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第9話 クソッたれ、生きるも死ぬも紙一重かよ!

周囲には、携帯用の水のパックが散乱している。

床には夫人がロングスカートをまくし上げ、苦しそうに身もだえていた。


「奥様、どうか我慢して、力まないで下さい。

子供を連れてきました、どうかお許しを。

坊や、水を持ってたら手を洗って、ここへ来て。」


引っ張られる手を払うことも出来ず、目を閉じた。

何か見てはいけないものを見なければならないようで、なまめかしい夫人の足に怖いような気持ちになる。


「痛い!痛い!助けて!ああ!早く!赤ちゃんが!」


「奥様、待って下さい、赤ちゃんが臍帯に引っかかってて……ああ、どうしよう。」


あまりの辛さに苦しむ夫人に、サトミが目を開けて夫人の顔を見た。

夫人は胸をかきむしり、カーテンに、壁にどうしようもなく爪を立てる。

思い切って、彼女の足の間を見る。

足の間から、赤ん坊の顔が紫色して覗いていた。

サトミが初めて見る光景に、仰天して思わず下がった。


「な、なにこれ、赤ん坊ってこっから出てくんの?どうなってんの?死んでんの?」


看護婦が、すがるようにサトミの手を引く。


「首に、首にお母さんと繋がっている紐が巻き付いて、このままじゃ死んじゃうのよ。

私には、どうしても外せない。どうすればいいのか…ああ……」


「どうすればいいの?」


「お母さんの紐が外せれば。」


「切ったら駄目なの?」


「まだ切れないの、まだ。」


「わかった」


やることがわかった。

サトミは服から水のパックを一つ取り、手袋を脱いで手を洗った。

子供はもう紫色の顔をしている。

早く外さねば死んでしまう。


恐る恐る、女の股に手を差し入れる。

心の中で、何度も唱えた。


これは女の尻じゃない、母ちゃんのケツだ。母ちゃんのデカいケツ。


子供の頭はぶよぶよしている。

あまり押さえては駄目だ、障害が残っちゃ何にもならない。

臍帯も子供も脂だらけでヌルヌルしていて難しい。

微妙な力加減に、嫌な汗が出る。


「外れろ、く、くそ。このクソ……」


首を一回りだ。

後頭部から、なんとか引っ張る。

頭がでかくて紐がズレない。

横にいた看護婦が、悲壮な声を上げてガックリ力を落とす。


「ああ…もう、もう駄目だわ、もう、もう、ああ…」


「馬鹿野郎!早すぎだろクソッタレ!諦めんなよ!

くそっくそっ、この、お前頭がでかいんだよ!」


子供の頭はすっかり色が変わっている。

死ぬか生きるか、このままなら死んじまう。

なら、賭けだ。

両手で、頭部を手の平で押さえて紐に指を引っかけ、思い切った。


「生きろ!てめえ!生きろ!出てきやがれ!ハズレろぉぉ〜〜〜」


夫人の呼吸と、子供の何か動きで臍帯が動いた。

つるんと抜けて、子供がその拍子に頭が出てくる。


「外れた!!やった!!」


「ああ!外れました!奥様!外れました!

坊やありがとう!」


しかし、脇でサトミが見守っていると、そのままなんとか子供が出てきたものの、紫色の顔の赤ちゃんは、なかなか泣いてくれない。


「なんで?なんで泣かないの?死んだの?」


サトミが問うが、看護婦は髪を振り乱して子供を逆さにして尻を叩く。


「息をして!息を!お願い!」


子供は口からだらりと羊水を吐き出し、看護婦が子供の鼻と口をくわえ、人工呼吸を始めた。

驚いてサトミが息をのむ。


「はくっ…ぅぇ、ふぇ…ふにゃっふやっ……」


「泣いた!」


パッと花が咲いたように赤くなった赤ん坊の顔に、サトミと看護婦が、明るい顔で顔を合わせる。


「奥様!生まれましたわ!無事に生まれました!女の子です!」


看護婦が処置を済ませ、ホッとしたようすで肩に巻いていたのだろうショールで大切にくるんで夫人に渡す。


「ああ、良かった、神よ感謝します。」


夫人はホッとして涙を流し、赤ん坊に何度もキスして抱きしめた。


サトミも気がつけば、汗びっしょりだ。

こんなに汗かいたことなんてない。

手は何か子供の脂でヌルヌルする。

落ちているカーテンで手をふいて、倒れている死体のベストを探ると水のパックが4つ入っている。

一つ取り出し、手を洗ってもう一度カーテンでふき、そしてパック一つを飲み干した。

残り2つは、夫人と看護婦に渡す。


「ありがとう、あなたは?」


「俺は持ってる、生きてる内に飲みなよ、どうなるかわからねえ。

まあ、何日も彷徨うようなことはねえ事だけは確かだ。

日暮れまでには何とかするさ。

お産ってこれで終わり?」


「まだよ、まだ後産があるの。お母さんと赤ちゃんの繋がっていた部分をね、出さないと。」


「ふうん……」


タタタンッ!


パンッパン!


銃声が聞こえ始めた。

マズい。


「なんてこった、つまりあっちは全滅かよ。」


敵の援軍が来たようだ、こっちの人間は少なく、おっさん達の残弾がどれだけあるのか知らない。



「フフフ……」



夫人が何故か、笑い始める。

怪訝な顔で見ていると、優しい母の顔の彼女が、一変して暗い顔で笑っていた。


「私たちを殺すのよ、あの人は。

この子はあの人の子なのに、側近の子と疑わないの。

自分は浮気するくせに、……私は、あなたとは違うわ。」


「ふうん……」


つまり、旦那はこの子を自分の子供と思っていないのか。

こんな状況で生んだのに。

このガキも一生懸命生まれてきたのに。


「大人はみんなクソ野郎ばかりだ。」


「……フフ…本当ね……」


「助けてやるよ、俺たちが。

だから生きて、見返してやればいいさ。」


夫人が、顔を上げてサトミに笑った。


「そうね、お願いするわ。」


明るい顔で、でも、囁くように言った。

無理だと、あきらめたような顔で。


サトミが、心を決めて手袋を付ける。

外へ出ると、兵の一人が通信機で焦って何度もダイヤルを押していた。


「ヘリはどうしたよ?」


「ヘリは……来ない。来ないんだよっ!通信、切られちまった!くそっ!」


「ハッ!マジかよ。本部もグルか。

上の上が絡むと証拠隠しもきっちりしてるよなあ。

ああ、嫌だ、なんでこの国に生まれちまったんだ?


ガキ生まれたぜ。動く準備だ、俺ちょっと敵減らしてくる。」


「俺たちは……見捨てられたのか……」


呆然とする男に、サトミが首の迷彩のスカーフを巻いてゴーグルを付ける。


「バーカ、死んでからほざけ。サイ!」


サイは、木の陰で応戦している。

サトミを見ると、お手上げだと手を上げた。


「クソッたれ、生きるも死ぬも紙一重だなあ!え?!おっさんよ!」


サトミが、そう言い捨てると森に突入した。

女の尻じゃ無い、これは母ちゃんのケツ!


母ちゃんの特別感w

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