102話目【バンドウさん】
ポッポ村を出発して18日目の一同。
木々の間を吹き抜ける風によく知る香りが混ざっている。
「ん? 微かに潮の香りがしますね」
「海が近いんですよ、後少し歩けば森を抜けますよマツモトさん」
「浜辺に出れば獣人の里がある島が見えますよ」
「ようやく帰って来たのである」
「出発して18日ってとこか」
「初めて行く土地だ、楽しみだろゴードン」
30分ほど歩くと森を抜け浜辺に出た。
左右を見渡すと浜辺が何処まで続いている。
「うぅ…風が冷たいですね…」
夏であれば気持ちのいい浜辺なのだが、残念ながら季節は冬。
物寂しい浜辺に打ち寄せる波が哀愁を感じさせる。
「皆さんここで少し待っていて下さい」
「来た時のハナフネを持ってくるのである」
カテリアとニャリモヤが浜辺を歩いて行った。
マルメロが森に覆われ大きな山のある島を指さす。
「あれが僕達の里がある島です」
「こんな場所に島があったなんて知らなかったな」
「こんなに大きな島なのに地図に載ってないんですねぇ~」
「まぁこんな場所誰もこねぇだろ、国の端も端だぜ?」
「「 確かに 」」
「あの山の内側に獣人の里があります
山の斜面は急な岩肌で殆ど登れず、
里への入口が限られているので知らないとまず見つけられません」
「「「 へぇ~ 」」」
岩がむき出しの山を見上げる3人。
上じゃなくて内側ってのがよく分からんが
まぁ行ってみれば分かるだろ、一見は百聞にしかずってね
「いやぁぁぁマツモトさーん光魔法お願いしまーす!」
「皆、気を付けるのであーる!」
大きな蓮を3個引きずったカテリアとニャリモヤが走って来る。
すぐ後ろに左ハサミで距離を測る甲殻類の姿がある。
パ、パンチャークラブぅぅぅ!?
何でいるのぉぉぉ!?
「2人共あぶなーい!」
「いやぁぁぁ!」
「てりゃぁぁ!」
マルメロが叫ぶとカテリアとニャリモヤが左右に飛ぶ、
右のハサミが動き正面の砂浜が抉れた。
「ははは早く服脱がないととと、ああああ寒ぅーい!」
「行くぞゴードン、右のハサミの正面は危険だ!」
「そうらしいな、左右で挟むぞバトー!」
パンチャークラブの右側にバトー、左側にゴードンが回る。
バトーが右のハサミを落とし、ゴードンが盾で突き上げパンチャークラブをひっくり返した。
「だぁぁぁ寒ぅーい! 光魔法行けますよー!」
「あの、マツモトさん、もう終わったみたいですよ…」
「え!?」
マルメロが指す先で、お腹に×マークが入ったパンチャークラブが転がっていた。
うそん!?
俺が服脱ぐ間に終わってるんですけど…
2人共強すぎぃぃぃ!
