9. 私、心配されていました
次、町入るはずです。
おかしいです。
頭の中のプロットには
町に入るまでにこんなイベントは発生していなかったはずなのに。
いつ追加されたんだろ。
中廊下を抜けると、詰所の中庭に出る。
正面にペイリッシュ辺境伯の紋章を施した飾り扉の馬車が待機していた。
そこで、奥様と護衛のメイファさんを見送り、デラさんと二人で詰所の客室に通された。
椅子に座って待っていると、新人らしい幼顔の隊員がお茶を運んでくれた。
「ありがとう」
茶器を受け取る時にお礼を言うと、緊張した顔のまま、頷いた。
暖かいお茶はカノッシュ、芳ばしい香りと少し苦味のあるが身体の凝りをほぐす効能がある。
「振動の少ない飛行馬車でも、座っているだけで身体が強張るものね。有難いわ。あなたが選んでくれたの?」
隊員はお盆を持ち替え、直立不動になった。
「お役に立てて、光栄です!ごゆっくり、お寛ぎください」
カク、カクと礼をして、またカク、カクと後ろへ方向転換すると、そのまま隊員は部屋の外へ出て行った。
「ふふっ、あれはアデル殿に一目惚れですね」
そう言うと、デラさんはソファの傍に立ったまま、お茶を飲んだ。
「何を言いますか、こんな棘の取れたターリを好んで食べる者なんていませんよ」
「ターリは棘が取れると渋くなって動物たちは食べません。でも、渋みを取る方法はあるじゃないですか。きっと彼も渋みを取りたいのですね」
「そんな物好きには見えませんでしたよ」
デラさんは器を少し上げて見せた。
「これ、いつものお茶ではないですよ。あなたのために淹れたのでしょ。彼、私の方なんかチラリとも見ませんでしたから」
そんなことはない。彼は部屋に入ってきた時にデラさんも私も視認していたのだから。
「早く馬車が準備されるといいですね」
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主人から彼女の護衛とある任務を言われたのは、町へ降りるからと予定を告げられた時だった。
「あの娘、すごく鈍感だから、何かあったら、教えてあげてね」
その言葉の意味が分かった。
確かに、説明は受けた。でも、まさか、そんな人が居るとは思っていなかった。
アデルさんに対して、相手のアピールの仕方がなってなかったのだろうとしか。
今、目の前で、若い隊員が日焼けした顔を更に赤らめて、震える手を止めようと気をつけている様子で茶を出していた。しかも、待合室では出されたことのないカノッシュのお茶を。
恐らく、アデルさんも初めて飲むのだろう。お茶の種類に気がついて、追加でお礼を言っていた。
それに対し、もう隠しきれなくなった身体の異常性をそのままに、それでも、しっかりと言葉を発して、隊員は脱兎の如く退室していった。
ああ、若いなぁ。
主人に言われていた任務を思い出し、サラっと告げれば、本当に自覚がなかったようで、ターリの実を出してきた。
そうくるなら、渋みを取るための方法を逆手にとって、抱擁したいのでしょと暗に含めて返した答えに、物好きには見えませんでしたよ、と返された。
本当に無自覚な人なんだな、と。改めて分かった。これは手強い。
主人たちが心配するのも頷ける。
メイド長が言われていた本命とは、やはり、あの方のことだろう。あまり得意ではないが、主人のために、働きましょうか。