1話目【池の淵にて】
「拝啓、親愛なる皆様いかがお過ごしでしょうか?
お変わりなく健やかに過ごされていることを切に願わずにはいられません、
私も変わらす健やかに過ごしております、
ただ少し、ほんの少し変わったことがありまして…なんというか…
現在、私、死地におります!」
これは異世界に転生してオジサンの物語である。
「(おかしい‼ どう考えてもおかしい‼ この状況は一体どういうこと?
俺は顔を洗いたかっただけなのに、それなのに…あぁそれなのに…)」
男の眼前には4足歩行の何か、じりじりと近づいて来る。
「(…いや空腹なのかコイツ? というかワニなのかこれ?
なんかワニっぽい気がするが違う気もする…なんか背ビレあるし、黄色だし…)」
グバァッっとワニっぽい何かが口を開く、齧られればひとたまりもない。
「ヒェッ!? まままマズイ! この状況はまずい! 何とかしなければばばばっばあばb…」
威嚇され慌てふためく男。
「(お、落ち着け…状況を確認するのだ、目の前には大きく口を開けたワニ、
…ん~たぶんワニ? 取りあえずワニにしておこう、そして武器は無しっ!)」
当たり前である。
男が森中で目覚めたのは2日目、武器なんてあるわけもなく、
かろうじて持っているのは拾った木の実と50㎝程の木の棒、
枝というよりはちょっと太めの棒、よく小学生が振り回しているアレである。
「ならばぁ! やれることは少ない! 眼だ、眼を突くのだこの棒でぇぇぇぇぇ!」
振りかぶった棒を一旦止める男。
「(と思ったがなんだか可哀想でもある、よく見たら澄んだ瞳をしているし…
あれは仕事のできるタイプの眼だな…)」
前世の記憶がチラつく元社会人の男。
「しかし! 俺とて食べられる訳にはいかんのよぉぉぉぉぉ!」
勢いよくワニ?の下顎に棒を突き立て、迫りくる上顎との間に挟む。
「頼む!もってくれよっ、我が相棒ぉぉぉ!」
死に物狂いで横に飛ぶと同時に砕け散る相棒(棒)
「相棒ぉぉぉぉぉ!」
涙と共に2日間の思い出が駆け抜ける。
木からもぎ取って蛇をツンツンした仲である。
砕けた相棒(棒)を踏みつけ再度口を開けるワニ?
「よくも相棒(棒)を…よくもやってくれたなぁぁぁ!」
相棒(棒)を失った悲痛と怒りに満ちた叫びが森に響き渡き渡る。
突き立てたのは男なので八つ当たりである。
迷惑そうな顔のワニ?、若干引いている。
「ぐおぉぉぉぉ!」
男が左手で右手首を握りしめ感情に任せ力を込める、
すると不思議なことに右手から光を放ち始めた。
「お!? うそぉ!? なんかよくわからんけどなんか出そうな気がする!
やって見るもんだな! 頼む俺の内に秘める可能性よ!
現状を打ち破る起死回生の何かを我が手にぃぃぃ!」
一人称を統一しろと思うワニ?を横目に右手に力を込める男、
手の平が眩い光に包まれた。
「こ…これは、確かにある! よく分からんが右手の内に棒状の何かが! 起死回生の可能性が‼」
光が収まり姿を現したのは…
全長1mあまりの立派な…それはそれは立派な…
フランスパンだった。
「?」
「?」
頭にが?浮かぶ男とワニ?
なかなか固い良いフランスパンだったので、とりあえずワニ?を叩いてみる男。
ポコン…と、軽い音がする。
特に驚くような特殊効果は無いらしく、ワニ?は叩かれた頬を擦っている。
「どうぞ…」
仕方がないので半分にちぎったフランパンをワニ?の口に入れてみる男。
フランスパンを食べたワニ?はドスドスと水中に戻っていった。
「(満足してくれたみたいだ…助かった…)」
というか疲れたようだった。
「よくわからんが危機は去ったようだな」
そう呟き、持っていた木の実をフランスパンに挟み一口齧る男。
朝日に目を細める少年の股下では、爽やかな風にウィンナーが揺れていた。
異世界2日目、所持品は半分のフランスパン(食べかけ)
そして『全裸』である。