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心配性の第二王子による滅亡阻止プロジェクト

作者: 三月

1/4 誤字報告により誤字を修正致しました。ご報告ありがとうございます。

 カークスト大陸で一番大きい(みやこ)と称される王都アルメリアにある王城では、この国の第二王子である私の――フアン・フォン・アルメリア・シュバリエの誕生パーティーが開かれていた。


 その誕生パーティーには私の婚約者であるダンザイ公爵家の一人娘であるアクヤ令嬢も出席していた。アクヤ嬢の評判はおおむね貴族令嬢の見本のような存在とされている。


 礼節だけでなく素晴らしいダンスの技能や豊富な知識を持ち、周辺国家の言語も堪能で更には貴族間の表には出てこないアレやコレの対処についても詳しいという……なにそれ怖い。


 6歳の頃に私の婚約者となり共に成長して彼女の人となりを知っているので、後半のアレやコレについてはただの噂だと思っている。とはいえ、そんな噂を流されるのは……6歳の頃から(恐らく親の遺伝なのだろう)目が吊り上がっているように見える迫力のある顔つきであったのも原因かもしれない。


 本日15歳の誕生日を迎えた私と同い年ではあるが目は6歳の頃から変わらず吊り上がっており、それ以外は両親の良い所どりをしたのではないかと思うほどの美人な顔つきをしている。


 そのせいで吊り上がった目と絶妙にマッチした「常に睨みつけている迫力のある美人」にしか見えなかった。


 その「常に睨みつけている迫力のある美人」が早速、私の方へあいさつにやってきた。


「フアン王子、15歳の誕生を迎えられたこと謹んでお慶び申し上げます」


「あぁ、ありがとう…でもそんなに畏まらなくて良いんだよ。国王の御前でもないからね」


 私がそう言って少し砕けた対応をするようにお願いをする。本人にその意思は無いのだろうが、睨みつけられながら畏まられた話し方をされるのは何故だか非常に居心地が悪い。


 普段からそのようにお願いしているのが効いたのか、少し表情を緩めると(彼女なりに、というところがポイント!普通に睨みつけられているようにしか見えない)少し砕けた口調で話をしてくれるようになった。


「フアン様、(わたくし)達も15歳という年齢になりました。今年からアルメリア学園に3年間入学し貴族や王族の方々に恥ずかしくないよう共に学んでいくことになりますわね」


 意図せずなのだろうがプレッシャーを感じる内容で話題を振ってくるアクヤ嬢。女心は…というか彼女の考えは6歳の頃から相変わらず分からないけど、多分ここは「いい年齢になったんだからもっと頑張れよ」という意味なのだろうと予想し、それに合った返答をすることにした。


「あ、あぁ、そうだね。他の貴族達の模範となるように更に勉学や武芸に励んでいきたいと思うよ」


 ちょっとアクヤ嬢の圧が強すぎて吃音(どもり)が入ってしまったが、及第点の答えは出せた気がする。


「あら、フアン様。(わたくし)が一番にお伝えしたいのはその事ではございませんわ!(わたくし)、フアン様と一緒に学園に通うことが出来るのが大変嬉しいのです」


 そう言って少し顔を赤らめるアクヤ嬢――あぁ、また間違えてしまったのか……顔まで赤らめて、よほど婚約者たる私があまりにも不出来であるのが恥ずかしいのだろう。


 第一王子(あに)の補佐役(変えの部品)として同じ帝王学を学んできた身であれば大抵の貴族間のやり取りは手に取るように分かるが彼女の考えだけはどうしても分からない。


 多分6歳の頃に初めて会った時、あまりに怖い顔で(彼女の名誉のために言うけど、6歳の頃の私は身体も精神もガキだった)泣きだしてしまって以来、トラウマになってしまったのだろうか。


 今はもちろんそんなことは考えていないが――後遺症として彼女の内心が分からなくなってしまったのかもしれない。


 それにいきなり目の前で泣きだされたアクヤ嬢の心情を思えば彼女の方こそ不憫であったと言わざる得ないだろう。あれだけの醜態を晒した私はきっと嫌われているに違いない。政略結婚なので好き嫌いで解消できるものでもないが――


