちょ、ちょと落ち着いて下さいプリモハさん…」
カチキレのプリモハ。
「そして!、バトーさんとゴードンさん! 何を納得してるんですか!
『まぁ、マツモトだしな』なんなんですか!? 何でも解決できる魔法の言葉みたいに!
何が解決したんですか!? 何処が問題ないんですか!? マツモトの概念ってなんなんですか!?」
「プ、プリモハさん、そんなに怒らなくても…」
「なんかすみません…」
プリモハに怒られてシオシオのオジサン達。
「「「(珍しく怒ってるなぁ~お嬢)」」」
静観するジェリコ、ラッチ、ニコル。
「いやよ、マツモトに関しては多少変なことがあっても掘り下げない方が楽っていうか…」
「多少!? 千年前の文字が難なく読めることの何処が多少ですかゴードンさん!」
「マツモトの今までの行動からするとそこまで取り立てることでもないというか…」
「そこまで言うなら聞かせて頂きましょう! マツモトヒストリーとやらを!
さぁ! どれほどの物というのですか!」
正座して片手で床を叩くプリモハ、誰も手が付けられない様子。
「まぁ、最初の出会いは魔族に襲撃された翌朝だったな。
全裸で村に現れて、そのまま1ヶ月以上全裸で過ごしてたよな」
「ちょっとゴードンさん、全裸は言い過ぎですよ、ちゃんと腰布巻いてましたよ」
「レム様を知ってるって言うから付いて行ったら、レム様の池の横で野宿してたな。
池の水を直接飲んでたし、小屋を建てるまでは土の上に直接寝てたな」
『 えぇ… 』
ゴードンが語る松本ヒストリーにドン引きのプリモハ達。
「ウルダに行った時は俺達と一緒に巨大モギを討伐したぞ。
まぁ、序盤で飲み込まれたから殆ど何もしてないけどな、最終的に自分で出て来たな」
「バトーさん、飲み込まれたんじゃなくて、ずっと口の中にいたんですよ、喉の手前で踏ん張ってました」
「そういや、その次にウルダに行った時はキノコ食べて仮死状態になったな、5日間くらい」
「あのキノコ、俺の家の近くに生えてますから食べないで下さいね」
『 えぇ… 』
バトーが語る松本ヒストリーに驚愕のプリモハ達。
因みに、パンが出せることは松本に口止めされている。
ルドルフの反応を踏まえてこれ以上公にしないことにしたのだ。
人前でパンは出さないようにしており、知っている者には口外しないように依頼し済である。
「その後は獣人の方達に出会って今に至るというわけで、
ポッポ村が襲撃されてからなので、大体ここ半年くらいの話題ですね」
『 … 』
異世界生活半年で胸焼けしそうなくらい濃い経験をしている松本。
小屋と水、火魔法により生活水準が大きく向上し、交友関係もそれなりに増えた。
なかなか感傷深い物がある。
「…取りあえず、夕食にしましょうか」
『 はい~ 』
落ち着きを取り戻したプリモハの提案により食事となった。
食事を終え、再度集まった一同。
松本が読める謎は横に置き、本の内容を確かめることとなった。
え~と…なになに…
【ニャリ族の耳は大きくて薄い、ウルフ族の耳は小さいが肉厚、
どちらも感触が堪らない、裏返した耳が元に戻る瞬間に私の心はときめく】
【ここでは平和な時間が流れている、皆と一緒に魚を捕り、食し、寄り添って寝る。
毎日同じことの繰り返し、ここには何もないけど、とても幸せ】
う~ん…平和な日記だ…
大昔にこれを書いた持ち主は俺と同じ感性を持っていたらしい
それ自体はとてもロマンがあるし、貴重な物ではあるのだが…これをどうしろと?
