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1話 この暮らしを終わりにするために

 何度、目に、耳にしただろうか?オヤ同士でいつも金柄みで、もめている。

チチの常套句は「誰のおかげで食べ れ ている」

ハハの常套句は「服を着 れ るようにするのは誰」

いつも口喧嘩をしている。


正直これらをオヤ、ハハ、チチと呼ぶのにも違和感がある。

正式名称で呼ぶのも拒絶する程に。繰り返しを行うので、ロボット、RPGのNPCと言った方がしっくり来る。


早くこの茶番から抜け出したい。今求めているのはそれだけだ。

自慢にならないが、比較的小遣いは使ってない。

小学生の時からお年玉を得ても、はしゃかず、ただ独り暮らしの為の資金として貯金をする。

その結果、お小遣い+αで所持金は50万円となる。

大金なのは間違いないだろう。


集めた金はオヤにも誤魔化している。銀行が最も安全だが、未成年者ではオヤ同伴でないといけない。

大金がバレれば、後々面倒だ。かれこれこの牢獄にも懲役15年に近付く。

義務教育が終われば、働くことが出来るが、中卒で働くのは現実的でない。




 学校へ行くために家へ出る。憂鬱の象徴の元から一時的ではあるが、離れられるのは、気持ちが晴れやかになる。

特に問題の無い学校であれば……。


 そう考えている内に、その問題の学校へ着く。

校門を通る。

「協力」と掲げたスローガンが目に入いる。

ちっとも、似合わないスローガンだ。

そんな協力とは無縁の学校の教室に入る。

俺のではない机に花瓶と小さな位碑が置かれている。

丁度生徒が亡くなったという訳ではない。

仮にそうでも、関心するものではない。




 この学校には、いじめが起きている。

協力とは無縁と感じているのはこれのためだ。

いじめの隠蔽(いんぺい)を【協力】して肯定している観点ではこのスローガンは適切ではあるが、そんなの道徳の教科書のどこにも書いていない。

公で認められる訳がない。

これが相まって、イエも学校も牢獄なのだ。

辛うじて学校の方が増し。




 噂をすればいじめられている当人が登校してきた。椅子を動かして座っただけで、「霊だの、お化けだの」まるで存在を否定するかのような発言している。霊やお化けだと言うなら、恐怖の表情をするものだが、クスクスと笑って、わざとだということがよく分かる。




 位碑と花瓶を置いた途端、いじめられっ子のその人、坂井一輝(さかいかずき)が着席した。机の元へ、近付く者が現れる。奴がいじめの主犯だ。


「死んだ、試美徒(しびと)君がまだいるんだね。お墓参りをしよう」


 坂井をシビトと名付けている奴の名前は阿多谷金広(あたやかねひろ)

標的にしている者に名前とは別でニックネームをつける。

そして独裁者阿多谷のありがたい言葉に教室にいるクラス全員が拍手している。(半ば強制的に)


