109話目【獣人の里6 チーズとカテリア】
「さて、模擬戦も終わったところで皆に聞いて欲しい事があるんだ」
バトーの呼びかけで模擬戦に参加していた一同が顔を向けた。
「今回の魔族の襲撃について、1度経験している身として伝えておきたい事があります。
皆かなりの実力者なので模擬戦に参加した人達なら魔族は楽に倒せると思う」
「そう思いたいな…」
「バトーさんにそう言って貰えると少し安心かな…」
「あれだけ叩きのめしてから言われてもねぇ…」
「えぇ~なんか褒められてるみたいで嬉しいですねぇ~」
少し自信がなさそうなジェリコ、ラッチ、ニコル。
松本は照れくさそうにクネクネしている。
「言い忘れたが、マツモトは別だ」
「でしょうね、そうだと思いましたよ」
アタイ、知ってた!
「この中では俺が一番強いと思うが異論はないかな?」
「「「 異論有りません! 」」」
背筋を伸ばしシャキシャキ答えるジェリコ、ラッチ、ニコル。
「間違いなくバトー殿が一番強いのである」
「家族には悪いが、ここは潔く負けを認めるべきだな」
ニャリモヤとメグロも異論はない模様。
実際にバトーが群を抜いて強いので仕方ない。
「だが俺は前回の襲撃で死にかけている、比喩では無く実際に死にかけたんだ。
レム様が助けに来てくれなければポッポ村は壊滅していたよ」
「「「 そんなことありません! 」」」
「あ、いや、嘘ではなくてな…」
「「「 認めません! 」」」
「あの、認めるとかじゃなくてなくてな、実際にあった出来事でだな…」
「「「 嫌です! 」」」
背筋を伸ばし否定するプリモハ調査隊、これ以上自尊心が揺らぐことを頑なに拒否している。
「ほら、話が進まないでしょ、皆強いから! 私頼りにしてるから!」」
「お嬢、本当か?」
「え? 僕、お嬢に頼りにされてる?」
「私ってやっぱり強い?」
「本当よ、強くて頼りになるわよ!」
「「「 ありがとう御座います! 」」」
プリモハ調査隊は自信を取り戻した。
「それで? バトー殿は何が言いたいのであるか?」
「私達でも楽に倒せる敵にバトー殿が苦戦したとは?」
「魔族自体は大して強くなかったんだがな、数が凄かったんだよ」
「単体なら多分俺でも倒せますよ」
自信に満ちた顔のプリモハ調査隊を他所に、他のメンバーが話をしている。
「話を戻しますよ、今ゴードンが言った通り魔族自体は大して強くはなかった。
魔族の一番の武器は数の多さ、四方から湧いて来て際限なく襲い掛かって来る」
『 へぇ~ 』
「つまり俺達がやらないといけないのは只の防衛線ではなく、持久戦です。
恐らく際限がないから敵を殲滅するのではなく、どれだけ消耗せずに耐え忍べるかが重要になる」
「はい! 質問です!」
ニコルが手を上げている。
「どうぞ」
「どれくらいの間耐えればいいんですか?」
「あぁ~、1回しか経験ないから正確には分からないな。季節によって変化すると思う。
ざっくり日没から日の出までだと考えたほうがいいと思います」
『 えぇ~ 』
バトーの答えに衝撃を受ける一同、ゴードンと松本は経験済みなので特に感想はないらしい。
「今は冬だから長いのである…」
「18時には暗くなるからなぁ…6時に日の出としても12時間、気が遠くなるな…」
「どうりで村が壊滅するわけね、普通の人達には耐えられないわ」
「無理じゃないかなぁ?」
「飯食えるのか?」
「食事処じゃないでしょ…」
模擬戦に参加した者だけでなく、居住区の獣人達も頭を抱えている。
かなり離れているのだが耳が良いので普通に聞こえているようだ。
「まぁ、そこまで気を落とさなくても大丈夫ですよ」
「そうだぜ、俺達の時とは違い光魔法があるからな、それなりにやれると思うぜ」
「上の居住区に固まれば防衛しやすいしな、俺達の時なんて壁2枚と普通の武器で戦ってたしな。
今の話はあくまでも参考程度に考えて下さい、今回は違う可能性もありますから」
『 はい~ 』
話を終え解散する一同。
「あの~プリモハさん、話は終わりましたか?」
「えぇ、今終わりましたけど、何か御用ですかカテリアさん?」
一同の後ろで様子を伺っていたカテリアが話しかけて来た。
手を後ろに組みモジモジしている。
「あの~さっきの黄色いヤツについてなんですけどぉ…」
「黄色?」
「多分チーズじゃないですか? カテリアさんは人間の食べ物が食べたくて仕方ないんです」
「マツモトさん!? そんなちょっと言い方…」
「違うんですか?」
「違わないです、あはははは」
バツが悪そうに笑うカテリア。
「プリモハさん、チーズ食べてみたいんですけどぉ、分けてもらえませんか?」
「できれば俺も少し貰えませんか?」
「ちょっと待ってね、ん~、はいどうぞ!」
「「 ありがとう御座います! 」」
鞄からチーズを2キレ取り出し分け与えるプリモハ、
