少年は現実の悪夢を破壊したい。
俺が墓参りに持ってきたものや、雑巾を片付けている間、じいちゃんにはバケツを洗いに行ってもらっていた。
全ての片付けが終わり、じいちゃんの様子を見に行くと……。
「……じいちゃん?」
そこにはただ、手洗い場の下に落ちているバケツがあるだけで、じいちゃんの姿が見あたらなかった。先に帰ってしまったのだろうか?あのときと同じ胸騒ぎがする。
とにかくバケツを洗ってしまおうと、バケツを拾い上げ、蛇口を開けようと手をかけた。その瞬間、視界がグニャリと曲がった。
まるでスライムを引き伸ばしたような。コーヒーと牛乳が混ざる瞬間のような、奇妙な感覚だ。
どこに立っているかさえ分からなくなる。思わずぎゅっと目を閉じた。
ようやく足場がしっかりしたように感じ目を開けると……
「弘文の名において、術を行使する!―炎車―!」
いつもより真剣な顔で術を使うじいちゃんがいた。ギョッとして回りを見回すと、先程の自然の多い墓地とは違う荒れ地の中に立っていた。強い邪気を感じとり、あやかしの作った結界の中に入ってしまっている事に気づく。結界の出来具合から、相当な魔力を蓄えている悪霊だろう。
「弘文の名において、術を行使する!―炎球―」
「……!?」
いろいろ考えていたところを、じいちゃんの術式を聞き、現実に引き戻される。
一体じいちゃんはなにと戦っているのだろう。
じいちゃんが、術で出現させた火の玉を投げつけた先には、一匹の黒い狼がいた。狼は火の玉をひょいっとかわし、じいちゃんの足に噛みついた。
じいちゃんの顔が苦痛で歪む。
「……っ」
「じいちゃん!」
「玲!?……来るな!」
じいちゃんの今まで聞いたことのないような叫びがあたりに響き、駆け寄るために前に出した足がピタリと止まる。
じいちゃんに噛みついていた狼の目が俺をとらえる。心底面白そうにニヤリと笑ったのが分かった。背中にゾクリと悪寒がはしる。
「あら、今日は運が良いわね。忌々しい荒川家の人間を二人も捕らえることが出来るなんて……!透視神様に感謝をしなければね」
口を動かしていないのに、脳に響くように女の艶かしい声が聞こえた。
「……透視神だと?」
「あら、透視神をご存知なくて?かの有名な五神の一人でありますの……に……あら?」
狼が目を見開いてこちらにトコトコと歩み寄ってきた。
「坊や、名をなんという?……なぜお前が此処におるのだ!?」
いや、まるで知り合いのように言われましても、俺はお前を知らないのですが。
「名前は荒川 玲だ。お前が誰か知らないが、お前は一体なんなんだ!そもそも、なぜ此処に居るのかって、お前が蛇口に結界をはるのが悪いんだろ!?」
狼は、いきなりキレた俺に若干怯んだように見えたが、すぐに体勢を立て直した。
「五神の一人が千年ほど前に殺されたのは知っていたが、まさか生まれ変わっているとはね……我が名は人狼のティーナ。五神の一人、全てを見通す透視神様に仕える者だ。」
「まて、いろいろ突っ込みどころ満載なのだが。まず、俺は死んだことないぞ。生まれ変わった覚えもないし、千年も前に生きていた覚えもない。人違いじゃないか?」
神に仕えているらしいティーナにも容赦なく突っ込む。
先程のピリピリとした緊張感はどこへ行ったのだろう。
「まさか、お前、―創造―の神力がまだ目覚めていないのか……?」
「神力とは何かよく分からないが、たしかに創造の術は得意だぞ?……お前を閉じ込めるくらいにな!」
手を地に着き叫ぶ。
「玲の名において、術を行使する。―創造―」
地面が盛り上がり、ティーナを取り囲む。
「!?」
素早い術にさすがのティーナも反応が出来なかったようだ。
「俺の勝ちだ!諦めろ!」
さらに術を叩き込もうと片手を掲げる。
じいちゃんは噛みつかれた足に回復の術をかけていた。じいちゃんの傷が癒えるまで、もう少し時間稼ぎをしなければいけない。
詠唱を始めようと口を開いた瞬間、俺はめまいを感じてしゃがみこんでしまった。
ティーナの笑い声が脳に響く。
「フフフ、ここが私の作った結界なことをお忘れではなくて?……でも、まぁ坊やは、これからが面白そうだし逃がしてあげる。また会いましょう」
「ちょっ……まて!」
「―追放―!」
俺の叫びも虚しく、視界がグニャリと曲がった。
「玲!裏山にある先祖がかけた封印を解いてはならぬぞ!でも、かけてから五百年くらい経つから、様子を見にいっ……」