「あの~プリモハさん、これって本当にネネ様の日記なんですかね?」
「それはまだ分からないけど、獣人の方達によるとこの島で生活した人間は
ネネ様だけらしいから可能性は高いと思うの、他には何かないかしら?」
「ちょっと待って下さいね」
日記の内容を確認する松本、ニコルがプリモハに尋ねる。
「お嬢、そもそもマツモト君の翻訳は信じていいのですか?」
「私が読める箇所とも内容が一致しているし、信じていいと思うわ。
正確にはダブナルに持ち帰って確認しないと分からないけど、
いずれにせよ、この場で内容が確認できる利点は大きい。
はぁ、私がアントル様であれば解読も容易なんですけどね…」
「フルムド伯爵は特別ですよ、王からカンタルの発掘を任される程の方なんですから」
「ありがとうニコル、でもアントル様は大変な努力家なのよ?」
「知ってますよ、もう10回以上聞いてます、お嬢からね」
「おほほほ」
ニコルの指摘に苦笑するプリモハ。
「でもすげぇよな、能力が認められて平民の出から伯爵にまでなった方だ、俺達平民の憧れだなラッチ」
「僕には無理かな、ジェリコにも無理だと思うよ」
「俺は今で満足してる、これ以上は必要ない」
「僕も十分かな、お腹いっぱい食べられるし、理不尽に蔑まれる事も無いし、お嬢のお陰だね」
「調査中は食べられないこともあるぞ」
「それもお嬢のお陰」
「確かに」
「「 はっははははは 」」
楽しそうに談笑するジェリコとラッチ
「知らない文字が読めるか」
「なぁバトー、マツモトってよ、確かポッポ村に来た時は文字読めなかったよな?」
「そうだな、出店の看板の文字が書けなくてウィンディに書いて貰ってた」
「マツモトも大変だな、羨ましいかバトー?」
「う~ん、便利かもしれんが俺は必要ないな、多分面倒に巻き込まれる気がする」
「俺も。 まぁ、マツモトならほっといても大丈夫だろ、やることも無いし少しは早いが寝るわ」
「俺も寝るかな、頑張れよマツモト~」
自分達の小屋でくつろいでいるバトーとゴードン。
一方、必死に日記を読む松本。
俺も早くゆっくりしたい…
夕食後、松本だけプリモハ達の小屋に軟禁されていた。
う~ん…日常的な内容ばかりだ…
本当にこれネネ様の日記なのか?
大体なんで千年前の日記にニャリモヤや、ニャリシロさんの名前があるんだ?
う~ん…ん?
【いつまでも野宿はどうかということで、潮風を防げる岩の壁の内側に家を作ることになった。
岩壁は大昔の火口の跡のようで、中に土が積もっており中心に木が生えている。
直ぐ近くに池があり水には困らないだろう。
池から流れる小川に沿って行けば、森の中の大きな蓮が浮かぶ池に繋がっている。
海から距離があるが、ここを通れば近道になる】
【対岸の森に生えている植物が獣人達に人気である、子供達を狂わせるくらい人気である。
ウルフ族もニャリ族も好きなようで、わざわざ海を渡って取りに行っている。
よくじゃれるのでジャラシと呼ぶことになった】
【ジャラシは遊んでいるうちにボロボロになる、今日も1本モサモサが無くなり棒になってしまった。
少し前から家の横に知らない芽が出ていて、島の中では見かけないので取りあえず皆で育てていた。
皆、食べ物かと期待していたが、成長した芽はジャラシだった。
食べられなかったが、これはこれで喜んだ。
ジャラシの先のモサモサは種子だったようで、遊んでボロボロになったジャラシが根付いたらしい】
こ、これは、獣人の里とジャラシの成り立ち…
一応報告するか?
「プリモハさん、かくかくしかじかです」
「なるほど、面白いわね! 実に面白い!
以前は2つの池は繋がっていて、何時の時代か壁の岩が落ちで塞がってしまったのね、
今回の魔族の襲撃が無ければ明るみに出ることはなかったと思うと、なんとも感傷深いわぁ~」
「どういうことですか?」
「あ、マツモト君に言ってなかったかしら? この日記は池の水が流れ込んでいた岩の先で見つけたの、
大きな魔族が岩をどかしてくれたから中に入れたのよ」
「へぇ~、知りませんでした。 中どんな感じだったんですか?」
「他の通路と同じような洞窟だったわ、違いがあるとすれば出口が塞がっていることと、
奥まった空洞の先に箱が置いてあったくらい。
隠すように置いてあったから、恐らくネネ様の秘密の日記だったんじゃないかしら」
「なるほど」
「ジャラシが人為的に移植されたことを示す貴重な資料よ! ワクワクするわね~」
「やりましたね、お嬢!」
「大発見ですよ、お嬢!」
「でも獣人の里の事は秘密ですよ、お嬢!」
「そう、人には言えない私達だけが知る真実…ロマンね!」
