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広見くん家の擬人化ちゃん  作者: 弐夜 月
2/4

輝く鏡面、沈む常闇

 匠の手によって作り出された名刀と名高い彼女の元持ち主は、とある料理人の男であった。

 彼はライバルとの出世競争を勝ち抜き、若くして一流ホテルの料理長にまで成り上がった料理界の天才。

 "俺は努力を積み重ねられる才能がある"というのが彼の口癖だった。


 名匠によって生み出され、これ以上ない使用者の彼の愛刀として長年責務を全うするはずだった。

 あの夜までは__


 気が付くと彼女は彼ではない何者かに握られていた。

 月明かりが湖の水面に反射してとても美しいここは、彼のお気に入りの場所であった。

 人気のない静まり返った薄暗い夜、目の前にはひとつの影がポツンと浮かんでいる。


 突如として急加速を始めた鋭い刃は何か肉のようなものを貫き、あたかも鍵を開けるかのように右に捻られた。

 締めがまだだったのか始めはもがいていたそれも次第に力を失っていき、とうとう動かなくなった。

 今までに切ったことのない感触、そして触れたことのない鉄のように生臭い液体が彼女の鏡面を濁していく。


 ……何の食材なのだろうか?


 感触を味わうかのようにゆっくりと引き抜かれた彼女と、同時に地面に倒れ込む何か。

 体にまとわりつく嫌な臭いから、もうこれには使われたくないと願う彼女。

 刹那、彼女は宙を舞っていた。


 真下を見ると月明かりを反射するほどに綺麗な水面が、赤く輝く彼女を鏡のように鮮明に写し出していた。

 そしてもうひとつ、彼女が最後に見たものは__


 無惨に刺し殺された彼女の主人の姿であった。



 ここのところ作業が上手くいかず、完全に行き詰まってしまっている日向はだらりとベッドに倒れ込んだ。

 アイデアはたくさん浮かぶ、だが何故かそれを形にすることができないというジレンマが彼の精神を削っていた。


 はあ、深いため息を枕に向かって吐く。

 ため息をついても仕方ないのだが、それでも吐かずにはいられない。

 再び深く息を吸うと、キッチンの方から何やら話し声が聞こえてきた。

 また真昼でも遊びにきたか、大きく吸った息を吐きながら覗きにいくとなにやら一人で会話をする雑巾がいただけであった。


 物とでも会話していたんだろうと勝手に思い、彼がベッドに戻ろうとしたところを雑巾が気が付いた。


『あ、日向さん!ちょっといいですか?』


『ん……どうした?』


『実はこの子が__』


 彼女が指を指した先にあるのは冷蔵庫であった。

 まさか本当に物と会話していたとは思わず、少し驚いてしまう。


『できればもう少し優しく開け閉めをしてほしい、とのことです。』


 あ、と声を漏らす。

 そういえば最近むしゃくしゃすることが多く、ひとつひとつの動作を大きく激しくしてしまった記憶があった。

 物に心が宿っていると知っている今、申し訳ない気持ちになってきた。


『ごめんな……』


 感情に素直な彼は謝罪の言葉を口にし、冷蔵庫に向かって頭を下げる。


『えーと……いえいえそんな、こちらこそ出すぎたことを、すみません…、だそうです』


『いや、これは人として当たり前のことだからいいんだ』


『やっぱり日向さん優しいですね!冷蔵庫さんも感動してますよ!』


『やめろ照れる』


『えへへ』


 雑巾の擬人化である彼女のお陰で彼の生活はとても充実したものに変わった。

 誰かと話して笑ったりするのがこんなにも楽しいものだと知らなかった彼にとって、それは新鮮そのものであった。

 意気消沈していた気分がすっかり良くなった日向は立て掛けてあったまな板を敷き、そっと冷蔵庫を開いた。


『よし、今日はなんか俺が作るか』


『日向さん片付けできないのに料理するのってどうなんですか?』


『う"……そ、それは……』