「フアン様!ちょっと――聞いておりますの?」


 思考の海の中に潜っているとアクヤ嬢が少し怒ってしまった……まずい、聞いていなかった。


「っ!ごめん!ちょっと考え事をしていて……それで何の話だっけ?」


 一度失敗すると更にミスをしてしまう不出来な自分を恥じる。昔から自分が失敗した時や不安を感じた時はポンコツになってしまうのだ。


「もう!フアン様ったら!(わたくし)が最近好んで読む娯楽本があるというお話をしていたのですわ」


 不甲斐ない私の返答をサラッと流したアクヤ嬢は本についての内容を語ってくれた。何でも市井で流行っている小説らしく「ざまぁ?」とか何とかが爽快でスカっとするらしい。


 よく分からないまま私にその本を貸すという話になり、途中で話を聞いていなかった罪悪感もあって、本を借りることにした。


――――――――――


 パーティーが終わり就寝の時間となる。この時、メイドによって既に寝室に運ばれていたアクヤ嬢より借り受けた本が用意されている。


 普段はこの時間に少し帝王学を復習するのだが、今日はお休みにすることにする。誕生パーティーで話を聞いていなかったばかりか、これで借り受けた本まで読んでいなかったなどとアクヤ嬢に言える訳が無い。それに私は昔から自分が失敗したことや不安なことがあると、それが頭からこびりついて離れなくなってしまうのだ。


「うーん、気分を変える必要があるな――とりあえず、どんな本なのかとりあえず見てみることにしよう」


 私は早速この本を読んでみることにしたのだ。


――――――――――


 一夜明けて結論を言うと、一睡も出来なかった。

 何故なら本を読み進めていくうちにアクヤ嬢が何を言いたいのかハッキリ分かったからだ。


 彼女は恐らくこう言いたいのだろう――「お前は怠慢により破滅する」と。


 本の内容は概ね悪役令嬢という人物にスポットが当てられていた。

 その悪役令嬢には王子の婚約者がおり、学園に通い始める。すると聖属性を持つがゆえに学園に入ることを許された市井よりやってきた顔立ちが可愛いヒロインという人物が王子やそのとりまきを魅了する。


 そして段々と王子と取り巻きはそれぞれの婚約者に冷たくなっていき、最後は勝手に婚約破棄をしてしまうのだ。


 その最後の婚約破棄の現場は卒業パーティーの日で悪役令嬢に告げられる。しかし悪役令嬢には数々の味方がおりそこで形勢逆転、王子やそのとりまき達は破滅する。そして悪役令嬢は皆に愛され幸せを得るという内容だった。


 大筋の話はそんな感じだったが、何故かオマケとして誰を唯一の人として悪役令嬢が選んだのかというIFの話も別々の閑話として同じ本一冊の中で語られている。

 ただし共通するのは誰を悪役令嬢が選んだとしても王子が死ぬか破滅するのだ。死ななくても破滅後は塔に幽閉後、秘密裏に殺害されたらしい。結局先に死ぬか後に死ぬかの二択しか無い。


「……………」


 この本にはアクヤ嬢からの分かりやすい言葉がエピソードに隠されて語られている。悪役令嬢とはアクヤ嬢の立場を示唆し、王子は悪役令嬢の婚約者たる王子、つまり私そのままを意味する。


 物語は悪役令嬢の婚約者たる王子が破滅する内容が語られていることから、意味は言わずもがなである。何とも分かりやすいメッセージ送ってきたものだ―――


「って、冷静に考えている場合ではない!これは何とかしなければならない……うぅ、とにかく本を参考にして未然に色々防ぐしかない…!」


 私は心新たに今でも大分頑張ってはいるが、もうすぐ学園の入学式も間近だ。破滅を阻止すべく更に頑張る事にした。


―――入学式―――


 あっという間に入学式となり新入生代表の挨拶という栄誉を賜る事になった。無難な言葉で締め全校生徒から拍手を頂くが、内心は焦りしか無かった。


 何故なら100年に一度現れるかどうか、と言われる「聖属性」を持つ平民の女性徒が今年はこの学園に入学してきたからだ。これではまるでアクヤ嬢から借りた本の通りではないか!