俺もエア拍手をして、生徒の拍手の音に紛れて誤魔化している。

この小さな世界の独裁者を中心に、いじめの肯定された歪な社会が形成されている。

肯定の範囲はクラスだけではなく、全生徒、そして、先生でさえ例外ではない。


先生がいじめを直接行うことはないが、このふざけた状況を黙認している時点で、事の異常性を察することができるだろう。

独裁者の親は絵にかいたのような金持ちだ。

それを良いことに学校で好き勝手しているようだ。

それによって学級崩壊を引き起こせる程だ。


 拍手で満足を得た独裁者はふざけた墓標の前で二拝二拍手一拝をした。

お墓参りの作法で無い事など、優等生君の阿多谷がわからないなんてことは無いだろう。

完全にわざとだ。

流石にシュールで引き笑いを押さえるのに苦労する一面だった。

もし、笑ったら、俺もターゲットにされるな。

あれ狙ってるだろ。

笑わない方が難しい。

笑った後で「坂、シビトの侮辱のセンス流石っす」と媚び媚びの誤魔化しをしたとしても、だめだろう。

何せ、たかがテストの優劣でプッツンする程の繊細な人。

プライドが傷つくことには敏感だ。


 学校の惨状の一部を垣間見えたところで、ホームルームが始まる。

担任の先生が今日の話をし終えると、ついでにテスト解答用紙が配られることとなった。それぞれの名前を五十音順に呼ばれ、そして問題の所が来る。


「……」


 先生が途端に黙る。

その番は、いじめられている者の席だ。

その時は、ほとんどの生徒達がその机の方へ目移りさせる。

早く解答用紙を自分から取れよと言わんばかりに。


霊だから渡せないそんなしょうもない思惑に付き合わされているとすら感じる。

それを受け入れながら当人は解答用紙を回収した。

その行為を終えたのを確認すると、先生は次の名前を言い始めた。


 言うまでもないが、この学校に存在する全員に、敬意の一欠片もない。

先生も例外でない。

先生と辞書通りの意味では、ここで使っているつもりはない。

形だけだ。先頭立って生き恥を去らしている存在として略しているに過ぎない。正式名称ではない。


いじめられている者に同情する気もない。

いじめを受け入れている意味がわからない。

当事者意識の致命的な欠如だ。

同情して何になるのだろうか。誰かが困っていたら、無償で助けないといけないと、俺は思わない。

それなら自分が幸せになるために費やす方が有意義だ。


 クラス全員に無事解答用紙を配り終わると、担任の先生は教室に出て行った。客観的に見れば、無事では無いが、既にもうこれは、常態化したもので、ここの日常だ。


 ホームルームを終えて一時間目に、入る。一時間目は体育だった。

体育館に向かうと、体育の教師がいた。


「よし、みんな揃っているな。いつものように二人組になって、準備体操をしてくれ」


 男女別れて、二人組を作る。いじめを受けている当人も二人組を作れている。

一見意外に見えるが、その相手は。


「一緒にやろうか。試美徒君」

「……はい」


 出席番号が隣でも無いのに、いつもこの二人となっている。

独裁者が誘う。実質強制だ。最初の方は断っていた。たが、報復の方が酷いということに気付き、今では、言われたら、断らないようになっている。


 そして、独裁者は標的と準備体操をする。

別に特別な嫌がらせはしていない。ただ、今まで散々な目にあわせられた奴と一緒に関わるだけで、気がどうにかなっても、おかしくない。

それをわかっているから愉しめられるのだ。


 準備体操が終わり、今回行うのはドッジボールだ。この種目の場合、独裁者と坂井はチームが別々となる。

コートで標的は周りから孤立した状態となる。

後はルールを守って、ドッジボールをする。


外野が内野のコートに入らないから問題ない。

ボールを使っているから問題ない。

先生が何も言わないから問題ない。

ルールにかまけて、道徳心の欠片もないことを行う。


 体育の授業が終わり、教室へ戻る。

酷過ぎない嫌がらせのおかげで坂井は保健室行くことにはならない。

身体的とは別に精神的に参ることはあり得るが、既に何度も体験しており、諦めて、受け入れているようだ。


 これから次の科目でも同じように嫌がらせが続く日々。

たが、その茶番も終わりになるだろう。俺はある計画を行うために、坂井を呼び止めて、人気のないところへ連れ込む。


「なぁ坂井、学校サボろうぜ」


「え? 向井間君、なんで」


「お前はこのままでいいのか? 」


「このままって。仕方ないよ。僕にはどうすることも出来ないし、今年まで我慢すれば、良いだけだよ」


「学校は別々になるから大丈夫だ。なんて考えているなら、大間違いだ。アイツが適当に坂井とは仲が良いから一緒の金持ち学校に連れることだってあり得る。そうでなくとも、お前とアイツは連絡先を交換してるよな。電話かけられたら、断れるのか? 」


「そ、それは」


「なぁ、坂井。もう解決するには相手に痛い目を合わせる気でないと、止まらないぞ。だからそのためにも、誰も帰らないこのタイミングで、別の場所で込み入った話がしたい」


「……」


「次の科目は国語だったな。教科書を読むのはお前だけ。噛んだら、阿多谷から制裁。おかげで、一言一句噛まずに、読み上げられるようになったな。お前にとって安心できる時間だな」


「……」


「けど、それが常態化したら、阿多谷も飽きるだろう。趣向を変えられるだろうな」


「……」


「わからないか?これから内容は違えど、いじめの本質は変わらないぞ」


「……」


「中学を卒業したってそうだ。あいつの手からは離れられない」


「止めてくれ」


「高校へ行っても、大学へいっても、一生涯あいつと一緒」


「止めろっ」


これでもまだ足りないか。


「お前父親が亡くなっているみたいだな」


「っ!! 何故それを」


「そんなのは今関係ない。母親が心の支柱って所か。だが、貧しい暮らしを余儀なくされているよな。いや、本来なら生命保険に加入するものだろ。計画性の無い親だな。そんないい加減な親に気を付かって何なる。ああ、そうか。いい加減な親だから頼れないのか。助けるわけが無いよな。」


