表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

物語と小噺

ある小さな村の興亡

作者: ごろり

俺たちは、安住の地を求める流浪の民だった。

あてどもなく荒野を彷徨い、長く苛酷な旅を続けていた。

遂に、この豊穣の地へと辿り着くまでは…。


温暖な気候と、肥沃な大地。「ここに俺たちの理想郷をつくろう」そう誓い合った。そして、共に汗を流し、心血を注いでこの地を開拓し、種を蒔いた。

俺たちは、よくやくここに根を下ろすことができたのだ。


最初は小さな集落でしかなかったここも、その暮らしやすさが評判となり、更に多くの者が移り住み、子を生み育て、繁栄した村となった。

俺たちの暮らしは、概ね平穏で、満ち足りていて、幸せだった。

あの災厄が襲うまでは…。


あの日は、いつものように平和な朝を迎えた。

俺たちは、日暮れまで大地を耕し、種を植え、喰らい、語らった。

今日の営みを終え、誰も皆、ゆったりと寛いだ夕刻のことだった。

空から突然、激烈な冷気を纏った鉄槌が現れ、この村を叩いたのである。

それは、一瞬にして多くの仲間の命を奪った。

そして、逃げ惑う俺たちを嘲笑うように、更に、二度、三度と叩き付け、ようやく去った後には、村は無残に破壊されていた。


この冷気の鉄槌は、その後何度も襲来し、辛うじて生き残った仲間の命をも、じわじわと奪っていった。

俺は、たったひとりの生き残りとなってしまったのである。

深手を負った身体では、逃げることもままならなかった。

最初の災厄からどれ程の時が経っただろうか…。

今日もまた、俺の目前にあの恐ろしい鉄槌が迫ってくる。

もう逃げられない。「俺もやっと皆のところへ行けるな…」

どこかホッとした気持ちで目を閉じた。薄れゆく意識の中で…。



「お母さ〜ん、足の裏に何かできてる」小五の息子がいった。

「どれどれ?」「えっ、何これ。痛い?」

「痛くはないけど、歩くときすごい違和感ある」

「う〜ん…。とりあえず病院行こうか」

もたもたしていると閉まってしまう時間だ。


私たち親子は、家から徒歩10分ほどの皮膚科医院へと向かった。

予約無しで診察してくれるこの医院は、いつも混んでいる。

しかし、今日は幸いにも待合室の人気は疎らで、すぐに息子の名前が呼ばれた。


「ウイルス性のイボだね」初老の医師はサラリと言った。

「この子の足は、ウイルスが好む環境なんだろうね」

「あぁ〜、いつも何だか湿ってるし…。治療法ってどうなんですか?」

「軟膏や内服薬もあるけど、ここまで数が増えてると厳しいね。早く治すには焼くのが一番だと思うよ」

「えっ!焼くんですか?」驚く私と息子。

「お母さん、やだ。こわい…」

「焼くって言っても、火で炙るわけじゃなくて、マイナス196度の液体窒素を患部にギューっと押し当てるの」「けっこう沢山できちゃってるから、何度か続けないとダメだね。週1ペースで2か月くらい通院ね」

「マイナス196度!何だか凄いですね」

「それでも、軟膏や内服薬だけ使うよりは、確実に早く治るよ。どうする?」

「わかりました…。お願いします」

「お母さん、やだよ〜!」

「もう五年生なんだし、頑張れるでしょ。ね?」


息子はベッドに俯せに寝かされた。

若い美人の看護師が、銀色の容器から綿棒のようなものを取り出し、医師に手渡した。それはドライアイスのようにもうもうと煙をあげている。

「お母さん、動かないように押さえててくれる?」医師は私にそう言うと、ニヤリと笑った。

「お兄ちゃん、ごめんね〜。ちょっと痛いけど我慢だよ〜」

そして、おもむろに…


ジューー!

「ギャーー!」

「頑張って!2回目いくよ!」


ジューー!

「やめてぇぇ!」

「最後だから我慢してね〜」


ジューー!

「〜〜っ!」

「はい、お疲れ様!お兄ちゃん、よく頑張ったね」


「…」息子は虚ろな目をして呆けていた。

「ありがとうございました…」見ていた私も、何だかどっと疲れた。


それから息子は、健気にもこの壮絶な治療に通い続け、今日めでたく最後のひとつとなったイボを葬り去った。


彼の足の裏で、小さな村の興亡があったことなど、私たち親子は知る由もなかった…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あー。イボか。 私も液体窒素の治療を受けました。 メッチャ冷たいだけで、そこまで痛くはなかったけど、子供にとっては激痛なんですかね( ̄▽ ̄;)
[良い点] なかなか、衝撃的な内容で、ビックリしました! Σ( ̄□ ̄;)
[良い点] シリアスなお話かと思いきや、まさかの落ちでした! 面白かったです(*´ω`*)ウイルスに同情する日が来るとは…… [一言] 水いぼは何回もできたりするので、村の再建もあるかもしれないです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