 とはいえ現実と創作の違い位は分かる。偶然シチュエーションが似ただけで実際にそうなるなんてのは妄想だけの話だ。だがしかし、それをあざ笑うかのように入学式を境に彼女は私にしょっちゅう話しかけてくるようになった。


 この学園には身分差は無いという建前が校風としてある――


 たしかにあるのだがこれはあくまで建前であって、それを貴族籍の無い人間が行えば周りから良い目では見られないのは明白だ。実際に嫌がらせのようなものを受けているらしいと噂で流れてきてはいるが、それを気にした様子は全くない。


 敢えて言語化してしまうと普通にヤバそうな気配しか感じられない。


 とはいえ何かしでかした訳では無く私に話しかけてきているだけだ。貴族籍は無いとはいえ彼女は百年に一度見るかどうかの聖属性を持つ女性。巷では聖女と呼ばれているらしい。


 そんな彼女の名誉の為にも、バッサリと彼女への基本的な対応は無難な会話でお茶を濁しておこうという方針に決まった。


―――武術祭―――


 春に入学して3か月ほど経った夏のとある日、武術祭が行われようとしていた。


 我が国の大将軍を務めるイマダ・ケル・ナグールの一人息子であるヤタラ・ケル・ナグール子息が同世代で一番の注目を集めている。そんな彼は夜遅くまで訓練場にて訓練を行っているらしい。


 そのシチュエーションを見て瞬時にビビっと来てしまったのは私である。ここにきてよもや本を参考にすることになるとは思わなかった。


 本のシチュエーションでは騎士団長の息子がとんでもなくカリスマがあって武術も唯一無二の強さを誇る父親と比べられて卑屈になっており、ヒロインがそこを突いて惚れさせるのだ。


 彼は本の中で王子のとりまきとなるように政治的に決まっており、最後は王子と共に破滅――いや、事件が起きる。悪役令嬢に完膚なきまでに論破されすべてを失うと「お前のとりまきにさえならなければこんなことにならなかった!」と王子に逆上し、持っていた剣で王子の首を刎ね飛ばしたのだ。


 ここで重要なのは本と同じように、将軍の息子であるヤタラも第二王子たる私のとりまきになることが政治的に決まっているのだ。


 もし本の通りに何らかの理由で堕落してしまった場合、逆切れで私は死んでしまうかもしれない……


 いや、もちろん本と現実は違う事は分かる!分かるのだが、昔から不安な事があると脳からこびりついて離れなくなるのだ。


「ああぁぁ、不安だ……こうなったら、確かめに行くしかない!」


 こうして私は放課後が終わった訓練場に赴くことにした。

 早速、訓練を行っているヤタラ子息を見つけたので、単刀直入に何か悩みは無いかと聞く。


 いきなりそのような事を話し掛けられたヤタラは驚いていたが、暫く沈黙した後に「なんでわかったんですか?」というようなことを言ってきた。


 いや、何となく当てずっぽうが当たっただけだよ、とは言えずに神妙な顔をすることにする。


 話を聞くと彼の婚約者と最近疎遠になっており何とかしたいと思っていたが、どうにもならず訓練で鬱憤を晴らしていたらしい。話を聞くとどうやら「気になる娘にイジワルをしたくなる」タイプらしく話しかければ掛けるほど嫌われていったようだ――当たり前である。


 そんな彼に女性に好かれるテクニック……という訳でもないが、帝王学において人心掌握は必須の科目なので、どうやれば特定の人物に好かれるのかというのをアドバイスすることにした。


 ヤタラは将軍の息子という事で脳筋なイメージがあったが意外に物覚えが良く、数日で婚約者との距離を近づけることに成功したようだ。


 精神的に不安から解放されたヤタラは武術祭で優勝を果たしたのだった。


 私はどうだったかって?


