4. 私、改めて思いました
支度と言っても、メイド服の上にコートを羽織るだけなので、時間は掛からない。部屋に戻る前にマリナを捕まえて、こちらの予定が変更になったことを伝える。別にわざわざ私が言わなくても、リアンさんやメイド長から聞いているかもしれないけど、そこは、けじめを付けないと。
マリナは町へ出る私を羨ましいと言って、バシッと背中を叩いてきた。
「あ、そうだ。寄れたら、でいいんだけど、イゼールのお菓子が欲しいの」
そう言って、マリナは髪留めの間から5テリのコインを取り出した。
いつ見ても、どうやって隠しているのか、さっぱり分からない。
「いつもの?」
コインを受け取りながら、一応、希望を聞く。
溢れ落ちないようにエプロンのポケットの中ポケットにコインを入れた。
「そう、固くて甘くて口の中でコロコロ出来て、茶色の黒糖菓子ね」
「分かった。買えるだけ買えばいいの?」
「お願い。じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
マリナに手を振り、屋敷の最上階にある部屋へと急ぎ足で戻った。部屋の窓からは屋敷の裏手に広がる森が遠くまで見える。手前は緑の森も遥か向こうは白一色だ。来週の冬越祭がある頃には、屋敷もあの白に覆われる。雪は恵の前触れ。深い雪が降れば、その分、春は新しい命を授けてくれる。
(「どうして、断ったの?」)
ふと、マリナの言葉を思い出した。
アシュバルさん経由でお付き合いがしたいと町の方に言われ、お断りをした件について、当日のうちに話を聞きつけた同室のマリナが珍しく話を振ってきた。
「そうねえ、あなたもだけど、私、行き遅れじゃない?こんな私に顔も出さない、家を通さない、そんな縁談がまともなものだと思う?」
「ちょっと聞き逃せないような失礼なことをサラっと言ったわね。事実だけど。失礼よ。でも、もしも、それが例の方だったら、どうするの?」
何を巫山戯たことを言うのか。
「あんな繋がり方を希望する方なら、私は軽蔑する。でも、違うと思うわ」
「あらあら」
「彼は望むことには回りくどくはしないでしょ。時間に限りのある方だもの、効率よく、且つ、的確に、確実に望むものを手に入るに違いないわ」
「・・・惚気られてしまったわね」
「まあ、惚気てなんていないわよ。彼に失礼よ、マリナ」
「はいはい」
まるで、実家の近所に住んでいたの叔母のように、仕方のない子ね、と言われた気がした。
気の置けないマリナ。姉のようなマリナ。友達のマリナ。
彼女と別れるのは寂しい。
同じ頃に雇われたものだから、辛いことも、楽しいことも、共有することが多かった。
成人を迎えると、お見合い相手や同僚から結婚相手を見つけて、辞めていく仲間を同じように見送ってきた。
気づけば、古株二人。新人にも先を越され、行き遅れ真っ最中。
春に辞めるって言ったら、殺されるかも・・・。
鬼のように、静かに怒るマリナが見えた気がした。
一瞬、身体を震わせ、マリナの笑顔を思い浮かべる。
黒糖菓子、絶対買ってこよう。
ポケットのコインを確認して、コートを羽織り、部屋を後にした。