『まあ私が片付けるからいいんですけど?』


『いつも助かってます……』


 端から見たら夫婦のようなやり取り、尻に敷かれて苦笑いを浮かべる日向を見て彼女も満足げに笑った。

 冷蔵庫からいくつかの野菜を取り出してまな板の上に並べると、次に包丁を取り出した。


 取り出された包丁は光を反射して輝きを持ち、覗き込んだ雑巾の顔を鏡のように写し出している。


『これ、綺麗ですね!』


『だろ?俺が磨いたんだ』


『ああ、だから砥石が散乱していたんですね』


『うぐ……』


 どこかいじわるな笑みを浮かべながら刺さる言葉を放つ彼女を弱々しく見つめる。

 おそらくこちらの反応を見て楽しんでいるのだろう。

 あまりしつこいのは好きではないが彼女の世話になっているのも事実なため、自分の悪いところだと素直に受け止めていく。


 しかし、内心ではそう思っていても顔には出てしまい、日向の拗ねているような顔を見た彼女は再び笑みを浮かべた。


 こちらの機嫌を取ろうと笑いながら話しかける彼女をスルーしながら、淡々と野菜を一口サイズに切っていく。

 刃を押し当てるだけでスルスルと切れていく感触は爽快であった。

 刀身に"努力"と文字が彫られたその包丁からは、どこか業物のようなオーラが漂う。


 ふと横目に彼女を見ると、ずっと無視されて少し不機嫌になっていると思いきや、不思議そうな顔で自分の握る包丁を見つめていた。


『どうした?』


『えっと……さっきから包丁さんとコンタクト取ろうと思って信号を送っているんですけど、ぜんぜん反応してくれなくて……』


『なんだそのモールス信号みたいな便利機能』


『えへへ』


『別にお前を誉めてるわけじゃないんだが……』


 苦笑いで切った食材を雑に鍋へ放り込み、包丁を手に取る。

 日向がこの包丁との出会ったのは店ではない。


『実はこの包丁、近くの湖で拾ったものなんだよ』


『ほええ……でもどうして湖に入ったんで__』


『スマホを投げ入れられたんだ……』


『えええ……』


 一人で花見をしていたら酔っぱらいに絡まれ、何か気に触ったことをしてしまって湖にスマホを投げ入れられたこと。

 中に入って探していると手から硬い感触が伝わり、スマホかと思って水から出してみたら錆びまみれの包丁だったこと。

 それをなんとなく持って帰ってみることにしたこと。

 ……結局スマホは見つからなかったことを彼女に語った。


『何かなきゃ湖に包丁投げ入れるなんてことしないし、きっとこいつにもいろいろあったんだろ。例えば料理が嫌になったりだとかさ』


『むむう。もしかしてこの包丁で人を……あぅ!?』


『不謹慎なことを言うんじゃない』


『す、すみません……』


 ひりひりと痛む頭を押さえながらごめんね、とその刀身を撫でる。

 眩しいくらいに輝くその刀身は先程とはどこか違って不気味な輝きをしているような、そんな気がした。


 まるで生き血を吸った妖刀のような――


 どういうわけか日向の手から包丁がすり抜け、乱雑にまな板の上に転げ落ちた。


『あー!駄目じゃないですかそんな乱暴に置いちゃ!』


『いや、俺はなにも__』


 投げた覚えも離した覚えもなく、まな板の上で不気味な光を放っている包丁を凝視する。


 突如として包丁が意思を持つかのように照準を合わせ、日向目掛けて一直線に飛んできた。

 体勢を崩しながらも間一髪首を横にひねって避けた日向の真横を、銃弾のように通りすぎていく鋭い刃。

 鈍い音を響かせながら冷蔵庫に背中をぶつけ、鈍痛を堪えながら顔の横を見る。


 右頬に描かれた一本の線から赤い何かが滴り落ち、目を見開いて青ざめた顔をしている自分の顔が写っていた。

 体から力が抜けたようにズルズルと背中を擦りながら床に尻を置く。


『日向さん!?大丈夫ですか!?』


 悲鳴にも似た声を出しながら日向と同様に顔を青くし、こちらへ駆け寄ろうとする雑巾。