 自信を取り戻したヤタラに1回戦でボコボコにされたよ―――くそう


―――学園祭―――


 それから数か月経った後に秋となった。秋には学園祭が開かれるらしく生徒会の役員達が奮闘しているようだった。


 私は生徒会に入ってないのかって?


 それは滅亡阻止プロジェクトで忙しい私には時間的余裕が無いので無理である。


 日々、常に何かしら不測の事態が起きてしまわないか目を光らせ、婚約者のアクヤ嬢とも嫌われないように定期的に交流をしている。


 勉強だって何とか3位以内をキープしているし武術はヤタラには勝てないが他の騎士候補の貴族よりは上であると言えるだろう。


 そんな益も無いことを考えているとナンデ・ヤネン宰相の二番目の息子であるドナイ・ヤネンがフラフラと通路から歩いてきた。


 顔色が悪いなぁと思っていたら、案の定書類を落としながら通路で倒れてしまった。


 王子としてここは人を呼ぼうと思った時、またもやビビっと来てしまった。


 そういえば、本には宰相の息子もヒロインに付け込まれて堕落してしまっていたのだ。きっと彼も悩みがあるのだろう。


 そう思ったが吉日。とりあえず直接的な恩を売ろう。

 

 そう思って直接保健室に運んでいくことにする。男なんてどう持てば良いのか分からなかったので、倒れたドナイを横にして前に抱えるようにして保健室へ運んでいく。


 すれ違う女性とがキャーキャー尊いとか何とか言っていたが、王族なのだから尊いのは王権で決まっているだろう。


 保健室に着くが誰もいなかったのでドナイをベッドに寝かせる。


 暫く待っているが相変わらず先生が来ない。どうしたら良いものかと思っているとドナイが目を覚ました。


 体調管理がなっていないのではないか、と問うと生徒会の仕事をするものが自分一人しか居ないのだという。


 もちろん生徒会が一人だけということは無いので、どうしてなのかと聞くとどうやらドナイの婚約者と仲たがいしたのが発端らしい。


 ドナイとその婚約者は同じ生徒会に所属しているが、入学当初から思想の違いで仲が悪いと噂されていた。


 ドナイは貴族主義的な考え方をしており、貴族のみが重要な仕事をするべく生まれてきたという考え方。


 その婚約者は実力主義を信奉しており、貴族のみならず貴族籍が無いものでも使える者はどんどんつかっていこうという考え方をしているらしい。


 そして、どちらかと言えば常日頃からドナイが一方的に婚約者に噛みついており「この生徒会に市井の者を入れるなど!」と憤慨していたらしい。


 そして学園祭が近づく頃、些細な話で喧嘩。


 ドナイは貴族の役員のみで仕事をこなすと大言を放った為、婚約者がそれならやってみなさいよとボイコットをしたのだ。もちろん貴族籍を持たない有能な役員は婚約者を支持しボイコットの動きが拡大した。


 最初は高を括っていたドナイだったが、資料作成など地味な仕事は貴族籍を持つ役員の誰もがやりたがらず結局、雑用全てがドナイに回ってきたということらしい。


 何というか……一言でいえば駄目という言葉に尽きる。

 こんなゴリゴリの貴族主義者が第二王子(私)のとりまきになるのは大変危険だ。


 確かに貴族というのは尊い存在である。しかし貴族のみで貴族が貴族たらしめる生活が出来る訳では無い。市井の者が居て初めて貴族として体裁を整えることが出来るのだ。


 例えば屋敷の使用人の全てが行儀見習いで来ている貴族籍を持つメイドだという訳では無い。料理人や下級メイドに属する者は市井の者がやっている。それらの人物が居なければ困るのは貴族である。


