破壊できない過去の悪夢。
「父さん、母さん……っ」
暗い夜の町を俺はひたすら走った。クリスマス仕様のイルミネーションが機械的に点滅し、夜の暗さを不気味に彩っている。
道行く人が走る俺を迷惑そうにみて、なにかを囁きあっていた。
ただ、そんなことを気にしていられないほど、俺は焦っていた。
遅すぎる。
いつもなら、厄払い師の仕事を即行で終わらせて帰ってくる二人が、今日はあまりにも遅いのだ。なんとも言えない胸騒ぎを感じながらひたすらに走る。
一つのビルから膨大な魔力を感じとり足を止める。先程より細い道に出た人通りのなく、光もない暗がりに冷たくそびえ立つオフィスビルだった。「玲の名において、術を行使する。―解錠―」
ビルのセキュリティーを厄払い師の術で難なく突破する。
ビルの中は静けさと冷たさで満ちていた。上の方から魔力を感じ取った俺は、ひたすらと階段をかけ上る。
上の階に行くほど強くなる魔力と邪気に思わず顔をしかめる。
ここまでで不法侵入という罪を犯しているのだが、ここにもし父さんたちがいるのなら、手伝いに来たという事で話を通そう。
そう開き直って、最上階まで階段をかけ上った。十五階くらい上ったのだろうか。息がもう絶え絶えになってしまっていた。
ビルの構造上、鉄のドアを開けると屋上に出れるようになっていた。急いでドアノブを回す。幸いなことに鍵はかかっていなかった。だが、目の前の光景は俺の思考を止めるのには十分で……
「父さん……母さんっ!」
屋上の床に大きな血だまりのなか倒れている二人を見つけ、恐怖に強ばった足を懸命に動かす。
あと少しで二人のそばに行ける。そんなときに俺は背後からの殺気を感じ取った。慌てて振り返り、身をかわす。そして、その悪霊は俺の目に現れた。
猿の顔に虎の胴体、蛇の尾をもった鵺だ。鵺は、「ギュルルル」と俺を威嚇している。俺も怒りを目に宿らせ、対戦姿勢をとった。
「玲の名において、術を行使する。―炎球―」
手のひらに火の玉を出現させ、鵺にむかって投げつけた。鵺はそれを器用にかわし、俺との間合いを積めてくる。急いで姿勢を低くし転がるように身をかわした。鵺のするどい爪が不気味に光っている。あれに引っ掻かれたら確実に死だ。
とにかく、鵺を封印しなければならない。封印するには荒川家の札が必要なのだが、急いできたためなにも持ってきていなかった。
二回目の鵺の引っ掻き技をかわしながら、必死に封印する方法を考える。せめて紙さえあれば……!
仮に札があっても、先に鵺の動きを止めなければ札が当たりそうにない。
「玲の名において、術を行使する。―雷走―」
雷の力をもった拳を地面に叩きつける。すると、地面をつたって鵺のもとに電気が伝わり……
「ギュルル!?」
鵺の動きが感電して止まった。続けて地面に手をつき
「玲の名において、術を行使する。―創造―」
地面が盛り上がり鵺の回りを取り囲む。一番俺の得意な―創造―魔術の一つだ。これでしばらくは動きがとれないはずだ。
動きが止まってるすきに、札を作ってしまわなければいけない。
「玲の名において、術を行使する。―破壊―」
地に手をつき、地面に半径三十センチ程の穴を開けた。中のオフィスと思われる部分が見下ろせた。
ここが、普通のオフィスビルならきっとあれがあるずだ。穴があき、そこから見下ろせるオフィスにむかって手をかざす。
「玲の名において、術を行使する。―暴風―」
見下ろしていたオフィスの中で風が吹き荒れる。
何枚もの書類が穴の外へ飛ばされてきた。申し訳ないが、この書類を使わせてもらう……!
風の中で舞っている書類からつかみとる。明らかになんかの重要そうな書類だったが、仕方ない。
そして、自分の親指を強く噛む。指のはらに犬歯が食い込んで血が流れた。その血を書類に擦り付け、空高く放り投げる。俺は、両手をあわせて叫んだ。
「玲の名と血において、荒川家の札を出現せよ。―創造―」
放り投げられた書類が光を放ちながら俺の足元にカサリと落ちた。きちんと札の形になっていてひとまず安心する。
……書類を作った人に申し訳なかったな。
今更のように気づくが、もう後の祭りだ。気にしないようにしよう。自己防衛だと開き直り、作ったばかりの札を鵺にむかって投げつける。
両手をもう一度合わせて高らかに唱える。
「玲の名において、鵺を封印する。罪は……」
怒りのせいで、魔力の暴走がはじまる。足元から風がおこり床に落ちていた大量の書類が渦を描いて鵺の回りを取り囲んだ。
「罪は俺の大切な人を殺したこと……!―封印―」
札に封印する悪霊の名と罪がひとりでに焦げるように刻まれていく。
「ギュル!?」
そして、鵺はこのビルの地下に吸い込まれるようにして消えた。
静かになったビルの上で、父さんと母さんに駆け寄った。
冷たくなった両親の手を強く握る。改めて、来るのが遅かったという事実が氷のような冷たい刃となって突き刺さる。
魔力を使い果たした俺は、うまく動かない指を必死に動かしてじいちゃんに連絡をいれた。なぜ、じいちゃんに連絡をいれようと思ったのかは分からない。だが、じいちゃんなら何とかしてくれると思ったのだ。そして、俺はそのまま意識を失った。
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「…………夢……か」
あの日から何度も見るあの夢。
まるで、忘れてはならぬというかのように繰り返される。
窓からは不気味な満月が俺を見下ろしていた。
こんにちは!白夢鈴蘭です!
この前、「さばの味噌煮」を作ってみたのですが、何を間違えたのか「さばのムニエル 味噌を添えて(名前さえかっこよければ、美味しそうに見えるはず)」みたいな料理になってしまいました。昔から分量を量るのが苦手なようです。
これからも「神破壊」をよろしくお願いします!