じいちゃんの声が遠ざかっていく。結界からの追放に抗えないまま俺はじいちゃんをおいて結界の外に出た。
セミのうるさい声がして目を覚ました。回りを見回すと、墓地の水汲み場に一人で立っていた。
「じいちゃん……っ」
結界に入った時と同じように、蛇口を捻る。だが、蛇口からはただ水が流れ落ちるだけで、結界に入り込めない。
「なんで……っ」
近くにあった全ての蛇口を捻ったが、どこも単調な流れで水が落ちるだけだった。
―俺はまた、大切な人を失った。なにも救えやしなかった。
その事実がむねを締め付け、息がまともに出来なくなるほど辛かった。
。.:*:・'°☆ 。.:*:・'°☆ 。.:*:・'°☆
どうやってここまで来たかはあまり記憶がない。
ただ、気がついたら俺はじいちゃんが最後に叫んでいた裏山に来ていた。
夕暮れ時なこともあって、赤い夕日が山の木々を照らして冷たい風が吹いていた。封印の様子を調べるために魔力の流れを感じとり、滝の裏側に回り込んだ。
滝の裏側には小さな洞窟があり、滝の水が地面を湿らせているのかコケがびっしりと生えていた。
足が勝手に洞窟の奥へと進んでいく。なにか大きな力に引かれるように足が勝手に前へと出る。
行き止まりにたどり着き、封印を探すがそれらしき場所は見つからない。じいちゃんが伝える場所を間違えたのだろうか?
帰ろう。飯を食べて、次にティーナに会ったときにボコボコに出来るように術を磨こう。
そう思い踵を返したときに、足下でカサリと音がした。
足をどけると古びた紙切れが落ちていた。
「?なんだこれ……」
しゃがみこんで紙を拾い上げる。ビリッという鈍い音がして紙が剥がれた。
「……えっ」
嫌な予感を感じながら、恐る恐る紙を裏返すと紙には荒川家の札の模様が描かれていた。
誰だよ!地面に札を貼った先祖は!
と、突っ込みながら、本能的に札を地面に叩きつける。しかし、すでに時は遅く、俺の視界が真っ白な光で埋め尽くされる。
思わず目を腕で覆った。
光が落ち着いた気配がして、ゆっくりと目を開ける。
どうやら封印を解いてしまったようだ。封印から解かれたあやかしはペタンと地面に座っているようだ。
まじまじとそのあやかしを見る。そのあやかしは人間に化けているらしい九尾の狐の少女だった。
赤い艶のある髪を腰の辺りまで下ろし、ぼんやりとしている目は深い海を思わせる青色をしていた。
紺色の着物の上に赤い袴姿で、九尾の尾と狐の耳を風に揺らす今会ったばかりの少女を何故かすごく懐かしく感じた。
少女はまだぼんやりとした目で俺を見つめていた。
少女が白い手を広げる。俺の首に白い腕が回され、体重を俺に預けるように倒れ込んできた。
好ましい柔らかな感覚が俺の胸に当たった。
絹糸を思わせる艶やかな髪が頬にかかる。
いきなりの行動に、こんなことをされた経験などない俺は戸惑ってしまった。
「お……おい」
ようやく喉から声が出る。少女はその声にピクリと体を動かした。
「……まりょく……たりない…………ごめん……なさ……い」
少女の微かな声が耳に届く。そして、少女は俺の首に口を当てた。
「……っ!?」
吸血されていることに気づいた俺は 、体の力が抜けていく感覚に襲われた。少女を振り払おうと、力任せに両手で押そうとするが、逆にそれが運の尽きだったのか、少女の柔らかな部分に両手を食い込ませてしまった。そのまま慌てて引き抜こうとすると事態は余計悪化し、さらに食い込んでしまう。
「……ふぁっ……んっ!?」
少女はビクッと体を動かし、変な声をあげかけて、俺から体を離した。
……結果オーライなのだが、当分手から柔らかな感覚が忘れられない呪いを受けた気がした。
俺から少ししか吸血出来なかった少女は不満そうにしながらも、目に光を宿していた。
少し頬が紅潮しているのは見なかったことにしよう。
少女は改めて俺を見てはにかんだ笑顔を見せた。
「いきなり吸血して、ごめん。私は九尾と吸血鬼のハーフで五神の一人。破壊神のアカネです。……久しぶり、レイ」
アカネの目のふちに涙が浮かんで、こぼれ落ちた。
こんにちは!白夢鈴蘭です!
あれだけヒロイン宣言しときながら少ししか登場できませんでした。本当にすいません。
次回からはオールヒロイン(?)の予定です!
「こんな女の子登場させて!」という意見も募集しています!
これからも「神破壊」をよろしくお願いします!
少し、執筆のスピードが遅くなります。すいません。