 それを阻止するかのように刺さった包丁から光が溢れてキッチンを眩く包み込む。

 あまりの眩しさに目を開けていられなくなり、二人は瞳を強く閉じてしまう。

 眩しい光が収まり瞳を開けるとそこには――


 ゴスロリ風の衣服に身を包んだ小さな少女が、ちょこんと日向の足に股がっていた。

 光を吸い尽くしそうなほどに深い闇色の瞳でこちらを見つめるゴスロリ少女を前に日向はどうしたらいいのかがわからず、キョトンとしたまま時間だけが過ぎていく。


 最初にアクションを起こしたのは雑巾であった。

 ゴスロリ少女の脇に手を差し込んだ彼女はそのまま持ち上げて、未だ混乱している日向から引き離した。

 特に暴れたりすることもなく優しく下ろされた少女は雑巾の肩ほどしか背丈がなく、とても小柄であった。


 ハッ、とやっと我に戻った日向は目の前にいる少女のことを凝視する。

 先程の行動が意思を持ったものなのであれば、この子は自分を殺そうとしたのだ。

 いくら幼い見た目をしているとはいえ油断はできない。

 さっきのは運も味方して間一髪避けることができたが、それでも掠り傷を負ってしまった。

 次は避けられるかわからない。


 慎重に物事を運ばなければ__


『君可愛いね。何歳?』


『アホなんですか?』


『何を言う、相手を誉めつつ質問をすることによって会話を発生させようとする……我ながら完璧だ』


『それただの不審者の台詞ですからね』


『な……んだと……!?』


 馬鹿な……!?と奥で喚く日向を無視して雑巾はゴスロリ少女に向き直る。


『はじめまして、私は雑巾っていいます。あなたは包丁ちゃんだよね?人の姿になったってことは、何かやりたいことでもできた?』


 とても優しく丁寧に少女へ語りかける。

 表情はよくわからないが今すぐ襲いかかってくるなんてことはなさそうで、ひとまず安心する。

 冷蔵庫にもたれ掛かって喚いていた日向も立ち上がり、少女を警戒をしつつ合流する。


『包丁の使い方は……』


 いきなり喋り始めた少女に驚きながらも、日向たちはその柔らかな声に耳を傾ける。


『人を殺すこと』


『うんうん』


『大丈夫、あなただって、水でひたひたにして、顔に被せたら、たぶんだけど、殺せると思う。ぐ~』


『うんうん……って、違うでしょ!?』


 さらっととんでもないことを言い出し始めた少女。

 ぐ~、と親指を立てる少女に雑巾がすかさずツッコミを入れるが、本人は何がおかしいのかがまるでわかっていないようであった。


『日向さん、この子のこと私に任せてくれないですか?』


『ん……まあ、いいけど。一人で大丈夫か?』


『雑巾だから刺されても縫えばたぶん大丈夫です!』


『いやそうじゃなくてだな……』


 どこかやる気に満ちた雑巾に押されるがまま、ゴスロリ少女のことを任せてみることにした。

 物のことなら同じ物である彼女に任せるのが適任だと思っていたからだ。


 新しいネタが脳裏を横切った日向は忘れないうちにメモするために、リビングへと戻っていった。


 数時間後――

 どこか達成感に満ちた顔をした雑巾が上機嫌でリビングへと戻ってきた。

 後ろからは包丁であるゴスロリ少女がトタトタとついてきており、とても可愛らしい……

 雑巾の顔から察するに、これは上手くいったのだろうと思いホッと胸を撫で下ろす。


『私の使い方は……』


 小さな口で言葉が紡がれる。


『人を切って、料理すること』


『なんでやねん』


 日向が持った一瞬の期待は見事に崩れ落ちた。



 ゴスロリ少女が家に居座り始めること三日目の朝。

 二人に自分のベッドを使わせているため、日向は床を寝床にしていた。

 カーペットが敷いてあるとはいえ、いざ横になってみると硬い床。

 少し痛む体を起こして寝巻きを脱ぎ捨て、外出するための服に着替える。

 ズボンとTシャツを着用して椅子に上着を掛け、リビング兼寝室へ戻る。