「黙れ! ! ! お前に何がわかる。母さんも父さんもそんなんじゃない」


「おお。今なら阿多谷でも、殺せそうだな」


 胸ぐらを捕まれ、壁際に押される。

震えながら、そう言った。やはり相当参っていたのだろう。

良い頃合いと判断し、本筋の話を始める。


「阿多谷に報復をするぞ」


「そんな事出来るわけないよ」


「お前だけなら、無理だろうな」


「じゃあ、どうしようもないよ」


「鈍いな。俺に考えあるから協力しろ」


「……どうすればいい? 」


「まず、お前の家へ行く。そこで親と話すから口裏を合わせろ」


「……わかった」


「言ったそばから悪いが、断っていても、阿多谷を追い詰める計画は一人でもやっていた。一応、言っといてやらないと、失敗で、言われの無い仕返しをただ受けることになるかもしれない。まぁその時はその時だ」


「そ、そんな酷い」


「大丈夫だ。そうならないから。ただ、それくらいの覚悟はもっとけよ」


実際に、そのための下準備はしてきた。


「それと、念のため言っておくが、親にこの事は言うなよ」


「えっと何で? 」


「なんだよ。親には内緒にするんじゃなかったのかよ」


「そ、それはその、気になって」


「親に言えば、警察等に勝手に相談するかもしれない。考えてみろ。非協力的な学校が事情聴取をまともに対応するわけがない。そんな中で良い方向に進展する保証なんて無い。独自で、証拠集めしているし、それを利用するために不確定要素は排除したい。だから協力すると思って、秘密にしてくれ」


「うん。わかったよ」


「それと、明日から俺もいじめられるように、奴を挑発する」


「え! ? 危ないよ」


「どうしても、やらなくてはいけないことなんだ。俺もいじめられるという事実が必要だ。お前はもう主体的に行動出来ない。それはよくわかっている。無理に戦うことなんて無い。卒業式で、俺がいじめられている事にして、いじめに関わった奴らを一網打尽にする」


「うぅありがとう」


泣いているようだ。建前だとも知らずに。


「後、さっきの言動は方便だから気にするなよ」


「うん」


 心にも無いことを今後、亀裂を生まないように言ってやった。

さっきの言動は、方便でもあるが、本心でもある。

仮にどんな聖人でも、見通しの甘い奴は軽蔑の対象だ。

現に、坂井の父親が生命保険に入っていれば、経済的余裕が生まれた。

経済的余裕に比べれば、優しいなんて言葉あってないようなものだ。

生活基盤整えてやっと、評価できる点になる。

生命保険もろくに加入出来ない経済力なら、そもそも子供など作る資格なんて無い。

俺のオヤと何ら変わらない。


「向井間君は何で助けてくれるの? 」


「……いじめがゆるせないから」


これも心にも無いことだ。



 

 坂井とは別々となり、自分の一応のイエへと帰る。

一番つまらない時間の始まりだ。

ドアを開けて玄関へ入ると、母親が「お帰り」と言う。


「……ただいま」とぼそっと返す。それがいただけなかったのか、「待ちなさい」と呼び止める。


どのみち逃げられないので、不本意ながら、呼び止めに従う。


「透。そんな挨拶他所でもしてないでしょうね? 」


「してない」


「なら、どんな挨拶をしてるの? 」


「おはようございます‼️と大きな声で元気よくしている」


「そしたら、そこまでじゃなくても、普通に挨拶しなさい。中学生らしくないでしょ」


「わかった」


中学生らしさとはいったい何なのだろうか?

元気よく挨拶する事なのだろうか?

大人で元気よく挨拶をする方が珍しいので、要は子供ぽくしろということなのだろうか?


