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灯らない想い   作者: ころころのこころ
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5.私、憧れなんです。

 玄関ホールで奥様を待っていると扉の向こうが騒がしくなった。

 複数頭の馬の嗎きも聞こえる。


 気になって、扉の覗き窓を開き、爪先立ちになって外を伺うと、すぐ目の前に赤に近い茶色が見えた。

 慌てて斜め後ろに二歩下がり、控える。


 重みのある音を立てながら、扉が外へと開かれる。


 目線は斜め下、左手で右手を持ちお腹の位置に置く。足音が近づくのに合わせ、膝を僅かに曲げ、戻す。


「お帰りなさいませ、リリクセオン様」


「・・・、アデル、何処かへ行くのか?」


 通常なら、そのまま行き過ぎる筈のリリクセオン様が何故か私の前に立ち止まり、声をかけてこられた。

 目線を上げ、リリクセオン様と目を合わせる。

 リリクセオン様の背後に護衛騎士が立ち、此方を伺っているのが視界に入った。


 扉が音と共に閉まった。

 外気の冷たさが風となって消える。


 先日、次期領主としての権利を取られたリリクセオン様は旦那様からいろんなお仕事を叩き込まれている最中らしく、滅多に屋敷にお戻りになられない。二月ぶりに見るお姿は凛々しさを増し、次期領主としての自覚が現れているよう。


「はい、奥様のお伴として、町へ行きます」


「母の?珍しいな。母が君を指名するとは」


 そう、いつも私は旦那様のお伴として、町へ連れて行かれることが多い。奥様が指名するのは大抵、マリナだ。


「では、父は仕事場か?」


「おそらく、奥様とお部屋に居られると思います」


「部屋・・・、では、母が来れば父も来るか。アデル、母はまだ来ないのだろう?彼方で待とう」


 そう言うと、リリクセオン様は有無を言わせず私の手を取り玄関ホールに備えてある椅子に向かい、そのまま私を座らせた。


 向かい合わせに置かれた椅子を自ら移動させ、私の横に座ると、リリクセオン様は私の手を取られた。


「半年ぶりにアデルと話をするね。元気だったかい?」


 小さい頃と変わらず、手を取って話をされる。この癖は直されるべきだと言った筈だが、なかなか直そうとなされない。


「はい、リリクセオン様。有難いことに、元気だけが取り柄でございます。」


 そう言いながら、リリクセオン様の手を外そうとするが、何故か、リリクセオン様は逃げる私の手を追いかけてこられ、元に戻っている。


「あの、リリクセオン様、いくら、メイドとは言え、異性の手を執拗に持たれるのは、宜しく無いと言われますよ」


「私は、アデルの手を握りたいのだ」


 これは、どう返せば良いのか。


「私はリリクセオン様のメイドではございません」


「そのうち、私のメイドとなる」


 いえ、なりません。とは口に出せない。出せば、きっと、リリクセオン様は私が実家へ帰ることを妨害される。


「今はまだ、違いますよ」


 笑顔と、静かな言葉とは裏腹にお互いの手は逃げること、追いかけることで攻防戦を広げている。


「つれない。アデル、そんなに私を嫌うな。寂しくなるだろ。父からの次から次へと出される難題を乗り越えている私に何か褒美は無いのか?」


 何を仰るのか、次期領主として、難題を乗り越えるのは当たり前のこと。第一、リリクセオン様に難題など、有るのだろうか。

 王都の学士を首席で卒業され、次期領主としての権利も最短の時間で取られている。大変優秀な方だから、何もかも、簡単に終わらせてしまいそうなのだけど。


「褒美、ですか?では、冬越祭は居られますか?お疲れが溜まっておいでのようですし、お時間が取れるときに、マッサージを致しましょう。どうですか?」


 顔をパッと煌めかせ、リリクセオン様は両手で私の右手を握りしめてきた。


「それは楽しみだ。アデルのマッサージはとても癒されるから」


「リリクセオン、帰っていたの?」


 ホールへと続く階段を仲睦まじく手を握って降りてこられたのは、旦那様と奥様。

 何故か、手を握られたまま、立ち上がるリリクセオン様につられて私も立ち上がる。


「おはようございます、ペイリッシュ辺境伯夫人。先程、戻りました。お出掛けされると伺い、こちらで待っておりました」


 いや、挨拶はいいから、手を離してください!


「そう、ところで、いつまでアデルの手を握っているつもり?あなたのメイドではないのですよ」


「そんなつれないことを言わないでください。ほんの少し癒されたいのです」


「おや、リリクセオンは仕事がまだ足りないらしい。愛しい君、暫しの別れだが、しっかり楽しんでおいで」


 玄関ホールに降り立った奥様の手を引いて抱きしめ、軽く口づけを交わすと、旦那様はリリクセオン様に目を向け、降りてきたばかりの階段を上られていく。


「アデル、気をつけて行っておいで」


 リリクセオン様の左手が右頰に当てられたかと思ったら、左頬に口づけられた。


「リリクセオン」


「挨拶ですよ。では、失礼します」


 唖然としてしまった。


 はっと気づいて、立ち去るリリクセオン様と旦那様に礼をすると、奥様の視線に気づいた。


「ごめんなさいね。猫に噛まれたと思ってちょうだい」


 本当、困った子だわ。と左頬に手を当てて、奥様は溜め息を小さく吐かれた。


 猫。なんとも優美な猫。

 優美な猫に噛まれるなんて、役得なのかしら?


「では、行きましょうか」


「はい、奥様」


 いつのまにか扉に控えていたリアンさんが、大きな扉を開いた。

 冷たい空気がサーっと入ってくる。

 上着をなびかせながら、奥様に付いて外へと出る。


 リアンさんに行ってきますと告げると、ニコっとされて、「お気をつけて」と返された。


 心が落ち着く。

 人をこんなに穏やかにできるって、素敵だわ。私も、誰かを穏やかにできるようになりたい。

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