 ふとベッドの方を見やると仲良くかはわからないが、並んで寝ている少女達の姿。

 まだ二人は夢の中であった。

 夢の中で何やら娯楽に浸っているのか、幸せそうな顔をしながら寝言を呟く雑巾。

 心なしか起きているときよりも柔らかな表情をしている包丁は、時折苦悶の表情を浮かべている。


 幸せな時間から一転して奈落のドン底へ突き落とされているかのようにも見えるその表情には、どこか胸が痛んできてしまう。

 この目蓋の裏側にあんな漆黒が住み着いているとは誰も思えないだろう。

 元の彼女のことは何一つ知らないが、何が彼女をあんなにも変えてしまったのか。


 最初は命を狙われるのではないかとビクビクしていた日向であったが、一向にその仕草を見せない少女に警戒心を緩め始めていた。

 自分は人を殺すために使うものだと本来の使い方と大きく離れたことを言っていた彼女であったが、心の中ではそれが間違いなのだと気付いているのだろうか。

 あるいは好機を伺っているだけなのか。


 どちらにせよ彼女は過去にショッキングな出来事を経験していることには間違いないだろう。

 ……少女が大人しくなったのを見た雑巾が、まるで自分の手柄のように胸を張っているところには少し呆れたが。

 何か彼女のためにできることはないかと思考を膨らませる。


『何を、ブツブツと、言っている、の?』


 薄い寝巻きに身を包んだ包丁が眠たそうな目を擦りながら、こちらをボーッと見見つめていた。

 考え事をすると無意識にブツブツと言葉が漏れてしまう悪い癖のせいで、目が覚めてしまったのだろうか。

 萌えそのものである仕草なのだが相変わらずその瞳からは光が感じられず、闇よりも深い何かが入り浸っているようであった。


『わるい、起こしちゃったか』


『ううん、いま、起きた、ところ』


『そうか』


『うん』

 この短く言葉を切って話す独特な口調にもすっかり慣れてしまった。

 しかし相変わらず何を考えているかわからない。

 いや、深入りしないと決めたのであればわかる必要は無いのかもしれない。

 今後彼女との関係をどう進展させていけばいいかは悩ましいが、こちらのやることは変わらないだろう。


 深入りはしない、でも彼女のために何かしてあげたいという矛盾に気付かないフリをする。


『外に、出るの?』


『今後も引きこもっていられるようにちょっとな』


『ふうん……』


 興味なさげに返ってきた返事は気にせず、鞄の中に分厚い書類を詰め込んでいく。

 ここ最近に習得した資格や検定等々の単位の足しにできる紙切れだ。

 本来日向の通う大学では一人1~2件までしか単位認定されないのだが、日向は例外らしい。


 大学側が用意した大量の課題+いくつかの単位になりうるものを提出するだけで大学に出席したことになる、日向にとってはありがたい例外措置である。

 しかしそれが楽であるとは限らない。

 それを羨ましがった学生たちが大学に日向と同じことをさせろと抗議してその生活をしてみたところ、一週間すら誰一人として続けられず挫折してしまう始末。


 そう考えると、そこまでして外に出たくない日向は異常であるとも言える。

 鍵とスマホをポケットに差し込み、上着と鞄を手に取って玄関へ向かおうとすると後ろから裾を軽く引っ張られた。

 雑巾のダル絡みだと思ってそのまま進もうとするが、一向に放す気配がない。

 不思議に思って振り向いてみるといつの間にか普段着であるゴスロリ風の衣服を身に纏った包丁が、裾を握ったまま上目遣いでこちらを見ていた。


 気付いたら近くにいたという驚きと、二次元のような可愛らしい仕草を見たことによる謎の高ぶりで変な顔になってしまう。


『わたしも、いく』


『ん、何も楽しいことないぞ?』


『うん、いく』


『うん、じゃなくてな……』


 少し驚きながら会話になっていない会話をする。

