じいちゃんは空気を破壊する。
「宗太郎たちの墓参り……行くか?」
「えっ……」
じいちゃんが、朝食後のコーヒーをすすりながら言ってきた一言に、俺は読んでいた新聞を落としてしまった。
「聞き間違いかな。墓参りにいくと聞こえたんだが」
「いや、墓参りと言ったぞ」
「……じいちゃん、最近頭打ったか?あれなら都会の精神系の病院に」
「なにが頭を打った?だ!最近思うんだが、じいちゃんの扱いひどくない!?」
「いや、だって……じいちゃんから墓参りに行く何て言ったのはじめてだし」
そうなのだ。じいちゃんはなぜか墓参りすることを嫌っていた。実際に俺から「一緒に行く?」と誘ったときは、「自宅警備員で忙しい」と言って部屋でゴロゴロしていた。
「いや……なんか死んだ宗太郎に、たまには父の威厳を見せとかないとって思った」
「……」
墓参りに威厳とかあるのか?
よく分からないが、そろそろ墓参りに行きたいと思っていたし、じいちゃんが一緒に行ってくれるなら、正直嬉しい。
じいちゃんの気が変わらないうちに行った方が良いのかもしれない。
「よし、行こうぜ。墓参り」
ちゃぶ台に置いてあった、誰かからのお土産の温泉まんじゅうをかじりながらポツリと言う。
温泉まんじゅうは黒糖風味で、ふんわりとした生地に鼻を通る甘い黒糖の香りが朝食後の満腹な腹でも食欲をそそる。中の餡もこしあんで甘すぎず、さらに黒糖の上品な香りを引き立てている。
……要するに、すごく旨い。
じいちゃんは「やったー!」と両手をあげて喜んでいる。まるで子どもみたいだと思ったが、子どもは墓参りに行くことに対して喜ばないだろうと思い直した。
ショルダーバッグにろうそくとライター、線香をいれて、先程まで読んでいた新聞を折り畳んでちゃぶ台の上に置いた。
「じいちゃん、準備できたか?」
「おう、バッチリだ!」
「……なんで、虫取網と虫かごを持っているんだ?」
「これか?虫取りをしようと思って……あぁー!何でとるの!?玲も羨ましいなら羨ましいって素直に言え!」
「羨ましくない!いいか!?今から、虫取りをするんじゃないんだぞ!?知っているか?墓参りに行くんだよ!それおいていけよ!」
「やだやだ!」
じいちゃんは、虫取りセットを大事に抱えたまま、玄関を飛び出し走っていった。相変わらず逃げ足は速いようで……。
俺はため息をついて、しぶしぶ、じいちゃんを追いかけた。
―だが、
「……?」
しばらく先を走っていたじいちゃんが、まるでこの世の終わりというような顔をしてこちらに戻ってきた。嫌な予感がする。
「……じいちゃん、どうした?」
「暑くて死ぬ。もう帰る」
「……」
帰ろうとするじいちゃんの襟首を引っ張り、俺は無言で歩きだした。
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墓参りに行く途中、俺たちは小さな店に立ち寄った。
お墓に供える花を買うためだ。
「ほら、じいちゃん。アイス買ってやるから、選んでこい」
「わぁーい!」
すぐにじいちゃんは、先程のウダウダ感が嘘のように氷菓子コーナーに走っていった。
……やっと、静かになった。
ここまでくる間、じいちゃんは「帰りたいー」とわめき続け、最終的にあまり上手とも言えない歌を大声で歌っていた。
本当にじいちゃんの世話は疲れる。
俺は花コーナーに向かった。色とりどりの花の中から、真っ白な菊の花と小さなひまわりを選んだ。……父さんたちにも季節を感じて欲しいのだ。
じいちゃんのいる氷菓子コーナーに向かう。なんだか少し騒がしい気がするのだが……。もしかして、暑いからって自分が氷菓子のおいてある冷凍庫の中に入ってしまったんじゃ……。
恐怖にドキドキしながら氷菓子コーナーの角を曲がる。たくさんの人に囲まれたじいちゃんが、冷凍庫に片手を突っ込んでいるのが見え、予想が外れていた事に少しホッとする。
でも、なぜ人があんなにも集まっているのだろう。
少し近寄って、じいちゃんが手を突っ込んでいる先を見る。
「……」