「「「 はいお嬢! 」」」
目を輝かせ鼻息が荒いプリモハ達。
まぁ分かるけど、なんか人の秘密を垣間見てる罪悪感もあるんだよな…
静かにページを捲る松本。
え~と、他には…
【ジャラシが島で取れるようになったが成長には時間が掛かる。
子供達が寂しそうである、何より私が寂しい。
というわけで、ジャラシに代わる物を作ることにした、
木の枝やジャラシの残った棒に葉っぱを巻き付けたがイマイチだった。
木の枝では子供達の力に耐えられない、丈夫な棒を探したが島内には見当たらない。
動物の骨でもいいのだが曲がっているし重くて使いずらい、何か良い物はないだろうか?】
【良い物を見つけた、見つけたというより始めから所持していた。
並大抵の力では壊れないことは実証済みであり、白く美しい装飾もある。
強度、外観共にこれ以上の物はない、危ないので刃は取り外すとして、
仕留めたコカトリスの羽を先端に取り付ければ特製ジャラシの完成である。
私の持つ唯一の武器だがもう必要ないだろう、正直コカトリス程度であれば素手でも倒せる。
先端の刃を再利用してナイフすれば今より使いやすくなる。
我ながら最高の発想だと思う、明日にでも実行しよう。
魔王を討伐した槍は、特製ジャラシとして新しく生まれ変わるのだ。】
「はああああああああああああああああああああああ!?」
『 !? 』
「ど、どうしたのマツモト君!? そんな白目向いて反り返って…」
「こ、っここここここれ…」
震える指で日記を指差す松本、プリモハが覗き込む。
「ごめんなさい、私には読めないわ、なんて書いてあるの?」
「ま、魔王を討伐した槍を改造して特製ジャラシを作ったって」
『 なにぃ!? 』
「え!? じゃぁあの特製ジャラシは…」
「もしかするとですけど…」
顔を見合わせ走り出す松本とプリモハ
「「「 お嬢!? 」」」
「ちょっと行ってくるわ!」
「多分メグロさんの家にあります」
というわけで、メグロ宅へやって来た松本とプリモハ。
息遣いが荒く変な汗を掻く2人をメグロが出迎えた。
「いらっしゃい…そんなに息を切らしてどうかしましたか?」
「あ、あの、特製ジャラシ見せて頂けませんか?」
「是非お願いします」
「えぇ、いいですよ、どうぞ入って下さい」
「「 おじゃましまーす 」」
特製ジャラシを待つ2人をカテリアとマルメロが不思議そうに見ている。
「どうしたんですかマツモトさん? そんなにソワソワして…2人も手袋してるし」
「プリモハさんも妙に興奮してるみたいですけど?」
「「 いえ、お気になさらず… 」」
「お待たせしました、特製ジャラシ…あっ」
メグロの手から特製ジャラシが滑り落ちる。
「「 ひやぁぁ!? 」」
飛び込んで受け取る2人。
「あはは! マツモトさんもプリモハさんも大げさですよ、
この前もそうでしたけど頑丈だから大丈夫ですよ」
「カテリア姉ちゃんの言う通り、特製ジャラシは凄く頑丈だから落としても壊れませんよ?」
「「 い、いえ、お気になさらず… 」」
特製ジャラシを調べるプリモハ。
コカトリスの羽を外し、棒だけをマジマジ見ている。
「どうですか?」
「確かに…先端に何か付いていた形跡があるわ…」
「何か特徴は無いんですか?」
「あまり正確な記録が残ってないの、トルシュタイン様の記録によれば槍を使っていたのは間違いないんだけど
外観上の特徴とかは特に…そういえば確か、闇を付く? いえ、刺すだったかしら?」
「『闇を穿つ白き槍』ですか?」
「あ、そうそう、よく知ってるわねマツモト君」
「いえ、ここに書いてあります…」
「えぇ!? 何処に!?」
「ほらここ、装飾に反って小さい文字ですけど」
「ほ、本当だ…」
「ということはこれは…」
「「 あばばばばばばば… 」」
ガタガタと震えるプリモハ、松本は槍から距離を取り部屋の隅で震えている。
「うわっ!? プリモハさん!? 白目で震えてる…お母さーんちょっと来てー!」
「どうしたんですかマツモトさん、そんなに小さくなって…」
「あ、あの…マルメロ君、あの特製ジャラシって…ネネ様の槍だったみたい、魔王を倒したヤツ…」
「はぁ、そうですか」
「プリモハさーん! しっかりしてくださーい! お母さん早くー!」
特に驚かないマルメロ、魂の抜けたプリモハの肩を揺するカテリア。
「マルメロ君…君、肝が据わってるねぇ」
「そうですか?」
「そう思うよ…」
「マルメロはしっかりしてるからな!」
落ち着いたマルメロ、自慢げなメグロ。
プリモハは駆け付けたジェリコ達によって運ばれて行った。