 追い出して自らの生活が成り立たなくなるのは愚の骨頂と言えるだろう。


 そういったことを懇切丁寧に第二王子である私が直接ドナイに教えてやることにした。


 最初は不満げな表情で渋々話を聞いていたが、最終的にはそのような考えをしている者を第二王子である私は重用しない事、そして市井の者は市井の者としての役割があることを理解してくれた。


 その後、ドナイが倒れたと聞いた婚約者が保健室に駆け込みその場でドナイは謝りあっという間に和解。有能な婚約者率いる役員達が加わったことにより学園祭は何の支障も無く盛況で無事終えることが出来た。


―――卒業式パーティー―――


 それからあっという間に時が流れ卒業式、そして卒業パーティーを迎える事となった。あっという間の三年間であったと今なら思える――思えるのだが、当時は大変であった。何が大変かと言えば狙いすましたかのように様々な事件が起きたからだ。


 貴族主義者筆頭のドナイが婚約者に懐柔されたと噂が広がり、貴族主義者の弱体化を恐れた過激派が有能な市井の者に対し傷害事件を起こしたり、隣国の諜報員が学園の先生として混じっていて一部の生徒を洗脳していたりとか……


 それらはアクヤ嬢の本によって事前察知することの大切さを学んだ私が何とか学友の手を借りて事件を解決することが出来た。


 事件が起きたことは嫌な事だったが、様々な人脈を持つことが出来たというのが幸いだ。


 あとついでに光属性を持つ市井の女性が頻繁に私に話しかけてきていたが、1年程前から適当に相槌を打つということを覚えたのでそれで乗り切るようにしている。


 そんな彼女は私以外に宰相の息子やら将軍の息子にも話しかけてきているが……彼らは私が介入した後は婚約者一筋になってしまったので、婚約者との大切な時間を奪う彼女は煙たがられていた。


 そうしてこの短い三年間を回想していると卒業式も終わり、そのあと卒業パーティーが開かれた。


 事件を通して仲良くなった同級生たちと親交を深めていると、突如悲鳴のような声が聞こえた。


 急いで皆と一緒に駆け付けると、そこには倒れている聖属性を持つ市井の女性とアクヤ嬢が居た。


市井の女性は私が駆け付けると「怖かった!」と言いながら私にしがみついてきた……ナンデ?


 状況が理解できないまま事の成り行きを見守ると、聖属性を持つ市井の女性が説明し出した。彼女が言うには、アクヤ嬢にこの三年間数々の嫌がらせを受けていたらしい。さらにアクヤ嬢が言うには第二王子(私だ)と彼女は愛し合っているらしくアクヤ嬢が身を引くべきだとか何とか言っている。


 なんて恐ろしい事を言うのだろうか……


 私は口を開こうとしたが、あまりの出来事に口がカラカラで言葉が発せられなくなっていた。震える身体にはよく知りもしない女性が縋り付いており不快極まりない。


 あぁ、私はここでアクヤ嬢に断罪されてしまうのか……だって彼女は何も悪事をしていないのだから、向こうが勝つに決まっている。


 まったく……不安になると途端に無能になるのは昔から変わっていなかったということか。


 こんな情けない終わり方をするなら、今までの努力は何だったのだろうか。

 そのような絶望を感じていた時、将軍の子息であるヤタラが彼女を引き離してくれた。


 そして宰相の息子のドナイが市井の娘がどのような悪行を行ってきたのかということを暴露し始めた。何でも彼女は悪魔と取引をしたらしく、光属性を偽装する力を得ていたという。


 人々を癒していた力は、対象となった人物の生命エネルギーを悪魔に捧げる事により傷や病気が治っていたとのこと。一つのけがや病気を治すのに1年ほど寿命が消えるというらしい。


 それを聞いて10回以上も癒しを施された貴族主義者の何人かが顔面を真っ青にさせていた。


 更に宰相の息子であるドナイの言葉を引き継ぐように、隣国の諜報員が洗脳のターゲットになってしまっていた魔術王を父に持つデス家のトリック・デス(魔術王の息子)が邪悪を打ち破るための魔術を放つと、市井の娘が聞くに堪えない叫び声を上げて老婆の姿となった。