何れにしろ、子供らしく振る舞えば、今度は中学生らしくしっかりしなさい。

と、お決まりの文句が放たれる。結局中学生らしさとは、理不尽に大人らしさと子供らしさを要領よく使い分けろということだ。

中間管理職の板挟みをこの年に押し付けるという何とも、残酷なシステムである。

そもそも教え ら れる程人間が出来ていない。


内の無能上司には困ったものだ。

ただ、当人に文句を言っても、解決にはならない。「口答えするな」と言われるのが目に見えている。

下の立場とは悲しいものだ。


今のところだが。



 俺は自室へ入る。食事・入浴・トイレ等がない限り、ほとんど出たりはしない。

カゾクと同じ空間に居たくはない。

思春期だからとかそういうのではなく、自立したら、一切関わらない気でいる。

俺の唯一の揺るぎない意思だ。


 自室では、常に独り暮らしのことを考えている。

いや、どんな場所でも、頭の片隅には考えている。

パソコンでなくとも、スマホが有れば、いいのだが、生憎ここは裕福ではない、子供に与える程の余分は無い。

自分で買うのも論外だ。高価な物を買って色々と、詮索されたくない。

それと、電気代・利用料金でうるさくなる。契約も一人では難しい。

契約の段階でもめるのが目に見えている。出来るだけ金は使わないようにしたい。




 そうこうしているうちに、玄関のドアの開く音がした。

おそらく、チチオヤだろう。何度も聞いているので、嫌でも耳に染み付いている。

さて、この不快音が鳴ったと言うことは、おまけで、嫌なことが続く。


「透。ご飯よ」


ここでは、チチオヤの仕事が長くならなければ、カゾク全員で夕飯を共にする。

まぁ、普通のことかもしれないが、何もなければ、わざわざ嫌がらない。


「あなた今月はどうなの? 」


「別に普通だよ。普通」


「普通って何? このままでいいと思っているの? もっと働かないといけないのに。」


「十分働いているだろ。家のローンだってこのまま行けば10年で失くなる」


「家だけの話じゃないでしょ。透の大学のこととか考えてるの? 」


「」


 また始まった。フウフ喧嘩は犬も食わないという言葉を知らないのだろうか?

ここは今、喫煙所並みに空気が悪い。

ついでに口から撒き散らす副流煙で、尚さら悪い。

犬以下の食事を強制的に食わされている身にもなってほしいものだ。

今までの口論で一度口答えした時がある。


「いい加減食事中に口論のやめてくれ。食事が不味くなる」


 すると、面白いことに対立し合っていたリョウシンは俺へと標的を変えたのだ。

仲が良いのか悪いのか。プロレスなら、茶の間ではなく、ジムでやってもらいたい。

自分で飯を作って、先に済ました方が建設的だと感じている。というか、そうしよう。




 喧嘩を最後まで聞く気もないので、食事を早めに済ます。

そして逃げる様に、「ご馳走様」と心にも無いことを言って、自室へ戻った。

当人同士はまだ口論を止める様子はなかった。

そして明日は自分にとって岐路となる一日になるだろう。

いじめられている坂井を打算的にも助けることとなったからだ。

これが成功すれば、今の暮らしとはおさらば出来る。失敗は出来ない。




 起床後、俺はリョウシンより早く起き、朝御飯の支度をした。

朝は比較的穏やかな二匹だが、朝も晩も出来るに越したことはない。

簡単な物で、手早く済ませて、先に食事をする。

リョウシンと会わない為に早めに家を出る。

念のため、テーブルに食事を済ませた事と学校へ赴いたことを置き手紙した。

これからは、手間を要することで茶番から抜けることとした。

 家から出て6時半。普段もいじめの証拠集めの都合で早めだが、それよりも早く学校へ登校した。


次々と他の者たちが登校してきた。独裁者が坂井の机の前に立ち、日課の如く参拝している。

坂井は何も抵抗しなかった。下手に手を出せば、悪霊だのと適当な理由で、痛い目にあうと思ったからだろう。

まぁ、それも俺の目的のおまけで終わることになる。


 教室で俺はカメラを取り出し、教室の珍妙な参拝者を連写した。

撮られた者は直ぐに振り返り何をしているんだ?

という表情だった。


これから説明しやる。


「いやぁ、ここには珍しい動物が居たもんだな。勝手に墓標を立てて参拝する奴なんて見てお前ら良く笑わないなぁ。世紀の大発見だろなぁ? 」


当然のように、他の奴らは唖然とした表情をしていた。


「……どうしたんだい? 努豊根済君」


 ドブネズミ? 無論そんな名前ではない。どうやら俺も標的としたようだ。


「どうしたんだい? 君の立派な名前じゃないか?裏でひた向きに努力している君にぴったりな名前じゃないか? 」


白々しい。適当なネーミングセンスだな。


「そうだな。毒災者。人に害しか与えないお前にぴったりな名前だな」


表情がひきつっていた。これだけ言えば、嫌でも、酷い目にあわせようとするだろう。


今から俺は【いじめられてやる】予定だ。

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