早速チーズを齧りモチャモチャするカテリアとマツモト。
「何ていうか…濃厚! 美味しいぃぃぃ!」
「少し塩気があって美味しいですね、癖がなくて食べ易い」
新しい世界に目を輝かせるカテリア、残りも全て頬張り幸せに浸っている。
これがこの世界のチーズかぁ
俺の知ってる安いチーズとは違うなぁ、
凄く濃厚で芳醇なのに癖がない、なんにでも合いそう
「カテリアさん幸せそうに食べるわねぇ、
一般的なチーズだけど、マツモト君も初めてなの?」
「初めてですね、田舎者なので」
「プリモハさん、これどうやって作るんですか? ここでも作れますか?」
「残念ですけど、この島では無理だと思います。
チーズは魔物の生乳を加工して作りますので」
「そうですか…」
肩を落とすカテリア、既に無くなったチーズを惜しみ口をモゴモゴしている。
「魔物の生乳なんてとれるんですね」
「魔物といっても様々ですから、このチーズは『渡牛』という
各地を渡り歩く牛の生乳で作られています。
渡り牛はとても大人しいので危害を加えなければ搾乳させてくれます」
「その渡り牛を見つければチーズ作れますね!」
「移動しているから見つけるの大変そうですけど?」
「野生の渡り牛を見つけなくても、かなり昔から家畜化されていて各地で飼育されています」
「「 へぇ~ 」」
ポッポ村では飼育していないので、渡り牛の群れが来ると村人総出で搾乳に赴くのだ。
「プリモハさん、あの~もう1つチーズ頂けないですか? 思い出に…」
「ごめんなさいカテリアさん、先ほどのチーズで手持ちは最後だったんです」
「え!? そうだったんですか? ごめんなさい最後のチーズ頂いちゃって…」
「いいんですよ、私達もいろいろお世話になってますのでお互い様です」
2個しかないチーズを2人に分け与える聖人プリモハ。
「あの、カテリアさん…そんなに見られると食べづらいのですか…」
「気にしないで下さいマツモトさん、ただ見てるだけですから」
「いや、でも…」
「気にしないで下さい!」
松本の持つ残りのチーズをガン見するカテリア。
た、食べづらい…
まぁ、俺は何時でも食べられるからな
カテリアさんにあげよう
「あの、カテリアさん、食べかけで良ければどうぞ」
「いいんですかぁ!? うれしぃぃぃ!」
「優しいわねマツモト君」
「これって優しさなんですかね?」
天に舞い上がるカテリア、松本が差し出したチーズを受け取ろうとする。
「あ、ちょっと待ってください」
「えぇ!? そんなぁ!? 意地悪しないで下さいよマツモトさん!」
松本がチーズを引っ込めると地に落ちて来た。
「あげます! あげますから! 落ちついて下さいカテリアさん!
折角なので別な方法で食べたらどうですか?」
「どんな方法ですか?」
「それは上に行ってからのお楽しみです!」
居住区に移動する松本、カテリア、プリモハ。
「マツモトさん、チーズ持ちましょうか? 重いんじゃないですか?」
「駄目です、カテリアさんに渡したら直ぐ食べちゃうでしょ」
「食べませんよ~あまり長時間持つと体に悪いかもしれませんよ?」
「どんな危険物なんですか!」
「ふふふ、気に入って貰えてよかったです」
家に着くまでカテリアはチーズから目を離さなかった。
カテリアの家で食パンを切り、細かく刻んだチーズを乗せる松本。
「後はこれを焼くだけです」
「チーズ美味しいぃぃ」
「このパンってどこで作られてるのかしら? ジェリコが凄く気に入ってるの」
「さ、さぁ?」
「わわわ、わかりません」
刻んだチーズが摘まみ食いにより目減りしたことは言うまでもない。
自前のフライパンで食パンを焼く松本、香ばしい香りが漂ってくる。
「マツモトさん、まだですか? もういいですか?」
「どれどれ? ん~もう少しですかね」
「このパン美味しいのよね~、調査中に食べられる物じゃないわ」
蓋を少し開け中を覗く松本、チーズがもう少しのようだ。
香り立つチーズに胸躍るカテリア、両手をテーブルに付き飛び跳ねている。
プリモハは余った食パンを齧っていた。
「はい、カテリアさん出来ましたよ、これがチーズトーストです!」
「わぁぁぁ、美味しそぅぅぅ」
「熱いですので火傷しないように気を付けて食べて下さい」
「頂きまーす! アヅヅヅ! チーズがアヅヅ」
「ふふふ、治してあげますよカテリアさん」
早速火傷したカテリア、プリモハが回復してくれた。
「美味しいぃぃ! そのまま食べるより満足感が凄いぃぃぃ! チーズ伸びるぅぅぅ!」
カテリア、初めてのチーズトーストで感涙!
「こんだけ喜んでもらえるなら作った甲斐がありますね~」
「それにしても美味しそうに食べるわね~、なんか沢山食べさせてあげたくなるわ~」
「ポッポ村のマダム達も同じこと言ってましたよ」
母性を的確に刺激するカテリア、最近少し太ったのは内緒である。