 先程まであんなにも興味なさげにしていた彼女が自分も行くと言い始めたと思えば、楽しいことは何もないと説明して尚食い下がらない彼女が不思議であった。

 改めて、彼女が何を考えているかがさっぱりわからない。


 ただひとつ言えることは、この手の人間は何を言っても絶対に引き下がらないことである。

 一緒に連れていっても特に問題はないのだが、ただでさえ人目を惹き付けるその衣服かつそれを着こなす容姿が変な虫が引き寄せそうで怖いところはある。

 正直その変な虫からこの子を守れるかと言われたらわからないし、自信も無い。


 せめて服だけでも変えてもらえないかと思って頼んでみる。


『えーと……普通の服ってないか?』


『これが、わたしの、普通』


『えー……と、ほら、俺のみたいな服』


『……』


 タンスから小さめのTシャツを取り出して彼女に渡してみる。

 ネットで買ったはいいもののサイズが小さかったため、窮屈で着られたものではなかった。

 ほぼ新品であるそれは広げてみるとワンポイントの柄があるだけの、言ってしまえばとても質素な服であった。


 小さめとはいえ彼女が着たら肩が露出するワンピースのようになってしまうだろうが、それでもこのゴスロリ衣装を着るよりかは大分マシだと思うのだが……

 しかし彼女はTシャツを数秒見つめた後、綺麗に畳み直して日向へ返却した。

 その顔は不服そうであった。


 どんな服なら着てくれるのかとタンスを漁ってみるが、同じような質素な服しか見つからなかった。

 少々焦りながらタンスの中をかき混ぜる日向の裾が、またしても引っ張られた。


 振り向くと先程とほぼ同じシチュエーションが広がっており、違うところと言えば彼女が不服そうに目を細めているくらいであった。


『ん、どうした?』


『……えらんで』


『ああ、今探してるから待っ__』


『……全裸とこれ』


『これでお願いします』


 即答であった。

 膝をついて包丁の肩に手を当てる日向を見て、彼女は満足気に笑みを浮かべた。

 こんな幼女にすら尻に敷かれてしまう自分が情けない。


 半ば強制的に決まったと思われた衣服選びだったが、一足先に玄関へと向かった彼女を見た日向の脳裏に再びチャンスが到来した。


『靴、ないだろ』


『……』


『サンダルあるけどその服じゃ合わないからこっちに__』


 彼女がコツンと右と左の踵を合わせると、ニーハイソックスの上に靴を纏った。

 最後の希望はまるでアニメの変身シーンのような演出と共に砕け散り、日向はがくりと頭を垂れた。


『……じゃーん』


『もういいよそれで……』


 完全敗北して出掛ける前から力尽きそうになっている日向を見つめ、彼女は勝利を思わせる誇らしげな瞳をした。

 ちなみにさっきの変身の仕方は雑巾に教わった知識らしく、かなり動きや実現させるタイミングの練習をさせられたとかなんとか。

 はあ、と嫌々しい顔をしながらため息を付きながら玄関へ腰掛け、靴箱から白と青のスニーカーを取り出す。


 目立った汚れのない綺麗なその靴からは、彼がいかに外出していないのかを物語っていた。

 まだ白い紐を慣れぬ手付きで結び終え、鞄と上着を手に取って立ち上がる。


『……じゃあいくか』


(こくこく)


 無言で頷く彼女を見た日向は、家と外の世界とを繋ぐ重い扉に手を掛ける。

 外面ではあんなに嫌がっていたわりに、内心には高ぶる何かが日向の中を巡っていることにどこか違和感を感じる。

 しばらくこのままの状態で後ろでウズウズしている彼女を焦らしてやろうと考えたが、自分の性格上出来かねないと諦めた。


 どうせなら大袈裟に開いてやろう。

 心意気を高く持ち、意を決していざ、現実世界へ――


 ガチャン!!


 部屋に豪快な音が響き渡る。


『……ふ』


『……笑うな』


 扉には鍵が掛かっていた。

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