じいちゃんの手がなぜか氷のはった冷凍庫に氷漬けにされていた。普通、冷凍庫の中は冷たくても、全て氷漬けになるほど冷たくなりすぎないはずだ。氷から少しの魔力を感じた俺は事情を察し、その場から立ち去ろうとクルリと背を向けた。
「玲ー!玲!助けてくれー」
「……」
目の良いじいちゃんに見つかった。無視だ、無視。
「玲ー!れいー!れっいー!」
玲ブザーが止まらないじいちゃんをそのままにしたら、きっとろくなことがない。それに、単純に店側に迷惑がかかるのでため息をつきながら、じいちゃんに歩み寄った。じいちゃんはこんな状況にもかかわらず、にこにこと楽しげだ。今度病院に連れていこう。
「まず、なんで凍ってるんだ」
「いや、冷凍庫が生ぬるかったから、もう少し温度を下げてやろうとしたんだよ。で、厄払い師の術を使って冷やそうとしたんだけど……」
ブルリと身を震わしゴニョゴニョと説明してくるじいちゃん。
つまり、術で冷やすを通り越して凍らせてしまったのか。
そして、術をかけていた右手まで氷漬けにしてしまったのか。
だいたい二、三度くらいに設定してるであろう冷凍庫に対して、生ぬるいとはどれだけ暑がりなのだろう。
「……すごくバカだな」
「じいちゃんにむかって、バカとはなんだ!……クシュン!」
正直に口を滑らせたら、じいちゃんはいつものように言い返してきた。身をブルブル震わせるじいちゃんは、とても哀れだった。
それに対し店員の方は青ざめた顔をさらに青ざめさせていた。
「も、申し訳ありません!まさか、機械のミスで凍ってしまうとは……!本当にすいません!」
どうやらこの人は機械のミスだと思っているらしい。
たしかに「厄払い師の力で……」と説明しても信じてもらえないだろうけど……。
「い、いえ……。なんか、すいません」
とてつもなく申し訳ない。とにかくこれどうしよう。
皆の見ているなか、術で氷を溶かすわけにはいかない。しかし、じいちゃんをおいて行ける状況じゃないし……。
ある方法を思い付き、店員に少し下がってもらい氷の上に右手を置いた。ひんやりとした冷たさが手のひらを覆う。そして、左手で冷凍庫を叩いて直すフリをする。よくテレビを直すときに叩くと良いというが、冷凍庫にそれが効くのかと言われればよくわからない。だが、今回この動作は皆を左手に集中させるためのおとりなので効果がなくても構わない。
皆が左手に注目している最中に氷の上に置いた右手に力をいれて小さく呟く。
「玲の名において、術を行使する。―暖火―」
これは、手のひらに熱を宿す術で、触ると火傷するほどの熱を持つ。
右手で氷を熱で溶かし、左手でバシバシと叩く演技をしているとだんだん氷が溶けてきた。回りに集まっていた人が「おぉー!」と声をあげる。ある程度溶けたところでじいちゃんの手が抜けた。
「おぉ、寒かった、寒かった」
と、全然寒くなさそうにピョンピョン跳ねるじいちゃんは見ていて腹が立ってくる。
店員も、氷が溶けたことに驚きながら、「ありがとうございます」と頭を下げてきた。
結果、店側から機械ミスと機械を直したという事で、買う予定だった花と、無事だったアイスをもらうことになった。
……本当に、すいませんでした。
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やっと墓地に着いた頃には、朝早くに家を出たのにお昼近くになってしまっていた。墓地の前にある蛇口からバケツの中に水をいれる。勢いよくバケツに入っていく水の音が夏の暑さを吹き飛ばしてくれていた。
雑巾で墓石を念入りに拭いて、花を変える。
ひまわりの花が明るく墓の回りを彩っていた。
ろうそくをたてて、線香を供える。じいちゃんにも線香を渡すと、どこか緊張ぎみに受け取って、供えていた。
―父さん、母さん。俺は元気にやっています。どうか、これからも見守っていてください。
こんにちは!白夢鈴蘭です!
ヒロインがまだ出てこない+異世界にすらまだ入っていないというある意味最悪な状況になっているにもかかわらず、読んでくださっている皆様には感謝しかありません。
次くらいにヒロインを登場できると思っています!本当に今まで読んでくれていた方々、ありがとうございます!
これからも「神破壊」をよろしくお願いします!