 周りがどよめく中、逆上したその老婆は忍ばせていた短刀を鞘から抜き放ち、何故か私に向かって走り出しその短刀を突き立てようとしてきた。


 目まぐるしい場面展開についていけず意表をつかれた私に死が目前に迫ってきていたが、とっさのことで相変わらずこのポンコツな私の身体が動かない。


 もうだめだと思った瞬間に皆に助けて貰ったというのに、結局自分の無能さが原因で死ぬのだ。


 死を覚悟したせいか走馬灯のように駆け巡る昔の記憶。

 その最後に見た光景はアクヤ嬢の綺麗な顔だった―――


「ぎぇぇ!」


 妙な叫び声とともに走馬灯が実体化した。目の前には綺麗なアクヤ嬢が居る。しかし走馬灯と違うのはその手に血濡れのレイピアが握られていたことだ。


 倒れ伏した老婆はピクリとも動いていない。どうやらアクヤ嬢が助けてくれたようだ。


「アクヤ嬢……どうして助けてくれたんだい?」


 そう尋ねると、アクヤ嬢は満面の笑みでこう返してきた。


「だって、私が一番大好きなのはフアン様ですもの。あの女の戯言なんて最初から聞いていませんでしたわ」


 トゥンク―――乙女の様に胸の高鳴りを感じている。


 そういえばアクヤ嬢の噂の一つに「女のくせに武術が堪能である」という噂があったが本当だったようだ。何年も婚約していながら始めてその事実を知った。


「それよりもフアン様、お怪我はありませんか?」


 まるで物語の騎士のような光景を見せられ圧倒されてしまったが、何とか王子の尊厳を取り戻しつつ事件の後処理を衛兵に任せ、この事件の幕を降ろしたのであった。


――――――――――


 嫌われているとは思っていなかったが好かれているとも思っていなかったアクヤ嬢の心を知ることが出来た私は、この事件をきっかけに宰相の息子や将軍の息子のように婚約者と仲睦まじい関係を築くことが出来た。


 そんな気安い関係になったある日、昔から気になっていたことを聞くことにした。


「15歳の誕生日の時に貸した“あの本”はどういう意図で私に貸してくれたんだい?」


 そう聞くと彼女は「単に私が面白いと思ったから貸しただけ」と何の表裏も無い行為だったと答える。


 つまりこの三年間の私の不安は単なる杞憂であったことが判明した瞬間である。


 それでもこの三年間の出来事は私にとって必要な経験であったと言える。これからも不安を抱えるとポンコツになる第二王子の人生は続いていくのだろう。でもそれに対しての不安は一切無い。


 何故なら、不安になってポンコツになった時、いつでも助けてくれる掛け替えのない友人と婚約者がいるのだから。

――――――――――

【人物紹介】

『フアン・フォン・アルメリア・シュバリエ』

 本作の主人公で不幸体質。ポンコツにならなければ問題解決能力に長けた非常に優秀な人物。色白で陰のある美人な男性。15歳になる前も名前の通り割かしなにがしかの不安を抱えていた。婚約者のアクヤ嬢から借りた本を見て人生が変わった人。学園では未来の厄介ごと(だと勝手に思っている)を回避するために今ある厄介ごとに首を突っ込んでは気苦労を抱え込んむという自ら苦しんでいくタイプのアホであった。しかしその苦い経験が彼お得意の問題解決能力を飛躍的に向上させたり、掛け替えのない頼れる友人や婚約者を手に入れることが出来た運が良いのか悪いのか最後まで良く分からない人物である。


『アクヤ嬢』

 本作の悪役令嬢。迫力のある美人さん。礼節や知識だけでなく武の方も堪能で天は正に二物も三物も与えたといっても過言ではない才能を持つ。しかし吊り上がった目は迫力があるため、婚約者である王子に泣かれるなど顔面で損をしているともいえる。昔から第二王子が大好きだったが、なまじっかハイスペックであった為に王子に幻滅されないように常に完璧な淑女として振舞っていた。その振る舞いが完璧すぎて帝王学を学んだ王子でさえも彼女の心を読み取ることが出来なかったらしい。ついでに彼女が強すぎてヒロインが彼女の当て馬にすらならなかった。