「すげぇなバトー、俺の剣じゃ硬くて腹側しか切れねぇのに」
「特注の剣だからな、よく切れるんだ。ハサミ持ってくれ」
「おうよ、いい剣だな、俺も作ってもらうかな、いや斧の方がいいか?」
何事も無かったかのようにパンチャークラブを切り分けるバトーとゴードン。
「「 すごーい… 」」
カテリアとニャリモヤは呆気に取られていた。
服を着た松本とマルメロがやって来た。
カテリアとニャリモヤが持って来た大きな蓮を指さす松本。
「それに乗るんですか?」
「そうです、ハナフネって呼ばれていて水に浮かべて乗れるんです」
「里に自生している植物で天然の船である」
丸くて縁が立ち上がっている大きな蓮、いわゆるオニバスである。
指で触ると肉厚で弾力があり丈夫そうである。
「食べられそうですね」
「おいやめろ、なんでも食べようとするんじゃねぇ!」
「今から使うんだぞ、やめろマツモト!」
「少しだけ、少しだけですからぁぁぁぁ」
「「「 マツモトさん(殿)… 」」」
少し齧ろうとした松本はゴードンとバトーによって引き離された。
「取りあえず船はこれでいいとして、オールがないな」
「オールくらい直ぐ作れるだろ、あの辺の木でいいか?」
「あの~もう齧ろうとしませんので、これ解いて貰っていいですか?」
蔓でグルグル巻きにされ浜辺に転がる松本。
「あ、オールは必要ありません、ちょっと待ってください」
海に向けて水魔法を使用するカテリア。
連続放った3つの水の塊が甲を描き海に落ちる。
「へぇ~カテリアさんって水魔法使えたんですね」
「一応中級まで使えますよー!」
自信満々のカテリア。
「獣人の里でも火の魔法と水の魔法はあるのである。
ただ里は外界と繋がりが薄いので、使える者の数は少ないのである」
「たまに旅に出た人が魔石を買って来てくれるんです。
まぁ、魔法が使えなくても火も起こせるし、水も近くにあるのであまり困りません」
「へぇ~」
「あ、来ましたね、皆さん離れて下さい」
「「「「 はいー 」」」」
一部だけ波が高くなり迫って来る。
水から距離を取る一同。
「え!? ちょ、ちょっと待って、誰かぁぁぁ!? ぎゃぁぁぁ…」
『 あ… 』
忘れられた松本が波に飲み込まれた。
「おいバトー…」
「しまったな…」
「しまったなじゃぁぁぁ、無いでしょうがぁぁぁ! ぐぇっ!?」
びしょ濡れの松本が飛んできた。
「どうしたんだマツモト?」
「なんで飛んで来たんだ?」
「いいから早く解いてぇぇぇ! 寒ぅーい!」
震える松本の蔓を切ると、急いで着替えてニャリモヤに張り付いた。
「あったかい…」
「で、どうしたんだマツモト?」
「あれです」
「「 ん? 」」
マツモトが指さす方でカテリアとマルメロが大きなシャチの背びれに蓮を結んでいた。
「よろしくお願いしますバンドウさん」
「今回は6人なので重いかもしれません」
カテリアとマルメロがシャチに話しかけている。
「バンドウ殿は里の周辺に住んでいる魚の獣人である。
いつもハナフネを引いて貰っているのだ」
「「「 なるほど 」」」
あれ魚か? 哺乳類では?
疑問に思う松本であったが、異世界なのでそっとしておいた。
「よろしく願いしますバンドウさん」
「これよかったら食べてくれねぇか、どうせ全部は持って行けねぇからよ」
「ハサミは獣人の里で渡す予定なので、それ以外なら大丈夫です」
パンチャークラブを差し出す松本達。
「えぇ~いいんですか! 大好物なんですよこれ! イヤッホー!」
いやバンドウさん喋るんかーい!
ウキウキでパンチャークラブを食べるバンドウさん。
獣人なので当然喋ります。
「ちょ、ちょっとバンドウさんいつもより早ぃぃぃ、もっとゆっくりお願いします!」
「振り落とされされそうぅぅぅ」
「俺、もう替えの服無いんでぇぇぇ、落ちたら大変なことになるんでぇぇぇ」
「マツモト殿、しっかり我に掴まるのである!」
「速ぇ、こいつは楽だなバトー」
「はっはっはっは、楽しいなゴードン」
3つの蓮に2人ずつ、カテリアとマルメロ、松本とニャリモヤ、バトーとゴードン。
テンションの上がったバンドウさんに引かれ、バトーとゴードン以外は必死だった。
「イヤッフーゥ!」
「「「「 やめてぇぇぇ 」」」」
「「 だーっはっはっはっは! 」」
というわけで、あっという間に島に上陸。
『 ありがとう御座いましたー 』
「 またね~ 」
バンドウさんと別れ獣人の里を目指す一同。
パンチャークラブの左右の爪はお土産である。
アロエの味だったな
イケる
乗って来たハナフネは何故が縁の一部が欠けていた。




