2. 私、慌てました。
サブタイトル、自分のメモの形のまま投稿してました。
番号を追加しました。
「アデル」
振り返ると、アシュバルさんが眉間に皺を寄せたまま、トレイをテーブルに乗せた。
「今日は寒いから、レイスの葉?」
茶器を覆うように掛けられた厚手の布を少し上げて、紅茶の僅かな香りを楽しむ。
「旦那様はこの時期よくお風邪を召されるからな。レイスの葉とクリコの実を加えてる。いつもより早めにお出ししてくれ、旦那様はクリコの実がお好きだ。」
だから、いつもより大きめの杯と匙が用意されているのか。
「わかりました。クリコの実は幾つお入れすればいいですか?」
「二つまでだ」
「はい、では、受け取りますね」
振動を与えないようにトレイを運ぶ。
通路は冷たい空気に満たされていて、震えそうになる身体を引き締めた。
食堂に入ると、旦那様に耳打ちするリアンさんの姿があった。
お食事はまだ、お済みではない。最後の皿には半分くらい、料理が残っている。
サイドテーブルにトレイを下ろす。
茶器の布を素早く折り畳み、横に置く。
茶器の蓋を外し、匙でクリコの実を杯に移動させる。蓋を嵌め、ゆっくりと杯に紅茶を注ぐ。
フワッと広がる香りを密かに堪能しながら、紅茶で満たされた杯を受け皿に乗せ、旦那様の斜め右に置く。軽く会釈して、次の杯を向かい合わせの席に座る奥様へお出しする。軽く会釈すると、奥様がこちらを見ていることに気づいた。
「アデル、あなた、コーウェンさんとは面識があるわよね?」
コーウェン様とは隣町の長で、先日も旦那様のもとに来られた方。背が高く、灰色の髪と瞳の持ち主。
「はい、先日も紅茶をお出ししましたので、お顔は拝見しております」
「話はしたことがあって?」
そのような機会があるはずもないのに、奥様は一体何を仰られているのだろう?
「一度もございません」
「そう、分かったわ。」
もう一度、会釈をして離れる。いつものように壁際のサイドテーブルの脇に控える為に、移動する私を何故かリアンさんが見ている気がした。目を向ければ、そんなことはなかったから、気のせい、気のせい。
「ねえ、あなた。来週の冬越祭の材料が少し足りないの。今日か、明日、町へ出てもいいかしら?」
奥様の言葉に、旦那様が微笑む。
「明日は天気が悪くなるかもしれないから、今日、行っておいで。お伴はアデルがいい。急だが、大丈夫か?」
最後はリアンさんへの確認。
「はい、特に急ぎの仕事はありませんので、対応できます。」
「では、半刻後には出れるかしら?」
「畏まりました。旦那様、準備のため、席を外します。」
旦那様が頷くのを見て、リアンさんが半歩下がって一礼する。
やはり、綺麗だ。
どんな所作でもリアンさんの姿は綺麗。
背筋をピンと保つ筋肉が違うのかしら。
リアンさんが部屋を出たのを見て、奥様が旦那様を呼ばれた。
「コーウェンさんと会ってきます」
「それはまた、堂々と不倫宣言かい?」
「不倫、されたいですか?」
「昨夜は断られたしね。私の愛を無下にしたんだから、疑われても仕方ないとは思わないか?」
「まだ根に持たれていたのですか。今日、動きたいから、断ったまでです。あなたはいつもいつも、重たいほどの愛を下さるから、私はいつも満足していますよ。それとも、私の愛があなたには届いていないと仰るのですか?」
殺気に似た冷たい気配を纏った奥様が席を立ち、旦那様の元へ移動される。
「時間がありません。しっかりと教えて差し上げないと心配で、町には行けません。さぁ、参りましょう」
「え、まだクリコの実を食べてないのだが」
有無を言わせず、旦那様の腕を取り、席を立たせると、奥様は行儀を無視して旦那様の杯を飲み干し、旦那様に口づけ・・・
た。と、思う。
とてもではないが、直視などできない。
正面に向けた顔はそのまま、瞼を閉ざして、様子を伺う。
ゆっくりと深呼吸を何度かすると、衣摺れの音が大きくなった。
「アデル、予定通り半刻後には出ます。用意をしておきなさい」
「畏まりました。奥様」
目を開け、部屋を出られるお二人に礼をする。
茶器を回収するため、テーブルに近づくと、旦那様の杯の中にはクリコの実は無かった。
仲がよろしいことは、喜ばしいこと。
無理矢理、そう言い聞かせて、バクバクする心臓を宥めた。