『ヤタラ・ケル・ナグール』

 この国で将軍をやっているイマダ・ケル・ナグールの一人息子。野性味のあるオラオラ担当の美丈夫。統率力や武力に秀でた将軍の息子として期待されておりその優良な遺伝子を遺憾なく発揮した戦闘能力の高さは必見である。そんな彼が学園に入り少し遅い思春期を迎え自分の婚約者が好きすぎて嫌がらせをしてしまう時期があった。それによって彼は嫌われ、訓練場で鬱憤を晴らしているときに第二王子に婚約者との破局のピンチを救って貰った。そのことをずっと恩義に感じており、第二王子に忠誠を誓うようになった。


『ドナイ・ヤネン』

 この国の宰相であるナンデ・ヤネンの二番目の息子。王子と同じ美人系だが、王子と違って影は無くメガネを掛けたインテリである。ヤタラと同じく婚約者とトラブルを起こしピンチに陥るも、これまたお節介をやいた第二王子により救われる。政略結婚で相いれないと思っていた婚約者と仲良くすることが出来て王子との出会いに感謝している。そんな中、聖属性の娘が頻繁に有力者の人間にのみ話しかけてくるのをよく目にするようになった。その為、不審に思ったドナイは彼女の事をヤネン家の密偵を使って調べてみることにしたのだが―――現在住んでいるところではなく以前彼女が昔住んでいたというスラム街のとある一軒家において悪魔召喚が行われた痕跡がある事を突き止めたのであった。


『トリック・デス』

 デス家は古来より著名な魔術師を輩出してきた家系であるが、過去を遡っても最強であると評判の魔術王の一人息子として生まれた。虚弱体質な薄明の美人を彷彿とさせる見た目をしているが単なる運動不足である。彼は親の偉大なる遺伝子を存分に受け継いだ魔術の天才で、それ故に他国の諜報員に目を付けられ洗脳されようとしていた。洗脳後は隣国の貴重な戦力として拉致しようと計画をしていた諜報員を打ち破ったのはご存じ第二王子である。何となく嫌な予感がする、というどうしようもない理由で厄介ごとに首を突っ込んだ彼は不幸体質を遺憾なく発揮し事件が露見して大事件となる。そんなプレッシャーに負けず問題を解決した王子にトリックは忠義を誓うようになった。そんな折、宰相の息子であるドナイから邪悪を打ち破る魔術の研究をしてくれと頼まれたのであった。


『ヒロイン』

 市井の聖属性を持つ少女。ヒロインという名前でデフォルトネームというやつらしいが、最後の最後まで王子に名前を憶えて貰えなかった哀れな存在。彼女の両親はスラム街に居を構えた貧民であったがよく働く真面目な性根を持つ両親であった。少しでも娘の負担を減らそうと仕事を増やして収入を得たりと努力をしていた。そんな両親のもとで育った彼女は、私が貧乏で不幸なのは両親のせいであると憎しみを日々募らせて生きていた。ある日、ゴミ漁りをしていると封がされている怪しい壺を発見する高く売れると思って喜んだ彼女は中身も何か入っていないかと封を開けると、そこには悪魔が入っていた。悪魔は自分の両親を生贄に捧げればどんな願いもかなえてやると言い放つ。それを好機ととらえた彼女は何の迷いも無く両親をこの場に呼び出し生贄に捧げてしまった。こうして悪魔と契約をした彼女は認識阻害の魔術や生命を取り扱う禁呪を多分に使って学園に通うようになったのだった。最後は卒業パーティーで術が解かれ禁呪によって保たれていた美貌を失ったばかりか呪術返しによって老婆のような姿となってしまった。


――――――――――

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